多様性から明らかにする記憶ダイナミズムの共通原理(齊藤 実)

研究領域名

多様性から明らかにする記憶ダイナミズムの共通原理

研究期間

平成25年度~平成29年度

領域代表者

 齊藤 実(公益財団法人東京都医学総合研究所・運動・感覚システム研究分野・参事研究員)

研究領域の概要

 近年、記憶情報は例えば安定とされる長期記憶でも想起により動的に変化すること、さらに記憶形成・統合機構さえも、例えば空腹といった個体の生理状態に応じて変わることが分かってきた。本領域ではこうした記憶情報の変化と記憶機構の変換を「記憶ダイナミズム」として、その実体を解明するための新たな学問領域を創出する。光遺伝学、超高速イメージング等を用いた分子・細胞・回路・行動レベルでの解析手法を、多様なモデル動物の傑出した実験システムに導入し、その成果を集約統合する。これにより「記憶ダイナミズム」の共通原理と進化上獲得した独自の学習記憶システムを解明するとともに、脳高次機能研究の一つの先進的なモデルを提供する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 コンピューターの“メモリー”に蓄えられる記憶情報と異なり、脳に蓄えられる記憶情報は形成されるときだけでなく、形成された後も外的・内的環境の変化に応じて再固定化、汎化や書き換えなどの修飾を受け、ときには消去されるなどの動的挙動を示す。また記憶機構そのものも外的・内的環境の変化に応じて変化する。本研究領域では、こうした記憶情報の流動性や記憶機構の変化を“記憶ダイナミズム”とし、関与する神経回路の動作と、それを規定する分子機構を、特徴的な回路・行動表現型を有する多様なモデル動物で探り、その成果を集積する。これまで多くの医学・生物学上の重要な原理が、各種モデル動物の傑出した特徴を生かして発見されてきた。記憶研究においても各種無脊椎、脊椎モデル動物が示す多様な記憶表現型の特徴と技術的アドバンテージを利用した研究が進められている。それは例えば、小型で単純な脳・神経系を利用した、最も基本的な学習記憶回路の同定と機能解析であり、逆に高度に分化した脳を利用した、マクロな細胞集団としての振る舞いの解明などである。本領域では各種モデル動物の示す多様な記憶表現型をベースとした神経活動のリアルタイム解析などにより、分子・神経動態-回路機能-記憶行動の包括的な研究を行なう。研究成果を有機的に集約することで記憶ダイナミズムの仕組みと共通原理を解き明かすと共に、各動物が独自に進化させてきた記憶システムの同定を行う。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本研究領域では1)記憶情報の形成過程、2)記憶情報の回路・分子レベルでの動的特性と、3)生理状態・環境変化に応じた記憶機構の変化、の共通原理と独自性を明らかにすることを目標としている。ここまで研究は順調に進展し、1)記憶情報の形成過程では、線虫モデルで新規インスリン受容体アイソフォームが、学習過程でシナプス部位へ輸送局在する機構を明らかにした。ショウジョウバエモデルでは、記憶中枢で報酬記憶・罰記憶形成のスイッチとして働く、二細胞群の相互抑制作用モデルが提唱され、学習強化シグナルとして働くドーパミンの新規放出機構を見出した。さらにショウジョウバエで聴覚記憶、ゼブラフィッシュで母川回帰などの特徴的な匂い記憶の形成を担う神経基盤の理解が進んだ。2)記憶情報の回路・分子レベルでの動的特性では、ショウジョウバエ、マウス・ラットモデルから特定の細胞集団に記憶情報が配分される分子生理基盤や、情報を配分された細胞集団が、その後の再学習や情報修飾の基本単位として振る舞うこと、CRTCが種を越えた長期記憶関連遺伝子であることなどが分かった。さらに記憶情報の消去の分子神経機構がマウス、線虫からシナプス、細胞レベルで明らかとなってきた。3)生理状態・環境変化に応じた記憶機構の変化では、ショウジョウバエモデル、マウスモデルで、加齢による神経機構の変化が、グリア細胞の代謝変化に起因する神経-グリア相互作用の変化であること、糖尿病併発型認知症モデルではミクログリアの活性化が見出された。

審査部会における所見

A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの進展が認められるが、 一部に遅れが認められる)

1.総合所見

 本研究領域内の計画研究と公募研究が機能的に連携して数多くの共同研究を進め、着実な研究成果を上げている。また、異なるモデル動物の研究者間の連携と共同研究も活発に行われており、技術とコンセプトの共有が順調に進展していると思われる。班会議やシンポジウム、ワークショップなどを通して、若手研究者の育成にも積極的に取り組んでいる。
 一方、霊長類や数理モデルの研究の強化については、努力していることは見受けられるが、必ずしも十分とは言えない。今後は、霊長類や数理系研究者との連携体制の強化を図り、総括班経費で購入した大型備品を研究領域内での連携研究に一層活用するなどの方策を講じ、研究領域としてさらに発展することを期待している。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 当初の研究領域の目的に応じた成果が上げられているが、現段階では未発表または査読中のものも多いため、今後に期待したい。
 審査所見において強化や追加が望まれた「霊長類やマウスの研究」「数理モデル」については、マウス研究が公募研究で13課題採択でき、研究が強化できたことは評価できる。一方、霊長類研究に関する公募研究は応募が少なく採択はわずか1課題に留まり、数理モデル研究も応募が少なく採択に至っていない。数理モデルについては、他の研究会との連携やシンポジウム、ワークショップなどの努力は見られるが、今後の公募研究によっても研究領域内に補充できない場合には、実績のある霊長類や数理系研究者を計画研究の研究組織に加え、共同研究を進めるという方法も検討することが望まれる。

(2)研究成果

 共同研究を含め、これまでに数多くの論文を発表し、着実な研究成果を上げている。その中には公募研究代表者によるものも多く、計画研究と公募研究が機能的に連携していることがうかがえる。特に、学習と記憶の観点からの業績が出始めているので後半にさらに期待したい。また、異なるモデル動物の研究者間の連携と共同研究が活発に行われており、技術とコンセプトの共有が順調に進展している。霊長類や数理系研究者のリクルートとこの分野との交流体制を作りだし、研究領域としてさらに発展することを期待する。

(3)研究組織

 本研究領域内の連携研究が数多く推進されており、研究技法や試料の提供などの協力体制が適切に組まれている。また、班会議やシンポジウム、ワークショップなどを通して、若手研究者の育成にも積極的に取り組んでおり、評価できる。

(4)研究費の使用

 総括班経費における備品の占める割合が多く、2つの多光子レーザー顕微鏡は一部の計画研究の代表者が中心に使用しているため、研究領域全体で活用できるよう努めることが望まれる。また、fMRIもまだ使用できる段階にないことはあるが、今後研究領域内で積極的に活用し、連携研究推進に寄与されることが望まれる。

(5)今後の研究領域の推進方策

 これまでの積極的な研究領域の推進体制が結実し、研究成果となることを期待する。また、今後は、数理科学や脳イメージング研究と分子や神経細胞レベルの研究を融合させるような新たな研究展開も併せて期待する。

(6)各計画研究の継続に係る経費の適切性

 特に問題はなかった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --