原子層科学(齋藤 理一郎)

研究領域名

原子層科学

研究期間

平成25年度~平成29年度

領域代表者

齋藤 理一郎(東北大学・大学院理学研究科・教授)

研究領域の概要

 グラフェン(グラファイトの1原子層)を中心として、「原子層が創る科学」を探索する新しい研究領域「原子層科学」の創成である。物質初の「単原子層の物質」であるグラフェンは、従来の半導体物質を凌駕する著しい性質をもつ。各国で大きなプロジェクトが始動するなど、原子層科学の有用性は世界の認めるところである。本物質群に関して我が国の学術水準を向上・強化することは、炭素科学において長年世界をリードしてきた日本にとって急務の課題である。研究目標は、(1)原子層の合成法の探索、(2)原子層固有の物性の探求、(3)原子層デバイスへの応用、(4)原子層電子状態の理論の構築、の4つの分野を有機的に連携させ、六方晶窒化ホウ素(h-BN)原子層などその他の原子層物質の探求を行うことである。本計画で原子層科学を創成し、新たな学理と産業の創出を目指す。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 本領域の目的は、グラフェン(グラファイトの1原子層)を中心として、「原子層が創る科学」を探索する新しい研究領域「原子層科学」を創成することである。史上初の「単原子層の物質」であるグラフェンは、従来の半導体材料を著しく凌駕する性質をもつ。2010年にノーベル物理学賞、また各国で原子層科学の大きなプロジェクトが始動するなど、その科学的インパクトは世界の認めるところである。こうした原子層物質群に関して学術水準を向上・強化することは、炭素科学において長年世界をリードしてきた我が国にとって急務の課題である。本領域は、4つの計画研究から構成する。具体的には(1)原子層の合成法の探索(化学、工学)、(2)原子層固有の物性の探求(物理、工学)、(3)原子層のデバイス応用(工学、物理)、(4)原子層電子状態の理論の構築(物理、化学)。この4つの分野を有機的に連携させ原子層科学の構築を行う。特に、新規に合成された半導体原子層(MoS2など)や酸化物絶縁体原子層の積層による複合原子層を含む原子層2次元物質群を探求することは、原子層科学において新しい学理を生み出すという大きな意義がある。また、原子層物質の積層によって究極に薄い原子層デバイスを実現することは、希少元素を用いない新素材の開発に基づく新産業の創出に直結し、社会・経済への波及効果が極めて大きい。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本新学術領域研究が発足した2013年以降、原子層科学の分野が国内外で大きく展開した。したがって本領域は、非常に良いタイミングで発足した。この大きな展開の流れに乗り、本領域の研究は予想より早く進展した。このような進展の成果として、(1)遷移金属ダイカルコゲナイド(MoS2, MoSe2, MoTe2, WS2, WSe2, WTe2など)やシリセン(Si)、ゲルマネン(Ge)、フォスフォレン(P)などの新規半導体原子層物質が領域内でも合成された。また(2)六方窒化ホウ素(h-BN) や酸化物原子層など絶縁体の原子層物質も多く研究され、金属、半導体、絶縁体の原子層物質群がそろった。特に、h-BN原子層を原子層の標準基板として領域内外に独占的に提供することなどで、国際共同研究を含め158件の領域内外の共同研究がなされた。(3)半導体原子層に関しては、領域内の実験・理論の共同研究により分光特性が明らかにされ、また応用研究では電界効果トランジスタや光学デバイスの研究が集中して行われた。さらに(4)重い元素でできた原子層において、強いスピン軌道相互作用によって生ずるスピンに依存した電気伝導現象や、光吸収を起こす2つの波数領域(バレー、谷)に依存した現象(バレートロニクス)を作り出す実験が報告された。 (5)原子層物質を用いることにより、40年も前に予想されていた物理現象(電子状態の磁場中でのフラクタルなスペクトル)が、領域内外の実験・理論の共同研究の成果として初めて観測されるなど、科学の発展に大きく貢献した。

審査部会における所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、グラフェンを中心とする「原子層が創る科学」の新たな学理と産業の創出に目的を置いている。この原子層科学の実現のために、原子層の(1) 合成法の探索、(2) 物性の探求、 (3) デバイスへの応用、(4) 理論の構築を受け持つ4つの研究項目からなる研究組織を構成し、総括班のイニシアティブの下にこれらを連携させた研究活動が進められている。特徴ある試料の合成や複層化を見据えた試料の合成等、多角的に研究が進展していると認められる。また、本研究領域内外に多くの試料を提供し、国際的に存在感を高めている点は特に評価される。また、本研究領域発足後から活発な共同研究が遂行され、総括班を中心に情報発信、学術会議開催、アウトリーチ活動も精力的になされていることも高く評価される。したがって、期待どおりに研究が進展していると認められる。
 一方、研究領域発足当初は、研究対象がグラフェン中心であったが、様々な原子層物質に多様化していく中で、それらが各論になっている部分も散見される。今後は研究期間終了時を見据えて、これまでの成果の厳密な評価と活用を、総括班を中心に議論し、研究領域全体として原子層科学の新たな学理の構築が図られることを期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

  本研究領域発足時から158件に及ぶ共同研究がなされ、とりわけ海外との共同研究が多数含まれる中で、理論予測を実験で実現するなど、国際的に注目集める研究成果を上げていることは高く評価できる。審査結果の所見において指摘を受けた事項にも適切な対応が図られており、世界の動向を踏まえて新原子層の合成と複層化技術の確立を進めている点にも合理性がある。特に、六方晶窒化ホウ素の新しい原子層の合成により、研究が精力的に進められていると判断される。今後は、各計画研究組織が連携を強め合うことで、新たな学理の創出を期待する。

(2)研究成果

 本研究領域は、グラフェン以外の複合原子層の合成にも成功し、デバイス応用への展開が進むなど、多くの成果を上げている。これらの成果は、4つの計画研究組織が有機的に連携し、総括班を中心に多数の共同研究が始動した結果であると判断する。インパクトのある国際学術誌に多数の論文を発表するとともに、国内外の招待講演・基調講演なども多数あり、国際的にも十分高い評価が得られている。国際会議と複数の国際シンポジウムを開催しており、ニュースレター刊行やWebによる情報発信も精力的に行われていることは評価できる。

(3)研究組織

 各研究項目間の連携状況を総括班が十分に把握しつつ、活発な共同研究が遂行されていることは評価できる。さらに、国内学会との共催によるシンポジウム、国際シンポジウム、若手研究者育成のために実習を含めた研究会、講習会、市民講座などの開催にも力を入れており、多様な研究領域形成の取組みが進められていることも評価できる。

(4)研究費の使用

 研究費の使途は合理的かつ適切である。

(5)今後の研究領域の推進方策

 本研究領域に関連する国内外のプロジェクトが始動している状況を踏まえ、実用化の前段階を研究対象に絞り込んでいることは適切であると考える。新原子層の合成やその複合化に向けた取組みは、国際共同研究推進に注力する中で、今後成果を上げられるものと期待する。
 一方、応用への見通しを明るくするためには、グラフェン試料の大面積化と高品質化に関するロードマップ策定も必要である。さらに、原子層科学の学理構築の観点から、種々の原子層への取組みが総花的にならぬよう、研究基軸を選定することが重要であると考えられる。

(6)各計画研究の継続に係る経費の適切性

 概ね適切であると判断される。


お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --