水を主役としたATPエネルギー変換(鈴木 誠)

研究領域名

水を主役としたATPエネルギー変換

研究期間

平成20年度~平成24年度

領域代表者

鈴木 誠(東北大学・大学院工学研究科・教授)

研究領域の概要

 生体内エネルギー通貨であるATPのADPと無機リン酸Piへの加水分解反応は大きな自由エネルギー変化を伴う。しかし、この"ATPエネルギー"の起源に関して、実験と理論による厳密な検証を受けた分子論は存在しない。本領域研究では、ATPと、ADPおよびPiの水溶液中における反応系と生成系の水和エネルギーの差を"ATPエネルギー"の最重要の支配因子とする立場からATP加水分解エネルギー論を新たに構築し、密接に関連するATPと相互作用するタンパク質の機能発現における水の役割の解明に取り組む。これらの課題への挑戦には、異なる分野の「融合」による新たな方法論の展開が不可欠であるため、溶液化学・統計物理学・生物化学・生物物理学の研究者を糾合し、理論的研究と、理論への枠組み提示と検証を行う実験的研究(一分子計測、反応熱の精密測定、誘電分散による水和状態解析など)とを緊密に組織化して推進する。

領域代表者からの報告

審査部会における所見

A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、水と生体分子の相互作用を解析の中心において、水を「主役」としてATPのエネルギー論とATP駆動タンパク質によるエネルギー変換メカニズムを追求するものである。構造論・機能論と有機的に連携し、溶液化学・生物物理学・一分子生理学の革新的手法の融合によって、分子レベルの理解を伴った、新しく、より高いレベルのエネルギー論を構築することを目的としている。研究規模が大きくなると、散逸的な研究になりがちであるが、本研究領域では的を絞った領域目標を設定し、その目標に沿った適切な運営によって、着実に成果をあげた点は評価できる。また、領域代表者が主導し、積極的に共同研究や情報共有を図ったことも成果に繋がっている。さらに、研究領域内の比較的多くの若手研究者が助教などのポストを得ており、若手育成の面からも成功を収めている。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 「既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域の創成を目指すもの」としては、溶液化学、統計物理学、生物化学の研究者を配して、ATP加水分解エネルギーの理論的解明、水和効果の役割の定量的評価に成功しており、達成度は高い。生体分子を主な研究対象としながらも、溶液化学、統計物理学の実験、理論を基盤としており、いくつもの分野が融合した研究領域である点も評価できる。水を主体とした生物エネルギーの変換機構研究領域が創成されたと評価できる。
 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」としては、積極的に異分野連携を行っており、特に、「ATPエネルギーの溶媒効果による制御」、「ハイパーモバイル水」、「ATPやヘムの結合に対する水和解析、安定性解析」、「ABCトランスポーターの機能発現機構」に関する研究においては、理論研究と実験が相補的に行われ、当初設定した目的を達成している。

(2)研究成果

 本研究領域で達成された成果の多くは、理論と実験が相補的に、化学、物理、生物分野にまたがった研究を行うことによって初めて得られる研究成果であることがわかる。当初に掲げたATPの加水分解における水の役割についての理論は実験的に計測され、計算モデルにも成功している。さらに、水の並進配置のエントロピーに着目したタンパク質疎水性の起源の解明など新しい理論的成果や、鞭毛の回転方向性に関する新しい実験的成果なども生まれている。「新興・融合領域の創成」という観点から、先に掲げた領域目標に沿って、着実に成果を挙げ、論文発表に努めた点は評価できる。
 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」という点については、各計画研究代表者が他の計画研究にも参画することにより、異分野の共同研究が円滑に進んだものと考えられる。計算科学に水を連続体でなく粒子で扱うようにするという領域代表者の強いリーダーシップによって、理論、実験計測、計算のそれぞれの分野内の共同研究にとどまらず、これら分野間の密な共同研究が達成され、共著論文として成果が現れている。
 「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」という点においては、ATPエネルギーの起源という極めて重要な事象を理論的・実験的に解明したことによる、当該関連分野への貢献度は大きい。また、ここで導入した水和効果の定量的な評価は、他の基礎科学分野へも応用可能であると考えられ、波及効果のある成果であると言える。この他にも基礎的な知見が多く得られており、今後の他領域への波及が期待される。

(3)研究組織

 的を絞った目標設定と組織構成がなされており、領域内の連携も十分に行われた。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 本研究領域は、生化学反応の中で最も重要なATPの加水分解反応を対象として生体分子の精密な熱統計力学を構築する野心的な試みであり、その成功によってATP加水分解における水分子の重要な役割を解明するに至るなど新興・融合領域の創成に成功したと言える。理論と実験と計算の三つが理想的にかみ合って進める物理分野では当たり前のこうしたサイクルが、生物分野においても一般的になってきている。今では異分野とは思われなくなってきていることこそが、こうした研究領域が成功した何よりの証と言える。

(6)若手研究者育成への貢献度

 研究領域内の比較的多くの若手研究者が助教などのポストを得ており、若手育成の面でも成功を収めている。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

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-- 登録:平成25年11月 --