研究課題名:細胞内物質輸送の分子機構;分子細胞生物学、構造生物学および分子遺伝学的研究

1.研究課題名:

細胞内物質輸送の分子機構;分子細胞生物学、構造生物学および分子遺伝学的研究

2.研究期間:

平成13年度~平成17年度

3.研究代表者:

廣川 信隆(東京大学大学院医学系研究科・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

  すべての細胞は、細胞体で多彩な蛋白を合成した後、それらを多種類の膜小器官や蛋白複合体として細胞の中を各々の正しい目的地へ適正な速度で輸送する必要がある。細胞内の物質輸送は、細胞の機能、形作りそして生存のため必須で重要な機構である。これらの主要な輸送は微小管をレールとして行われており、これらの輸送により各々特異的な蛋白群が正しい方向に送り分けられている。この物質輸送の障害が原因が未知の疾患の成因となっている可能性も大である。本研究はこの細胞にとってきわめて重要でありまた生命の要である細胞内の物質輸送の分子機構を分子細胞生物学、分子生物物理学、構造生物学そして分子遺伝学的アプローチを駆使して研究し、具体的には、以下の課題等を解明する。1)新しいモーター分子の探索とその機能の分子細胞生物学的解析。2)モーター分子のCargoとその認識・結合機構の解明3)物質輸送の制御、つまりモーター分子のCargoとの結合及びモーター活性の制御機構の解明。4)モーター分子とCargoの細胞内Dynamicsと極性のある細胞内物質輸送の機構の解明。6)モーター分子が原因となる疾患の発見とその病態の解明。7)モーター分子の作動機構の分子生物物理学的及び構造生物学的解析。これ等の研究は、成果で述べられるように細胞生物学、及び神経科学だけでなく、発生生物学、疾患生命科学、生物物理学を含む生命科学全体に非常に基本的かつ大きく貢献する。

(2)研究成果の概要

  哺乳類、特にヒトおよびマウスのキネシンスーパーファミリー蛋白質(KIFs)の全遺伝子を同定し、主に神経細胞内で主要な機能分子であるNMDA型グルタミン酸受容体(KIF17)、AMPA型グルタミン酸受容体(KIF5s)、mRNAを含む大きな蛋白複合体(KIF5s),シナプス小胞前駆体(KIF1A,KIF1Bbeta)の輸送機構を解明し、神経機能と生存にこの輸送機構が必須であることを示した。またKIF2Aは微小管を脱重合することにより軸索側枝及び、神経細胞の移動を制御し、神経回路網形成に必須であり、KIF3がN cadherinとβcateninを形質膜へ輸送し接着装置を形成することにより、βcateninの細胞内局在を制御し、細胞の異常な増殖による腫瘍の形成を抑制しており、KIF3が胎生初期のNodeの上皮細胞の線毛内の微小管上を蛋白複合体を運び線毛を形成し、この線毛が回転運動することによりNode領域での細胞外液の左方向への流れ(ノード流)を作り、上皮細胞がFGF信号依存性に分泌するsonic hedgehogとレチノイン酸を含む小胞を左へ流して信号を伝達し体の左右を決定することを明らかにした。この様にKIFsが、機能分子の輸送により細胞機能に必須であるだけでなく、神経回路網の形成、高次脳機能、左右の決定や腫瘍の抑制などの重要な生命現象を制御する事を解明した。またモノマー型モーターKIF1Aをモデルにモーター分子の作動機構を解明するためATP加水分解サイクルの中の5つのステップの分子構造をX線結晶解析により決定し、KIF1A-微小管複合体のクライオ電子顕微鏡像をDockingし、Switch 1, Switch 2におこる劇的構造変化を明らかにし、モーターがブラウン運動を基盤に、一方向に動く機構を明らかにした。

5.審査部会における所見

A+(期待以上の研究の進展があった)
 本研究においては、細胞内物質輸送の分子機構について、高い技術力を駆使した分子細胞生物学、分子生物物理学、構造生物学、分子遺伝学的アプローチにより多面的な解析が行われ、多くのすぐれた成果を挙げた。すなわち、キネシンスーパーファミリーを焦点に捉え、各モーター分子の機能を同定するとともに、カーゴ認識機構について詳細に明らかにするなど、当初設定された研究項目は極めて高いレベルで達成されている。さらに、KIF1Bβの遺伝子変異がヒトの遺伝性ニューロパチーの原因となることが見いだされ、病態機序にまで研究の進展がみられた。研究は細胞内輸送にとどまらず、KIF2Aが神経回路形成に関与すること、KIF3がβカテニンを介した腫瘍抑制効果に関与し、さらにノード流を通じて胎生初期の体の左右軸を決定することなど、当初の予想を超えたレベルの高い成果が得られ、新たな研究領域が切り開かれたといってよい。リーダーは強力な指導力を発揮して研究を推進し、極めて質の高い成果を挙げ、国際的に卓越した研究拠点を構築した。優秀な若手研究者も本研究を通して多く育成されており、この点でも高く評価される。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --