研究課題名:三重項有機分子の安定化とその複合化による磁性分子素材の構築

1.研究課題名:

三重項有機分子の安定化とその複合化による磁性分子素材の構築

2.研究期間:

平成12年度~平成16年度

3.研究代表者:

富岡 秀雄(三重大学・名誉教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 安定に存在する有機分子は全てその電子対のスピンを逆平行に持ち、分子全体としてはスピンを打ち消し合った一重項状態である。三配位炭素化合物ラジカルは電子スピンを1個持ち一般に大変不安定である。しかしラジカルは三個の置換基を適当に修飾することによって安定化、単離されてきた。
 ラジカルからさらにもう一つの結合をとり去ると、二配位炭素中心を持つカルベンが生じる。カルベンは結合に関与しない電子を2個持つので、電子のスピンが逆平行か平行かに依存して、一重項と三重項の二つの電子状態を取ることが出来る。
 カルベンの安定化はラジカルの安定化に比べて一段と困難である。しかし、一重項カルベンは電子的な効果によって安定化を受けることが明らかにされ、つぎつぎと単離された。三重項カルベンは電子的な安定化効果を受けにくく、その単離は未だ実現されていない。本研究ではこのチャレンジングな分子である三重項カルベンを安定化、単離することを第一の目的としてた。
 三重項カルベンを単離することの意義は何であろうか。一つは異常な結合状態を持つ一過性の分子であったものを、実存の分子としてその存在を証明するという学術的な意義がある。一方で、これまで使用されていなかった、高いスピンを持つ新しい有機分子素材の登場という、材料科学的な意義があげられる。安定な三重項状態が自由に使用できるようになると、高いスピンを持つ有機磁性材料への道が開かれることになる。
 本研究では安定な三重項単位を望む位置に望む数だけ連結し、このような新しい有機磁性材料を構築する手法を開発することを第二の目的とした。

(2)研究成果の概要

 三重項カルベンの安定化に関しては、ジフェニルカルベン(DPC)のオルト位にCF3、Br等嵩高い置換基を導入することによって、寿命1時間の安定なDPCの合成に成功した。一方、ジアントリルカルベンの10位に嵩高い置換基を導入することによって、室温溶液中でも一週間以上も存在するほぼ安定な三重項カルベンの合成に成功した。又、ジアゾ基を導入した後に、更に保護基を被せると言う新しい手法によって幾つかの新しい構造の三重項カルベンの発生にも成功し、より安定な三重項カルベンを実現出来る道を開いた。
 安定なカルベンの前駆体のジアゾ化合物も又安定であり、ジアゾ化合物をビルディングブロックとして有機磁性体の発生源となるポリジアゾ化合物を合成できることを明らかにした。ポリジアゾ化合物の光分解によって発生したポリカルベンの磁気的解析を行った。現在の所、最大スピン多重度は10程度と未だ低いが、連結π系とスピン中心間の距離を改良することにより、より高いスピン多重度が得られるものと考えられる。又、機能性を持つ磁性有機素材として、フォトクロミズムを示す分子へのカルベン前駆体の導入や、複数のジラジカル中心を持つπ系の基底多重度と構造の関連の解明も成果をあげることが出来た。
 以上、当初の目標であった安定な三重項有機分子の構築はほぼ実現できた。三重項カルベンを構成単位とする磁性有機分子の構築に関しても、前駆体合成の手法を確立したので、これを実現できる見通しを示すことが出来たと考えている。

5.審査部会における所見

A(期待どおり研究が進展した)
 不安定な3重項カルベンを単離するという極めて挑戦的な研究課題に対して、立体保護や共鳴安定化の手法を駆使してこれを実現するなど、数多くの優れた研究成果が得られた点については高く評価できる。安定化された3重項カルベンの単結晶構造解析や磁性有機材料への展開研究は未完成であるが、その指針は得られており、近い将来に達成されるものと期待する。総じて、期待どおりに研究が進んだものと判断した。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --