研究課題名:半導体量子構造の平衡・非平衡電子ダイナミクスの解明と量子制御

1.研究課題名:

半導体量子構造の平衡・非平衡電子ダイナミクスの解明と量子制御

2.研究期間:

平成13年度~平成17年度

3.研究代表者:

小宮山 進(東京大学大学院総合文化研究科・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 二つの目的を有する。第一の目的は遠赤外光領域のスペクトロスコピーにかかわる。遠赤外光の周波数帯域は、低周波側からのエレクトロニクス技術と高周波側からの光学技術が十分及ばない狭間にあり、研究には従来大きな実験的困難がつきまとった。本研究では研究代表者らが実現したテラヘルツ光の超高感度検出手法を利用して半導体量子構造の理解を進展させる。具体的には、量子ホール効果素子中の非平衡電子系からの極微弱遠赤外光を空間分解検出することによって、電子系のダイナミクスを解明する。また、量子ドット中電子状態の理解を進展させる。このように本研究では特に半導体中電子系を扱うが、本来適用対象は半導体に限らない。将来的には、一般固体中素励起の探求、分子・分子集団、小数(および単一の)生体分子の直接的なダイナミクス探求等、より広範な分野の研究手法となる可能性がある。
 第二の目的は、量子ホール電子系と核スピンとの相互作用や2重量子ドットの電荷状態に着目し、量子素子開拓を念頭においた多電子とスピン系の位相制御を目指すことである。この研究は、半導体での位相制御にむけた試みの意義が大きい。本研究ではGaAs/AlGaAs結晶を用いるが、実験に成功すればSi系に発展させることが原理的に可能である。量子ビットに向けた初歩的一歩となるとともに、半導体基礎物性の研究に新たな手法を提供することになろう。

(2)研究成果の概要

 第一の目的に沿って、強磁場中量子ドット中の単一光子吸収励起現象を研究し、励起電子・正孔の量子ドット内再結合確率がスピン反転過程のために大きく抑えられることを明らかにした。また、従来の走査型遠赤外顕微鏡の分解能・明るさともに大きく改善した。最大の成果として、量子ドット検出器を用いてフォトンカウンティングによるテラヘルツ光のイメージング可能な顕微鏡を量子ホール効果素子の電子系に適用し、磁場強度や電流値のさまざまな条件下でサイクロトロン発光の画像を得ることに成功した。従来知ることの出来なかった非平衡電子生成の機構や新たなダイナミクスの新側面を数多く明らかにした。今後、他の電子系への応用が期待できる。第二の目的に沿って、量子ホール電子系の端状態が核スピン制御の強力な手段となることを示す一連の実験を行った。スピン分離した端状態を非平衡分布させることによって核スピンに局所的に偏極し、偏極した核スピン系に、リソグラフィー生成した微細なマイクロコイルにより振動磁場を印加した。それにより局所的核スピン共鳴(NMR)を行えること、核スピンをパルスNMRにより位相制御できること、さらにその結果をホール抵抗を通して読み出せること(核スピンのRabi振動の制御とその電気的検出)を示した。また、FIDとスピンエコーの観測から横緩和時間(T2)を得た。このような制御・読み出し実験に加えて、サイドゲート・バイアスにより核スピン偏極の空間分布をナノメートルスケールで明らかにするとともに、核スピン偏極の拡散と緩和の時間的ダイナミクスを実験的に初めて観察する核スピン偏極のマイクロスコピーにも成功した。得られた知見は、核スピンを要素として用いるあらゆる位相制御の研究に貴重な情報となることが期待される。

5.審査部会における所見

A+(期待以上の研究の進展があった)
 テラヘルツ光の超高感度検出手法を利用した半導体量子構造の解明,および多電子とスピン系の位相を制御するという2つの研究目的に沿って研究が遂行され,当初の目的は概ね達成されており,積極的に成果発表を行っていると認められる。量子ドットを利用したテラヘルツ帯超高感度空間分解分光における単一光子計測を実現したことは,半導体量子構造において特筆すべき成果である。電子系による核スピンのダイナミクスと制御に関しても,その物理機構における新たな側面を明らかにしている。さらに、GaAs中の核スピン拡散現象など,核スピン系を量子ビットに応用する上で重要な問題点を提起している。本研究において為された超高感度テラヘルツ領域スペクトロスコピーの開拓は,物性物理分野だけでなく,化学,生物分野に波及効果が期待でき、総合的に期待以上の成果が得られたと判断した。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --