ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相: 学習能力の進化に基づく実証的研究 (赤澤 威)

研究領域名

ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相: 学習能力の進化に基づく実証的研究

研究期間

平成22年度~平成26年度

領域代表者

赤澤 威(高知工科大学・総合研究所・教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 本研究領域は、20万年前の新人ホモ・サピエンス誕生以降、アフリカを起点にして世界各地で漸進的に進行したとされる新人と旧人ネアンデルタールの交替劇の経過(旧人絶滅、新人繁栄)を記述し、その経緯をヒトの学習という視点から調査研究し、交替劇の真相究明を目指す。具体的には、交替劇の原因は、両者の間に存在した学習能力の違いで説明できるとする作業仮説「学習仮説」を立て、それを裏付ける理論的研究とともに、考古学、文化人類学、遺伝学、環境科学、生体力学、神経科学諸分野の研究に基づく具体的証拠に依拠して作業仮説を実証的に検証するプロジェクトである。
 本領域は、現代人起源問題に残された最大のトピックスとして脚光を浴びる交替劇論争において、これまでに例のない独創的な研究領域を策定し、日本発の新しい発想「学習仮説」にもとづいたブレイクスルーを開くことを目指している。
 領域の独創性のひとつは対象とする地理的範囲である。アジアを含めたその全域で証拠を探り、交替劇を世界規模で検証する本領域研究は、ヨーロッパ大陸の考古学的証拠を拠り所としてきた海外研究者コミュニティーの事例研究を飛躍的に発展させる。
 もう一つの独創性は、研究目的を達成するために立案した、人文系・生物系・理工系諸分野の視点や研究手法の有機的な連携をベースとする異分野連携研究体制である。このようなアプローチは交替劇研究において例がなく、学界に強いインパクトを与えることは必定である。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域の全体構想は、各分野(研究班)の専門個別研究にもとで生まれるさまざまな作業仮説を、有機的な連携研究によって相互評価し、緊密に結びつけることによって達成される。各分野は着実に個別成果を積み上げ、数々の作業仮説を提起してきた。その成果は、相互評価の対象となる具体的な内容を含み、すべての分野が連携研究に取り組める状況に達したことを示す。以下、具体的な進展状況を列記する。
 (1) アフリカ、ユーラシア大陸の旧人・新人遺跡を網羅的に搭載するデータベースが充実し、交替劇の経過を具体的証拠に依拠して検証するとともに、その経緯を、両者の学習行動や文化の進化速度の違い(つまり、学習能力の違い)などの視点から記述・分析し、学習仮説を裏付ける作業仮説を提起した。
 (2) 現生狩猟採集民(つまり、新人)の学習行動の実態調査から、文化的行動の習得・継承の基本となる模倣学習、創造性を生み出す主体的学習、それらを涵養する子どもの遊び集団の役割の重要性を確認するなど、旧人の学習行動の特性を考察する上で有用な作業仮説を提起した。
 (3) 旧人と新人の間で異なる学習戦略が進化した要因、その能力差が両社会に文化の進化速度の違いをもたらすメカニズムなどを、数理モデルの記述・分析を通して検討し、学習仮説を裏付ける作業仮説を提起した。
 (4) 化石頭蓋の高精度復元および化石脳を抽出する手法を開発し、その古神経学的分析のベースとなるヒトの脳学習機能マップ作成に取り組み、旧人・新人の学習能力差の解剖学的証拠を同定・記述する新分野の開発を進めた。

審査部会における所見

 A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの進展が認められるが、一部に遅れが認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、旧人から新人への交替劇の経過を「学習仮説」という独創的な視点をもって解明しようとする壮大かつ野心的な研究であり、国際的にも大きな意義を持っている。各研究項目においては、新たな視点や手法を用いた優れた研究成果が数多く発表され、データベースの作成など研究をさらに進めるための基礎も確立された。しかし、現在のところ計画研究間の相互参照や、分野横断的な連携が不十分で、領域全体としての統一的知見の獲得に至っていない。今後は、「学習仮説」の検証プロセスを明確にして、領域全体で共有し、各研究項目の研究内容が統合されていくことが望まれる。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究の進展状況

 「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、各計画研究における研究の進展は大きく、順調に進んでおり、また、研究計画同士の関連性も読み取ることができ、「学習」に焦点をあてた統合化の試みが進められていることがわかる。しかし、現時点では、「学習仮説」を実証的かつ統合的に検証するためのプロセスが領域全体で十分に共有されておらず、各研究計画を超えて統合された議論が展開されるには至っていない。

(2)研究成果

 世界のネアンデルタール資料のデータベースの作成など、研究を進めるための基礎は十分に形成できている。また個別の研究成果も数多く出ており、海外の出版社から領域全体の成果がシリーズとして刊行される予定であることは、特に評価できる。「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、今後は、データベースの活用や個々の研究成果の相互参照によって、研究項目を横断した形で得られた知見を統合し、研究成果が発表されることが望まれる。

(3)研究組織

 領域代表者のリーダーシップのもと、多様な専門分野を統括し、独創的な研究が展開されている。しかし、異なる分野の専門家の間の相互連携やコミュニケーションが不足しており、特に研究項目A,B,Cの間で研究成果の共有と、知見の統合に向けた一層の努力が必要である。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 「学習仮説」の従来の研究の中での位置付けや意義、議論の前提などを、各研究計画において改めて共有し、それぞれの研究内容や概念と合わせていくことが必要である。また、検証プロセスを明確にし、それを実証するとともに、他の仮説との比較検証をすることによって、領域全体の統合的な知見が得られることを期待したい。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --