フォトクロミズムの攻究とメカニカル機能の創出(入江 正浩)

研究領域名

フォトクロミズムの攻究とメカニカル機能の創出

研究期間

平成19年度~平成22年度

領域代表者

入江 正浩(立教大学・理学部・特任教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 フォトクロミズムとは、光の作用により、単一の化学種が分子量を変えることなく色の異なる二つの異性体を可逆的に生成する現象を言う。二つの異性体は性質が異なる分子であるため、光によって可逆的に分子の物性を変換させることが可能である。平成19年度に発足した本特定領域研究では、(1)ジアリールエテンをはじめとするフォトクロミック化合物について、組織的かつ集中的な研究によって極限まで性能を向上させ、あるいは新機能を発現させること、(2)新時代を切り拓くようなフォトクロミック化合物を創製すること、そして、(3)光によるメカニカル機能発現を代表例とする、これまでにない特異な物性や機能をもった、光による非接触変換制御が可能な分子システムを構築することを目的とした。
 発足当時の日本におけるフォトクロミズム研究は、個々の研究者独自の研鑽と努力に頼ってではあったが、世界に伍して活発な研究を展開していた。この研究を基礎から応用にわたって世界を圧倒するレベルに押し上げ、確固たる国際競争力をもたせるには、高いポテンシャルを持つ研究者の総合力が必要であると判断した。日本においてしか編成し得ない先端的かつ広範な研究者集団を組織し、集中的に研究をすすめることにより、学術・応用の両面にわたり、化学分野のみならず、広く物性科学、材料科学、デバイス構築技術、分子エレクトロニクスなどの分野の進展に寄与することをめざした。

(2)研究成果の概要

 本特定領域研究のそれぞれの研究項目で、以下のような成果があった。

A01:「ジアリールエテンの極限性能」
 ジアリールエテン単結晶の光による可逆的な形状変形について、その発生メカニズム、発生応力の見積もり、光駆動アクチュエーターの可能性を示した。また、ジアリールエテン単結晶の表面の撥水性・親水性の光制御、薄膜表面への金属蒸着選択性の光制御に成功した。さらに、極限性能の一つとして多光子吸収を用いた光着色・光脱色の単一波長光による制御を達成した。

A02:「新規・高性能フォトクロミック系」
 ヘキサトリエン系フォトクロミック化合物で、100%の立体選択性で環化反応が起きる化合物の創製と、閉環量子収率がほぼ1である化合物の創製に成功した。また、散逸を抑制したビラジカル発生型フォトクロミック化合物HABIにおいて、超高速光発色・消色反応系の創製に成功した。

A03:「光メカニカル機能の創出」
 アゾベンゼンを側鎖にもつ液晶ポリマーの光反応による二次元ミクロ相分離を活用し、薄膜の形態・配向の光制御に成功した。アゾベンゼンを含むエラストマーフィルムで、光エネルギーを直接力学エネルギーに変換する光駆動高分子モーターを創り上げた。また、光異性化反応により面性不斉を制御すること、金属ナノ粒子・薄膜の磁性や超伝導特性を制御することにも成功した。光可逆形状制御の可能なフォトクロミック単結晶やファイバーの新しい系を見いだした。

審査部会における評価結果及び所見

A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

(1)総合所見

 本研究領域は、ジアリールエテンをはじめとするフォトクロミック化合物に着目し、その性能を極限まで向上させ、あるいは他のフォトクロミック化合物を新たに創成すること、さらにフォトクロミズムとメカニカル現象との協奏的な機能を持つ物質開発に成功している。領域代表の強いリーダーシップの下、対象物質群の「色」の変化のみに留まらず、誘電特性変化、界面機能変化、結晶構造変化など新しい機能も見出し、その顕著な成果の進展は世界を先導するグループに成長している。領域全体で580報以上の報文がありその1割以上が領域内の共同研究によるものである点も評価できる。国内外のシンポジウムをはじめとして、領域で得られた成果の広報活動および国民との対話・技術対話を意識した取り組みも積極的に行っている。また、本領域で活躍した若手研究者は次世代に向けて着実に成長していることが見受けられる。このようなことから、特定領域研究としての目的を十分達成し、期待を超える進展を遂げている。

(2)評価に当たっての着目点ごとの所見

(a)研究領域の設定目的の達成度

 「研究の進展段階の観点からみて成長期にあり、研究の一層の発展が期待されている研究領域」として、当初想定されていたフォトクロミック分子の可能性を引き出すために設定していた項目(極限まで性能を向上させた化合物の創成、新時代を切り拓く化合物の創成、これまでにない特異な物性や機能の光スイッチングシステム創成)について、いずれも十分に目的を達成している。また、これまで例の少なかった光によるミクロな分子構造変化がもたらすマクロな機械的運動・力学的制御をはじめとして、新しい可能性に踏み込み、フォトクロミズムにさらなる発展を実験事実として証明している。

(b)研究成果

 「研究の進展段階の観点からみて成長期にあり、研究の一層の発展が期待されている研究領域」として、フォトクロミック分子のメカニカル機能の創成について、基礎を極めるところから応用まで、着実に目的を達成してきており、顕著な高水準の成果がみられる。基礎的な機構に関しては、例えば、フォトクロミズム現象の過程における理論的なエネルギーの考察が二光子吸収などの実験と相補的に用いられ、本質の解明に及んでいる点は評価できる。 
 さらに、力学的な側面や高速のフォトクロミズムを起こす系の発展により、工学的な展開も進みつつある。

(c)研究組織

 本研究領域は、領域代表者の強いリーダーシップのもと、優れた総括班の運営がなされ、この種の研究領域運営の成功例と言える。計画研究班だけでなく、公募班との連携も有効に機能し成果に結び付けている。人材が多く輩出されていること、広く成果を公表する積極的な取り組みを行っていることと併せ、フォトクロミズムの分野および認知度を拡大させる配慮が組織としてなされている。

(d)研究費の使用

 経費の使途は特に問題とする指摘はなかった。

(e)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 本研究領域はユニークな優れた成果が多く含まれており、期待以上の発展を遂げている。該当学問分野だけでなく、関連分野や工学的応用を含め、非常に高い貢献度を物質科学全般に示している。

(f)若手研究者育成への貢献度

 本研究領域に関係した研究グループにおいて、博士後期課程の学生や博士研究員のアカデミックへの採用あるいは異動が16件、若手教員の昇任・人事異動は19件あり、各分野へ人材供給できる若手研究者が育成されていることは特記すべき点である。

(参考)

平成23年度科学研究費補助金「特定領域研究」に係る研究成果等の報告書(※KAKEN科学研究費補助金データベースへリンク)

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年02月 --