研究課題名:神経細胞特異的ポリオウイルス感染機構と病原性

1.研究課題名:

神経細胞特異的ポリオウイルス感染機構と病原性

2.研究期間:

平成12年度~平成16年度

3.研究代表者:

野本 明男(東京大学大学院医学系研究科・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 ポリオウイルス(PV)はピコルナウイルス科エンテロウイルス属のプラス鎖RNAウイルスであり、小児マヒ(急性灰白髄炎)の病因として知られる神経向性ウイルスである。ヒトに経口感染し、消化管で増殖後、血流に入り、血液脳関門を透過して中枢神経系に侵入、そこで主に神経細胞(特に脊髄前角の運動神経細胞)で増殖し、これを破壊する。その結果、感染者の四肢にマヒが生じる。体内伝播経路としては、骨格筋から神経軸索を介し、中枢神経系の運動神経細胞体に到る経路も存在することが知られている。
 PVは霊長類のみに感染する。PVの種特異性は、PV受容体として働く分子(CD155)の存否で決まっている。実際に、本研究者らはヒトのCD155を持つトランスジェニック(Tg)マウスはPVに感受性であることを示した。また中枢神経系でのPV増殖効率はPV特異的翻訳開始機構を担うシスエレメント、IRES(internalribosomeentrysite)の構造で決まっていることも示し、「IRES依存性ウイルストロピズム」の概念を提出している。本研究では、培養細胞系、運動神経細胞初代培養系の他、上記PV感受性Tgマウスを使用し、PVの個体侵入から中枢神経系に到る上記2種類の体内伝播(血液脳関門透過と逆行性神経軸索輸送)機構、および神経細胞へのPVの特異的感染機構を解析し、PV感染による小児マヒ発症の分子機構を明らかにすることを目的とした。
 本研究は、PVの病原性研究であるが、神経性ウイルスの体内伝播機構のモデル研究となる。また、この感染現象の解析を通し、宿主―ウイルス間に形成される自然生態系の理解を深めることにもなる。

(2)研究成果の概要

 IRES依存性ウイルストロピズムの概念を強力に支持する結果を得た。すなわち、C型肝炎ウイルスのIRESを持つキメラポリオウイルスは、Tgマウスの肝臓では増殖するが脳では増殖出来ないことを示した。
 Tgマウスの消化管でPVが増殖出来ない原因の一つは1型インターフェロンの作用であることを証明した。現在、増殖できる変異株の解析を行っている。
 PVの血液脳関門透過に働いている分子はトランスフェリン受容体の可能性があることを示した。
 筋肉内に接種したPVは、神経筋接合部に集まり、エンドサイトーシスによりシナプスから取り込まれ、CD155の細胞質内領域と細胞質ダイニンの相互作用により、マイクロチューブルに沿って速い逆行性輸送系で運ばれることを証明した。
 培養神経細胞はPVの一回の感染に対し抵抗性を持ち、細胞は変性効果を示さないことを発見した。細胞変性効果を与えるPVの2Aプロテアーゼが核内に移行していた。
 2Aの新しい機能として、翻訳開始因子eIF4E(イーアイエフフォーイー)との結合性を見出した。この結合によりeIF4E(イーアイエフフォーイー)のキャップ構造への親和性が消失することを示した。
 PV-RNAのレプリコン活性は2A遺伝子を欠損させても保持されることを明らかにした。安全なウイルスベクター開発の基盤を築いた。
 CD155の本来の機能は、リガンドに依存した細胞の接着力の低下と移動性の上昇であることを示した。癌細胞で強く発現しているので、癌転移との関連性が示唆された。
 Non-Tg(非トランスジェニック)マウス脊髄に感染可能な変異PVを得て解析した。カプシド蛋白質の変異によりマウス分子を受容体として利用していた。このウイルスは安定性が悪く、容易にCD155を認識するウイルスに復帰した。

5.審査部会における所見

A(期待どおり研究が進展した)
 ポリオウイルス(PV)の感染経路、ウイルスの機能及び宿主応答機構について目的に沿って着実な成果が上がった。研究目的達成度は十分であるとする一方、不十分であるとする意見も少なくなく、評価が分かれた。その理由は多くの有望なシーズを生み出したが、分子レベルまでの解析が途中である点が挙げられた。神経細胞のみがポリオウイルスに抵抗性を持つことなどの知見はウイルス感染の細胞特異性研究にも貢献する成果であろう。本研究は、ウイルス学のみならず生体防御系の理解にも貢献し、医学の発展に影響を与えるものと評価した。本特別推進研究によって提起された課題には今後さらに研究を発展させることが重要であるものが多く、継続的な発展を期待したい。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --