宇宙における分子進化:星間雲から原始惑星系へ(香内 晃)

研究領域名

宇宙における分子進化:星間雲から原始惑星系へ

研究期間

平成25年度~平成29年度

領域代表者

香内 晃(北海道大学・低温科学研究所・教授)

研究領域の概要

 星間分子雲から原始惑星系における分子進化を,天文学,物理化学,隕石学などの分野を融合し,確固とした物理化学的基盤に立って実験的・実証的に研究する新領域を立ち上げる.宇宙に大量に存在する元素(H,O,C,N)からなる物質(氷および有機物)の持つ情報量の多さに着目し,それらの形成・進化に焦点を当て,実験,観測,理論,分析等の多様で最先端の手法を駆使し,分子雲から原始惑星系に至る固体とガスの化学・同位体組成・分子構造の変化,すなわち分子進化を明らかにする.これらによって,宇宙で惑星系が誕生するまでの構造形成という物理条件変化を,H,O,C,N系物質を軸に化学的視点から探求することを可能にする.

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 惑星系の形成および進化の研究は,これまで力学的な手法による「構造形成」の研究が主で,化学的に多様な惑星系の形成の理解に必要な化学進化の研究は断片的なものにとどまっていた.両者の研究が「車の両輪」として進むことで初めて,惑星系の進化の統一的理解が可能となる.
 本研究領域では,宇宙で最も大量に存在する元素(H, O, C, N)からなる固体物質(氷および有機物)の形成・進化に着目し,実験,観測,理論,分析などの多様な手法による研究を統合し,宇宙での分子進化の全体像を描く.特に,分子生成の実験・理論的研究成果から反応素過程の解明,分子進化の条件依存性を決定し,惑星系形成に至る化学進化の法則性(分子進化シナリオ)を構築することをめざす.
 本研究により,強固な物理化学の基盤の上に分子進化シナリオが作成されることとなり,力学的な視点からの研究が中心であった惑星系形成過程の研究に化学的視点が導入されることとなる.天文観測や地球外物質分析から得られる情報を最大限に利用し,分子進化シナリオに基づき,惑星系形成の普遍的理解,ならびに太陽系で起こった分子進化の解読が初めて可能になる.また,本研究を通じ,若手研究者は手法・研究分野の境界線なく,研究を推進することが可能となり,新学術領域の本質である新しい学際融合研究の創造を体現する次世代人材育成にもつながる.

2.研究の進展状況及び成果の概要

 各計画研究とも当初の計画通り,きわめて順調に研究成果をあげている.さらに,いくつかの研究では,計画研究間の連携により,当初の想定をはるかに超える画期的な研究成果も出ている.以下に研究成果の概要を示す.
 A01分子雲実験班:アモルファス氷の表面構造の解明,量子トンネル表面原子反応速度論に関する一般的描像の獲得,光化学反応実験装置の開発および生成された有機物の特異な表面構造の発見.
 A02原始惑星系実験班:触媒実験のためのアモルファスケイ酸塩薄膜の作製,触媒反応実験装置の開発と反応生成物の検出,結像型軟X線分光顕微鏡の開発,原始惑星系円盤における有機物の変化.
 A03理論班:アモルファス氷の表面構造の解明,アモルファス表面での原子拡散係数の導出,原始惑星系円盤での衝撃波による氷の蒸発過程の解明,原始惑星系円盤での新規分子進化モデルの開発.
 A04観測班:様々な進化段階における原始星の化学的多様性解明のためのサーベイ観測の実施,ALMAを用いた低質量原始星の回転落下エンベロープにおける遠心力バリアの発見と化学組成の全貌解明,ASTE望遠鏡搭載用観測装置の開発.
 A05分析班:極微量の宇宙有機物の分子構造解析と同位体分析のための手法開発,模擬宇宙有機物の液体クロマトグラフ/質量分析による分析と特異な表面構造の発見,炭素質隕石からの重水素に濃集した炭素質物質の発見.
 X00 総括班:全体集会を通じた領域融合,ワークショップを通じた新たな研究創造促進・若手人材育成.

審査部会における所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、星間分子雲から原始惑星系における分子進化を物質科学的に研究することを目標とし、特に氷や有機物の形成進化に着目して研究が進められている。全体としておおむね順調に進行しており、優れた成果も生み出されている。各研究計画の有機的な連携についても、キックオフミーティングで戦略を検討し、分野横断的ワークショップを開催し、本研究領域の若手研究者等の異分野参入が見られるなど、様々な工夫がなされている。表題に掲げられている宇宙における分子進化の統一的理解に対して、領域代表者がビジョンをもってリーダーシップを発揮し、連携の策定と推進を進めることで、連携・融合研究の成果が上がることを期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 全ての計画研究において成果が着実に出ていると判断され、その点は評価される。一方で、連携研究を通した新しい視点はまだ十分に描かれていない。新学術領域としての意義を高めるためには連携が不可欠な要素であることを念押ししつつ、まだ中間地点なので今後に期待したい。

(2)研究成果

 5つの計画研究(分子雲実験、原始惑星系実験、理論、観測、分析)と公募研究の成果は、優れた国際学術誌に多数公表されている。特に、(1)10-100 Kのアモルファス氷の可視化、(2)量子トンネル表面反応に関する描像、(3)ALMAによる遠心力バリアの発見、などは顕著な成果として注目される。

(3)研究組織

 各計画研究には実績のある研究者が揃っており、研究推進に問題はない。若手研究者によるワークショップは、若手研究者の育成の場であるとともに、新たな共同研究を立ち上げる仕掛けとしても機能している。実験、理論、観測、分析という枠を越えて研究者が相互に交流して相乗効果を生むことが意識されており、連携研究も進むものと期待される。また、公募研究を若手研究者育成重視のチャンネルとして位置づけていることには合理性があると考えられる。

(4)研究費の使用

 特に問題は見られない。

(5)今後の研究領域の推進方策

 各計画研究は具体的に整理されており、妥当な研究計画が立案されていると判断される。計画研究をまたいだ共同研究や、計画研究と公募研究の調和についてより一層の強化を図ることによって、新学術領域研究らしい連携・融合研究の成果を創出することが期待される。
 また、関連するアウトリーチ活動にも積極的に取り組んでいる点は評価できる。

(6)各計画研究の継続に係る経費の適切性

 各計画研究はおおむね順調に推進されており、問題はない。計画研究の枠を越えた連携研究の奨励を促す研究経費を総括班が保持しておくと、柔軟な対応が可能となり、新学術領域研究の意義を高めることに資するものと思われる。


お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --