研究領域名:がんの生物学的特性に関する研究

1.研究領域名:

がんの生物学的特性に関する研究

2.研究期間:

平成11年度~平成16年度

3.領域代表者:

高井 義美(大阪大学大学院医学系研究科・教授)

4.領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 本領域では、がんの生物学的特性を明らかにすることにより、がんの予防、診断、治療に貢献することを目的とした。無限に増殖し、浸潤・転移に至るがん細胞の特性は、正常細胞において、がん遺伝子あるいはがん抑制遺伝子に変異が生じると発現するが、これらの変異がどのような機序でこのがん細胞の特性を発現させるのかは不明であり、また、細胞分化やアポトーシスの異常とがん化の関連や、がんと血管新生との関連、がん細胞と周辺組織との相互作用も十分明らかではなかった。これらの未解決の課題に対して、本研究領域では、5つの研究項目を設定し研究を推進した。研究項目A01においては、細胞増殖因子とその受容体以降の核に至るまでの細胞内シグナル伝達機構を解析し、その異常とがん化の関連を検討した。A02では、個体発生における細胞分化の機構とアポトーシスをはじめとする細胞死のシグナル伝達を解析し、細胞分化の停止と細胞死阻害のがん化への関連を検討した。A03では、細胞周期の制御機構とがん細胞における異常を中心に解析した。A04では、がんの浸潤・転移の機構につき、細胞外基質との関連や、細胞接着・運動にかかわる接着分子や細胞内シグナル分子につき検討した。A05では、腫瘍の形成、維持と血管新生との関連や、がん細胞と間葉細胞、細胞間マトリックスとの相互作用などを中心に研究を進めた。

(2)研究成果の概要

 「がんの生物学的特性」に関して本研究領域は国際的にも競争の激しい分野であるが、5つの分野で着実にその研究成果が得られ当初の最終目的をほぼ達成し、国際的にいずれも高い評価を受け、がんの診断と治療に進歩に貢献できたと判断した。その主な成果としては、研究項目A01においては、高井(阪大)は、細胞の接着・運動・増殖のシグナリング機構の解析を行い、接着分子ネクチンが、アファディンとアクチン細胞骨格を介して、アドヘレンスジャンクション(AJ)とタイトジャンクション(TJ)の構成因子を接着部位にリクルートしてAJとTJを形成することを明らかにした。また、ネクチンによるRho(ロー)ファミリー低分子量G蛋白質Cdc42とRacの活性化には、c-Src、低分子量G蛋白質Rap1、GDP/GTP交換因子FRG、Vav2が関与し、活性化されたCdc42とRacは細胞間接着の形成の速度を促進することを見出した。一方、ネクチン様分子Necl-5はインテグリンおよび増殖因子受容体と協調的に作用して細胞の運動・増殖を促進すること、細胞膜表面のNecl-5は細胞が接触して他の細胞のネクチンと結合するとダウンレギュレーションされその結果細胞の運動・増殖が低下すること、細胞ががん化するとNecl-5はアップレギュレーションされ細胞が接触しても細胞膜表面のNecl-5は減少せず細胞の運動・増殖は低下しないことを明らかにした。以上の結果から、ネクチンとネクチン様分子は、細胞の運動・増殖の接触阻害やがん化によるその破壊の分子機構に関与していることが示された。研究項目A02においては、金倉(阪大)は、サイトカインで誘導される抗アポトーシス分子Anamorsin(AM)を同定し、AMの抗アポトーシス機構の解析を進めてきた。そしてAM-/-マウスでは肝臓、脾臓の造血組織が萎縮し、著明な貧血を呈し胎生致死であること、ならびに、AM-/-胎児肝では造血幹/前駆細胞の絶対数は減少していないが、赤芽球のアポトーシスが認められ、AM欠損により二次造血が障害され造血不全をきたすことを明らかにした。さらに、造血器腫瘍細胞の一部ではAMの高発現例が認められ、AMが造血細胞の腫瘍化に何らかの役割を果たしている可能性が示唆された。研究項目A03においては、秋山(東大)は、新規因子Asefを見出し、Asefががん抑制遺伝子APCによって活性化されるRac特異的GDP/GTP交換因子であること、大腸がん細胞で発現している変異APC断片と結合して運動能の異常な亢進を引き起こすこと、APC-Asefが肝細胞増殖因子(HGF)の下流で機能し、HGFによる細胞運動亢進に関与していることを明らかにした。また、TGF-βの擬受容体BAMBIがWntシグナルの標的遺伝子であり、大腸がんで過剰発現していることが見出された。研究項目A04においては、清木(東大)は、膜型マトリックスメタロプロテアーゼ(MT1-MMP)ががんの浸潤に中心的役割を果たすことを明らかにした。そして、MT1-MMPの細胞運動および浸潤促進活性が、細胞内ドメインに結合する新規蛋白質MTCBP-1によって負に制御されることを明らかにした。MTCBP-1は正常線維芽細胞で発現しているが、約20種類の調べた限りの腫瘍細胞株で発現が低下していることから、MTCBP-1が浸潤抑制因子である可能性を示した。研究項目A05においては、渋谷(東大)は、VEGF受容体-1(VEGFR-1/Flt-1)を発見してVEGF系のシグナル伝達解析を進めてきて、従来不明であった血管透過性とVEGF受容体の関係についてハブ毒中新規VEGFを手がかりに解析し、VEGFR-1の強い活性化とVEGFR-2の弱い活性化状態が、血管透過性亢進に最も片寄ったシグナルを出すこと、すなわち2種の受容体活性化のバランスが血管新生と透過性亢進のシグナルの程度を決めていることを明らかにした。

5.審査部会における所見

A(期待どおり研究が進展した)
 優れた研究成果が得られた。研究成果と共に、先端がんとの連携や、公募研究と計画研究間の流動性などの確保に努めたところは高く評価できる。中心テーマであるシグナルの研究は細かい点に入りがちであるため、がんという大きな目標を欠失がないよう努力が必要であるし、そのように努力がなされた。かなりの数の新規遺伝子とそのシグナルが明らかにされた。個々の研究成果、貢献度は優れているが、もう少し統合的に見る必要があったのではないか。今後、他の研究によりこれらの細胞・個体・がんにおける意義が明らかにされるよう期待する。適切な外部評価委員を依頼して、適切な進展と外部意見の取り入れも図られたと評価した。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --