多方向かつ段階的に進行する細胞分化における運命決定メカニズムの解明 (北村 俊雄)

研究領域名

多方向かつ段階的に進行する細胞分化における運命決定メカニズムの解明

研究期間

平成22年度~平成26年度

領域代表者

北村 俊雄(東京大学・医科学研究所・教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 細胞の運命は、細胞外からのシグナルや内的要因によって変化する遺伝子発現によって決定される。遺伝子発現は、転写因子による転写調節と染色体ヒストンの翻訳後修飾によるエピジェネティックな調節を受け、ダイナミックに変化し細胞分化を規定する。造血細胞は、1)多方向かつ不可逆的に分化すること、2)細胞の単離が容易であること、3)表面マーカーが多く同定されていることなど、細胞分化制御を解析する最もよい系といえる。また、骨髄異形成症候群などの分化異常によって引き起こされる造血器腫瘍を研究することも細胞分化制御の破綻という側面から細胞運命制御を解明するために有効である。
 本領域では、正常造血細胞の分化および正常造血細胞分化が破綻した造血器疾患において、転写制御、エピジェネティクス、さらに、これらのシステムに外界からのシグナルが与える影響を研究することによって細胞分化の分子機構を解明することを目指している。哺乳類の造血系の研究に加え、非造血細胞の分化やモデル生物の造血系の研究も取り入れることによって、細胞分化の分子機構を統合的に解明することを目指す。
 これまでに転写、エピジェネティクスの研究は細胞増殖や癌化について多くの研究がされてきたが、細胞分化については、同方向に分化した細胞を同時に大量に採取するのが難しいこともあり研究が進んでいない。分化とエピジェネティクスの関係をさまざまな手法を利用して研究する本領域の研究計画は意義がある。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 ミエロイド系細胞、赤芽球系細胞、骨髄芽球系細胞、免疫系細胞、肝細胞、神経細胞、眼細胞、骨細胞の分化とエピジェネティクスとの関係をクロマチン沈降法などの方法論を駆使して明らかにしつつある。また上記のようなさまざまな細胞の分化において、C/EBP・、Runx1、Runx3、GATA1、GATA2、GATA3、ThPOK、MafB、Pax5、Bcl11b、Hes1などの転写因子が果たす役割を明らかにしつつある。例えば谷内、河本らはBcl11bがミエロイドT前駆細胞からT前駆細胞への分化過程で重要な働きをしていることを示した。また茂呂らは最近注目されているナチュラルヘルパー(NH)細胞の分化にGATA3が重要な働きをすることを明らかにした。一方では、挿入的クロマチン沈降法、細胞分化によって色が変わる細胞、G0細胞マーカー、DNAメチル化状態を可視化できる細胞など、本領域の研究に有用と考えられる方法論、システムの開発も順調に進んでいる。
 また造血細胞分化が破綻した時に発症する骨異形成症候群(MDS)は本領域の一つの大きなテーマであるが、稲葉らはMDSの1病型である7q-症候群で欠失している遺伝子を2つ同定し細胞分化、癌化との関係を解析した。またMDS患者細胞ではRunx1やC/EBP・などの転写因子に加えて、最近エピジェネティクス関連分子の変異も多く報告されたが、北村らは変異型TET2、EZH2、ASXL1を発現させた骨髄細胞を移植することによりMDSマウスモデルを確立し解析中である。

審査部会における所見

 A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの進展が認められるが、一部に遅れが認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、細胞分化の研究に適した血液細胞を研究対象として選択し、血液、免疫及び基礎研究分野の研究者の有機的連携を図ることによって、細胞分化決定における多方向性段階的進行を司るメカニズムの解明を目指すものである。造血細胞のエピジェネティクスによる分化制御機構の解明を中心に、研究が順調に遂行されているが、全体像としての「統合的な解明」、さらには他の分野を含めた細胞運命決定機構に共通する普遍的原理の解明に繋げられるような戦略が期待される。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究の進展状況

 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」としては、血液細胞を対象としたエピジェネティクスによる分化制御や、網膜や幹細胞分化についての共同研究が行われ、成果が上がっていることは評価できる。一方で、「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、これまでの分化制御研究のブレークスルーとなるような成果を生み出していくための取組が乏しいのではないか、という意見があった。

(2)研究成果

 造血細胞分化をモデル系として細胞運命決定機構の統合的解明を目指しており、領域内の個別の研究グループが着実な成果を上げている点や血液細胞研究の手法を利用し、網膜系の細胞分化機構解明へと拡張されたことは評価できる。ただし、「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、中心となっている血球の分化系分野の研究の進捗に比較して、その成果による領域内外及びその他の分野への波及効果が弱いと思われる。

(3)研究組織

 本研究領域に参加している多数の研究者が多くの共同研究を行っており、異分野連携がある程度進んでいる点は評価できる。また、造血細胞分化の研究から得られた成果を基に、領域内外における普遍化を目指すための方策を期待する。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 異分野の連携、新しい解析技術の開発と領域内における共有、採用されている公募研究の内容のバランスについては高く評価でき、引き続き推進することが期待される。一方で、一般向けのアウトリーチ活動や情報発信が不足しており、今後、幅広い広報を行うなど一層の努力が求められる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --