海洋表層・大気下層間の物質循環リンケージ(植松 光夫)

研究領域名

海洋表層・大気下層間の物質循環リンケージ

研究期間

平成18年度~平成22年度

領域代表者

植松 光夫(東京大学・大気海洋研究所・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 人間が引き起こした地球環境の変化に対して、自然がどのような影響を受けて、どんな変化を起すのか、その変化の中で人間が長く発展し続けられる環境をどのように作り上げていくかが、これからの私たちの大きな課題である。本領域では、持続発展可能な環境を構築するための基礎的知見を得るため、海洋生物を通して大気と海洋の間に存在する密接な相互作用(リンケージ)の解明に取り組む。
 人間活動による地球温暖化に伴って、海洋へ運び込まれる陸上の物質の量が変わり、海洋生物の種類や量など生態系が変わる。それによって、海洋生物が取り込む炭素や窒素、同時に、海洋生物から放出される微量気体などの量が変化する。海洋生物起源の気体が大気中へ出て、粒子(エアロゾル)になると、太陽光を反射したり雲の性質や量を変えたりするといわれている。そのため海洋生態系の変化が気候に与える影響を、定量的に評価することが本領域の目的である。
 北太平洋を中心とした大気と海洋の同時総合観測により、物理場の中で化学物質がどう動き、いかに生物が反応するか、従来の大気圏、海洋圏でお互いに独立した系では見えなかったリンケージを明らかにする。海洋生物による炭素の固定と、海洋生物起源、人為起源や陸起源のエアロゾルが、地球環境への与える影響が、定量的に評価可能となる。このような大気と海洋とのリンケージ過程が、地球環境将来予測モデルの高度化に不可欠なものとなるであろう。本研究領域の結果は地球温暖化問題への施策に対して、学術的見解や判断に貢献する意義あるものと考えている。

(2)研究成果の概要

 黄砂や人為起源物質が大気を通して運ばれ、今後の変化も激しいことが予測される北太平洋西部で、海洋大気と海洋表層の野外観測と数値モデル研究を統合した研究を行った。
 黄砂は、亜寒帯海域では珪藻などの大型植物プランクトン、亜熱帯海域では窒素固定生物の生物生産変動に大きく関与していることを明らかにした。縁辺海では沈着する人為起源窒素化合物の増加量が見積もられる一方、人為起源物質が黄砂と反応することによって黄砂に含まれている鉄の生物利用能が大きく変わることを見出した。
 火山噴火がエアロゾルを増加させ、雲粒径の減少と雲被覆率を増加させて、表面海水温の低下を引き起こし、海洋生態系への間接的影響が存在する可能性を示した。さらに、台風による湧昇が生物生産を高め、大型珪藻類が増加し、深海への炭素輸送の30%を台風が担っている可能性を見出した。
 船上における生物起源気体の高精度、高分解能測定を実現し、さらにエアロゾルの化学組成分析を同時に行うことにより、海水から放出された気体が海洋大気中で粒子化され、エアロゾルが増加する現象を観測した。また、長期間の海洋から大気への主な生物起源気体の放出量は増加傾向を示し、負の放射強制力がすでに働いている可能性を示した。
 これらの成果は、人間活動による気候変化や突発的自然現象が、海洋生態系に影響を与え、生物起源気体の放出を通した気候へフィードバックしている大気・海洋間のリンケージ過程を明確に描き出した。

審査部会における評価結果及び所見

A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの成果があったが、一部に遅れが認められた)

(1)総合所見

 本研究領域は、海洋生態系の変化が気候にどのように影響を与えているかを、大気と海洋の間に存在する密接な相互作用の定量化によって評価することを目的とし、北太平洋を中心に海洋表層(有光層約200 m以浅)と海洋大気境界層(海面から約2 kmまで)を主な研究対象とするものである。個別の事象については、大気-生物-海洋をむすぶ物質循環とその要素過程について、主に観測的研究から多くの発見や定量的評価がもたらされた点は高く評価できる。一方で、それらを統合し、より広域的・長期的な気候への影響を十分に評価するには至らなかったのではないかとする意見があった。

(2)評価に当たっての着目点ごとの評価所見

(a)研究領域の設定目的の達成度

 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」とした当該領域において、研究船を使った観測を中心に、大気、海洋、生物活動の関係性とそれらをつなぐ要素プロセスについての理解が格段に深まったことは高く評価できる。一方、全球物質統合モデルの高度化と気候への影響の予測については、個別要素研究を超えた更なる発展が望まれるという意見があった。
 また、「当該領域の研究の進展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」として、気候変化に伴う海洋構造の変化が海洋生態系におよぼす影響、さらにそれが海洋大気微量成分や炭素循環の変化にどのように寄与しているかを明らかにした点は高く評価できる。一方で、現状では気候変動等に大きなインパクトを与えるような結果になっていないという意見もあった。

(b)研究成果

 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」として、大陸起源窒素化合物、エアロゾルの実態や海洋生態系への影響、生物起源微量成分の生成・分解、鉄の生物地球化学的循環など、個別の要素過程に関する研究については着実に成果が上がっている。また、台風による海洋擾乱の生態系や海洋物質循環への影響など、新たな知見が得られている。さらに、海洋酸性化では、予想外の結果も得られ、今後のさらなる発展が期待される。
 また、「当該領域の研究の進展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、上記の個別の要素に関する研究が地球全体の気候変動等にどのように関わるのかという観点からの研究成果が不十分であるといった意見があった。

(c)研究組織

 大気分野と海洋分野の相互連携が効率的に行われる組織であったと判断される。一方で、観測結果と気候システムとの関係性を理解する上で、モデリング研究に関する工夫がありえたのではないかという意見があった。

(d)研究費の使用

 特に問題点を指摘する意見はなかった。

(e)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 国際コミュニティーへのデータの公開、 福島原発事故に関わる対応など、当該学問分野および関連学問分野に貢献していると評価できる。

(f)若手研究者育成への貢献度

 多くの博士課程修了者を輩出した点は評価できる。

(参考)

平成23年度科学研究費補助金「特定領域研究」に係る研究成果等の報告書(※KAKEN科学研究費補助金データベースへリンク)

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年02月 --