研究領域名:磁場が誘起する磁性体の新量子現象

1.研究領域名:

磁場が誘起する磁性体の新量子現象

2.研究期間:

平成13年度~平成16年度

3.領域代表者:

田中 秀数(東京工業大学大学院理工学研究科・助教授)

4.領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 磁性体はこれまで「向きの自由度しかないスピンの集団」として捉えられてきた。しかし最近の新物質開拓と強磁場中で示す磁性の研究から、磁性体は「量子力学的粒子の集団」としての性質を強く示す場合があることが分かってきた。具体的には、磁化の量子化である磁化プラトーやマグノンのボース・アインシュタイン凝縮(BEC)と捉えられるスピンギャップ系での磁場誘起磁気秩序などがあげられる。磁化プラトーは3重項励起(マグノン)のホッピングがパリティーや幾何学的フラストレーションのために抑制され、粒子間に働く斥力のためにさまざまな配列パターンが生ずるために起こる現象と捉えることができる。これはマグノンの実空間での凝縮であり、ウィグナー結晶と考えることができる。これに対して、スピンギャップ系での磁場誘起磁気秩序ではマグノンのホッピングが優先され、磁場誘起磁気秩序は斥力を弱く受けるマグノンのBECとして捉えることができる。これはマグノンの運動量空間での凝縮である。このように磁性体は、磁場中でこれまで見られなかった新量子現象を示す。これらの現象は、ただ磁性の範囲内に留まるだけでなく、相互作用をする量子力学的粒子集団の問題として、物理学に共通する普遍的で基本的な問題を含んでいる。
 これらのことを踏まえて、本研究では磁性体が強磁場中で示す既成の概念では捉えることのできない現象を発見し、個々の機構を解明して新概念の構築を目的とする。

(2)研究成果の概要

 研究期間中、精力的に新物質開拓がなされた。また50T及び70Tユーザーコイルが完成し、これと希釈冷凍機を組み合わせた極低温強磁場実験が可能となった。この技術と新しい切り口からの理論研究によって磁化の量子化現象である磁化プラトーの研究に大きな進展があった。まず本研究班員のグループが発見した2次元直交ダイマー系物質SrCu2(BO3)2(エスアール・シーユーツー・ビーオースリー・ツー)について詳細な強磁場磁化測定を行い、飽和磁化の1/8、1/4、1/3に磁化プラトーをもつことを明瞭に示した。更に1/8プラトー状態でのスピン構造を強磁場NMRによって決定した。得られた磁気構造はマグノンが斥力によって周期的に配列する超格子構造を示しており、まさに結晶化という言葉が相応しいものである。このマグノンのウィグナー結晶は、本研究によっては初めて観測されたものである。この他にも分子磁性体でありS=1の反強磁性スピン梯子でもあるBIP-TENO(ビーアイピー・ティーイーエヌオー)、2次元三角格子反強磁性体Cs2CuBr4(シーエスツー・シーユー・ビーアールフォー)、ダイヤモンド鎖化合物Cu3(CO3)2(OH)2(シーユースリー・シーオースリーツー・オーエイチツー)を開拓し、量子力学に起因する磁化プラトーを発見した。磁化プラトーの他に重要な課題としてスピンギャップ磁性体の磁場誘起反強磁性相転移の問題がある。本研究ではTlCuCl3(ティーエル・シーユー・シーエルスリー)とその関連物質を中心に磁場誘起反強磁性相転移を種々の実験手段で詳しく調べ、これと理論解析から、これがマグノンのBECであることを示した。スピンギャップ磁性体の磁場誘起磁気秩序がマグノンのBECであるということは、最近世界的に認識されてきており、種々の物質で実験がなされ、また理論的研究も活発に行われている。

5.審査部会における所見

A(期待どおり研究が進展した)
 新物質の開拓や精緻な物性評価により、マグノンがもたらす量子磁気現象に関して、多くの優れた実験結果が得られた。期間内に進展を遂げた極低温強磁場実験技術の活用や、マグノンと量子相転移に関する理論的研究の遂行など、領域内での研究者間の連携も効果的であった。磁化プラトーやスピンギャップ磁性体の磁場誘起相転移等に関する物理を確実に進展させたと言える。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --