植物の生殖過程におけるゲノム障壁(倉田 のり)

研究領域名

植物の生殖過程におけるゲノム障壁

研究期間

平成18年度~平成22年度

領域代表者

倉田 のり(国立遺伝学研究所・系統生物研究センター・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 生物種が種として安定的に存続するためには、他の近縁種との交雑を妨げる機構が必須である。つまり、ゲノムの安定的維持機構のひとつとして、他の種とのゲノムどうしが混ざり合わない機構が必要であるといえる。このように、ある生物種に固有なゲノムが他のゲノムと混ざり合わないように維持する要因を、ここでは「ゲノム障壁」と呼ぶ。植物ゲノムにおける「ゲノム障壁」の厳密性と可塑性は植物特有の現象と考えられがちだが、その基盤を成している機構に対する解明は、ゲノムの成立過程、種分化、生物多様性と進化等の理解につながると考えられ、植物科学のみならず、その境界領域にもたらす科学上の波及効果は多大である。
 また、生物多様性が急速に失われつつある現在にあって、生殖はこれらの不良環境に対して最も敏感な反応系であり、「ゲノム障壁」因子の分子レベルでの同定やその機能の理解は、植物に対する環境の影響を探る有効かつ興味深い研究課題でもある。植物の生殖過程における細胞間シグナル伝達、エピジェネティックな遺伝子発現の研究は、生殖に止まらず生命普遍的な機構として日本では多くの質の高い研究が展開されて来た。本特定領域では、このような研究の優位性を生かし、生殖過程に潜む一連の「ゲノム障壁」制御遺伝子の機能・相互作用を統合的に研究し、「ゲノム障壁」機構の全容解明を目指す。

(2)研究成果の概要

 本研究領域では、領域研究開始当初からの最大の目標であったゲノム障壁の実態を以下のように明らかにして来た。(1)イネの日印 (japonica-indica)交雑でみられる特定のゲノム不伝達因子を3組同定し、イネ進化との関連を解析した。(2)特定ゲノム間のイネF1雑種が、耐病性因子による過敏感反応により弱勢になることを見出した。(3)シロイヌナズナの進化の過程で生じた自家不和合成変異を解消することで、ゲノム障壁を無効にすることに成功した。(4)植物ホルモン・ジベレリンがゲノム障壁そのものとして働くことを明らかにした。(5)助細胞から分泌される花粉管ガイダンス分子がCysteine-rich peptideであることを始めて明らかにした。この因子は、アブラナ科自家不和合性花粉側因子に類似性を持ち、自家不和合、受精という異なる場面でのゲノム障壁に分子的共通性のあることを示した。(6)イネの全生殖過程および小胞子/花粉とタペート細胞それぞれでの全遺伝子発現プロファイルを明らかにし、解析web siteを研究者に公開した。このように、本研究領域では「ゲノム障壁」の多様性と普遍性を示すと共に、その分子レベルでの実態を解明し、大きな成果を残すことができた。

審査部会における評価結果及び所見

A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

(1)総合所見

 生物固有の設計図であるゲノムには、他の生物種と容易に混ざり合わない仕組みであるゲノム障壁が存在することで、種としての同一性を維持している。本研究領域は、ゲノム障壁の同定とその機構解明に焦点を絞り、分子基盤の確立を進めてきた。世界に先駆けて4種類のゲノム障壁を分子レベルで解明して先導的役目を果たしたことに加え、花粉管分子であるLUREなどの世界的に評価される論文を多数公表し、OryzaExpress等の基盤設備も構築するなど格段の発展を実現した。参画した若手研究者も十分に成長している点や積極的なアウトリーチ活動についても高く評価できる。生物の種分化や進化、多様性等、植物のみならず生物一般に与えたインパクトも大きく、本研究領域は当初の設定目標を十分に達成したと評価できる。

(2)評価に当たっての着目点ごとの所見

(a)研究領域の設定目的の達成度

 「その領域全体の学術的水準が高く,研究の格段の発展が期待できる研究領域」という設定目的に対して、研究目的であるゲノム障壁を複数同定し、ゲノム障壁に関わる分子の類似性の発見やシロイヌナズナを用いたゲノム障壁の復帰の成功、データベースの構築など、当初の設定目的である当該領域の格段の発展の実現、および先導的または基盤的意義を有するという点については期待以上の成功であったと言える。
 また、「その領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらす等、学術研究における先導的又は基盤的意義を有する研究領域」という設定目的に対して、ゲノム障壁の復帰、ゲノム障壁の類似性の発見等は、生物の種分化、進化、生物多様性の成立など植物一般に関わるものであり、先導的かつ基盤的な重要性を有していると高く評価できる。

(b)研究成果

 「その領域全体の学術的水準が高く,研究の格段の発展が期待できる研究領域」という設定目的に対して、S遺伝子や花粉管ガイダンス分子であるLUREの発見など先導的な研究成果を含む300報の論文公表は高く評価できる。
 「その領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらす等、学術研究における先導的又は基盤的意義を有する研究領域」という設定目的に対して、ゲノム障壁の復帰、ゲノム障壁の共通性等は植物におけるゲノム障壁研究の先導的役目を果たすと強く期待でき、OryzaExpress等の基盤データベース設備も構築されたことは期待以上の成果が得られたと評価できる。

(c)研究組織

 領域の後半になるほど研究が進展したうえに、共同研究も多く行われ、領域代表のリーダーシップのもと研究組織として十分に機能した。また、支援班を中心とした小中高での出前授業を200回以上行うなどアウトリーチ活動も充実しており、科学に対する生徒達の意識向上にも貢献した。

(d)研究費の使用

 研究経費に関しては特に問題なく使用された。

(e)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 本領域から発表された研究成果は、他の植物への拡張が期待できる。また、植物のみならず生物全般においても波及効果が高いと考えられ、今後の発展が大いに期待できる。また、構築したデータベースも今後の研究の基になると考えられる。

(f)若手研究者育成への貢献度

 本研究領域に参画した若手研究者が十分に成長した点や、大学院生の受賞件数も多い点も高く評価できる。

(参考)

平成23年度科学研究費補助金「特定領域研究」に係る研究成果等の報告書(※KAKEN科学研究費補助金データベースへリンク)

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年02月 --