研究課題名:リアル系のシミュレーションとダイナミクス

1.研究課題名:

リアル系のシミュレーションとダイナミクス

2.研究期間:

平成14年度~平成17年度

3.研究代表者:

平尾 公彦(東京大学大学院工学系研究科・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 本研究の目的は「次世代分子理論」を開発するとともにわが国で初めての本格的な分子理論計算のプログラム・パッケージUTChemを開発し、リアル系のシミュレーションとダイナミクスに応用することにある。新しい分子理論の開発やアルゴリズム、ソフトウェアの開発をもとに、モデル系ではなくリアル系を扱える分子理論の構築とその実用化をめざしている。理論化学の対象を大幅に拡張し、分子レベルで発現する複雑性、機能発現、選択性の原理、概念を解き明かし、それを制御する理論を構築することを目標にしている。具体的には次の目標を本プロジェクトで達成したいと考えていた
 1.100原子系を定量的(kcal/mol(キロカロリー毎モル)の精度)に扱える新しいab initio分子理論の開発
 2.1,000原子系を半定量的に扱える密度汎関数理論(DFT)の開発と応用
 3.重い元素を対象とするために相対論的分子理論の開発と応用
 理論化学のソフトウエアは物質科学の共通基盤であるがソフトウエア開発では欧米に遅れをとっていた。分子計算のソフトウエアは高度化、大規模化し、もはや一研究機関での開発は難しいのが現状である。われわれは敢えてこの困難に挑戦し、分子計算プログラム・パッケージUTChemをめざした。大規模系の理論計算が可能になれば、生体関連分子、DNA、ナノチューブなど化学的に興味ある多くの系が理論化学の視野に入ってくる。理論化学は化学研究に方法論的変革をもたらすアプローチとなる。

(2)研究成果の概要

 研究目的は概ね達成できた。Ab initio分子理論の開発においてはString Product Space SCF/PT法の開発、1-ストリングのスレーター行列式を基盤とした多配置摂動論の開発と4成分の相対論的多配置摂動を開発し、これまでの多参照理論の適用範囲を大幅に拡張した。密度汎関数法ではRydberg励起状態や電荷移動錯体、化学反応の障壁、分極率、van der Waals力などを定量的に扱える新しい汎関数を開発し、ブレークスルーを達成した。相対論的分子理論の開発においても4成分Dirac-Hartree-Fock, Dirac-Kohn-Sham方程式を解く新しいアルゴリズムを開発した。さらに理論計算の高速化を図り、2電子積分計算の高速化アルゴリズムやPseudospectral法を開発し、計算効率を2桁以上短縮した。また局在化軌道、Resolution of Identityを利用したMP2法など大規模系に適用できる定量的理論の開発に成功している。これらの理論開発や高速化アルゴリズムの開発によって大規模分子系の理論計算への道が拓かれたと言ってよい。また、分子計算プログラム・パッケージUTChemの完成にも力を入れた。UTChemは分子計算のほとんどすべての方法論を包含する体系的なプログラム・パッケージであり、プログラムをweb上で公開以来、世界中の多くの研究者に利用されている。

5.審査部会における所見

A+(期待以上の研究の進展があった)
 新しい高速アルゴリズムや汎関数の開発などによって、高精度分子理論・大規模分子計算手法・相対論的分子理論の構築という本研究採択時に掲げられた目標は十分達成された。さらに、本研究で開発した分子計算プログラムパッケージUTChemを一般に公開しており、物質科学分野に対する波及効果は大きい。計算精度・分子系の規模・元素の適用範囲についてブレークスルーが実現されており、期待以上の進展があったと判断した。生体分子やナノスケールの分子などの大規模なリアル系の構造や機能の定量評価に向けて、さらなる発展を期待する。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --