研究課題名:アジア書字コーパスに基づく文字情報学の創成

1.研究課題名:

アジア書字コーパスに基づく文字情報学の創成

2.研究期間:

平成13年度~平成17年度

3.研究代表者:

バースカララオ ペーリ(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 アジアは、世界のほぼすべての文字が使用される唯一の地域である。世界に先駆けて印刷術を生み、現在でも多言語組版技術の頂点に立つなど、その文字文化は洗練を極める。しかし、現代の言語学は、依然として西欧主導の分野であり、音素文字(ラテンアルファベット)の偏重を背景に、文字そのもの、特にアジアの文字を学問対象とする試みが成功していなかった。
 近時の情報ネットワークの爆発的な進展は、英語中心の情報伝達拡大の一方、アジア諸言語の独自の文字・表記法による情報発信への需要も高まり、情報通信メディアとしての文字・その用法に関する基本的な参考資料の欠如・学問的基盤の不在が強く認識されて来た。
 本研究は、こうしたアジアの文字文化の情報化に対して人文学的基礎を与えることを目的とし、情報学的視点に立つ新たな学問領域の確立を目指したものである。
 本研究は、書字(ecriture, script)を歴史的基礎から捉え直そうとし、極力原本・原碑文に拠るために東南アジア、中央アジア、シナイ半島などでの困難な現地調査も敢行して鮮明な画像の収集に努め、そこに文献学的に厳密な翻刻・注釈を施して、精選を加えたコーパスを構築し、書字・書字史の国際的参照拠点(レファレンスセンター)としての活動の基礎を置いた。インド系文字史の研究に基づきつつ汎用性を目指して本研究が開発作成した文字入力ソフトウェア・フォントなどは、アジア諸地域間のデジタルディバイドの解消にも資するであろう。

(2)研究成果の概要

 本研究では、書字(ecriture, script)の歴史的基礎の確認のため、東南アジア、中国、中央アジア、シナイ半島などでの困難な現地調査を経て、原本・原碑文に遡った高精度電子化画像を収集し、それに厳密な翻刻・注釈を与えて資料体(コーパス)を構築することで、文字と言語の媒介者としての書字の体系の理論化を行い、その歴史的変化を抽象化する文字情報学の共同研究を進めた。
 顕著な成果としては、チベット語コーパスに基づく辞書編纂(日本学術振興会賞・日本学士院学術奨励賞受賞)、シナイ半島アラビア石刻文集成、チャム碑文集成、漢字字体規範の歴史的編年のデータベース化(東洋文字文化賞受賞)など、当該研究領域における基盤資料の欠如という問題を解決に導いたコーパスの公開がある。又、Linguistic Survey of India(1904年~1928年)、三省堂「言語学大辞典」など、この分野の世界最大の参考文献のオンライン化にも努力し、文字と書字に関する国際的な参照拠点(レファレンスセンター)を構築した。
 これらを基盤として、国際シンポジウム「インド系文字:過去と未来」では文字学及び情報通信メディアの視点からの課題が検討され、その新たな理論基盤に基づく文字入力ソフトウェア・フォントの開発は、アジアの情報技術基盤の格差解消に寄与しつつある。文字が言語を越境して伝播するさまを辿った「インド系文字の旅」、「アラビア文字の旅」の二つの展覧会、豊富な図版で最新の学問内容を解き明かす『図説アジア文字入門』の出版も、好評を博した。

5.審査部会における所見

A(期待どおり研究が進展した)
 本研究課題は、アジア書字コーパスの構築や、文字処理統合技術の開発と実践を通じて、「文字情報学」を創成することを目的としている。
 数多くの研究成果を見れば、とくに、インド系文字を中心として所期の研究目的が十分に達成されているとともに、文字データベース化についてもおおむね実現し、国際規格への適用が進められるなど、実用的な貢献の度合いが大きい。また、本研究課題を進める上で競争的研究資金を獲得するとともに、研究成果に対して各種の学術賞が授与されるなど、研究対象のユニークさが高く評価されたものと考える。加えて、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所を中心に研究拠点づくりにも成功している。
 他方、文字データベース化に重点が置かれたために、文字情報学の理論的な枠組みの構築・確立という面では、やや不十分な点が見られる。さらに、今後の課題として、「無文字」社会を前提としたオンライン・リソース化など萌芽的な領域にも取り組むことを期待したい。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --