プラズマ医療科学の創成(堀 勝)

研究領域名

プラズマ医療科学の創成

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

堀 勝(名古屋大学・大学院工学研究科・教授)

研究領域の概要

 プラズマは、高速電子との衝突に伴う気体分子の電離や解離により生じる反応性に富んだ粒子[イオン、ラジカル、電子、光]から構成され、高い反応性を利用した材料の超微細加工や機能化が可能であることから、先端産業でモノづくりに不可欠なツールとして、今日の最先端科学を支える基盤技術となっている。一方、これまでの10年間で、大気圧や液中で低温のプラズマ(気体温度が室温程度であるプラズマ)を生成する技術が開発され、生体や生物組織に照射することにより、癌細胞の死滅や皮膚疾患治療をはじめとする画期的な効果が見いだされ、革新的医療技術としての展開が世界的に期待されている。
 本領域は、プラズマと生体組織との相互作用に関する学術基盤の確立を通じて、新たな学問領域として『プラズマ医療科学』を創成し、新しい医療技術の開拓に資することを目的としている。
 特に、本領域では、プラズマと生体および生体組織との相互作用を、「粒子パラメーター(活性粒子種の確定、エネルギー、照射束の定量値)」と「分子生物科学」に基づいて、解明し体系化をはかる。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 本研究領域では、プラズマ【活性粒子(ラジカル、イオン、電子、光)の集合体】と生体分子ならびに生命組織との相互作用に関する学術基盤の確立を通じて、新たな学問領域『プラズマ医療科学』を創成し、革新的医療を開拓することを目的としている。生体へのプラズマ照射により、がん細胞のアポトーシス誘起、皮膚疾患ならびに傷病組織の治癒・再生といった画期的な実験結果が相次いで報告され、プラズマの医療応用に関する研究が世界中で勃興している。しかし、多くは現象論的な報告にとどまっており、医療としての応用展開を図るには、「プラズマで生成される活性粒子と生体組織との相互作用」を定量的に解明し、学問として体系化することが不可欠である。このため、本領域では、プラズマ科学を中核に据え、医学・分子生物科学と融合した新たな学際的学問領域「プラズマ医療科学」の創成に向けて、1)相互作用の定量的な解明を通じて、医療用の革新的なプラズマ生成・制御技術と計測技術を開発し、2)プラズマ照射に伴う生命現象を分子生物科学に基づいて理論を構築して体系化する。さらに、3)細胞レベルから動物実験に亘る系統的な研究アプローチにより、新たな医療技術の開拓と同時に副作用を医学的に評価することで、医療としての安全性に密着した学術基盤を構築する。本領域で目指している「プラズマ科学と医学・分子生物科学を融合した無類の新学際領域の創成」により、世界を先導する革新的医療(従来に無い第三・第四の治療法)を開拓し、ライフイノベーションの推進と健康社会の創出に格段の波及効果が期待できる。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域では、9班の計画研究に16班の公募研究を加えた25班の研究体制のもと、3つの研究項目【(A01)医療プラズマエレクトロニクス「診る・作る」、(A02)プラズマ分子生物科学「理解する」、(A03)プラズマ臨床科学「使う」】を設定し、研究を推進している。
 A01では、医療に適したプラズマ源開発のための基盤として、放電特性・粒子計測データの集積、A03と連携して癌細胞のアポトーシス誘起に関する分子機構モデル(世界初)を提唱し、プラズマ遺伝子導入に成功した。A02では、分子生物科学に基づく理論構築と体系化を推進し、さらに創傷治療に向けた医療機器のガイドライン作成とアクションプランに向けて研究が進展した。A03では、A01ならびにA02と連携し、癌細胞の選択死滅因子に加えて、止血・組織再生・蘇生の促進因子を突き止め、病態外科や病理、健康増進医学への展開を図り、in vivoでの研究に着手してマウスや豚レベルでの有効性や安全性の実証にまで研究が進展した。
 特に、本領域では、装置・技術等の共有に加えて、異分野(プラズマ科学と医学・生物科学系、ほぼ同数で構成)の研究者間の実質的な連携拠点「プラズマ医療ネット」【ハブ拠点(名大)、サテライト拠点(九大、産総研)の3拠点で構成】を設立して、学際的研究と人材育成を精力的に推進し、世界の新たな潮流を創るに至った発見をはじめ、多くの画期的な成果が連携研究による共著論文ならびに公開シンポジウムやメディア(新聞・テレビ報道等)を通じて公表されるに至っている。

審査部会における所見

A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の進展が認められる)

1.総合所見

 本学術領域は、プラズマと生体・生体組織との相互作用に関する技術基盤を確立し、新しい医療技術の開拓を目的としている。これまで日本の半導体製造等におけるプラズマ技術は世界を牽引していたものの、プラズマ医療科学研究分野では立ち後れていた。この状況に対して、領域代表の強力なリーダーシップのもと、2年間で世界を先導するまでに本研究領域を発展させたことは高く評価できる。プラズマ工学と臨床病理学との融合を図った医工連携の実例として新しい治療法の実現が期待され、新学術領域研究と呼ぶのに相応しい成果が挙がりつつある。特に止血・がん研究では、医療機器のガイドラインを立案する委員会の立ち上げに加えて、有用な治療効果を示すプラズマ活性培養液の発見など当初の予想を超えた成果も得ている。また、将来を見越した特許・知財戦略も適切である。今後は臨床応用と共に、この医療技術を支える基盤学理解明のさらなる推進を期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 医療現場で傷病組織の治療や再生に極めて有為な効果が示されているプラズマ照射の生体影響について研究を進めている。「プラズマ医療科学」としての学理とその機序を明らかにすると共に、その結果を臨床応用に結びつけようとする構想に沿って研究を着実に進展させている。このような工学と医学の境界領域課題においては、従来の工学応用には無い視点からの考察が極めて重要となる。このため、研究の進展に伴い現れることが想定される新たな課題の解決に向けて、現象の本質を説明する学理解明の着実な進展を期待する。

(2)研究成果

 領域開始前に比べて、当該分野での成果論文件数が急増していることからも、新学術領域の設定によって当初期待された成果を着実にあげていると評価できる。一方、研究の進展に伴って解決すべき課題も増えているため、研究成果のさらなる進展を通じて国際的な研究イニシアチブの確立が求められ、将来的には国際共同研究を通した共同執筆論文発表への質的転換が重要になると考えられる。さらに、これらを駆動源として当該分野研究の活性化を推進させるための若手研究者養成を積極的に行う必要がある。

(3)研究組織

 プラズマ現象を物理としての解明を研究対象としている研究組織と、治療や再生に用いようとする医療現場組織とを一体化するための配慮が適切に行われている。共同研究センターの設置やこれに伴う共著論文の執筆は、異分野研究者の相互作用を生み出し研究推進の加速が期待できる。今後、医療関係の参画チームが手薄にならないよう研究組織の活性化をどうやって維持し発展させていくかが大きな課題である。また、次のリーダー候補の育成も組織的且つ戦略的に行われるべきである。さらに、研究プラットフォームの国際化なども今後取り組むべき課題である。

(4)研究費の使用

 概ね問題はない。

(5)今後の研究領域の推進方策

 研究のグローバル化の観点からの検討を加えることを期待する。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 特に問題はない。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --