細胞内ロジスティクス:病態の理解に向けた細胞内物流システムの融合研究
平成20年度~平成24年度
吉森 保(大阪大学・生命機能研究科・教授)
細胞内の多くのオルガネラを結ぶ物流システム・メンブレントラフィックは、細胞膜を最前線とする細胞の対外活動のための後方支援機構(兵站線=Logistics)として個々の細胞の生存のみならず神経系や免疫系などの高次生体機能をも担う。このシステムの実体は単なる物質運搬ではなく、まさに経済用語としてのLogisticsすなわち「原材料の調達から製品消費までのものの流れの総合的なマネジメント」により近い。そこで本研究では、細胞内物流をロジスティクスとして捉える新視点に立脚し、その破綻・攪乱により生じる様々な病態の理解を目指す。具体的には、5つの物流経路に焦点を当て分子細胞生物学とシステムバイオロジー及びケミカルバイオロジーとの融合によるアプローチを試みる。
A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)
本研究領域は、細胞内物流をロジスティクスとして捉える新視点に立脚し、その破綻・撹乱により乗じる様々な病態の理解を目指したものである。当初計画されていた「細胞生物学、情報科学、ケミカルバイオロジーの専門家による異分野連携」は十分に達成されている。とりわけ、ケミカルバイオロジーによる低分子化合物の探索では、計画研究・公募研究との連携を通じて、臨床応用に発展しうる化合物の同定がなされており、今後の発展がおおいに期待できる。
また、異分野融合について、互いの長所を掛け合わせた創造物が生み出された点についても高く評価できる。これらの成果によって「細胞内画像処理」という新しい分野を創成できている。発表論文の数と質は申し分なく、参画した多くの若手研究者がポストを確保するなど、研究をはじめ若手育成の面からも本研究領域が成功したと言える。本研究領域の目標に対するストラテジーの設定と、その成果を踏まえれば、全体的に非常に高い完成度であったと評価できる。
理工系の要素であるデジタル画像解析とケミカルバイオロジー、それぞれに細胞内輸送の研究が融合させるという目的は十分に達成されたと思われる。ケミカルバイオロジーは、蛋白質と結合する化合物をスクリーニングする研究を着実に進展させた。画像解析はアルゴリズム・コンテストを含めた細胞内物流システム画像処理など、当初の計画以上の進展がみられた。
ガラス基板上へ官能基非依存的に低分子化合物を固定させ、それと結合する化合物をスクリーニングする手法や細胞内画像処理アルゴリズムの開発など、新しい手法を開発・公開する目標を実現できており、より具体的な成果も今後期待できる。計画研究のみならず公募研究代表者からも、トップジャーナルに多くの論文が発表された。
細胞生物学研究者と情報科学研究者によって構成されていたが、両者の基本概念や問題意識、基礎知識に関する大きな隔たりを解消するために何度も議論するなど地道な努力を積み重ね、双方が新しい視点から新画像解析手法の創出を達成した点は評価に値する。新たな「細胞内画像処理」分野の創成へ向けたシンポジウム・研究会の開催、アルゴリズム・コンテストの開催、ソフトウェアの開発・公開などアウトリーチ活動も推進され、研究組織として十分に機能した。
特に問題点はなかった。
画像解析やケミカルバイオロジーの一般化について、研究領域全体に波及する取組を行ったほか、解析ソフトの無料公開や研究領域外への広報・啓蒙活動に力を入れており、本研究領域のみならず、他分野にまで成果が波及した点が評価できる。また、病態に関わる物流システムのメカニズム解析という目標に対して、生物学と理工学の融合研究を進めたことにより、本研究領域内でも複数の病態に関わる研究が進んだ。本研究成果の多くは、様々な病態を対象にしている医学領域、特に免疫疾患、神経疾患、感染症、がん、内分泌疾患のメカニズム研究への展開が期待でき、今後の他領域への波及効果は大きいと考えられる。
シンポジウムや研究会、アルゴリズム・コンテストの開催は、若手研究者育成の一翼を担っており評価できる。30名以上の若手研究者が昇進あるいはポストを確保したほか、本研究に参画した若手研究者による新学術領域研究が新たに立ち上がっていることからも、若手育成に成功したと言える。
研究振興局学術研究助成課
-- 登録:平成25年11月 --