遺伝情報収納・発現・継承の時空間場
平成20年度~平成24年度
平岡 泰(大阪大学・生命機能研究科・教授)
生命活動を理解するためには、その根元となる遺伝情報の適切な収納、適時的な発現、正確な継承の仕組みを理解することが重要である。遺伝情報は、基本的にDNA分子の塩基配列として記されているが、細胞核内に収納されたDNAには、遺伝子として読み出される情報以外にも、DNAの物性や形状や空間配置に秘められた未知なる情報が存在する。本領域は、生命活動に伴って核内に局所的・過渡的に形成されるDNA構造や蛋白質複合体などの特性を解析することにより、遺伝情報の収納・発現・継承を制御する「場」の実体を分子レベルで解明するものである。「場」を形成する分子・構造基盤が解明されれば、それを制御することが可能となり、細胞機能を自由にコントロールすることが可能となる。
A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)
本研究領域は、染色体研究に「遺伝情報場」という新しい概念を導入することによって、遺伝子発現に関わる生命現象の解明を目指すものである。質の高い研究成果が多数発表されたことに加え、染色体を構築する分子構造の解明に関わる新規技術も多数開発され、それらの技術の波及効果も非常に高いと思われる。また、分野を超えた共同研究を積極的に推進し、領域全体の活性化に成功している点も評価できる。一方で、染色体対合に関与するノンコードRNAの発見などの大きな業績が個別研究の延長であり、本領域としての共同研究がそれらに寄与しているか不明確な部分もあるが、全体としては設定目的に照らして期待どおりの成果があったと認められる。
若手研究者の育成についても十分に成功しており、次世代のリーダーとしての活躍が期待できる。さらに高校への出張講義、蛍光顕微鏡の実技講習会や一般向けの公開シンポジウムを企画し、領域の研究成果をわかり易く解説することで、社会への還元や次世代の研究者へ向けた啓蒙を進める取組は、着実な成果を上げており高く評価できる。
「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指す」という点については、染色体構造や複製・転写過程をイメージングや結晶構造解析、バイオインフォマティクスなどの手法を多用しながら共同研究を進め、新技術の開発を行ってきており、目標を十分達成していると評価できる。
また、「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらす」という点についても、開発された新規技術の汎用性が高いことから、その波及効果は高いと評価できる。
「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指す」という点については、遺伝情報の継承・発現・収納という問題に対して、遺伝情報場という新しい概念を導入し、様々な分野の研究者の多数の視点と技術を融合することによって、多くの研究成果をあげており評価できる。
一方で、その成果が技術開発に偏っているとの意見もあった。また、「他領域への波及効果」という点では、生細胞イメージングや1分子イメージング、タンパク質複合体プロテオミクス、ヌクレオゾーム試験管内再構成系の確立と結晶構造解析などの新規技術の開発を進め、生物学的成果をあげている。これらの成果は、多くの生物学の問題解明への技術基盤ともなることから、波及効果は非常に高いと思われる。
領域代表者のリーダーシップのもと、実験生物学(分子生物学、構造生物学)、理論生物学(シミュレーション)、物理化学(物性計測)と異分野の研究者が連携する仕組みが構築された。
また、共同研究や公開シンポジウムのほか、出張授業、蛍光顕微鏡の実技講習会などアウトリーチ活動も推進された点は評価できる。
特に問題点はなかった。
本研究領域で開発された新規技術は汎用性があり、その波及効果は高い。生殖医療や遺伝病を含めた医学領域に対して、本領域で明らかにした現象が、病原の探索や将来的な治療開発への新たな可能性を示したことは、高く評価できる。
また、開発した蛍光プローブは基礎研究での活用が期待されるため、広く共有されることが求められる。さらに、本領域から派生した新しい新学術領域研究が平成25年度から始まっており、「遺伝情報場」の概念が新たな展開を見せている。
高校への出張講義、蛍光顕微鏡の実技講習会、一般の顕微鏡の蛍光観察用アダプター開発、公開シンポジウムの開催などによる次世代の研究者に向けた啓蒙を行っている点や、参画した若手研究者の多くがプロモーションに成功している点など、高く評価できる。
研究振興局学術研究助成課
-- 登録:平成25年11月 --