研究領域名:イオン・水・小分子のベクトル輸送の分子基盤とシグナル伝達に関する研究

1.研究領域名:

イオン・水・小分子のベクトル輸送の分子基盤とシグナル伝達に関する研究

2.研究期間:

平成12年度~平成16年度

3.領域代表者:

倉智 嘉久(大阪大学大学院医学系研究科・教授)

4.領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 多細胞生物の体液における種々のイオンや水など小分子の組成は、恒常的にほぼ一定に保たれている。この体液の恒常性は個体の生命を維持するために必須である。各小分子は常に体外から体内へ吸収され、そして再び体外へ排出され、動的な平衡状態となっている。この動的平衡の維持には、種々の臓器において体外と体内の境目に位置する一層の細胞から構築される“上皮組織”が中心的役割を果たしている。上皮組織は個体内・外の間にバリアーを形成し、体内環境を保護すると共に、イオン・水・小分子などを選択的に一方向へ輸送(“ベクトル輸送”)し、吸収や分泌を行っている。様々な臓器でのベクトル輸送は、多様なチャネルや輸送体などの機能蛋白質が上皮細胞の特定の膜ドメインに局在・集積し、機能的に共役することで成立する。領域発足時には、個々のベクトル輸送を担う機能分子の実体が部分的に同定され、その幾つかの遺伝子異常が一部の疾患の原因となることが明らかとなりつつあった。しかし、各分子と組織機能を有機的に結びつけ、その生理的意義を総合的に理解しようという研究は展開されていなかった。本特定領域研究は、多彩な臓器機能を担う上皮組織による「小分子ベクトル輸送」を様々な視点から統合的に検討し、生体の恒常性維持機構を分子実体的に理解すること、また、ベクトル輸送が関与する疾病の病因を解明し、新しい治療法の開発に繋がる研究成果を得ることを目的とした。

(2)研究成果の概要

 本領域では、「小分子ベクトル輸送」という重要な生理機能を、素子から臓器レベルまで統合的に理解することを目標に、分子生物学・生化学・薬理学・生理学・画像解析・計算科学・発生工学という多分野の研究者が協力して研究に取り組んだ。その結果、数多くのベクトル輸送の分子実体(K+(カリウムイオン)・Cl-(イオン塩化物)・TRPチャネルやアミノ酸輸送体)を新規に同定し、更にそれらの局在決定機構などを明らかにできた。PDZドメイン蛋白質などの足場蛋白質が輸送体の位置決定ばかりでなく機能制御にも重要であることや、細胞間輸送機構の維持が臓器機能に必須であることも明らかにした。2光子励起法の確立により、今まで不可能であった精度でのベクトル輸送の時空間的な可視化を実現した。また、ベクトル輸送分子の遺伝子異常の解析により病因不明であった疾患の分子基盤を数多く解明した。遺伝子操作により数種類の疾患モデルマウスの作成にも成功し、臨床医学への貢献も果たし得た。期間の後半には、ベクトル輸送をより定量的に理解するため、コンピューターシミュレーションによるモデル化も試みた。このように、本領域研究は「小分子ベクトル輸送」の解明へ、従来なかった異分野融合研究を推進し成果をあげ、今後の生命科学へ一つの新しい研究方向を示し得たと考えている。今回の成果を基礎に、輸送蛋白質や関連蛋白質分子による輸送体複合装置「トランスポートソーム」の成立と機能制御の解明という次の重要課題を設定し、研究を継続する。

5.審査部会における所見

A+(期待以上の研究の進展があった)
 領域代表者を中心とした組織が領域全体を効果的にとりまとめ、輸送を担う新たな分子の同定から病態モデル動物の作製まで、広範な研究テーマを連携をはかりながら推進することによって着実な成果が上げられている。また、新しい実験系の開発や計算論的アプローチの推進など、関連領域における研究の今後の方向性を示した。さらに、個々の研究成果の中には突出したレベルの研究もあり、当初の研究領域の設定目的を充分に達成したと評価できる。分子ベクトル輸送の研究は、生体膜輸送複合体である「トランスポートソーム」研究という形での方向性を示唆した。本研究の成果は、今後、細胞生物学や医学などの幅広い関連分野に大きく貢献し、さらなる発展が期待される。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --