グリアアセンブリによる脳機能発現の制御と病態(池中 一裕)

研究領域名

グリアアセンブリによる脳機能発現の制御と病態

研究期間

平成25年度~平成29年度

領域代表者

池中 一裕(生理学研究所・分子生理研究系・教授)

研究領域の概要

 脳の情報処理過程において、神経細胞の発火のタイミングは重要な役割を果たしている。強い同期的発火は確実な制御に使われ、非同期的な発火のタイミングのパターンは複雑な認知情報を伝搬する。脳内での神経細胞集団の発火のタイミングと同期を制御する機構には不明の点が多く、グリア細胞はそれらを制御する細胞の有力候補でありながら、その役割はこれまで軽視されてきた。本研究においてはグリア細胞が「グリアアセンブリ」と名付けた巨大ネットワークを形成して、発火のタイミング、同期性を含めた神経回路の動的特性、ひいては高次機能を含む多様な脳活動そのものを主体的にコントロールすること、更にグリアアセンブリが脳の生後発達と共に機能を発現し、病態にも関与する可能性を追求する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 目的:われわれの脳内は神経回路が縦横無尽に張り巡らされており、神経細胞間連絡が脳機能発現に重要な働きをしています。ところが脳内には神経細胞以外にもグリア細胞があり、これらも相互に連絡を取り合っています。しかしこの連絡は神経細胞間連絡と比し緩慢で、アナログ的交信を用います。またその交信範囲は、脳の特定領域全体に及ぶ広範囲なものであり、神経回路と連絡を取りながらも、神経回路とは独立して相互連絡していると考えられます。本研究領域ではグリア細胞がグリアアセンブリ(巨大なグリアネットワーク)を形成する過程を明らかにし、成熟脳でどのように神経回路の活動に影響を及ぼしているのか、またその結果高次機能を含む多様な脳活動をどのように制御しているか明らかにします。さらにグリアアセンブリがどのように精神・神経疾患の病因に関与するかを解き明かします。このようにグリアアセンブリの破綻により生じる疾患を「グリア病」と名付けました。
 意義:今まで脳の働き(記憶、認知など)や脳の病気は、神経細胞の働きやその異常を調べて来ましたが、グリアアセンブリの研究によりこれまでの研究では見えてこなかった原理や異常が見えてきます。特に「グリア病」という新たなくくりで精神・神経疾患をまとめますと、神経内科領域の疾患と精神科領域の疾患に病態や治療法に共通点の見えてくる可能性があります。これにより精神・神経疾患に新たな治療戦略を提供できます。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 グリアアセンブリの脳内における機能を調べるためには、in vivoでグリア細胞(特にアストロサイト)におけるカルシウムイメージングを行う必要があります。アストロサイトは薄い突起を延ばし、シナプスや他の細胞の細胞体などを覆っていますが、従来の方法ですとアストロサイトの突起のカルシウム濃度を調べることが困難でした。本領域研究における成果として検出限界を上げることにより突起内のカルシウム濃度を測ることのできるマウスを作製しました。また、グリアアセンブリの機能異常による脳機能変化を調べるためにはアストロサイトのカルシウムシグナリングやグリア間伝達物質の放出を変化させることが重要となります。当領域におきまして、アストロサイトからATP放出の低下しているマウス、カルシウムシグナリングが変化しているマウスの作製も完了いたしました。この後、アストロサイトやシナプスの詳細な形態変化を調べることが必要となりますが、シナプスイメージングを脳透明化技術と組み合わせる手法、新しい電子顕微鏡立体再構成技術によるグリア突起構造の解析方法も開発しました。さらに、ヒトの病態に迫るためには、疾患ゲノム変異の同定及び疾患モデル細胞・動物の解析が不可欠です。グリア系遺伝子において精神・神経疾患の発症に強く寄与し得るゲノム変異の同定に成功しており、ゲノム変異を有する患者由来のiPS細胞やゲノム変異に基づくモデル動物も作製しております。また新たな疾患モデル細胞として、ヒトの末梢血から単球を単離し、2種類のサイトカイン(GM-SCFとIL-34)を2週間投与することで、iPS細胞を経由することなく迅速にミクログリア細胞株を作製することに成功しました。このように、研究領域の目標に到達するために必要なツールはほとんど揃いましたので、領域研究の後期では最終目標に到達するように班員一丸となり頑張りたいと思います。

審査部会における所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 各研究項目において目的達成に必要な動物や細胞の作製、観察・測定技術の開発が順調に進んでおり、研究期間後半での飛躍的発展が期待できる。各研究項目間を橋渡しできる若手研究者の育成が実現すれば、研究期間終了後も当該研究領域の発展が期待できる。
 一方、「グリアアセンブリ」という用語は魅力的ではあるが、多様な種類の細胞があり、何をもって「グリアアセンブリ」というのかという概念を浸透させる必要がある。また、さらに異分野からの研究者も積極的に受け入れることにより、当該研究領域の新たな展開を期待したい。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 当初の研究領域の設定目的であるグリアアセンブリによる脳機能制御、脳機能成熟、精神神経疾患の3つの研究項目が順調に進捗し、数多くの学術論文が発表されている。これまでに発見された事象とグリア機能との関連性に関する研究がさらに進展することを期待する。

(2)研究成果

 研究期間の前半において、すでに多くの研究成果が共同研究を含めて上がっており、論文発表、シンポジウム、マスメディアを介して成果発信されている。

(3)研究組織

 研究領域内の共同研究が数多く推進されており、研究技法や試料などに関する協力体制も十分にとられている。また、公募研究代表者として若手研究者を多く採択するための努力がなされている。
 一方、計画研究組織13名、公募研究者19名、その他多数の分担研究者・連携研究者などから構成される大きな組織であるが、当該研究領域の新たな展開のため、異種グリア間の相互作用に関する解析を担当する研究を含めることや、異分野からの研究者を積極的に受け入れるなど、研究の多様化を図ることを期待したい。

(4)研究費の使用

 概ね問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 これまでの研究の進展を踏まえて、公募研究の臨床研究に応用できるようなトランスレーショナルリサーチの提案を採用する予定など、研究領域の進捗に合わせた研究組織の変更を予定しており評価できる。ミクログリアの刈りこみなどの研究において、マクロファージを研究している免疫学者など、異分野からの研究者の参加も期待される。個々の研究を発展させることの重要性は言うまでもないが、様々な脳機能や脳病態におけるグリアアセンブリの重要性が、生命科学者全般に十分に認知されるように、より一層の努力を期待したい。

(6)各計画研究の継続に係る経費の適切性

 大規模な研究組織の計画研究において、国内旅費の効率的な使用について、検討が必要である。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --