大地環境変動に対する植物の生存・成長突破力の分子的統合解析 (馬 建鋒)

研究領域名

大地環境変動に対する植物の生存・成長突破力の分子的統合解析

研究期間

平成22年度~平成26年度

領域代表者

馬 建鋒(岡山大学・資源植物科学研究所・教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 移動することのできない植物は様々な大地環境を克服し、生存域を広げ、地球環境を創ってきた。本新学術領域研究は植物のゲノムに刻まれている “環境突破力”を分子レベルで統合的に解析し、それを個体から地球環境レベルにわたって理解することを目的としている。これまで実験科学者は植物のストレス耐性と成長制御の仕組みを一つ一つ明らかにしてきたが、それらは複雑に絡み合っているため、個々の研究だけでは植物の持つ環境突破力を総合的に理解することはできない。本学術領域ではこのような植物の持つ“環境突破力”を、植物科学研究者を中心に、数理モデル研究者とともに分子レベルで統合的に解明することを目指している。まず、様々な環境ストレスに対して植物が発達させてきた突破力の分子機構やストレス間のネットワークなどを解明し、植物個体の生存成長戦略の分子メカニズムを明らかにする。そして、これらの知見を基盤として数理モデルとコンピュータシミュレーションを駆使することにより、環境条件に応じて植物が個体として示す挙動を理論的に明らかにする。「生存戦略」「成長戦略」「数理モデリング」という分野の異なる3つの班を有機的に連携させることにより、日本の植物科学の学術水準を一層高めることを目指し、さらに複合ストレスに強い作物を創出することにより、今後予想される大地環境の劇的な劣悪化に対応する食糧生産にも寄与したい。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 様々な環境ストレスを克服するために、植物が発達させてきた分子機構を様々な手法で明らかにした。植物の酸性土壌を突破する仕組みを新たに解明した。窒素欠乏時に老化器官から窒素を効率よく転流する仕組みの一部を明らかにした。乾燥と高温ストレス耐性に重要な転写因子DREB2Aのプロモーター上に遺伝子発現を巧みに調節する配列を同定した。また高温ストレス時に転移因子が活性化されることを見つけた。細胞膜H+-ATPaseの活性調節に関わるプロテイン・キナーゼとホスファターゼの生化学的特徴、フロリゲンFLOWERING LOCUS T (FT)が気孔開口の調節因子としても機能することを明らかした。 
 サイトカイニンが細胞周期因子の分解制御を行うことにより、エンドサイクルへの移行を促進すること、細胞の伸長成長を能動的に停止させるのにトライへリックス型転写因子 GTL1が必要であることを明らかにした。また、GTL1の下流で働き、植物の細胞成長を直接制御する可能性のある約160個の遺伝子を単離した。葉の付け根にある腋芽の形成から休眠への相転換のタイミングを把握することに成功した。浮きイネの深水依存的な節間伸長を制御する量的形質座(QTL)を新たに2つ見いだした。
 動力学モデルを開発・解析し、昼夜問わず成長点への安定したショ糖供給を行うためには日長変化によるショ糖枯渇をシグナルとした体内リズムの位相と周期の調節が必要であることを理論的に証明した。また、大気CO2濃度や気温上昇の作物の生育・生長応答に対する高精度予測を行い、2020年代以降は高温ストレスが収量に負の影響を及ぼすことが予測された。

審査部会における所見

 A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本領域研究は、「植物のゲノムに刻まれている“環境突破力”を分子レベルで統合的に解析し、それを個体から地球環境レベルにわたって理解すること」を目的とするものである。その目的達成のために、植物の「生存戦略」「成長戦略」「数理モデリング」という三つの研究班を有機的に連携させて共同研究を推進している点、加えて、総括班がストレス評価センターを立ち上げ、領域内連携を効率よくサポートしている点は高く評価できる。また遺伝子・細胞レベルの解析に留まらず、現時点で成功例は少ないが、分子メカニズムの解明を目指した数理モデリング・コンピュータシミュレーションにも積極的に取り組んでいると判断できる。今後は、本研究成果が植物生命科学のみならず農学・地球環境科学への応用にも繋がることを期待したい。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究の進展状況

 「既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域を目指すもの」としては、個々の研究代表者は質の高い研究を順調に展開していると判断でき、また全体としてみても、総括班が立ち上げたストレス評価センターの利用を班員に促し、多くの共同研究を生み出そうとする姿勢が伺える。
 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」としては、三つの戦略研究に属する研究者間の共同研究が試みられており、植物科学領域内であるが、分子生物学、遺伝学、生理学、生化学、土壌肥料栄養学など専門分野の異なる研究者による共同研究が行われ、論文として結実されつつある。一方で、モデリング研究の位置づけが明確でなく充分に活用されていないため、実験によるウェット研究を強くサポートするかたちで機能させる必要がある。
 「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、班会議、シンポジウム等で、本研究領域の全てのメンバーに「大地環境変動予測」と「数理モデリング」という新視点を与えており、さらに他の計画研究代表者らの個別研究においても10テーマ以上の内容について数理モデリングの共同研究が進められている点は評価できる。しかしながら、分子生物学者とシミュレーションの融合については、現段階では目立った進展はみられないため、両者のギャップを埋める新たな試みを期待したい。
 「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、関連学会でのシンポジウムや、国際シンポジウムの企画、招待講演、ホームページを通じて、研究内容を紹介し、他の関連の領域に大きな影響を与えつつあり、また新聞報道も多く社会的な関心を集めていると評価できる。

(2)研究成果

 「既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域を目指すもの」としては、植物の酸性土壌や高温ストレスを突破する仕組み、アルミニウム耐性に関わる遺伝子の同定、DNA損傷による細胞周期・細胞成長の制御機構、根の細胞分裂・伸長を制御する成長戦略、フロリゲンFTの多様な生理機能など、様々な環境ストレスを克服するために植物が発達させてきた幾つかの機構を遺伝子・分子レベルで解明し一流国際雑誌に数多く掲載している点は高く評価できる。また、分子レベル、遺伝子レベルでの素過程の研究を解析するための数理モデリングの段階まで達成させつつあり、大地環境科学の創成の芽が出た段階であると判断でき、今後の展開が期待できる。
 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」としては、各計画研究代表者がレベルの高いジャーナルに成果を上げている点や現時点での目立った成果は得られていないものの多くの共同研究が進められている点、人材育成という点が評価できる。
 「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、ショ糖供給システム、師管ネットワークでの無機塩類の配分システム、根端成長、二酸化炭素濃度・施肥と作物成長というモデルが具現化しており、またモデリング研究と実験研究の共同研究が進められている点は高く評価できる。
 「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、国内外の招待講演、新聞報道、特許申請を通じて領域を超えた幅広い関心を集めつつあると判断でき、複合ストレスに強い植物・作物の生産など、農学・地球環境科学への応用・貢献などの波及効果も期待される。

(3)研究組織

 総括班によって岡山大学資源生物科学研究所に「ストレス評価センター」が立ち上げられ、共同研究のハブとして有効に機能し始めている。各種ストレス応答を評価・解析する上で有用なスペース・高額機器を保有、運用することで各研究代表者の研究とその連携の推進を効率よく支援できている点が評価できる。若手研究者・女性研究者を積極的に登用している点や国民との科学・技術対話の一環として、小学生を対象にした田植えと稲刈り教室、大学での研究室紹介など、労を惜しまずアウトリーチ活動を活発に進めている点は評価できる。

(4)研究費の使用

 研究費の配分がやや総括班に集中している傾向があるが、これにより共同研究の効率化が進んでいると認められる。ただし、若手研究者への配分も増やすべきという意見もあった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 ストレス評価センターの活動は、今後も継続して活用されることが望まれる。また、既に開発された技術を基盤に、領域内外での共同研究を積極的に推進することで、食糧問題や自然環境問題の解決など社会への様々な波及効果も期待したい。一方で、数理モデリングをもっと適用した研究事例を増やすべきという指摘や工学的・物理的発想・手法も導入し、さらにインパクトのある学問領域を確立して欲しいとの指摘もあった。今後、本領域研究を推進することで、植物固有の各論的概念にとどまらず、動物や微生物との比較対照を行い、生物としての新しい一般概念が導かれることが強く期待される。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --