「特別推進研究」研究期間終了後の効果・効用、波及効果に関する自己評価書

  •  研究代表者氏名
    猪口 孝(東京大学・東洋文化研究所・教授)
  •  研究分担者氏名
    蒲島 郁夫(東京大学・大学院法学政治学研究科・教授)
  •  研究課題名
    「民主主義の機能不全の理論的実証的研究」
  •  課題番号
    11102001
  •  補助金交付額(直接経費のみ)
    平成11年度 18,000千円
    平成12年度 130,000千円
    平成13年度 12,000千円
    平成14年度 16,000千円

【研究期間終了後の効果・効用、波及効果に関する内容】

1.特別推進研究の研究期間終了後、研究代表者自身の研究がどのように発展したか。

(1)概要

 特別推進研究の研究期間終了後、二つの流れで発展した。第一は特別推進研究の研究成果の刊行であり、第二は特別推進研究をさらに発展させた新しい研究の展開である。
 第一、日本語で研究途上の色彩の強い段階での書物を一冊、英語で最終段階での成果発表を行った。前者は、猪口著の『国民意識とグローバリズム』NTT出版、2004年である。後者は次の4冊である。

  • Ian Marsh, ed., Development, Democracy and Regionalism in East and Southeast Asia, London: Routledge, 2005.
  • Jean Blondel and Takashi Inoguchi, Political Cultures in Asia and Europe, London: Routledge, 2006.
  • Takashi Inoguchi and Jean Blondel, Citizens and the State, London: Routledge, 2008.
  • Takashi Inoguchi and Ian Marsh, eds., Globalization, Public Opinion and the State, London: Routledge, 2008.

 また、上記英文書の後者三冊を翻訳して、日本語での学術書刊行も計画しているところである。第2番目の本は、岩波書店から2008年か2009年に刊行予定である。
 第二、アジアとヨーロッパの民主主義の機能不全について世論調査を通じて研究した後、ヨーロッパと比べてアジアでは世論調査による科学的体系的データがあまりにも貧弱なことに鑑み、「普通の人々の日常生活」に焦点を当ててアジア全29社会について世論調査を展開する研究計画(アジア・バロメーター世論調査)を展開した。平成15年度は企業寄附金で、平成16年度は外務省アジア大洋州局地域政策課による委託研究で世論調査を実施した。平成17年度から平成20年度までの文部科学省科学研究費特別推進研究である。これまでにしたがって平成15年度から毎年アジア・バロメーターを実施している。さらに毎年の世論調査の第1次的分析結果を『アジア・バロメーター・ソースブック』として英語と日本語で刊行している。刊行済のものは以下の如くである。

  • Takashi Inoguchi, Miguel Basanez, Akihiko Tanaka, Timur Dadabaev, eds., Values and Life Styles in Urban Asia: A Cross-Cultural Analysis and Sourcebook Based on the AsiaBarometer Survey of 2003, Siglo21, 2005.
  • Takashi Inoguchi, Akihiko Tanaka, Shigeto Sonoda, Timur Dadabaev eds., Human Beliefs and Values in Striding Asia: East Asia in Focus-Country Profiles, Thematic Analyses, and Sourcebook Based on the AsiaBarometer Survey of 2004, AKASHI SHOTEN, 2006
  • Inoguchi, Takashi, ed., Human Beliefs and Values in Incredible Asia: South and Central Asia in Focus: Country Profiles and Thematic Analyses Based on the AsiaBarometer Survey of 2005, Tokyo: Akashi Shoten, 2008.
  • 『アジア・バロメーター 都市部の価値観と生活スタイル-アジア世論調査(2003)の分析と資料』猪口孝、ミゲル・バサネズ、田中明彦、ティムール・ダダバエフ編 東京:明石書店 2005.
  • 『アジア・バロメーター 躍動するアジアの価値観』猪口孝、田中明彦、園田茂人、ティムール・ダダバエフ編、東京:明石書店 2007.

