非平衡ソフトマター物理学の創成:メソスコピック系の構造とダイナミクス(太田 隆夫)

研究領域名

非平衡ソフトマター物理学の創成:メソスコピック系の構造とダイナミクス

研究期間

平成18年度~平成22年度

領域代表者

太田 隆夫(京都大学・大学院理学研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 ソフトマターとは高分子、液晶、両親媒性分子、コロイド、エマルション、生体物質などの柔らかい物質群に対する総称である。本特定領域研究の目的は、流動場、電場、磁場、力学場、光などの外的刺激に対する柔らかい分子集団の構造形成と、それによってもたらされる非平衡状態を解明することである。そのために実験、理論、計算機シミュレーションを用いたメソスコピック系の構造とダイナミクスの基礎的研究を行ってきた。具体的には以下の四つの研究目的がある。

(1)実験的手法とシミュレーションなどの理論的手法に基づき、分子ダイナミクスと構造形成のダイナミクスとのカップリングの詳細を明らかにする。
(2)ソフトマターのメソスコピック構造に外から刺激を加えたときに観察される、様々な秩序構造相転移のダイナミクスを解明し、メソスコピック構造制御の新しい方法論の確立に寄与する。
(3)ソフトマターが非平衡状態下で発現する非線形応答、輸送、時空間構造、非平衡ゆらぎを実験で検証、測定するとともに、メソスケールの構造変化とゆらぎを取り入れた理論構築を行うことによって、非平衡構造とダイナミクスの解明を進める。
(4)実験グループと理論グループの共同研究により、階層性をもつソフトマター構造に対する理論的解析手法とシミュレーションモデルを構築する。

 最終的には、ソフトマター物理学と非平衡物理学の融合的研究により、非平衡ソフトマター物理学という新しい学問分野を創成することを目指した。メソスコピック系の諸性質を解明することは、その構造の効率的かつ能動的な制御につながり、21世紀の産業に資することが期待できる。

(2)研究成果の概要

 上に述べた四つの研究目的に対応して、以下の研究成果を得た。

(1)高分子共重合体のミクロ相分離において、水素結合に由来する階層的メソ構造や可視光スケールの周期構造を実現した。また、高分子ブレンドやゲルの粘弾性測定や誘電測定、流動下での中性子散乱測定を行い、高分子ダイナミクスと相分離構造成長のダイナミクスとのカップリングを解明した。
(2)相分離や光照射による脂質二重膜ベシクルの形態転移、化学反応によるベシクルの自己推進運動や自己生産などに関して大きな研究連携が形成され、画期的な研究成果を得た。また、電場・剪断流動場による非相溶流体構造転移ダイナミクス、剪断流動場下での両親媒性分子のオニオン形成、液晶場下でのコロイド粒子間相互作用に関する法則やメカニズムの解明が大きく進展した。
(3)液晶分子と気体分子流とのクロス効果による液晶薄膜の集団歳差運動、高分子微結晶集合体による非平衡構造形成など、構造制御に繋がる研究成果が得られた。また、能動輸送に関して、熱泳動とエントロピー力のクロス結合に基づく新しいマイクロ操作法の発見、液晶秩序場の変調を利用した分子操作の実験的進展があった。また、自己駆動するソフトマターについて飛躍的な研究の展開があった。
(4)従来の密度汎関数法に、さらに粗視化を施したギンツブルグ・ランダウ方程式を組み合わせることで、階層的スケールをまたぐ効率と精度のよい数値シミュレーション方法を開発した。その他、高分子溶液の乾燥ダイナミクス、イオン溶液のミクロ相分離などで顕著な成果が得られた。

 また、非平衡ソフトマターに興味をもち主体的に研究に取り組む多くの若手研究者が育ってきている。

審査部会における評価結果及び所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

(1)総合所見

 本研究領域の目標は、ソフトマターにおけるメゾスコピック構造の制御の研究を通じて、非平衡ソフトマター物理学という新たな研究分野を創成することにあった。中間評価時点では、普遍的な原理や法則を解明する理論的な研究や、ソフトマターと非平衡系物理の融合をさらに進めることが期待されたが、その目標は概ね達成されたと評価される。領域全体のアクティビティが高く保たれた上で有機的な共同研究が促され、若手の育成にも力が注がれたことは、特定領域研究としての観点からも高く評価できる。

(2)評価に当たっての着目点ごとの所見

(a)研究領域の設定目的の達成度

 「その領域全体の学術的水準が高く、研究の格段の発展が期待できる研究領域」とした当該領域においては、ソフトマター物理学と非平衡物理学の融合による新しい学問分野の創成を目指すという目的は、理論と実験の両面においてほぼ達成された、と判断する。
 「研究の発展段階の観点からみて成長期にあり、研究の一層の発展が期待される研究領域」という観点からは、本研究により、萌芽期にあったソフトマターと非平衡物理学の融合研究が一層発展し、我が国が世界を先導する研究分野の構築につながると評価できる。
 「その領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらす等、学術研究における先導的又は基盤的意義を有する研究領域」という点では、当領域研究によりソフトマター物理学と非平衡物理学の研究者の研究連携ネットワークが構築された意義は大きい。

(b)研究成果

 「その領域全体の学術的水準が高く、研究の格段の発展が期待できる研究領域」とした当該領域においては、各研究グループおよびそれらの間の共同研究が推進されたことによって、いくつかの優れた研究成果が得られている。ソフトマター物理学と非平衡物理学との融合的研究によって、外場が柔かい分子集団にもたらす非平衡状態を解明したことなど特筆に値する。
 「研究の発展段階の観点からみて成長期にあり、研究の一層の発展が期待される研究領域」という観点からは、領域開始前に萌芽期にあった当該分野の研究が大きく進展したと評価できる。特に、ソフトマター物理学という概念が、当該領域の研究活動により明確になったといえる。同時に、若手研究者の育成も大きな成果である。
 「その領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらす等、学術研究における先導的又は基盤的意義を有する研究領域」という点では、本領域の目標である非平衡ソフトマター物理学の創成という枠を超え、化学、生物、工学などの多くの分野を包含した新しい研究領域に拡がる先導的役割を果たしたと評価できる。

(c)研究組織

 本領域では広い分野の研究者を束ね、ソフトマターと非平衡物理学を中心とした融合的研究を推進した。

(d)研究費の使用

 特に問題点を指摘する意見はなかった。

(e)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 各研究者および領域全体の学術的水準高く、当該研究分野における学理研究の発展に大いに寄与した。特に、ソフトマター物理学という概念を明確にしただけでなく、アクティブソフトマターという新しい概念を提示したことにも意義がある。多成分ベシクルの相転移や形態転移に関する共同研究を通して、自己複製の実験モデル系を確立したことは、今後、自己複製のメカニズム解明に貢献すると考えられる。

(f)若手研究者育成への貢献度

 若手研究会などの具体的方策によって、若手の育成にも注力し、博士修了後の追跡調査も意識している点で評価できる。特定領域終了後も、若手の国際交流プログラムも立ち上げるなど、日本全体のレベルを上げることに貢献したといえる。

(参考)

平成23年度科学研究費補助金「特定領域研究」に係る研究成果等の報告書(※KAKEN科学研究費補助金データベースへリンク)

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年02月 --