活性酸素のシグナル伝達機能
平成20年度~平成24年度
赤池 孝章(東北大学・大学院医学系研究科・教授)
活性酸素は生体分子に非特異的な化学損傷をもたらす毒性因子ではなく、巧妙に制御されたシグナル伝達機構の担い手であるというコンセプトが生命科学分野に広く受け入れられつつある。本領域提案では、多彩な生命現象と疾患病態に関与している活性酸素の生理機能の解明に向けて、化学と生物系が融合したケミカルバイオロジーの新たな視点から『活性酸素によるシグナル伝達研究』を展開する。すなわち、活性酸素シグナルの受容からエフェクター分子による制御機構を分子、細胞~個体レベルで総合的に解明することを目的とする。活性酸素の生理機能の解明なしには、メタボリックシンドローム、感染・炎症、老化、発がんなどの病態解明と抗酸化的な予防対策、治療戦略は確立出来ない。また、生物種に普遍的に発現されている活性酸素シグナルの統合的理解は、基礎生物、農学(植物学)、医学生物学を含めた生命科学の幅広い分野における学術展開に資するものである。
A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの成果があったが、一部に遅れが認められた)
本研究領域は、活性酸素を生理的なシグナルとして捉え、その生成からエフェクターまでのメカニズムと制御機構の解明を目指したものである。「様々な活性酸素の可視化プローブの開発」は動物から植物にいたる様々な生命現象への応用的価値が高く、成果として十分に高く評価できる。
一方で、活性酸素が機能高分子の破壊及び情報シグナルという二つの機能的性質を有するという観点から、さらなる定量的・時空間的解析を取り入れ、従来の活性酸素シグナル研究を超えた新たな研究展開まで到達すべきであったとの意見もあった。
また、様々な異なる学問分野の若手研究者が結集し、新たな研究領域の創成に向けて多くの成果を出している点も高く評価できる。
しかしながら、アウトリーチ活動への理解・努力に欠けていたと思われる。
種々の活性酸素のケミカルプローブの開発による活性酸素シグナル研究を広く展開することで化学と生物の融合を目指すという設定目的は十分に達成された。動物だけでなく、植物をも含めた活性酸素シグナルの研究を展開し、多くの生命科学研究への波及効果も高く評価された。
一方で「既存の学問分野の枠に収まらない新興融合領域の創成を目指す」という点においては、新たなブレークスルーやパラダイムシフトをもたらしたとは言えず、全体としては設定目的に照らして概ね期待どおりの成果があったが、一部に遅れが認められると判断される。
質の高い論文を多数発表しており、十分な研究成果があがったと言える。領域内の共同研究も順調に進んだことがうかがえる。
ただし、これら研究成果の新規性と国際的位置付けが十分に説明できておらず、異分野連携による新たなブレークスルーやパラダイムシフトが達成されたかどうかの評価が困難であるとの意見があった。
動物・植物を横断する組織作りがケミカルプローブ開発のための連携の確立や、活性酸素シグナルの普遍的重要性を高めることにつながっており、評価できる。また、異なる学問分野の若手研究者が連携して共同研究を積極的に推進した点も高く評価できる。
特に問題点はなかった。
活性酸素のin vivoイメージングシステムの開発をはじめとする技術基盤の確立と普及を行った点は高く評価できる。また、二次メッセンジャーとして働く8-nitro-cGMPや生体中でのpersulfideを含む分子の発見などは非常に独創性が高く、当該学問分野への貢献が認められた。
一方で、がん・心筋梗塞をはじめとする疾患との関わりなど、関連学問分野への貢献は現時点で顕著ではなく、新たな飛躍展開という点においてややインパクトに欠けるとの意見があった。
異なる分野の若手研究者が本研究領域において多くの優れた成果をあげ、10名以上の研究者がプロモーションするに至っている。また、若手研究者が技術支援セミナーや講習会も含めた本研究領域全般の発展にも貢献していることから、本領域が若手研究者育成に十分に寄与したと判断できる。
研究振興局学術研究助成課
-- 登録:平成25年11月 --