研究課題名:Zhu-Nakamura理論に基づく非断熱化学動力学の総合的研究

1.研究課題名:

Zhu-Nakamura理論に基づく非断熱化学動力学の総合的研究

2.研究期間:

平成15年度~平成17年度

3.研究代表者:

中村 宏樹(自然科学研究機構分子科学研究所・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 この世の有為転変の根源メカニズムの一つが量子力学的効果としての非断熱遷移(異なる断熱状態の間の遷移)である。多くの化学反応や生体内の分子レベルでの諸現象の根本原理も非断熱遷移である。この現象の重要性から実に多くの研究が行われ、ノーベル物理学賞を受賞した有名なLandauがその先駆的な研究を行っているが、基礎理論は全く不完全なままに残されていた。我々は、この現象を記述する根本的な解析理論を60年ぶりに初めて完成することに成功し(Zhu-Nakamura理論)、世界の注目を集めている。
 本研究では、この理論を駆使して現実の様々な非断熱化学現象を記述し解明することを目的としている。現実の多原子分子の現象を扱い得る理論的枠組みの構築を先ず進め、様々な現象への応用を行う。しかも、自然界で起っている現象の解明を行うだけでなく、人工的に反応を制御したり新しい分子機能を発現させたりすることをも目指す。具体的には、レーザー場を上手く設計して非断熱遷移を誘起し制御することによって反応過程を制御することを考える。我々が提唱しているレーザーパラメーターの周期チャープによる非断熱遷移の制御が重要な役割を果たす。化学反応の自在な制御は、化学者の夢であり、それに向かっての挑戦である。また、非断熱遷移は分子の機能発現の根本機構であるので、正しい電子状態の評価を行い、分子の新しい機能発現を模索する事も出来る。さらに、我々は、多次元空間におけるトンネル現象の解析理論をも構築しているので、上記理論と組み合わせることによって化学現象において重要な量子効果を全て取り入れることが可能である。

(2)研究成果の概要

(1)反応動力学基礎理論の構築と具体的計算の実行:1.Zhu-Nakamura(ZN)公式の古典軌道ホップ法への組み込み。3原子系での手法の有効性の確認と大次元系への適用を可能とするコードの一般化。2.位相まで含んだZN理論を組み込んだ凍結波束伝播法の基本的定式化と精度チェックを終了しコードを一般化。3.熱反応速度定数の理論をZN理論を用いて構築。1,2次元系での有効性を調べ、電子移動に適用して有名なMarcus理論を改良することに成功。4.具体的反応過程として、O(1D)HC1系の古典軌道計算を行い実験との良い一致を得た。

(2)レーザーによる分子過程制御:1.(t,x)-2変数問題解析解を1次チャープで結合した1次ポテンシャル間遷移に対して導出。2.2次チャープによる波束の高効率電子励起を実証。3.多次元系に応用可能な半古典最適制御理論を定式化し、現実的多次元系に適用出来ることを実証。

(3)分子機能開発:1.フォトクロミズム制御の例として、Cyclohexadiene/Hexatrienの光変換に関する高精度量子化学計算を実行し動力学機構を解明すると共に、変換効率を高める制御法を提唱。2.炭素環状分子における原子の透過と反射の制御とそれによる機能発現の可能性を提案。

(4)多次元トンネルの理論:1.エネルギー分裂とトンネル崩壊の理論を完成し、多原子分子への応用を行い、その有効性を実証。2.多次元空間での軌道の転回点を検出する一般法を開発し、有効性を確認。トンネル効果を取り入れる為に有効。

(5)反応動力学実験:1.N2Oの光分解の実施。非断熱遷移の役割を明確に。2.O(1D)+HC1反応の実験を実施。

5.審査部会における所見

A(期待どおり研究が進展した)
 化学動力学の理論研究分野で優れた業績をあげている代表者が開発したZhu-Nakamura理論を基礎として、電子移動過程を含めた汎用基礎理論の開発や化学動力学過程の量子制御理論の構築などの先導的成果を挙げた。理論の新しい展開のみならず、最先端の実験研究者と連携し、世界最高水準の分光計測により理論の実験的検証も行ったことは高く評価できる。レーザー実験の新たな展開を促す理論的予測も与えられており、ほぼ期待通りの成果が得られたと判断した。

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-- 登録:平成23年03月 --