(2)論文発表、国際会議等への招待講演における発表など

  1. Takashi Inoguchi, Sanjay Kumar, and Satoru Mikami,“Macro-Political Origins of Micro-Political Differences: A Comparison of Eleven Societies in East and South Asia,” Japanese Journal of Political Science, Vol. 8, Pt. 3, 2007.
  2. Takashi Inoguchi, Satoru Mikami, and Seiji Fujii, “Social Capital in East Asia: Comparative Political Culture in Confucian Society,” Japanese Journal of Political Science, Vol. 8, Pt. 3, 2007.
  3. Takashi Inoguchi, “Clash of Values across Civilizations,” in Russell J. Dalton and Hans-Dieter Klingemann, eds., Oxford Handbook of Political Behavior, Oxford: Oxford University Press, 2007.
  4. Takashi Inoguchi, “The Place of the United States in the Triangle of Japan, China and India,” Afrasian Center for Peace and Development Studies Ryukoku University Working Paper Series number22, April 2007.
  5. Takashi Inoguchi, “Japan's LDP: Shaping & Adapting to 3 Distinctive Political Systems: Military Occupation, Fast Economic Development & Accelerating Globalization,” Japan Spotlight Bimonthly, Vol. 26, number 2, 2007, pp. 41-45.
  6. Takashi Inoguchi, “Is Japan No Longer Law-Abiding Society?” Japan Spotlight Bimonthly, Vol. 25, number 3, 2006, pp. 38-39.
  7. Takashi Inoguchi and Zen-U Lucian Hotta, “Quantifying Social Capital in Central and South Asia: Are There Democratic, Developmental, and Regionalizing Potentials?” Japanese Journal of Political Science, Vol. 7, Pt. 2, August 2006, pp. 195-220.
  8. Takashi Inoguchi, “Social Capital in Ten Asian Societies: Is Social Capital a Good Concept to Gauge Democratic, Developmental and Regionalizing Trends in Asia?” Japanese Journal of Political Science, Vol. 5, Pt. 1, May 2004, pp.197-212, Reprinted with the publisher's permission in Japanese Politics Study, Vol. 2, number 2, July 2005, pp. 6-21.
  9. Takashi Inoguchi, “Japan-China relations in Asia,” Ajia-jiho, The Asian Affairs Research Council, number 399, 2004, pp. 22-27.
  10. Takashi Inoguchi, “Ajia tairiku jyushi no gaiko wo (Call for diplomacy emphasizing on Asian Continent),” Weekly Economist, The Mainichi Newspapers, Vol. 82, number 5, 2004, pp. 54-57.
  11. Takashi Inoguchi, “Motomerareru kakehashi shakai shihon (Call for Social Capital of Bridging Type),” Japan Center for Economic Research Bulletin, number 941, March 2006, pp. 4-10.
  12. Takashi Inoguchi, “Ajia Gakujyutsu Kyoudoutai ron (Asian Academic Community),” in Takashi Inoguchi, ed., Envisioning and Crafting Academic Communities in Asia, Tokyo: NTT Shuppan, January 2005, pp. 3-28.
  13. Takashi Inoguchi, “The AsiaBarometer: Its Aim, its Scope and its Strength,” Japanese Journal of Political Science, Vol.5, Pt.1, May 2004, pp.179-196.
  14. Takashi Inoguchi, “AsiaBarometer no setsuritsu wo mezase (Let Us Do an Asian-wide Opinion Poll. Every Year),” Chuo Koron (Central Review), Vol. 117, number 7, July 2002, pp. 150-155.

(3)研究費の取得状況(研究代表者として取得しているもののみ)

●科学研究費補助金(文部科学省)
○種目名:基盤研究(A)(一般)
期間
平成15~16年度
課題名
「ガバナンスの形式と内容に関する実証的理論的研究-世論調査でみる有権者の声」
配分額
22,000,000円
○種目名:特別推進研究
期間
平成17~20年度
課題名
「アジア・バロメーターを通じたアジア人の生活・規範・価値の実証研究」
配分額
251,430,000円
●科学研究費補助金(文部科学省)以外

なし

(4)特別推進研究の研究成果を背景に生み出された新たな発見・知見

  • 1ヨーロッパでは超国家的アイデンティティーがかなりの強さを地域的に記録しているがアジアでは国家意識が圧倒的に強いところが多い。しかし、イスラム教アイデンティティーや文化的中国のアイデンティティーは国家意識と競争する位に強い社会もある。今までも広く知られていたとはいえ、この特別推進研究では同じ質問で科学的体系的な精密なデータとして記録され、分析された。とりわけ、国民としてのアイデンティティーが国家への強い支持に結合していない場合には政治が不安定化しやすいことに注目しなければならないことを体系的な分析で発見した。
  • 2社会的制度に対する信頼度でみると、アジアでもヨーロッパでも等しく軍隊と警察が最も信頼されていることを発見した。ここまで精密な数字を体系的科学的なデータで出した研究はなかった。同様に、民主的に選ばれた人によって作られている制度、議会や政党は最も信頼度が低いという知見も得ることができた。同時に、先進民主主義国では相対的に批判的市民の割合が多いこと、後進民主主義国では国家の権威主義や宗教の束縛などから政府に対する信頼が高くでがちであることも重要な知見として得られた。
  • 3生活や政治に対する満足度は所得水準に比例して高いわけではなく、一定限度所得水準が高くなると、第一に、ポスト物質主義、ポスト・モダンのライフスタイルの選択の違いで差異が出やすいこと、第二に、宗教心が強いところでは所得水準に係わらず満足度が高めになることが発見された。

