研究領域名:細胞システム解明に向けたゲノム生物学の新展開

1.研究領域名:

細胞システム解明に向けたゲノム生物学の新展開

2.研究期間:

平成12年度~平成16年度

3.領域代表者:

小笠原 直毅(奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科・教授)

4.領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 生命現象の統合的理解には、生命のプログラムであるゲノムの全構造の解明と、そこに存在する遺伝子のネットワークの解明とが必要である。本領域は、(1)蛋白質-DNA相互作用、蛋白質-蛋白質相互作用、プロテオーム、メタボローム等、新たな方法論の開発を含めた、細胞レベルでのゲノム機能の体系的な解析、(2)枯草菌・大腸菌という生物研究のモデル微生物についての、一つの細胞をシステムとして理解することを目指した、遺伝子発現制御や蛋白質相互作用等の機能ネットワークのシステマティックな研究、(3)シアノバクテリア、病原細菌、原始紅藻、細胞性粘菌等、高等生物を含めた多様な生物についての、様々な細胞機能を司る遺伝子システムやゲノム構造に関する実験的及び情報学的な研究を進めることを目的として発足し、多くの成果を挙げてきた。そうした、前半3年間の研究の到達点と問題点を踏まえ、遺伝子と蛋白質のネットワークの解明にもとづく細胞という階層のシステムとしての理解という目標に焦点をあて、後半2年間の研究を実験的・情報学的研究グループの共同研究として推進するために、平成15年度より研究組織の再編成を行い、研究項目を、「C01細胞システム解明に向けた微生物ゲノム機能の包括的研究と比較ゲノム研究」と「C02細胞システムの情報学的構築に向けた研究」に再編成した。そして、研究項目C01では、枯草菌・大腸菌・シアノバクテリアを中心としたモデル細菌のゲノム全遺伝子の機能の比較研究、病原細菌の比較ゲノム研究による病原性の分子基盤の解明、細胞性粘菌を含むモデル微生物の分化システムのゲノム生物学、そして、様々な種特異的遺伝子システムのゲノム科学の立場からの解明を行うこととした。研究項目C02では、C01からの成果も加え、統合ゲノムデータベースの構築、DNA配列情報からの蛋白質立体構造と機能の予測、DNAアレー解析情報等を利用した遺伝子ネットワークの解析、細胞機能のシミュレーション技術などの情報学的研究を進めることにした。本研究により、生命の基本単位である細胞がどのように働いているのか、ゲノムからの理解が期待される。また、細菌から酵母等の真核微生物への進化、単細胞生物から多細胞生物への進化、動物と植物への分化等、ヒトへ至る生物の進化を知る上でも本研究は基盤となる意義を持っている。

(2)研究成果の概要

 平成12年度~平成16年度の5年間の研究により、以下のような成果を得た。(1)枯草菌・大腸菌という機軸モデル微生物について必須遺伝子セットを明らかし、細胞機能の根幹を担う遺伝子の普遍性と多様性の理解が進んだ。発現制御ネットワークの全体像の解明が進み、特に、遺伝子発現の環境応答を担う2成分制御系の全体像が明らかにされ、それらの機能ネットワークという新しい姿が浮かび上がってきた。代謝システムの協調的制御に関しても、その一端を明らかにした。(2)エネルギー代謝、アミノ酸生合成の代謝中間体など約1,000代謝中間体の定量が可能である、最先端のメタボローム解析技術を世界に先駆けて開発し、枯草菌・大腸菌のメタボロームプロファイルの解析により、その代謝システムのシステム的理解への展望を示した。(3)光合成機能の制御や乾燥・活性酸素などのストレス応答のためのシグナル伝達・遺伝子発現制御システムを中心に、シアノバクテリアの生命現象の分子的理解について、従来型の個別研究を大きく超える成果を得ることができた。(4)病原性細菌のゲノム配列情報に基づく、新規病原遺伝子群の発見やその解析により、病原性メカニズムや病原菌のゲノム特性に関する理解を大きく前進させた。そして、病原菌の進化にダイナミックな遺伝子の水平伝達が深く関与していることを明確に示した。(5)極限環境に生息する単細胞の原始紅藻であり、真核生物の起源に最も近い生物である原始紅藻のゲノム配列を、真核生物としては世界で始めて完全に決定した。(6)細胞アメーバとして分裂増殖する一方、集合して細胞分化を伴う多細胞体を形成するという独特な生活環を持つ細胞性粘菌について、大規模なcDNA解析と遺伝子発現プロファイル解析を行い、国際的な細胞性粘菌のゲノムプロジェクトに貢献した。(7)ゲノム配列情報の比較解析、タンパク質の高次構造と機能予測、アレー実験からのネットワーク解析、細胞機能のシミュレーション等の研究を推進すると共に、枯草菌・シアノバクテリアのゲノム構造・機能に関する、世界標準となるデータベースを構築した。(8)真核生物を含む様々な生物の、諸細胞機能を担う遺伝子システムの研究、遺伝子ファミリーのシステマティックな研究、遺伝子とゲノムの進化・多様化に関する研究を公募研究で推進し、我国のゲノム生物学研究の裾野を大きく広げた。

5.審査部会における所見

A(期待どおり研究が進展した)
 本領域では細胞レベルの生命活動をシステムとして理解するという目標に相応の進歩がみられた。重要モデル微生物をターゲットとしてゲノムレベルでの網羅的解析を進め、期待される成果を得ることができた。特に枯草菌と大腸菌の比較でコアとなる必須遺伝子群の同定とその制御、普遍性と多様性が明らかになりシステム間のクロストークがみえてきたことは大きな成果である。また、単なる微生物ゲノム研究の集合体を超えて工学、理学、農学との学問分野を超えた領域形成ができたことは評価に値する。個々の研究成果は非常に高く評価されるものが多く、比較ゲノム研究によって初めて可能となる新しい発見を導くことにも成功した。また、モデル微生物の枠にとどまらず、病原細菌や環境微生物などの実利的機能解明をめざす研究の連携と融合を促進した。このように対象とする微生物を広げた解析を今後もゲノム領域において継続し、ゲノムから機能解析を導くことによって将来的に広い分野に貢献することが可能であろう。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --