半導体における動的相関電子系の光科学(五神 真)

研究領域名

半導体における動的相関電子系の光科学

研究期間

平成20年度~平成24年度

領域代表者

五神  真(東京大学・大学院理学系研究科・教授)

研究領域の概要

 半導体と光が関わる新奇な量子現象では、光励起状態として生じる電子と正孔の電子相関効果、すなわち動的電子相関効果が重要な寄与を果たし、エレクトロニクスの基礎である一電子バンド理論の限界や破綻が顕になる。本領域では、理論および実験物理・工学・材料化学など異なる学問分野の有機的な連携により、半導体動的相関電子系の学理を確立し、電子相関効果がどのように半導体の光学応答や光励起状態そして量子凝縮秩序相形成として現れるのか、またそれを新しい光技術としてどう活用できるか、理解・予測できるようにする。一電子バンド理論を越える新しい学理・原理として活用し、新しい光科学や光の活用技術の創出と産業技術への波及を目指す。 

領域代表者からの報告

審査部会における所見

A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

1.総合所見

 レーザーに代表される従来の光科学は、物質から独立した光のコヒーレンスにのみ注目してきた。本研究領域は、光と物質を同等に扱うという新しい視点に立ち、それぞれが強く相互作用する中で散逸効果を取り入れるという困難な問題に、初めて系統的に取り組んだ野心的な領域である。量子情報・レーザー・半導体光物性・テラヘルツ分光など異なる分野の研究者が結集して、それぞれ世界的に第一級の成果をあげただけでなく、異種分野の研究者が機能的に連携して予想以上の成果が得られたことは、特筆に値する。
 また、熱平衡下の物理と非平衡定常状態の物理を統一的に記述する理論が本研究領域から提示されたことは、非平衡統計物理学に大きなインパクトを与えただけでなく、広範に存在する他の光関係研究分野に先駆けて、非平衡開放系である多くの光デバイスに対する今後の取り組むべき方向を示したという意味で、高く評価される。本研究領域における基本コンセプトとして強調されてきた「動的相関電子系(DYCE)」というキーワードも着実に根付いてきており、今後のさらなる進展が期待される。
 しかしながら、周囲から「深淵で近付き難い」と思われることがないよう、例えば、複雑系科学など、より広汎な科学分野との連携を積極的に模索していくことも必要であろう。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 本研究領域では励起状態の多体相互作用という概念を軸に、種々の共同研究が展開された。4つの研究項目それぞれに中心となる実験と理論手法を定め、集中的に投資することによって、物質と光の相互作用について新しい局面を切り拓き、新規性の高い成果を上げることに成功した。特筆すべきこととして、通常は一光子の量子性を相手にする量子情報系の研究と、多数光子集団のコヒーレンスを相手にする凝集系の研究が、互いに刺激し合って予想を越える成果を得たことがあげられる。例えば、単一光子源の開発が必須と考えられてきた量子情報分野において、単一光子状態を作らなくても光子の統計性制御から量子情報通信用の光子源が得られることの発見と、凝集系分野で新たに開発された光子計数ストリークカメラによる高次光子の統計分布測定法を組み合わせて、実装可能な単一光子源の新しい評価法を提案した研究が好例である。
 また、イオンや原子の磁気光学トラップ分野、半導体中の高密度励起子分野、共振器量子電磁力学分野など、これまで交流が比較的乏しかった分野が融合することによって、光を定常状態ではあるが非平衡統計物理の対象として考えられることを示した点も高く評価できる。
 以上のことから、本研究領域の設定目的の達成度は非常に高く、期待以上の成果があったと言える。

(2)研究成果

 試料・測定・理論の連携が見事に実を結び、設定目標以上の高い成果が得られた。特に、長年の懸案であった半導体励起子系の自発量子凝縮の実証、単一量子系とコヒーレント光との非線形相互作用による物質系と光のエンタングルメント生成を用いたハイブリッド量子中継方式の提案、サブテラヘルツから近赤外域までを完全にカバーする世界最高帯域のコヒーレント赤外光源の開発と、それを用いた超広帯域テラヘルツ分光、共振器ポラリトン凝縮とレーザー発振を統一的に説明する理論など、目標を越える発見が多数得られた点が高く評価できる。これらは、相互に補完された新技術・新手法が本研究領域の随所から開発されたことによる。論文発表や学会発表も質・量ともに十分である。

(3)研究組織

半導体試料作製・測定・数値計算・理論など様々な分野の研究者が機能的に連携する組織が構成された。連携を促すためのシンポジウムや国際ワークショップの開催、さらに若手研究者の育成に重点を置いた若手道場など、工夫をこらした仕組みが考案され積極的に推進された。また、理論分野の研究者を積極的に入れた点も高く評価できる。まだ準備が整っていなかった研究期間前半では理論系研究者の公募研究採択件数を絞り、後半に拡充した点も賢明なマネジメントであったと思われる。

(4)研究費の使用

特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 本研究領域が予想以上の成果をもたらし、量子計測や量子標準、量子情報処理や量子情報通信、量子エレクトロニクスなど当該学問分野へ十分な貢献を果たしたことはもちろん、スピントロニクス、超伝導、マルチフェロイクスなど強相関電子系分野にも大きな波及効果をもたらすことが期待される。さらに、熱平衡系におけるポラリトン凝縮と非平衡定常状態のレーザー発振を同一理論でつなぐ物理の提案は、非平衡統計物理分野において長年の懸案であった平衡-非平衡交差問題に解決の糸口をもたらすだけでなく、半導体光デバイスなど産業応用分野への波及も期待できるという意味で、その貢献度は極めて高い。

(6)若手研究者育成への貢献度

 若手道場など若手研究者に重点を置く工夫をこらした仕組みを考案し、積極的に推進した点は評価できる。また、若手研究者・学生の受賞が非常に多い点も高く評価したい。しかしながら、研究に参画した若手研究者の多くが任期付の博士研究員にとどまっていることは残念である。有能な若手研究者の活動が十分に評価されるためには、当該研究分野から外部に向けた説明の工夫などさらに努力していく必要がある。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

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-- 登録:平成25年11月 --