2.特別推進研究の研究成果が他の研究者による活用された状況はどうか。

(1)学界への貢献の状況

 学術研究に対するインパクトは大きい。とりわけ比較政治理論、政治行動理論の分野での学術的貢献は非常に高くなっている。
 第一、とりわけ民主化が進展したアジアについて比較政治理論の研究がわが国で著作数、論文数で増加している。日本政治学会でも日本比較政治学会でもみられる趨勢である。それも本特別推進研究が比較政治理論のメッカであるヨーロッパとアジアを世論調査を通じて体系的に科学的に実証的な分析を進展させていたことが大きな要因であると考えられる。今までは限定的にしかデータの使用許可を出していなかったが、英文学術書を平成20年度までに刊行完了するのに伴い2008年6月データが完全公開となった。それにより本研究のデータを使用した研究が一層盛んになると考えられる。英文学術書が刊行されれば、世界一流学術誌での書評も出ると思われる。日本語でも、岩波書店から上記第2番目の学術書が2008年か2009年に刊行予定である。
 第二、特別推進研究の成果を世界一流出版社の刊行物全4冊として世に出せたこと自体が強いインパクトをもつと思われる。その一つの証拠としてオックスフォード大学出版社から平成18年度から刊行された『オックスフォード政治学ハンドブック』全10巻は世界の政治学者3,000人を動員したものであるが、わが国からは唯一猪口が「国家を横断した価値衝突」という一章を同書に執筆している。3,000人のうち、欧米の学者が99パーセントを超えることからすると、これを一定のインパクトとみることができる。

(2)論文引用状況

研究期間中に発表された論文等(特に記載のないものは猪口孝の著作)
  1. Ian Marsh, Jean Blondel and Takashi Inoguchi, eds., Democracy, Governance, and Economic Performance: East and Southeast Asia, Tokyo and New York: United Nations University Press 1999. 「東アジア・東南アジアで民主主義がどのように発展し、それがガバナンスと経済的パフォーマンスとどのように連関していたかを考察する。」39
  2. Michael Cox, G. John Ikenberry, Takashi Inoguchi, American Democracy Promotion: Impulses, Strategies, and Impacts, Oxford: Oxford University Press, 2000 「米国が民主主義を海外でどのように促進したかをその起源、戦略、衝撃から分析する。」99
  3. "Political Cultures Do Matter: Citizens and Politics in Western Europe and East and Southeast Asia," edited with Jean Blondel, Japanese Journal of Political Science, 2002, pp.151-171 「政治文化の概念がいかに重要であるかを論じた。」4
  4. Takashi Inoguchi, "Three Frameworks in Search of a Policy: US Democracy Promotion in Asia-Pacific," edited by Michael Cox, G.John Ikenberry and Takashi Inoguchi, American Democracy Promotion: Impulses, Strategies, and Impacts, 2000, Oxford: Oxford University Press. 「米国による民主主義推進政策を日本、カンボジア、中国の事例でどのような価値観を追求し、どのような政策を実行したかを比較分析した。」4
  5. "Area and International Studies: International Relations," New York: Elsevier, edited by Neil J. Smelser & Paul B. Baltes, International Encyclopedia of the Social & Behavioral Sciences, 26vols. 2001, vol.2, pp.707-711 「地域研究と国際研究を対象とし、「国際関係論」のアプローチをとる学問分野を解説したもの。」2
  6. "Infrastructure: Social/Behavioral Research(Japan and Korea)," New York: Elsevier, Neil J. Smelser & Paul B. Baltes, International Encyclopedia of the Social & Behavioral Sciences, 26vols. 2001, vol.11 pp.7489-7493 「社会科学・行動科学調査の社会インフラを日本と韓国について解説したもの。」1
  7. "Broadening the Basis of Social Capital in Japan," Oxford University Press, Robert, Putnam ed. Democracies in Flux: The Evolution of Social Capital in Contemporary Society, 2002, pp.359-392 「先進民主主義国の社会資本の概念の特徴を比較分析したもので、20世紀の民主主義の展開が社会資本の発達と密接に結びついていることを示す。」10
研究期間終了後に発表された論文等(特に記載のないものは猪口孝の著作)
  1. 猪口孝『「国民」意識とグローバリズム:政治文化の国際分析』 NTT出版 2004 3 「市民意識をアイデンティティー、信頼と満足から分析する。」3
  2. Values and Life Styles in Urban Asia: A Cross-Cultural Analysis and Sourcebook Based on the AsiaBarometer Survey of 2003, Takashi Inoguchi, Miguel Basanez, Akihiko Tanaka and Timur Dadabaev eds., Siglo 21 Editores, 2005. 「「普通の人々の日常生活」に焦点を当てたアジア・バロメーター世論調査(2003年)の分析結果。」12
  3. 『アジア・バロメーター:都市部の価値観と生活スタイル-アジア世論調査(2003)の分析と資料』 共編著 猪口孝、ミゲル・バサネズ、田中明彦、ティムール・ダダバエフ 東京:明石書店 2005.7 「上記日本語版。」1
  4. Human Reliefs and Values in Striding Asia: East Asia in Focus: Country Profiles, Thematic Analyses and Sourcebook Based on the AsiaBarometer Survey of 2004, Takashi Inoguchi, Akihiko Tanaka, Shigeto Sonoda and Timur Dadabaev eds., Tokyo: Akashi Shoten, 2006.3 「「普通の人々の日常生活」に焦点を当てたアジア・バロメーター世論調査(2004年)の分析結果。」3
  5. "The AsiaBarometer: Its Aim, Its Scope, Its Strength," Japanese Journal of Political Science, vol. 5 number1, 2004 「アジア・バロメーターが何を狙い、何をカバーし、どこで強さを示しているか。」2
  6. "Social Capital in Ten Asian Societies: Is Social Capital a Good Concept to Gauge Democratic, Developmental and Regionalizing Trends in Asia?," Japanese Journal of Political Science vol. 5 number1, 2004 「10個のアジア社会でみる上で社会資本がどこまで役立つかを分析した。」1
  7. "American Foreign Policy and Global Opinion: Who Supported the War in Afghanistan?" with Benjamin Goldsmith, Yusaku Horiuchi, Journal of Conflict Resolution, vol.49, number3, 2005 「米国対外政策が世界でどのように見られているかをギャラップ世論調査データを使って分析した。セイジ出版社の学術雑誌に2006年に掲載された論文のなかで最頻度ヒット数を記録した論文である。」7
  8. "Has the Japanese Model Ceased to Be a Magnet in Asia?" London: Routledge edited by Ian Marsh, Democratization, Governance and Regionalism in East and Southeast Asia, 2006 「日本モデルがアジアの磁石として機能しなくなったのかという問い掛けに工程的に答える。」1

3.その他、効果・効用等の評価に関する情報。

(1)研究成果の社会への還元の状況

 本研究では、研究成果の社会への還元を行う際、3点に特に留意した。

  • 1 研究成果は日文のみならず英文でも発表し、世界中の興味ある人々に利用できるようにする。
  • 2 研究から生まれた知見は日文のみならず英文でも発表し、世界中の興味ある人々の目に届くようにする。
  • 3 データを公開し、世界中の興味ある人々に利用できるようにする。

 以上の三点について、現在の状況は以下のとおりである。

  • 1 英文の論文、学術書を日本語とともに刊行をし、また予定している。世界の代表的な学会でもその認知度は高い。
  • 2 本研究の認知度は高い。たとえば、世界世論調査学会、社会指標学会、米国政治学会などで十分認知されている。
     また、積極的に社会に意見を提示している。具体的には、(a)朝日新聞や読売新聞等に記事を寄稿し、政治不信や社会科学研究インフラなどについて議論を提示した。(b)国際連合事務総長主催の「アフガン問題戦略計画会議」で本研究計画から生まれた平和維持活動についてのデータを基礎にして、日本の参加について意見を提示した。(c)ウィルトン・パーク会議で「東アジア地域協力について論文提出、日本、韓国、中国の民族アイデンティティーとアジア地域アイデンティティーのデータを基礎に分析、地域協力のあり方を議論した。(d)「開かれた民主主義ネット」(インターネットNGO)に民主主義の機能の視点からみた「日本のイラク戦争復興参加」について論文を掲載した。
  • 3 質問表とフィールドレポートはすでにウェブサイトにて公開中で、調査データについても近くダウンロードできるようになる。これからも世界中の興味ある人々の利用が拡大していくと思われる。
    ウェブサイト:http://www.asiaeuropesurvey.org/
    (※Asia-Europe Surveyホームページへリンク)

(2)研究計画に関与した若手研究者の成長の状況

 現在、研究計画に関与した若手研究者の状況は以下のとおりである。

井手弘子
東京大学大学院法学政治学研究科 博士後期課程在籍
上ノ原秀晃
東京大学大学院法学政治学研究科 研究拠点形成特任研究員
梅田道生
PhD. Student, Department of Political Science. University of Michigan
菅原琢
東京大学先端科学技術センター科学技術振興特任教員(特任准教授)
前田幸男
東京大学社会科学研究所准教授
堀内勇作
Senior Lecturer, Crawford School of Economics and Government, The Australian National University
Pat Lyons
Senior researcher, Institute of Sociology of the Academy of Sciences of the Czech Republic
Matthew Carlson
Assistant Professor, Department of Political Science, The University of Vermont

-- 登録:平成21年以前 --