理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学(田原 太平)

研究領域名

理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学

研究期間

平成25年度~平成29年度

領域代表者

田原 太平(独立行政法人理化学研究所・田原分子分光研究室・主任研究員)

研究領域の概要

 物質は単一の分子から細胞に至る階層構造を成し、これに対応して現在の化学のフロンティアは複雑系の機能の解明と創出にあると言える。生体分子系に代表される高い機能を有する複雑系の本質は、系が必要に応じて柔軟に変化し最適な機能を発現できるという点である。このような「柔らかさ」に基づく物質研究は未開拓であり、従来のカテゴリーに縛られたアプローチでは解明できない。そこで本領域では分子科学、生物物理学、合成化学、理論・計算科学の叡智を集め、超高速計算機の開発を背景にした革新的な分子理論による理解と予測、超高速分光や単一分子計測に代表される最先端計測による現象観測、および合成化学や遺伝子工学を駆使した機能変換・創成を協奏的に行い、理論と実験を融合させた新しい「柔らかな分子系の科学」を創出する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 物質は単一の分子から細胞に至る階層構造を成し、これに対応して現在の化学のフロンティアは複雑系の機能の解明と創出にあると言える。生体分子系に代表される高い機能を有する複雑系の本質は内部自由度が極めて大きく、系が必要に応じて柔軟に変化し最適な機能を発現できるという点にある。これは極めて近いエネルギーを持つ多くの準安定状態が存在し、その間を分子が常温下で自由に行き来していることに他ならない。このような複雑系の自由さ、いわば「柔らかさ」の理解と制御は、これからの分子の学問の中心的問題であるが、未だほとんど開拓されておらず、従来のカテゴリーに縛られたアプローチでは解明できない。分子系の「柔らかさ」の研究は、多体問題である複雑な現実系をどうやって分子論的に理解し、制御するかという研究に他ならない。同時にこれは広い時間・空間スケールにまたがる分子系の時空間挙動をどのように総合的に解明するかという問題である。そこで本領域「理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学」では分子科学、生物物理学、合成化学、理論・計算科学の叡智を集め、超高速計算機の開発を背景にした革新的な分子理論による理解と予測、超高速分光や単一分子計測に代表される最先端計測による現象観測、合成化学や遺伝子工学を駆使した機能変換・創成を協奏的に行い、理論と実験を融合させた新しい「柔らかな分子系の科学」を創出する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 計画研究及び公募研究計44の研究グループが「柔らかな分子系」をキーワードとして複雑分子系の理解と制御に協力して挑んでいる。現在までに、イオンチャネルTRPV4への脂質PI(4,5)P2の結合と疾病の関係の解明(Nat. Commun.)、細菌べん毛のチャネル内のプロトン透過のシミュレーション(PNAS)、タンパク質内のエネルギー伝搬の高時空間分解能計測(JPC Lett)、ホフマイスター塩効果の新しい機構の提唱(JACS)、高い時間分解能を有する一分子計測法の開発(JPC B)、光駆動Na+輸送レチナールタンパク質の輸送機構の提唱とK+ポンプの創成(Nature)、β-カロテンを利用した10核金属鎖の構築(Nat. Commun.)、光導電性制御可能なフラーレン系超分子構造の構築(Nat. Chem.)、アントラセン環分子カプセルによるラジカル開始剤制御(Nat. Commun.)と紐状分子認識(Nat. Commun.)など、複雑分子系における「柔らかさ」の理解や制御に関する優れた成果を上げ、共同研究を含む原著論文283、総説・解説77、国際会議の招待講演139にのぼる発表を行った。国内・国際評価委員からも「新たな分野を切り開くことを期待」「時宜を得たものであり極めて重要」「シナジー効果がある」「研究成果は最高の水準」と高く評価されている。このように本領域は高い機能を有する複雑分子系に対して理論、計測、合成、遺伝子工学など幅広い領域の研究者による学際的連携と共同研究を可能とし、新たな分子複雑系の科学として大きなインパクトを与えている。

審査部会における所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、理論と実験の協奏により、生体分子系に代表される複雑分子系の理解と機能制御に関する学理「柔らかな分子系の機能の科学」の構築に挑戦する意欲的なものである。研究項目A01「解析(理論・計算)」、A02「計測」、およびA03「機能創成」の3つの研究項目が着実に進展し、これらが三位一体となって新たな学術領域の創成・構築を強力に推進している。また、合宿会議やワークショップなど、異分野交流を促す総括班の取組みによって、公募研究も含めた共同研究が、研究項目内のみならず研究項目の枠組みを越えて活発に実施され、既に画期的な成果が数多く生まれている。本研究領域の設定目的に照らして、領域全体として期待どおりの進展が認められると判断できる。今後、本研究領域がさらに進展することによって、「柔らかな分子系」に対する共通理解が進み、新しい学理としての「柔らかな分子系の機能の科学」が構築されることを期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 領域代表者のリーダーシップと総括班による適切なマネジメントの下、新たな学術領域の創成・構築に向けて研究が着実に進展している。異分野交流に対する様々な取組みによって、研究領域内の共同研究が活発に行われ、質の高い成果が数多く得られている。本研究領域の設定目的に照らして、期待どおり順調に研究が進展していると判断できる。

(2)研究成果

 計画研究・公募研究ともに、精力的に研究が進められた結果、極めて優れた学術論文や総説等が短期間内に数多く発表されている。約2年間で21回のニュースレターを発行するなど、研究内容および研究成果の積極的な公表、普及に対する努力も認められる。研究領域内の活発な共同研究によりシナジー効果が生まれ、質の高い研究成果に結実している点も評価に値する。現在までのところ研究は順調に進捗し、期待どおりの十分な成果が得られていると評価できる。

(3)研究組織

 多数回の合宿会議やワークショップ、若手研究者の海外渡航支援、ニュースレター発行など、異分野交流や若手研究者の育成を促す総括班の積極的な取組みによって、研究者相互に有機的連携が保たれ、研究が効率的に進められる組織となっている。また、採択時の所見において、計画研究課題の分野の偏りについて指摘されていたが、公募研究の選考において適切に対応がなされた。その結果として、公募研究も含めた共同研究が活発に実施され、計画研究と公募研究の調和のとれた研究組織となっている。

(4)研究費の使用

 特に問題はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 これまでのところ順調に研究が推進されており、今後の研究計画は適切なものとなっている。本研究領域は、広範で多様な分子群を対象としているが、採択時の所見に対する指摘事項に真摯に対応し、「柔らかな分子系」に対する共通理解を目指す取組みが行われた点は、評価できる。今後、本研究領域がさらに進展することによって、より統一的な理解が進み、新しい学理としての「柔らかな分子系の機能の科学」が構築されるよう一層の取組みを期待する。

(6)各計画研究の継続に係る経費の適切性

 特に問題はなかった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --