ゆらぎと構造の協奏:非平衡系における普遍法則の確立(佐野 雅己)

研究領域名

ゆらぎと構造の協奏:非平衡系における普遍法則の確立

研究期間

平成25年度~平成29年度

領域代表者

佐野 雅己(東京大学・大学院理学系研究科・教授)

研究領域の概要

 非平衡系を支配する法則を解明することは現代科学の大きな未解決課題である。本研究領域では、メソスケール非平衡系を舞台に「ゆらぎ」と「構造」との不可分で本質的な関わり合いを基軸にした非平衡科学の新しい流れを創り出す。量子凝縮系、ソフトマター、バイオマターまでの多彩な物質群での非平衡現象とその普遍性に関する研究を深め統合することで、ミクロとマクロをつなぐ普遍的な法則を探求する。特に、種々の非平衡系でのゆらぎの普遍性の検証と、物質の創発的な非平衡構造に即した機能発現の理解が焦点となる。本研究の成果は、非平衡統計力学の建設、革新的技術開発、細胞モデルの構築など諸分野につながり、次世代の発展の基盤となる。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 物質の平衡状態の研究は熱統計力学という確立した方法論に立脚しているのに対して、非平衡状態を扱う科学は、まだ発展段階にある。非平衡系を記述する一般的な法則を見いだし、それをもとに、自然現象を理解・制御することは現代科学の大きな未解決課題である。本領域の目的は、これまで独立に進められてきた「非平衡ゆらぎ」と「時空間構造」という非平衡物理学の二つの大きな流れを、それぞれメソスケールの領域にまで押し進めて発展させ、両者を統合する新しい研究の潮流を生み出すことである。近年興った「非平衡ゆらぎ」の普遍法則の発見や、メソスケール系での実験技術の進展により「ゆらぎ」と「構造」を統一的に扱うための環境は整っており、統合による非平衡科学の飛躍的発展の機は熟している。本領域では、量子凝縮系、固体物理、ソフトマター、非平衡統計力学などの分野の実験家と理論家の密接な連携により、個々の対象を越えた普遍的で応用性に富む知見を切り拓くことを目指す。その目的を達成するため3つの班を設けそれぞれ、(1)「非平衡ゆらぎ」の普遍的な法則の探求、(2) ゆらぎと構造が交差する現象の探求と解明、(3) ゆらぎと構造の協奏が生み出す自律的機能の探求、などの課題に沿って研究を展開する。本領域は異なる学問分野の研究者を非平衡法則の探求という目的の下に結集させ、非平衡科学という新しい融合領域をつくり出すことで、広く学術の発展に寄与する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 研究の進展状況は以下のとおりであり、多くの成果が得られている。
A01基礎班では理論的に、ゆらぎの理論を拡張し、微視的力学系から巨視的方程式を導出する新しい理論手法や、微小系の熱効率の上限、細胞内シグナル伝達のロバストさの上限を与えることに成功した。また実験的には、固体量子系において、スピン流ゆらぎの測定に成功するとともに、量子流体と古典流体における層流・乱流転移が同じ非平衡相転移の普遍性を持つことを明らかにした。A02時空班では、せん断流下でのコロイド粒子を3次元観察可能な顕微鏡を開発し、時間反転対称性の破れを観測した。また、冷却原子気体において、異方的長距離力を制御することでスピンの新規な空間構造形成の観測に成功した。A03機能班では、持続可能な循環型人工細胞として回帰的に増殖するベシクル系の開発や、化学刺激により走化性を示す自己駆動系の開発に成功した。さらには、ゆらぎの大きい細胞等における力学物性測定を可能にする3次元多重フィードバックによるマイクロレオロジー法を開発した。理論的には、化学反応を考慮した2成分系における様々の膜形態の変化を再現することに成功している。また、各班を有機的に連携させる目的で設定された計画研究では、細胞の走化性という生命機能の理解を目指し、濃度勾配発生装置を開発し、外部の場のゆらぎ、細胞内の化学反応、膜歪みなどの関係が測定可能な実験系を確立することに成功し、物理的理解への道が拓けた。

審査部会における所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、「非平衡ゆらぎ」と「時空間構造」の別々の側面から行われていた非平衡科学を統合する、新しい研究の潮流を生み出すことを目指したもので、非常に広範な分野をカバーした挑戦的な領域である。個々の研究成果としては、十分上げられており、順調に進んでいる。
 計画研究の役割の明確化を行い、これらを有機的につなぐ研究テーマをそれぞれ設定し、それを担う研究者を特定するなど、研究領域内の有機的連携へ向けた取組み姿勢は評価でき、いくつかの目立った成果も上げ始めている。半導体量子メソ構造、ソフトマター、DNAから冷却原子系までの極めて広い分野の研究をまとめて非平衡系の普遍法則を打ち立てるために、本研究領域の更なる推進を期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 本研究領域は、非平衡ゆらぎの基礎理論と関連精密実験、ゆらぎと構造の交差、機能発現と生命現象における関わりと、3つの研究項目よりなるが、それぞれが着実に研究成果を上げているとともに、各研究項目をつなぐ連携テーマを設定し、研究項目を横断する研究会を開催するなど連携研究を遂行する仕組みが工夫され、研究項目を横断した多くの成果が次々と生み出されている。
 なお、審査結果の所見での指摘事項であった、「研究項目A03」の計画研究の一つにおいて、計画と研究方法が具体性に欠くと指摘されていたが、当該研究項目の課題と連携・分担体制を明確にしたことにより、研究はおおむね順調に進展していると認められる。

(2)研究成果

 199編の質の高い論文が出版されており、かなり活発な研究活動が行われている。世界的にも興味が持たれる研究成果が得られており、国際的にも関連分野の研究水準を高めることに大いに貢献したと思われる。高校への出張講義、公開シンポジウム等のアウトリーチ活動も行われている。
 今後も、本研究領域が関係している学協会におけるシンポジウム等の開催や交流を通じて、普遍法則の学理を普及、深化させる取組みを期待したい。

(3)研究組織

 それぞれの研究組織と研究項目との連携については、おおむね順調に進展しているが、公募研究を含めたグループ間の連携によって取り組んでいる研究課題については、その具体的な進捗状況がやや不明瞭なものが見受けられる。
 若手研究者の育成については、勉強会、国際会議が開かれるとともに、若手研究者の研究領域内での派遣プログラムも実施され、若手研究者育成だけにとどまらず、共同研究推進にも効果的な取組みと評価できる。

(4)研究費の使用

 若手研究者派遣プログラムを利用して装置の共用化が行われる等、新学術領域の経費に相応して適切に使用されている。

(5)今後の研究領域の推進方策

 領域代表者の努力が実り、異なる計画研究間の共同研究を大いに活発化させることに成功している。計画研究では対応できない課題を公募研究で取り入れ、本研究領域の意義を浸透させて連携強化を図ることで研究の幅を広げることは重要であり、残された研究期間も引き続き持続することが望まれる。
 また、本研究領域に関連する学問分野の実験系の人的リソースは極端に少ないと言われている。若手実験研究者を増やす工夫を行い、非平衡物理学としての普遍的な学理の確立という目的に近づくよう、残る期間、研究を推進していくことを期待する。

(6)各計画研究の継続に係る経費の適切性

 特に問題点はない。


お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --