研究課題名:ヘリウム表面につくるナノ構造の研究

1.研究課題名:

ヘリウム表面につくるナノ構造の研究

2.研究期間:

平成14年度~平成17年度

3.研究代表者:

河野 公俊(独立行政法人理化学研究所低温物理研究室・主任研究員)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 液体ヘリウムの表面は究極の清浄表面である。その表面に形成される低次元系には2次元電子系、液体4He表面に吸着された1層以下の希薄3He原子層、液面下に蓄えられる正および負の2次元イオンプールなどがある。この研究ではヘリウム表面上の電子と表面下のイオンを主なプローブとして、液体ヘリウム表面の持つ界面としての特性を解明するとともに、ヘリウム液面上の電子を面内に閉じ込める技術を開発し、ミリ波吸収による量子状態の制御と量子ビットへの応用の可能性を探る。具体的には、1)ウィグナー結晶のフォノンをプローブとした常流動・超流動3Heにおけるフェルミ液体表面の特異性の解明、2)超流動3He表面下の2次元イオンプールを用いたP波超流動表面の研究、3)超流動3He自由表面による準粒子のアンドレーエフ散乱の研究、4)ヘリウム液面上電子の面内閉じ込めと量子状態制御による量子ビット実現、5)回転下における量子渦によるヘリウム表面・界面に特有な効果の研究を行うことを目的とする。これらの実験から、他の方法では得られない、液体ヘリウム自由表面に関する新しい知見を得て、学術のフロンティアを切り開き、ヘリウム表面上の単一電子量子操作という新しい技術を確立することで、量子力学の情報処理への応用に道を拓くという意義をもつ。

(2)研究成果の概要

 上記の5つの実験項目のうち、3)、4)、5)の3項目において特筆すべき成果を得た。まず、3)の実験を行うために、核断熱消磁クライオスタットを完成させ、超流動3He-Aおよび磁場中超流動3He-B表面上のウィグナー結晶の伝導度を220μK(マイクロキロ)まで測定した。自由表面と磁場が存在する時の超流動3Heの異方性に起因する自由表面近傍での織目構造を直接的に検証するデータが得られ、理論との非常によい一致が得られた。4)では、液体3He上の電子系が形成する離散的な表面準位間の遷移に伴う、130GHz(ギガヘルツ)ミリ波吸収の観測に成功した。ミリ波吸収によって電子系に与えられたエネルギーが電子系の温度を上昇させ、ホットエレクトロンが実現されることが分かった。集団としての2次元電子系を扱う場合、2準位系とすることには問題がある。今後、ミリ波吸収に助けられた逸出現象の観測に向けて実験を進める。別に、ナノサイズの間隙をもつ電極を用意し、ヘリウム薄膜上に蓄えた電子系の移動度測定を行った。毛細管凝縮したヘリウムチャネル上に電子を閉じ込める方法が単一電子制御の舞台としてもっとも優れていることが分かった。5)の回転クライオスタットでは、毎秒1回転までの回転速度の範囲で、ヘリウム表面上2次元電子の伝導度測定ができるようになった。磁気抵抗の測定は回転軸と電極中心の相対位置に対して敏感で、結果の解釈には注意を要することが明らかになった。3)ではすでに優れた成果が得られた。これらのヘリウムの実験と並行して、ナノ構造作成にも力を入れ、半導体量子ドッとなどの最先端のナノ加工ができるようになった。ナノ加工と4)の成果を組み合わせた、量子ビットの実現が視野に入った。5)の回転冷凍機を用いて超流動3Heの実験を行うことで、織目構造の制御が可能となり、宇宙創世のシナリオを解き明かす実験を行うことが可能性である。なお今後の課題として、項目1),2)の進展が残った。

5.審査部会における所見

A(期待どおり研究が進展した)
 極低温状態を安定的に保持できる核断熱消磁冷凍装置の開発、量子渦の効果を精査するための回転冷凍機の整備など、超流動ヘリウム表面の微細構造に関する強力な研究設備を構築した。低温物理学の問題についても、超流動3HeのB相における織目構造、表面電子系のミリ波吸収スペクトルの観測やホットエレクトロン挙動の観測等において、極めて学術的水準の高い研究成果を収めている。発足時に設定した一連の研究計画の中には、量子ビットの実現など、一部に未完遂の項目も含まれてはいるが、本研究で築かれた高度な計測技術や新知見を基に、今後も関連研究で目覚ましい成果が得られるものと期待する。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --