研究課題名:獲得性生体情報の構築・応答ならびにその異常と病態の研究

1.研究課題名:

獲得性生体情報の構築・応答ならびにその異常と病態の研究

2.研究期間:

平成12年度~平成16年度

3.研究代表者:

本庶 佑(京都大学大学院医学研究科・特任教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 免疫系、神経系ならびに血管系に代表される高次生体統御系は、個体の発生発達生存過程において個体固有の情報を獲得する。これらの個体レベルでの生体情報獲得機構、発現制御並びにその病態の研究は先天的遺伝情報解読後(ポストゲノム時代)における生命医科学研究の中心課題である。また、高次生体統御系としての神経系、免疫系ならびに血管系は、相互に協調し、統合される形で生体の維持、活動、防御に重大な役割を果たしている。これらの高次生体統御系の機能異常により様々な成人病病態異常が現れる。これまでに蓄積された神経系、免疫系の情報獲得、発現制御の分子機構をさらに精緻なものとし、その異常による病態解明と治療をめざす努力が必要とされる時代となってきた。本研究ではこれらの観点から神経系と免疫系、それぞれの分野で世界をリードするグループが臨床レベルにおける血管系成人病病態解明の第一人者と共同し、獲得性生体情報の構築と応答の基本的なメカニズムを明らかにし、その異常によってもたらされる臨床病態の解明と治療を目指すものである。

(2)研究成果の概要

 高次生体統御系における環境との相互作用における生体情報の変換および異常を明らかにするために、免疫系、神経系、血管系について基礎研究を行ない臨床応用に向けた展開を追求した。その結果、それぞれの系において以下に述べる画期的成果を挙げると共に三課題を探索臨床研究として開始することに成功した。

(1)分子機構が不明であったCSRとSHM反応に特異的な分子AIDを同定し、その反応分子機構をRNA編集モデルとして提唱し、検証した。これは免疫学的にマイルストーンとなる成果である。ポストゲノム時代に、ゲノム情報多様化の新規の機構を明らかにした点で生物学的にも極めてインパクトが大きい。悪性腫瘍との関連に関する報告は、今後の悪性腫瘍発生メカニズムの研究において新たな切り口を開いた。

(2)Rap1G蛋白は同ファミリーのRasG蛋白同様、極めて普遍的なシグナル伝達因子であり、その細胞内機能は近年多くの細胞系モデルを用いて増殖・分化・接着など普遍的な機能局面から世界的に精力的に研究されてきているが、本研究によって、造血幹細胞ホメオスターシス、記憶T細胞応答、T細胞の初期発生、B細胞のレパートリー形成と選択など、高度に組織化された特異的な高次機能発現における具体的な役割がようやく明らかにされてきた。

(3)脳神経系の中心的なグルタミン酸興奮性神経伝達の神経回路における制御機構の研究を進め、それぞれに特徴的な神経回路において興奮性と抑制性の神経伝達系が協調的に作用し、かつ性質を異にするグルタミン酸受容体がそれと共役する蛋白複合体を介して特異的な作用を示すこと、さらにそれらの作用は神経伝達のダイナミックな時空間的制御に重要な働きをしているという神経回路の情報伝達の基本的な機構を明らかにした。

(4)急性心筋梗塞では活性化血小板が主要な役割を果たす。我々は形質膜透過型血小板を用いた凝集(インテグリン活性化)および顆粒放出解析系を確立した。すでに数個の必須因子を同定し、循環器病学及び細胞生物学に貢献している。顆粒放出制御因子として同定したMunc13-4は細胞障害性T細胞(CTL)の顆粒放出も制御しており、その異常は家族性血球貪食症候群(FHL)となる。小児科、ゲノム遺伝学のグループとの共同研究により、我が国のFHLの30%がMunc13-4の異常で発症し、Munc13-4の欠損によりCTLの障害活性が大きく低下することを報告した。Munc13-4はウィルス感染時等の生体防御を担っている可能性もあり、感染症学、免疫学への貢献が期待される。

5.審査部会における所見

A+(期待以上の研究の進展があった)
 生体と環境の相互作用において、個体における情報の獲得と異常な応答反応により、疾患が生じてくるメカニズムを高次生体制御系の代表である免疫系、神経系、血管系を中心に解析することを目的とした研究である。特別推進研究(COE)として研究の拠点形成が成功し、異分野の研究者が有機的に連携し、特段に優れた研究成果を世界に発信している。特に、AIDの発見、アセチルコリンによる薬物依存制御、LOX-1の発見は特記すべきである。また、gdT細胞による癌治療法をはじめ、基礎研究の成果が臨床応用と直結しているトランスレーショナルリサーチの基盤形成に成功したことも高く評価したい。全体的にみて本特別推進研究(COE)は多くの成果をもたらし、拠点形成が成功したモデルケースのひとつと言える。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --