生殖細胞のエピゲノムダイナミクスとその制御(篠原 隆司)

研究領域名

生殖細胞のエピゲノムダイナミクスとその制御

研究期間

平成25年度~平成29年度

領域代表者

篠原 隆司(京都大学・大学院医学研究科・教授)

研究領域の概要

 哺乳類生殖細胞の研究はゲノムインプリンティングなどの基礎的発見のみならず、試験管べビーの誕生やES細胞の樹立など我々の生活様式に広汎な影響を与える技術革新をもたらした。その中で急速に注目されるようになってきたのは生殖細胞の運命決定におけるエピジェネティック(後天的)な遺伝子制御の役割である。最近の研究により生殖細胞には体細胞に存在しない独自のエピジェネティック制御因子が存在し、これらは生殖細胞の異なる発生ステージにおいて独自のネットワークを形成することが明らかになった。今や個々のエピゲノム制御因子の同定やその機能解析を超えた、時空間軸をふまえた4次元的な生殖細胞エピゲノムのダイナミクスを解析する必要が生じている。そこで我々はエピジェネティックネットワークが生殖系列細胞の発生過程においてどのように形成・維持されるかの分子機構の解明に取り組むと共にエピゲノムの制御方法の開発を目指す。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 生殖細胞は他の体細胞と異なり親からの遺伝情報を子孫へと伝達する能力がある。この際、DNAの塩基配列情報のみならず、親の生殖細胞の持つエピゲノム情報をリセットする必要がある。生殖細胞の研究はゲノムインプリンティングの発見や核移植クローンの誕生をもたらし、生殖細胞の操作技術の発達はin vitro fertilizationや顕微授精などヒト細胞にも応用されており、我々の生活にも大きな影響を与えつつある。
 これらの急速に拡大しつつある生殖細胞の研究で急速に注目されるようになってきたのは生殖細胞の運命決定におけるエピジェネティック(後天的)な遺伝子制御の役割である。過去10年において数多くのヒストンメチル化・脱メチル化酵素が次々と同定され、高度に最終分化した配偶子が全能性を持つ受精卵を経て初期胚へと至るダイナミックなリプログラミングの過程にエピゲノム制御が果たす役割は非常に大きいことが分かって来た。こうした背景から、領域代表者はこれまで行われていたエピゲノム制御因子の同定やその機能解析を超えた、時空間軸をふまえた4次元的な生殖細胞エピゲノムのダイナミクスの解析を行う必要があると考えた。そこで本領域では生殖系列細胞のエピゲノムが発生過程においてどのように形成・維持されるのか、その動態を明らかにし、エピゲノムを制御する鍵分子を操作することで生殖細胞の分化や運命決定を操作することを目標とする。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域は医(7)、薬(2)、理(9)、農(4)、獣医学(1)の博士取得者(平均年齢46.3歳)からなる多彩な学術背景を持っており、これらのメンバーを(1)生殖細胞の発生過程 (A01)及び、(2)受精から初期胚形成過程におけるエピゲノムダイナミクスの解明(A02)という二つの時間軸にそって生殖系列細胞を研究するグループと、最新の生殖細胞操作技術と次世代シークエンサーを駆使して包括的に(3)生殖細胞のエピゲノム解析を行うグループ(A03)の3つに編成した。近年はエピゲノム・生殖細胞研究技術の高度化が顕著であるために、A03のグループは公募班を含めた班員の技術支援も行ってきた。
 その結果、総計144報の論文が発表されており、このうち44報(共同研究による重複分含む)が共同研究の論文となっている(30.6%)。特に、18報の既に発表された論文においては、15報が支援班との共同研究となっており、領域代表の期待通りの成果が挙っている。責任著者論文数は53報であり、各計画班員平均では29.2%, 公募班では25.9%が連携研究による共著論文を作成している。現在22班のうち17班が領域内で共同研究を行っており、その数は59件にのぼる。
 このように本学術研究領域は計画班・公募班とも「生殖エピゲノム」の理解と操作に向けた適切な班員の配置と、相互交流が有機的に機能しており、今後も多くの優れた研究成果が期待される。

審査部会における所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、生殖系列細胞の形成過程におけるエピジェネティックネットワークとその制御機構を明らかにするとともに、その乱れを正常化させるエピゲノム操作法の開発を目指すもので、大きく展開されつつある研究領域をさらに推進しようとする提案である。技術支援、グループ支援がうまく機能しており、連携研究、共同研究が活発になされた結果、多数の共同研究成果が発表されている。今後は、新学術領域研究として研究体制を組んだことで初めて可能になる新たな発見やブレイクスルーが得られることを期待したい。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 各計画研究は概ね計画どおり、あるいは計画以上の成果が得られている。研究領域設定時に設置した技術支援、グループ支援により、計画研究、公募研究ともに連携研究や共同研究が行われ、多数の共同研究成果が発表されている。特に公募研究からも研究成果が出ている点は高く評価できる。また、研究領域採択時の審査結果所見において指摘を受けた事項へも適切に対応している。国際連携や若手研究者育成にも積極的に取り組んでおり、評価できる。

(2)研究成果

 個々の研究のレベルは極めて高く、順調に進捗していると評価できる。
 一方で、融合研究がある程度行われているものの、研究成果はまだ少ない印象がある。今後の更なる研究成果を期待したい。アウトリーチ活動が積極的に行われている点は評価できる。

(3)研究組織

 多彩な学術背景を持つ生殖細胞とエピゲノム研究者で構成され、有機的な連携が保たれている。公募研究で若手研究者を積極的に採択・支援している点、また、計画研究だけでなく公募研究においても共同研究が行われており、共同研究論文も多い点が評価できる。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 研究分野が近い他の新学術領域研究との連携を期待したい。また、以前からの研究の延長ではなく、新学術領域研究として研究体制を組んだことで初めて可能になる「エピジェネティクスのダイナミクス」について、他の学問分野にも普遍的に波及するオリジナルでインパクトの高い成果を期待したい。

(6)各計画研究の継続に係る経費の適切性

 特に問題点はなかった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --