植物発生ロジックの多元的開拓(塚谷 裕一)

研究領域名

植物発生ロジックの多元的開拓

研究期間

平成25年度~平成29年度

領域代表者

塚谷 裕一(東京大学・大学院理学系研究科・教授)

研究領域の概要

 本領域の目的は、植物の発生成長制御のしくみを解き明かすことである。ただしこれは植物発生の個々の制御因子の網羅的な発見ではなく、制御ネットワークをいたずらに複雑にすることでもない。その中の本質的なロジック、すなわち植物が発生・成長していく内在的プログラムや、環境にも応答し最適化する成長プログラムの、その背景にある機構を解くことである。その戦略として以下の5次元を設ける。1:器官別解析。2:シグナル因子や転写関連因子、低分子RNAなどの分子の解析。3:イネやゼニゴケなど別システムへの投射。4:メタボロームを使った、代謝と発生の接点の追求。5:複雑な経路網から本質的な経路を抽出するための、数理解析。以上の多元的な解析を担う計画班全体が、網の目状の研究の場を構築し、そこへ公募班を配置して緊密な研究空間を組む。これにより植物の発生成長を制御する本質的な経路、発生の背景にあるロジックを解明する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 植物の発生生物学は、1990年ごろからシロイヌナズナの分子遺伝学を用いて国内外で急速に発展し、2000年以降、イネの分子遺伝学の発展やモデル植物・作物のゲノムプロジェクトの相次ぐ完了により大きく進展した。特に日本においても、本計画の班員により、生物学の歴史に残る多くの発見がなされてきた。その結果、この十数年の間に、日本の植物発生生物学は、欧米の研究とともに世界をリードする地位を確保したと言える。一方、昨今、地球規模での環境悪化に伴い、国内外で植物の成長やバイオマスの向上につながる応用を目指した大型プロジェクトが進んでいる。しかし、このような応用研究の成功は植物の発生・成長の本質の理解なくしてあり得ない。
 植物の幹細胞や分化細胞のアイデンティティーは、細胞環境に応じた柔軟な転写ネットワークにより決まる。また植物は光合成生物であるため、代謝産物の蓄積状況に応じて発生を調節する。さらに近年、植物では転写因子や低分子RNAなどが細胞・器官間を移動してシグナルとして働くことが明らかにされ、植物の発生は動物の発生と大きく異なる制御を受けていることがわかってきた。そこで本研究領域は、このような植物の本質的な発生ロジックを理解すべく、植物の発生成長制御における本質的なロジックの解明を目的とする。そのために遺伝子冗長性が極めて低いゼニゴケ、数理生物学、あるいは代謝に注目して、発生生物学の教科書を書き替える・書き加える新発見の追求をすると共に、新たに「代謝発生生物学」の分野を打ち立てる。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 まず総括班の支援活動として、シロイヌナズナの転写因子ライブラリーの整備を進め、それらの提供はすでにY1H/Y2H関連の分与先6班をはじめ、アグロバクター系統、ベクター、形質転換体など、のべ286件に及んだ。メタボロミクスについては合宿形式による勉強会を開き、5つの班の7班員の間でメタボロミクスへの取り組みが進んでいる。ゼニゴケ研究については標準系統や形質転換ベクターの提供は領域内17名の研究者におよび、支援数は14に至っているほか、平成25-26年度での次世代シーケンス解析は2年で200サンプル余りの結果を得た。平成27年度にはゼニゴケゲノムが論文公開される予定である。さらに数理解析については公募班を含め3名の班員が担当し、すでにNature Communicationsをはじめとする成果が公刊に至っている。
 こうした支援活動のもと、9の計画班と18の公募班からなる本領域からは、平成27年6月1日現在、153の原著論文を発表することができた。そのうちIFが10を超える科学誌に載った論文は全体の1割におよび、さらにIFが9以上のものは22.2%と、高レベルの成果発表が続いている。各種賞の表彰も多く、班代表者・分担者より文部科学大臣若手科学者賞、日本学術振興会賞など数多くの受賞者を出している。
 研究成果として代表的なものとして、維管束幹細胞の分裂活性化にLHW転写因子がサイトカイニンシグナル伝達に関わる仕組みを解明(Current Biology 2014)、側根形成開始における概日時計の関与の発見(Nature Commun. 2015)、ゼニゴケにおけるオーキシンを介した転写制御系の解明(PLOS Genetics 2015)や配偶体世代の生長相転換の仕組みの解明(Nature Commun. 2014)、捕虫葉の形成メカニズムが従来の仮説と異なり背腹性の変化によらないことの発見(Nature Commun. 2015)など多岐に亘っている。

審査部会における所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本領域は、第1次元から第5次元の異なるアプローチを軸に植物の本質的な発生ロジックの解明を目的とし、教科書に新記述や改訂を迫る新知見を追求することをも掲げている。個々の計画研究の進展状況は概ね計画どおりで良好であり、葉・維管束・根・花等それぞれの形成の分子機構に関して既に進展が得られている。しかしながら、高次の発生ロジックの理解を深めるためにも、個々の研究成果の統合や、上記の5次元の目標達成に向けて、特に数理解析など研究体制の強化策を打ち出すことが望ましい。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 個々の研究については進展が見られ、高く評価できる。ただし、5次元にわたる本研究領域の目標のうち、特に数理解析やメタボローム解析に関して達成度の遅さが懸念されることから、成果につながる共同研究体制構築することが望まれる。まだ成果につながってはいないものの、1細胞レベルでの検出に向けての小スケール化等、解析技術そのものの進展は順調であり、うまく統合して植物発生ロジックの解明につなげていくことが期待される。

(2)研究成果

 発表論文の内容や、その論文数から順調な成果が上がっていると判断される。今後、重点的に取り組むべき数理解析の論文発表の促進や、新たな視点・発生現象・技術を取り込んだ研究の推進によって、本研究領域の更なる活性化が期待される。

(3)研究組織

 研究領域内共同研究や総括班内に設置された支援体制の利用は順調に進んでおり、若手研究者の育成についても十分に取り組まれていると評価できる。研究領域の推進に大きく貢献すると期待される転写因子ライブラリーや、細胞種別メタボロミクスの早期確立を推進することが望まれる。また、本研究領域の潜在力を高く評価するからこそ、より長期的な展望に立ち、新しい研究シーズを生み出す環境の構築にも取り組むことを期待したい。

(4)研究費の使用

 総括班による3拠点での研究支援にかかる支出は妥当であり、適切に運営されている。

(5)今後の研究領域の推進方策

 発生ロジックの発見という本研究領域の目標を貫徹するには、基盤となる支援体制(特に数理解析支援)を強化し、実際に共同研究を推進できる体制作りに重点を置くことが望まれる。

(6)各計画研究の継続に係る経費の適切性

 特に問題はなかった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --