研究課題名:植物の可塑的な生長・分化を支える分子機構

1.研究課題名:

植物の可塑的な生長・分化を支える分子機構

2.研究期間:

平成13年度~平成17年度

3.研究代表者:

松岡 信(名古屋大学生命機能開発利用研究センター・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 現在、地球の人口は60億人を超え、21世紀半ばには100億人に達すると予測されている。このような状況を鑑みると、今後ますます食料の安定供給は人類にとっての重要な課題となるのは必定である。近年の生物学の進展により、我々はこれまで取り扱うことが不可能であった複雑な生命現象を物質に基づき理解し応用することが可能になった。特にシロイヌナズナやイネにおいて全ゲノム解析が終了したことにより、個別各論的であった植物科学がゲノムワイドな視点において総括的に生命現象を解析・俯瞰することが可能となり、基礎的な研究における成果が、現実の作物増産に向けての育種に結びつく状況となった。本特別推進(COE)の目的は、このような研究状況の進捗に則り、植物ゲノム研究の最新の知見やツールを駆使して、植物の可塑的な分化・成長を支える分子機構について物質・遺伝子のレベルで解明することにより、その基盤的研究をもとに生産向上に寄与する植物素材の作出に資することに設定した。さらに基盤的研究の成果をもとに、植物分子育種の形で積極的にアウトソーシングしていくことにより、名古屋大学生物機能利用開発研究センターおよび生命農学研究科を我国における植物科学研究の一大拠点とすることを目的とした。具体的課題については、以下の4つの項目について研究を推進した。
1.植物生長物質の情報伝達機構の解明とその利用、2.植物の物質輸送のメカニズムの解明とその利用、3.外環境応答メカニズムの解明とその利用、4.栄養環境応答メカニズムとその利用

(2)研究成果の概要

 上記の項目全てについて画期的な成果を挙げることができた。そのいくつかについて列挙すれば、1に関しては、ジベレリンシグナル伝達に関わる新規の因子を複数単離し、その機能を解析することに成功した。その中には植物生長研究における50年来の懸案であったジベレリン受容体も含まれており、この分野に多大の貢献を果たすことができた。また、新規の植物生長物質であるファイトスルホカインに関しては、その受容体を単離することに成功した。この研究は、分子遺伝学的手法ではなく生化学的手法を駆使することにより成功したものであり、遺伝子機能の重複により遺伝的手法が適応できない場合に対する一つの回答として高く評価されている。2に関しては、外的ストレス例えば塩害や高浸透圧に対してそれを緩和する機構としてNa/K輸送系が重要であることを明らかにし、高等植物におけるNa/K輸送系は、既知の機構とは異なり、Naを取り込んで塩ストレスに適応する輸送系が存在することを発見した。さらに、これらの成果を作物育種に応用することを考えた課題をプロジェクト後半には実施し、実際に我国の最大主要品種であるコシヒカリの収量を30パーセント以上高めた新品種をQTLピィラミディングという新しい手法により作出した。以上の成果は、本プロジェクトが目指した、植物科学の基礎的な知見を生かし、農業的有用な形質を付与した画期的新品種を育種するという戦略が有効であり、実際の農業に応用できることを示した事例として高く評価できる。

5.審査部会における所見

A(期待どおり研究が進展した)
 本研究は植物の可塑的な生長・分化を支える分子機構について基礎と応用の両面から優れた成果をあげ、当初の目的に十分に達している。特にジベレリンと新規の植物生長物質であるファイトスルフォカインの受容体の単離は卓抜した成果として高く評価できる。農業的有用形質に関するQTL解析およびQTL遺伝子の同定と単離を基盤にしてコシヒカリの収量を30パーセント高めることに成功したことは、理論的に提唱されていたゲノム情報に基づくQTL育種の可能性を証明した画期的な成果であり、この成功は今後の分子育種の新しい方向性を示すものである。本研究の成果が核となり、当該研究機関に日本の植物科学研究をリードする研究拠点が形成された。今後のさらなる研究の発展が期待される。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --