感覚と知能を備えた分子ロボットの創成(萩谷 昌己)

研究領域名

感覚と知能を備えた分子ロボットの創成

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

萩谷 昌己(東京大学・大学院情報理工学系研究科・教授)

研究領域の概要

 従来のものづくりの方法論は、外部から与えた情報に従って材料の塊を加工することで望みの形状を得るトップダウンのアプローチによっている。最近、これとは全く逆の方法論、つまり、物質を構成する分子そのものの性質をプログラムすることにより、その物質自身が望みのものに「なる」ボトムアップのアプローチが注目を集めている。分子そのものを設計し、分子の自己集合によって、原子分解能をもつ人工物を作り上げるこの方法論の出現は、ものづくりの歴史的転換点となることは間違いない。これにより、あらゆる人工物が分子レベルの精度を持つようになれば、生体機能を人工的に再構成できるだけでなく、分子レベルの自己修復、自己改変といったことが可能となり、医療、食料、エネルギーをはじめ、さまざまな分野への波及効果は計り知れないものとなるだろう。
 本学術領域では、化学とDNAナノテクノロジーの学術的・技術的成果をシステム工学・情報工学の方法論によって統合することで、分子システム構築の方法論を一段上の階層に引き上げ、分子レベルでの設計原理に基づいて自己集合した分子システムにより望みの動的挙動を実現する「分子ロボティクス(分子ロボット工学)」を創成することを目的とする。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 近年の合成技術の進歩により、新規かつ高度な機能をもつ分子デバイス・材料が続々とつくられ、さまざまな産業に応用されている。また、前世紀末からの生物学の爆発的な進展により、核酸、タンパク質、脂質、糖などさまざまな生体分子の動作原理が解明され、これら各種の生体分子のエンジニアリングも可能になってきている。しかしこれらの新しい分子デバイス・材料を組み合わせた「システム」を構成することはいまだに難しい問題である。なぜならそのような分子システムでは、多種類の化学反応が同じ時空間を占め、相互に密接に関連している中で、望みの反応だけを起こさなければならないからである。本新学術領域では、そのような分子システムとして、感覚と知能の機能をもった分子システム、すなわち「分子ロボット」を想定し、その構築の方法論を創成することを目的とする。各種分子デバイス・材料のシステム化のための基盤技術として、塩基配列の設計によりいろいろな機能デバイスやナノ構造をつくることのできるDNAナノテクノロジーを用い、分子システムの構築を、デバイスのレベルからシステムのレベルに引き上げることを目指す。複雑な分子システムを自在に構築する技術は、学術的に極めて重要な研究対象であると同時に、医療、環境、食糧等、我々人類が直面している諸問題を解決するためのキーテクノロジーになりうるものである。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本新学術領域では、分子ロボットの進化シナリオを提案して、中長期的な研究ビジョンを示すとともに、分子ロボットの進化の段階に対応した短期目標を設定し、各研究班ではさらにそれをブレークダウンした研究目標に向かって研究を進めている。短期目標(1)(微小管モータをリポソーム内に実装し、そのマクロな運動を分子計算で制御する)については、主に、感覚班、知能班、アメーバ班が取り組んでおり、目標達成に必要な要素技術レベルの開発はきわめて順調に進んでいる。すなわち、DNA計算回路の加速化技術、高濃度のDNA増幅技術、巨大リポソームの作製技術、人工ペプチドシートの自己組織化やDNAタグによる微小管の集合化制御技術などの成果が上がっている。一方、短期目標(2)(1次元ゾル空間を用意し、その中のゲル化部分の運動(遷移)を分子計算で制御する)については、主にスライム班が取り組んでおり、ゲル内の拡散係数やハイブリダイゼーション速度などの物性測定技術、鉄錯体を利用する新しいBZゲルアクチュエータの開発、人工塩基導入による光応答ゲル、無機材料の複合による異方性ゲルなどの開発が進んでいるが、短期目標の達成にはいくつかの困難があり、新しい方法論の開拓が必要となっている。この中で、スライム型分子ロボットのアーキテクチャそのものの見直しが行われ、ゲル中に液胞を配置することでゲルと溶液の利点を併せ持つゲルオートマトンという新しい概念が提案されている。

審査部会における所見

A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの進展が認められるが、一部に遅れが認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、化学とDNAナノテクノロジーの学術的・技術的成果をシステム工学・情報工学の方法論によって統合することで、分子システム構築の方法論を一段上の階層に引き上げ、分子レベルでの設計原理に基づいて自己集合した分子システムにより望みの動的挙動を実現する「分子ロボティクス(分子ロボット工学)」を創製することを目的としている。それぞれの研究班では一定以上の水準の成果を得ており、当該分野の発展に寄与していると判断される。しかしながら、プロトタイプのアメーバ骨格の構築までは実現したが、まだロボットへの道のりは長いように思われる。プロトタイプの分子ロボット実現のために今後一層の努力を期待したい。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 「既存の学問分野の枠に収まらない振興・融合領域の創成等を目指すもの」及び「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」としては、化学材料あるいは生物化学と制御工学を融合し、革新的なボトムアップ技術を構築する方法論の確立を目指すべく、異分野間での共同研究が力強く進められている。相当困難な課題に対して果敢に挑戦している研究領域であり、5年間の間でどこまで飛躍できるかが興味深い。個々のボトムアップ技術の集積に成功しつつある点は評価される。一方で、根幹となる技術と、領域の目指す分子ロボットとは大きな隔たりがあるように感じられる。特に何かに呼応する「知能」をもったアメーバ状の構造体になるためには、今後、相当なブレークスルーが必要であると判断されるため、領域代表者の強いリーダーシップを期待する。

(2)研究成果

 共同研究による成果は予想以上に進歩している。順調な成果が得られて、活発な行動がなされていると判断される。領域代表者と各分子ロボットの「感覚」「知能」分野間の考えの違いを良く認識し合い、うまく埋めていければ良いと判断される。一方で、残り期間で目標を達成するためには、大きなブレークスルーの創出が期待される。ロボティクスとして多くの研究者あるいは一般の方が納得する成果がだされることを期待したい。

(3)研究組織

 研究代表者を絞り、多くの実績のある研究分担者がサポートするユニークな組織体制となっている。研究分担者は研究により集中できる体制であると判断される。研究組織内の若手研究者への配慮は素晴らしく、また、新しい研究者としての評価も高い。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 個々の道具は揃っており、アメーバ、スライム班への貢献を図り、一気に目標が達成されることが期待される。概念提出が手段となっていることから、一般の方が概念創成の必要性を納得しうる領域を代表する成果が複数出されることを期待したい。また、モノづくりへのパラダイムシフトを唱っていることから、実際に成果がどのように役に立つのかを示すことが強く望まれる。現状では、5年後のゴールが見えにくく、今後、「分子ロボット」の実現型までの道筋をより明確に示すことが望まれる。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 特に問題点はなかった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --