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司会(文部科学省 船守) それでは、時間となりましたので、始めさせていただきます。
皆さん、こんにちは。きょうは、大変忙しい中、そして雪が降る中、ご来場いただきましてありがとうございます。
私、本日、司会を務めさせていただきます文部科学省国際課の船守と申します。よろしくお願いします。(拍手)
皆さんに国際教育協力について考えてもらうきっかけを持ってもらえばと思って始めた国際教育協力懇談会・シンポジウムも、今回で4回目を迎えました。毎回、地域色を出すとともに、特別企画ということで特色を出しているんですが、今回は「国際機関との連携を考える」ということで、国際機関特集を設けてあります。アジア開発銀行とユニセフの、名前は聞いたことがあるかもしれないけれども直接話したことがない方々から、直接お話をいただきたいと思います。
それでは、主催者あいさつから行いたいと思います。 |
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(1)主催者挨拶 |
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司会 主催者として、まず、文部科学省から国際課の村田課長にごあいさついただきたいと思います。よろしくお願いします。 |
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文部科学省国際課長(村田直樹) こんにちは。
ただいまご紹介いただきました文部科学省の国際課長をしております村田と申します。文部科学省を代表いたしまして、一言ごあいさつを申し上げたいと思います。
本日は、足元の悪い中、また平日のお忙しいところを多数の皆様にお集まりをいただきまして、まことにありがとうございます。
本シンポジウムは、文部科学大臣のもとに設けられました国際教育協力懇談会から昨年7月に提出をされました最終報告書を受けまして、教育分野を初めとする国際開発協力における、国民の皆様のご理解と今後のさらなる参画を促進するということを目的として開催するものでございます。
先ほどもお話がございましたが、全国各地で6回程度開催する予定でございますけれども、京都、札幌、名古屋に続きまして、本日の仙台が第4回目の開催ということになります。
国際教育協力懇談会が設けられた背景の一つといたしまして、現在、国際社会において、開発途上国に対する教育協力が非常に大きな関心事項となっていることが挙げられます。アフリカや南アジアを中心に、日本の人口に匹敵する1億1,300万人の子供が学校に行けないでいるという推計がございます。このような状況を踏まえまして、万人のための教育を達成するために、国際社会が一致団結して協力していかなければならないという機運が高まっている状況にございます。
国際教育協力懇談会における議論の概要につきましては、パネルディスカッションの前に、文部科学省の担当者からもご説明する予定でございますが、幾つかかいつまんで申し上げたいと思います。
第1に、今申し上げましたような非常に厳しい世界的な状況に対しまして、我が国が、その教育経験を生かしながらどのように貢献できるかについて、活発な議論が行われたことを申し上げたいと思います。米百俵の精神にも端的にあらわされておりますように、我が国におきましては、教育を国づくりの根幹としてきた長い経験があるわけでございます。教育分野での開発途上国に対する協力に当たりまして、我が国の経験を生かすことができれば、日本人の顔、日本人の心が見える協力を進めることができるわけでございまして、この意味において、教育は意義の大きい協力分野であるということができるわけです。
なお、昨年8月に南アフリカのヨハネスブルグで開催されました環境開発サミットでは、我が国からの提案によりまして、2005年からの10年間を「持続可能な開発のための教育の10年」とすることが勧告されました。これを受けて、昨年末の国連総会で、日本ほかが共同提案をいたしまして、2005年からの10年間を「持続可能な開発のための教育の10年」とすることが正式に決議をされております。文部科学省におきましては、この教育の10年につきまして、中核機関となるユネスコと緊密な連携を図って、国際社会での役割を積極的に果たしていきたいというふうに考えております。
さて、国際教育協力懇談会では、第2点目といたしまして、我が国の知的な資源である大学を活用した、工学・農業・保健医療など幅広い分野での国際開発協力の促進につきましても大きなテーマとして取り上げられ、議論が行われました。
これまで、大学における開発協力といいますと、教員個人のベースで実施されてきたわけでございます。その教員個人のベースで実施されてきた協力というものを、今後は国立大学の法人化も視野に入れつつ大学組織としての協力に転換していくことが不可欠であるということが、懇談会において確認をされたわけでございます。
懇談会の最終報告では、大学による組織的な国際開発協力を促進するために、国際機関、国際援助機関と我が国の大学、我が国の大学とそのパートナーとなるNGOや外国の大学を結びつけるお世話をする機能として、サポートセンターの整備という新たな方策が提言されているところでございます。
以上のような、我が国の経験を生かした教育協力、あるいは大学による組織的な国際開発協力への参画といった課題に共通して言えますことは、現職の小・中・高等学校の教員、地方自治体、教育委員会、大学の教職員など幅広い国民の皆様との連携が不可欠であるということでございます。また、国際機関との協力関係を強化し、我が国の経験や知恵を国際機関の活動に生かしていくことも非常に重要になってまいります。
このような見地から、本日は、先ほどもご紹介がありましたように、アジア開発銀行及びユニセフから基調講演者をお招きし、国際開発協力に関する国際機関と我が国との連携強化を基本的なテーマとして、このシンポジウムを開催する次第でございます。
私たちは、国内のさまざまな皆様や国際機関との連携を通じまして国際開発協力を推進することにより、開発途上国の発展に寄与すると同時に、その協力経験を国内に還元し、我が国と開発途上国とがともに生きる豊かな社会の実現を一歩ずつ進めていくことができるものと信じております。文部科学省といたしましても、そのために必要な国内における知的インフラの整備に尽力していく所存でございますけれども、皆様のますますのご理解とご協力を改めてお願いする次第です。
最後になりましたけれども、本日のシンポジウムの開催に当たりまして、共催者として諸準備にご尽力をいただきました宮城教育大学の学長を初め教職員の皆様に感謝を申し上げ、私のごあいさつとさせていただきます。ありがとうございました。(拍手) |
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司会 ありがとうございました。
それでは、続きまして、主催大学である宮城教育大学を代表して横須賀学長よりごあいさつを申し上げます。よろしくお願いします。 |
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宮城教育大学長(横須賀薫) 皆さん、こんにちは。
天候不順の中、また年度末の大変お忙しい中を多数お集まりいただきまして、本当にありがとうございます。
私ども、主催大学というよりは、当番大学あるいは所管大学ということですけれども、小さな大学ですので、こういう大きなシンポジウム等に不慣れな点もありまして、どのくらいの方にお集まりいただけるか大変心配しておりましたけれども、これほどたくさんの方にお集まりいただき、感謝すると同時にホッとしている次第であります。ありがとうございます。
この国際教育協力懇談会・シンポジウム東北の開催趣旨につきましては、ただいま文部科学省の村田課長からお話があったとおりで、私の方がつけ加えることは何もありませんが、宮城教育大学といたしまして、これから大学を挙げて国際教育協力にぜひ取り組んでいきたいというふうに考えているところであります。
これまで、私どもは、この分野におきまして、教官個人が何人かそういう課題に取り組んできたり、あるいは教員研修留学生という課題の中で、発展途上国の現職の教員の方を1年なり1年半なりお世話して現職教育を進めるというような課題は進めてまいりましたが、組織的に国際教育協力に取り組むのは今回が初めてであります。
大学としては、昨年末に学内に国際教育協力推進プロジェクトを立ち上げました。私が一応総括ということで総括責任をとっておりますが、教官、附属学校の教員を含めて7名の者がそれにあたるということで準備を整えております。そういう、国際教育協力の分野で乗り出そうとするときに、今回のようなシンポジウムを所管することができたことは、私どもにとって大変刺激になるところであるし、いい機会であったと感謝しているところです。
国際教育協力を私どもが進めていくのは、もちろん発展途上国における教育が活発になることを期待して進めるわけですが、一方的なものではなく、私どもが主な任務としております教員養成、それから現職教育の分野におきましても私どもの視野が開け、また、たくさんの国の方と交流することが、結局、教員養成と現職教育にプラスになっていくものと考えております。一方的な援助とか協力ということではなく、私たち自身が勉強する、そういう新しい角度を獲得していくものだというふうにこの分野のことについて考えております。
今回のシンポジウムを開催するに当たりまして、さまざまな機関、さまざまな個人に大変お世話になっております。この場をかりて心から感謝申し上げます。皆さん方に多数お集まりいただいたことを大変うれしく感謝していることをもう一度申し上げて、所管大学としてのごあいさつといたします。どうもありがとうございました。(拍手) |
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司会 ありがとうございました。
なお、今回のシンポジウムには、国際協力事業団、国際協力銀行、宮城県、宮城県教育委員会、仙台市、仙台市教育委員会、河北新報社、NHK仙台放送局、東北放送、仙台放送、宮城テレビ、東日本放送からご後援いただいていることを申し添えます。ありがとうございます。
それでは、会場のセッティングができ次第、シンポジウムに入らせていただきたいと思います。 |
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(2)基調講演
「ADBと我国大学による協力の促進」
アジア開発銀行駐日代表事務所(ADB)
所長 Jungsoo Lee(ジョンスー・リー) |
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ただいま司会者の方からご紹介いただきましたアジア開発銀行のリー・ジョンスーでございます。
本日は、アジア開発銀行と日本の大学との協力関係についてお話しする機会が得られましたことを大変光栄に思います。
きょうのシンポジウムを主催された文部科学省、宮城教育大学と、ご多忙の中、このシンポジウムに参加された日本の大学を代表する皆様方に対して、深い感謝の意を表します。
私がきょう申し上げたいトピックスは画面のとおりです。
まず、アジア開発銀行、すなわちADBの紹介、次に、日本とADB、日本の大学とADB、それに、アジアの教育の現状とADB、最後に、ADBにおける事業機会の五つの項目です。
初めに、ADBに関してお話しいたします。
ADBは多数の国が出資して設立した国際金融機関です。ADBは、今から36年前、フィリピンの首都マニラに設立されました。設立当時のADBの加盟国は31カ国でしたが、現在は61カ国にふえました。
ADBの設立の目的は、アジア太平洋地域の経済成長と地域協力を支援することです。この目的を達成するため、ADBは加盟諸国に対して経済開発に必要な資金の貸し付けや技術の援助を行っています。
ADBは、毎年、五、六十億ドルの融資と1億ドル以上の技術援助を行っております。これに利用されるADBの財源は、画面のとおりに、資本金、特別基金、国際市場からの借入金と利益の四つです。特に、ADBは国際金融市場から毎年数十億ドルを借ります。ADBの国際市場での信用度はトリプルAで最高のレベルですから、ADBは国際市場で低い金利で借りることが可能です。そのため、ADBの借入国は、自国が国際市場で借りるより低い金利でADBから開発資金を調達することができます。
ADBのビジョンは「貧困なきアジア太平洋地域」、そして、ADBの使命は「アジア太平洋地域の貧困削減」です。この地域には1日の収入が1ドルにも満たない貧しい人々がたくさん住んでいます。8億人以上がいわゆる絶対貧困に苦しんでいます。ADBは、貧困削減の目標を達成するため、持続的経済成長、社会発展、よき統治の3本の柱に支えられた貧困削減戦略を策定、実施しております。その戦略の中で教育の重要性が認められ、教育に関してのADBの活動もさらにふえると思います。
次は、日本とADBの関係についてお話しさせていただきます。
日本はアメリカと並んでADBの最大の出資国です。資本金への出資以外にも、日本はいろいろな特別基金にも拠出しています。特別基金の例を挙げますと、アジア開発基金、技術援助特別基金、日本特別基金などがあります。ADBには今100名くらいの日本人が働いています。ADBの最高責任者は総裁ですけれども、ADBの設立以来、総裁はずっと日本人です。また、日本の企業やコンサルタントは、ADBが提供する事業機会に参加しています。ADBは、JBIC(ジェイビック)、JICA(ジャイカ)などの日本の援助機関、または日本の金融機関と協調、融資を行う場合もあります。
次は、日本の大学とADBとの関係についてお話しいたします。
今までのADBと日本の大学との関係は特に強かったとは言えませんが、その関係の中で目立ったのは日本奨学金プログラムとインターンシッププログラムです。
まず、日本奨学金プログラムに関して紹介いたします。
本プログラムの目的は、開発途上国の能力ある個人に対して大学院レベルで開発関連分野の教育を提供することです。ADBは、日本政府から資金の拠出を受け、1988年に日本奨学金プログラムを創設しました。日本政府は、同プログラムに対し、設立後14年間に4,600万ドル以上の資金を拠出しました。今までの奨学金供与件数は1,400件を超えました。1年の供与件数は、初年度の49件から昨年には145件に増加しています。本プログラムは、アジア太平洋地域の9カ国の18金融機関で実施されています。日本でも五つの機関によって奨学生への教育を行っています。このプログラムを通じて、奨学生の教育を担当している日本の教育機関とADBの間には良好な協力関係が構築されています。
ADBが日本の大学と協力関係を持っているもう一つの分野は、インターンシップ・プログラムです。ADBは、加盟国の若い人に国際金融機関で働く経験を与えるために、インターンシップ・プログラムを運営しています。ADBは、認定された教育機関を通じて申請を受け、推薦された学生の中から、学生の能力と関心分野などを審査して、毎年度インターンを選びます。毎年、大勢の志願者から選ばれるのは10名だけですので競争は激しいです。選ばれたインターンはADB本部で二、三カ月ぐらい働く機会を得ます。
次は、アジアの教育の現状とADBの活動に関して簡単に考察しましょう。
ADBの貧困削減を達成するためには教育の役割が大変重要だというのは、さきに触れたとおりです。これはADBの貧困削減長期戦略でもよく認識されておりますし、国際社会で合意きれたミレニアム開発目標(Millenium Development Goals)にも確実に反映されています。
アジア太平洋地域における教育の現状を見ると、いろいろな問題があることがわかります。過去二、三十年間、アジアの教育はかなりの発展を示しましたが、アジアにはまだ読み書きもできない人々が6億人いると言われています。そのうちの3分の2が女性だというのも大きな問題です。中等教育を見ると、状況はもっと厳しいです。適齢人口の50パーセント以上が中等学校に通わないのがアジア教育の現実です。
ADBは、以前より、教育の重要性を認識して、同部分に対する地域支援を続けてきました。ADBの教育支援の重点分野を見ると、1970年代と80年代には技術教育、職業教育のための施設・設備の支援に重点を置きました。1990年代に入ってからは初等教育に重点が移りました。その中でも、施設・設備などのハードウエアより、教師の訓練、教育計画の設定などのソフトウエア面での支援が関心の焦点になりました。2000年代に入ると、ADBの支援は、貧困削減戦略の一環として、貧困者のための教育政策の確立とその実施に重点が移るものと思われます。
ADBと日本の大学との協力関係を強化するためには、日本の大学がADBの教育政策を理解して、それに基づいて、アジアの教育のために何をすべきかを探すことが必要だと思います。ADBの教育政策に関してもっと詳しい内容を知りたい方は、ADBのホームページでパラシーエデュケーションを探して、それを参考にしてください。
では、きょうの最後のトピックである事業機会に関してお話しさせていただきます。
ADBは、毎年、貸し付けと技術援助に関連して数十億ドル相当の物品や工事の入札を行います。また、貸し付けや技術援助に関連して数多くのコンサルタントを雇用しています。そして、ADBでの事業の機会といえば、ADBプロジェクトに物品や工事を供給する機会とコンサルティングサービスを提供する機会の二つの機会が挙げられます。このような事業機会を知るためには、次の情報源が利用できます。ADBのホームページ、ADBの出版物、ADBとその借入国への訪問、ADBの事業機会セミナーへの参加などを通じて情報を得られます。
ADBにおける二つの事業機会の中で、金額面で見た主な機会はADBのプロジェクトに物品や工事を供給することです。これをADBでは調達業務プロキュアメント(procurement)と言います。日本の企業はこの機会をよく利用してきました。
さて、今までADBのプロジェクトに参加して物品や工事を供給した日本の業者の例を挙げると、三井物産、丸紅、住友商事とかの日本有数の企業でした。ですから、日本の大学がこれらの企業を相手にして競争ができるかどうかが問題です。実は、それらの企業さえ、今はさまざまな国の企業との競争で苦戦しており、ADB調達の中で日本が占める比率は減少の傾向を示しています。
また、ADBの借入国が物品や工事を調達するときには、画面のとおりに四つの基本原則が適用されます。特に、調達業務は、通常、国際競争入札に基づいて行われますので、特定の国に対して特別の配慮をすることはできません。
ADBの業務に関してのもう一つの機会は、コンサルタントの機会です。日本の大学の立場では、コンサルタントの機会をつかむのが物品や工事の供給の機会を得るより可能性が比較的高いのではないかと思います。もちろんここでも国際競争が激しいのは同じです。ADBの業務に関連しては、1年に1,000件を超えるコンサルタントがさまざまな分野で採用されます。コンサルタントが担当する業務の例を挙げますと、投資プロジェクトの立案と実施に関する調査、その実現性や正当性を判断するための調査などがあります。
ADBとADBの借入国がコンサルタントを選定する際、最も重要な基準とするのは、コンサルタントが要求される業務を遂行する能力を持っているかどうかです。ADBのコンサルタントに選定されるためには、コンサルタントはまずADBに登録しなければなりません。登録はADBのホームページで可能です。ADBのコンサルタントに選定するためには、また幾つかの条件を満たさなければなりません。その条件は、コンサルタント会社の条件と個人コンサルタントの条件に分かれます。
コンサルタント会社の条件は、次の四つです。ADB加盟国に設立された会社であること、従業員を5名以上持っていること、設立されて5年以上たっていること、3件以上のプロジェクトを完成した経験があることの四つです。個人の場合は、次の三つの条件を充足しなければなりません。ADB加盟国の国民であること、専門分野で3年以上の経験があること、ADB職員と縁故がないことの三つです。
それらの条件を充足したとしても、自動的にコンサルタントに選ばれるわけにはいきません。コンサルタントに選定されるためには、特定のプロジェクトに関心があり、かつ、能力があることをADBに伝えなければなりません。いわゆる関心の表明が必要です。ADBまたは借入国は、コンサルタントからの関心の表明を受けて、適切な審査過程を経てコンサルタントを選びます。
今までお話ししたことをまとめますと、日本の大学がADBとの協力を推進するためには、ADBにおけるコンサルティングの機会をより積極的に利用すべきだということです。しかし、これは容易なことだとは言えません。そのためには、それにふさわしい努力が必要です。コンサルタントの世界では国際競争が激しいです。その競争を勝ち抜くためには、必要な情報を早く得られる体制の整備が不可欠であり、必要ならば産学連携の方法も考えなければなりません。
ADBはもとより日本との協力関係を促進するため、毎年、日本で事業機会セミナーを開催してきました。特に、来月の27日には、通常のセミナー以外に、文部科学省と共催で、日本の大学だけを対象として東京でセミナーを開く予定です。ADB本部の専門家を招いて行うせっかくの機会ですから、皆様方のご参加を心よりお願いいたします。
ご静聴、ありがとうございました。(拍手) |
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司会 ありがとうございました。
アジア開発銀行は、皆さんが通常身近に知っている銀行とは違って、アジア地域における開発途上国の発展に融資をするために設立された銀行です。このグローバリ化の時代において、日本の大学がいかにアジア開発銀行のそういったプロジェクトに参画していけるか、どういった貢献ができるか、期待されるところです。 |
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「ユニセフによる教育協力と我国との連携
国際連合児童基金(ユニセフ)駐日事務所
プログラムコーディネーター 勝 間 靖 |
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勝間と申します。こんにちは。
私の話は難しい話ではないので、余り緊張しないで聞いていただければと思います。
まだパワーポイントの準備ができないので雑談をしたいと思うんですけれども、この中でアンケートをとりますね。皆さんが小学生のとき勉強が好きだったかどうか。三つに分けますね。大好きだった人、まあまあだった人、嫌いだった人、この三つのうち自分がどれか決めていただいて挙手していただきましょう。
「私は小学校のとき勉強が大好きだった」という人、手を挙げてください。前の方の、特に宮城教育大学の関係者の方はすごく多いですね。「まあまあだった」という人、手を挙げてください。これはたくさんいますね。「嫌いだった」という人、正直に。顔は覚えないようにしておきますね、どうもありがとうございます。
私は、2000年の5月から2001年の12月まで、アフガニスタンというところで働いていました。この国は、皆さんはご存じでしょうけれども、タリバンの時代に女子教育が禁止されていた国ですね。そういった国で、私たちユニセフは、自宅学習所、ホームスクールと呼んでいましたけれども、そういったところでひそかに教育を進めていたんです。ここに行くと、私たちは本当にショックを受けますよね。女の子たちは勉強したい。けれども、政府というか、そのときの実力者は、「女の子は勉強してはならない」と。皆さん、勉強が嫌いだった人が結構いましたけれども、だからといって、「おまえたちは学校へ行くな」と言われたらどう思いますか。これは本当に寂しいことではないかなと思うんですね。そういった意味で、基礎教育の中でも特に女の子の教育がなかなか認められない国がたくさんあるわけです。こういった国に行くと、彼女たちが教育を求める気持ち、それに対して我々は何ができるのかと、そういったことを本当に考えざるを得ないと思うんです。
教育について世界でどういった問題があるかということは、リー所長からお話しいただいたので、余り深く話さないでおこうと思うんですけれども、先ほど、この10年間にいろいろな進歩はあったけれども、まだまだ不十分だといったお話がありました。特に、1990年に世界子供サミットというのがあったんですけれども、そのときには「2000年までに基礎教育の完全普及をしよう」といったことが目標として設定されました。しかしながら、これが10年で果たされたかどうか。進歩はあった、しかし十分ではない、これが答えですね。就学率を見ますと、10年間で5パーセントぐらい伸びているんです、大体80パーセントから85パーセント。しかし、完全普及には至っていないと。特に、未就学の子供が世界じゅうで1億2,000万人ぐらいいるとよく言われています。世界的に見ると、そのうちの6割ぐらいが女の子ですね。地域的に見ますと、先ほど、アジアではいろいろ進んでいるけれども問題があるという話があったんですけれども、特にサブサハラアフリカの地域での教育の普及が問題となっています。そろそろ準備ができてきました。ありがとうございます。お待たせいたしました。
今から写真が出てきますけれども、これはアフガニスタンのカブールのザルガナという女学校の女の子です。タリバンが崩壊した後、女子教育が再開して、子供たちが学校に行くといった状況になったわけです。私自身は、9月11日が終わって、そのときはパキスタンのイスラマバードに退避していたんですけれども、その後、10月の下旬からアフガニスタンにまた戻って、こういった学校の普及をいたしました。
これは先ほど説明したことなので、このページは飛ばしてしまっていいと思います。基本的に、1億2,000万人の子供が学校に行っていないと。未就学が6割だということです。
1990年から2000年までの10年間でどれだけ進歩があったか。これを地域的に見てみましょう。そうすると、右から3番目の棒がありますね、これが私たちが住んでいる東アジアです。東アジアはこの10年間で1パーセントしか伸びていないんですけれども、もともとが96パーセントと就学率は非常に高かったわけです。ですから、非常にいい地域、うまくいっている地域だと言えます。一番左を見てみましょう。一番下の赤い数字が、10年間でパーセントがどれだけ伸びたのかということなんですけれども、6パーセントも伸びた。これは非常に大きな進歩ですよね。しかしながら、絶対的な数字を見ると、6割しか学校に行っていない。それが現状です。そして、左から2番目、アラブ諸国と北アフリカ、ここも非常に低い、かつ、進みぐあいが遅い。2パーセントしかふえていない。そして、南アジアと西アジア、アフガニスタンも含まれますけれども、7パーセントと伸びたんですけれども、いまだに74パーセントと。そういったような現状です。次、どうぞ。
それでは、地域別に見ながら、男の子と女の子の間でどれだけ格差があるかと。子供が学校に行っていないということは大きな問題なんですけれども、その中の一つの非常に大きなことはジェンダーの間の格差なわけです。
これを見ますと、一番格差が大きいのは、左から3番目の棒を見ますと、南アジア、14パーセントの差があります。男の子は78パーセントが学校に行くけれども、女の子は64パーセントしか学校に行かれないと、そういった問題があります。私たちが住む東アジアはほとんど差がないということが言えます。
ちょっと詳しく国別に見てみましょう。子供たちが学校に行かない、これは国が貧しいからだろうと思われる人が多いと思うんですね。一部当たっています。もちろんそうです。しかしながら、貧しいと言われている国でもうまくいっているところもあるという例がこれですね。一番左はバングラデシュです。バングラデシュは南アジアで非常に貧しい国だけれども、81パーセントが行っていると。マラウイ、ウガンダ、ベトナムといった国も比較的うまくいっているということが言えます。
それで、男女の格差を国別に見てみますと、例えば、右から3番目に中国がありますね。中国は男女の格差がほとんどないと言えます、特に初等教育では。しかしながら、ベニン、イエメン、パキスタン、左から三つ目を見ますと、男女間の格差が非常に大きいということが言えます。したがって、こういった国の問題をどうしていくかということが私たちの課題です。
ダカール行動枠組み、1990年にタイのジョムティンというところで「万人のための教育」ということが打ち出されて、そして、10年たって、これから我々はどこへ行こうかと。これについては、文部科学省の方が資料をつくられているので、それをごらんになっていただければいいと思うんですけれども、幼い子供のケアと教育の推進。基本的に、小学校に子供が入るまで待っていたら手おくれということも多いんですよね。したがって、幼児教育にもっと力を入れていかなければいけない。二つ目は、初等教育を完全普及する。これは昔からの宿題です。三つ目に思春期の教育、これは後で話しますけれども、HIVエイズの問題であるとか、いろいろな問題があります。こういったことで、思春期の子供たちにも教育をしなければいけない。そして、成人識字、そしてジェンダー、特に女子教育にも力を入れる。そして、クオリティー、質の問題を向上するといったことが挙げられています。これはお手元の資料を見ていただければいいかと思います。
それでは、ユニセフにとっての教育というのはどういうことかということなんですけれども、もともと教育というのは、お金がかかる、消費といいましょうか、そういったふうに皆さん考えていた時代があったと思うんです。そして、次第に、これは経済開発、経済成長に通じる投資だと、そのように位置づけられるようになったわけです。今は、どちらかというと、教育そのものに価値があると。人間一人ひとりがみずからの潜在能力を100パーセント引き出すための権利、人権という形で認められるようになっています。そういった考えがふえています。
教育にもいろいろな価値があるということがあります。これが今言ったことですね。特に、詰め込みの知識というだけではなくて、みずからが自分の生活をよくしていく、エンパワーメント(empowerment)といいますけれども、自分の力をつけていくということがあります。また、ライフスキル(life skill)と私たちは呼んでいますれども、生きていくための知識ですね、予防接種を受けなければならないであるとか、児童労働の問題をどうするかとか、HIVエイズもそうなんですけれども、自分たちが生きていくためのスキルを身につけるということも加えられます。したがって、教育というのは非常に多様な顔を持っているということが言えるわけです。
我々は、どうしてもセクターとして、教育は文部科学省、保健は厚生労働省といろいろ思うかもしれませんけれども、非常に複雑にかかわっていると。これは学校教育に携わっている方なら皆さんご存じのことですね。この表で何がいいたいかというと、女の子が教育を受ければ、結婚するのが遅くなって、子供の数も少なくなる、余り少なくなり過ぎると困ってしまうんですけれども。かつ、自分自身、そして自分の子供に対して医療的な配慮ができるようになる。例えば、汚い水を飲んだら下痢になるとかといった知識をお母さんが身につければ、子供の死亡率が下がるということも言えます。また、栄養についても知識がつく。それによって、自分自身、そして子供の死亡率が下がっていくと。それによって、教育、学ぶ機会がふえていくと。それによってまた女子教育が進んでいくと。好循環と言っていますけれども、そのようにいろいろな分野との関係が深いということがあります。
これは一つの例なんですけれども、女子教育が命を救うというと何かちょっと大げさなんですけれども、母親の教育水準と5歳未満の子供がどれぐらい亡くなってしまうかという相関関係を見ると、母親の教育がなければ、子供の死亡率は高い。一番右、初等教育を修了したお母さんから生まれる子供の死亡率は低いと、そういったことが数字的にも出ております。
初等教育における国際社会の目標なんですけれども、基礎教育、初等教育を完全普及するということはもちろんなんですけれども、それをどこでやるかということです。学校教育というのがもちろん柱になるわけですけれども、それがすべての国でうまくいくというわけではありません。したがって、学校外教育というものにも注意していかなければいけないということがあります。
その中でも、三つの目標として、就学率、継続率、継続率は、特に小学校に入って最初の数年でいわゆるドロップアウトというケースが途上国では多いわけです。これをどのようにキープしていくかということがあります。そして、今まで、どちらかというと、数字で就学率ばかりをふやそうということで、中身の問題は余り議論されてこなかったんですね。それではクオリティーをよくしていかないと。これすべてにかかわって、ジェンダー、男女の格差を縮めていかなければいけないと、そのように考えています。
もう一度振り返って途上国の現状を見ますと、今申しましたように、10年間、問題があった地域もあるけれども、基本的には、就学率は進んできたと。しかしながら、リテンション、ドロップアウトしてしまうという問題が多くあるということ。クオリティーの問題、ジェンダーの格差、そして、基礎教育そのものにリソースが十分にいっていない。私たち、国連とかを中心として twenty twenty shareと言っていますけれども、途上国では政府の20パーセントの予算を基礎教育に、援助する側も20パーセントを基礎社会サービスに持っていこうと、そういうことを議論しているんですけれども、国によっては軍事開発にお金がたくさんいって、教育とか保健になかなかお金がいかないという問題もあります。また、基礎教育にお金が行っても、国によっては教育システムがうまく動いていないということもあります。
一つは、学校の設備面への支援ということなんですけれども、日本の学校でも、校舎だけをつくったらいいというわけではなくて、トイレも必要ですし、安全な水を飲む場所も必要ですね。そういった意味では、子供に優しい学習環境を整備していくと。アフガニスタンの場合は非常に特殊かもしれません、まず地雷を撤去しなければいけないですね。地雷を撤去した後に、塀をつくって侵入者が入らないようにするとか、国によって状況は違います。しかしながら、子供に優しい学習環境、総合的な学習環境を整えていくということがあります。その中で、子供たちに、予防接種のこととか、そういったライフスキルの教育をしていかなければいけないということがあります。
二つ目に、授業面への支援ですけれども、教授法の改善、教師のトレーニングと意欲の向上、カリキュラム、教科書改編、こういった分野は教育大学とかにたくさんノウハウがあるので、途上国に伝えられることがたくさんあるのではないかなと思います。
学校運営面ですね、アドミニストレーション(administration)の分野でも、特に、バンクラデシュなどで今うまくいっているのは、コミュニティを巻き込んだ形で学校の運営を行っていくという運動があります。また、教育のマネジメント情報システムですね、これは途上国では非常に弱いので、先ほど就学率がどれぐらいとか数字は出しましたけれども、これが途上国の教育庁によってうまく管理されているかというと、そういうわけではないという問題があります。
その他は、先ほどから言っています思春期のこと、特にHIVエイズの問題がアフリカを中心として大きくなっていますけれども、そういった分野の教育。そして幼児教育、小学校に入るまで待っていれば手おくれになるケースも多いということ。そして、非常事態の中での教育。
教育というのは、幾ら紛争地域であっても必要だと私たちは思っています。アフガニスタンでもずっと活動してきましたし、今もコンゴ民主共和国でも活動していますし、ソマリアでもやっています。そういった形で、どこにあろうと、子供たちは教育を受ける権利があると。そういった観点から、いろいろな国の事情はあるけれども、支援していかなければいけないということがあります。
早期再開、私たちは今、Back to Schoolという形で、アフガニスタンで今まで学校に行けなかった子供を学校に行けるようにするといった作業をしています。あと、アドボカシーですね、啓蒙活動というんでしょうか、万人のための教育計画の促進、基礎教育の重視、特に、先ほどリー所長からも話がありましたけれども、今、より基礎教育に対して重点を置こうという動きがあります。また、女子を含めて、非常に困難な状況にある子供たち、HIVエイズ、紛争、児童労働、そういったところにも目を配っていかなければいけない。これは、今の日本から考えれば非常に状況の違う環境かもしれません。しかしながら、私たちも戦後いろいろな経験をしてきたと思うので、そういったノウハウが伝えられるところがあるのではないかと思います。
私たちは、学校というと、校舎を建てればいいというふうにどうしても思ってしまいますよね。しかしながら、本来は、安全に子供が学習できる場であるわけですね。Safe Learning Space と私たちは言っていますけれども、アフガニスタンで紛争が終わって、まず学校を建てよう、その気持ちはもちろんわかりますし、中期的には必要ですよね。しかしながら、今何ができるかというと、広っぱでも原っぱでもどこでもいいですけれども、地雷を取り除いて安全な状況にして、そこでとりあえず学習を始めると。これがなければ、紛争中は何もできないと、とにかく食料だけ配ればいいと思ってしまうんですけれども、そうすると、いつまでたっても平和構築もできないという悪循環があると思うんです。今、平和教育ということが出たと思うんですけれども、教育が平和構築において非常に大きな役割を果たすということがありますので、紛争地域においてもそういったことを考えなければいけないと思います。
これはテントの学校ですね。寒いので冬はテントにするということなんですけれども、校舎を建てる時間がないので、とりあえずテントをどんどん建てて、そこで学習を始めると。こういった形でやらないと、子供たちが学ぶ機会を失う。場合によっては非行に走る。場合によっては、アフガニスタンですと、戦争に駆り出されて、紛争に駆り出されてしまうといった問題もあるんですね。
最後に、日本の教育協力への期待ということなんですけれども、繰り返しになるんですけれども、新しい重点分野として、今申し上げたことなんですけれども教育と平和構築ということ、それ以外に、アフリカ、カリブ、アジアもですけれども、HIVエイズといったことに関する啓蒙普及活動が非常に大事です。また、貧困軽減における教育の役割、これは女子教育であるとか、職業訓練、識字教育といった分野で力をつけていかなければいけないと言えます。
それをどういうふうにやっていくかということなんですけれども、今までは政府中心の支援が大きかったと思うんですけれども、これからは、よりグラス・ルーツに、草の根で地域に対して支援をしていかなければいけないということがあります。というのは、もちろんトップダウンでやらなければいけないことがいっぱいありますね、カリキュラムであるとか、教科書をつくるとか、そういったことは全国でできるわけですけれども、ボトムアップ、草の根からできることもたくさんあるわけですね。コミュニティを巻き込む形でやれば、学校の運営もうまくいくというケースがたくさん報告されています。
また、ソフトの重要性、先ほど校舎を建てればそれで教育かというと、そうではないという話でしたが、中身ですね、ソフトが大事。これはリー所長も指摘されていました。また、現地の状況の把握。途上国の多くは、国の中でもいろいろな地域があり、また、宗教とか、言葉とか、多様性のある社会ですね。そういった中で、状況がどう変わっていくか、そういったものを常に把握していかなければ、私たちは適切な支援ができないということが言えます。
今後の日本への期待ということですけれども、先ほど説明いたしました新しい重点分野に対して、日本の経験はいろいろあると思うんです。こういったものをベースに協力ができていくと。そして、ハードとソフト、ハードが悪いというわけじゃないですね、中・長期的にはハードはもちろん必要ですよね。それとソフトをどのように組み合わせていくか。特に、ソフトの部分の中にハードをどのように組み入れていくかと、それが発想として大事だと思うんです。私たちは、教育支援というと、箱物といいましょうか、ドーンと校舎を建てることがどうしても先に来てしまうんですけれども、それではなかなかうまくいかない。ソフトがあって、その中でハードを改善していくということが大事だと思います。また、地域社会への直接なアプローチ。
教育支援というのは、日本が単独でできることではありませんし、ユニセフが単独でできることでもないわけです。いろいろなパートナーと連携を強化して、また、NGO、外国からのNGOもそうですけれども、その国のNGO、そしてコミュニティ、そういったところとのパートナーシップを強化しなければうまくいかないと思います。そして、草の根で地域にどんどん入っていくと、そういった成功例が報告されています。
最後に、私の経験から話をして終わらせていただきたいんですけれども、私はタリバンの時代にホームスクールを支援してアフガニスタンの中を回っていたんですね。そうすると、学校の先生が、大体女性の先生なんですけれども、命がけで教えている。なぜ命がけかというと、タリバンが女性の就労禁止を出したわけです。ですから、働いてはならない。そして、女子教育の禁止、女の子に勉強を教えてはならない。この二つがあったわけです。その中で、学校を追い出された女性の教師たちは、近所の子供たち、女の子を中心に集めて自宅で勉強を教えていたんですね。これは本当に命がけのことだったんです。こういった女性たちとたくさん会って私も思ったのは、この人たちは何で命がけでやるんだろうと。お給料をもらっているわけではないんですね。教育庁から放り出されてしまった人たちですから、お給料をもらっているわけでもないんだけれども、命がけで教え続けている。
「何であなたは命がけで女の子に教えているんですか」と、彼女たちに何度か聞いたことがあります。「私は、昔も教師だったし、今も教師だ。だから教えつづけるんだ」というのが一つ目の答え。二つ目の答えは、「子供を教育することは、将来の希望を生み出すことだ」と、「子供が教育されなければ、私たちの国の将来はない。だから、私は命がけでも教育を続ける」と、そのようにはっきり言ったんですね。こういう先生方がいろんな国にたくさんいます。アフガニスタンにもいますし、ソマリアにもいます。いろいろな国で活動されています。こういう人たちを私たちがどのように支援していけるのか、こういったことを私たちは考えていかなければいけないのかなと思うんです。特に、日本で教育に携わっている方が、同じ教育者としてどのように連携をとれるか、そういったことを皆さんで議論できればいいなと思います。
ご静聴ありがとうございました。(拍手) |
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司会 ありがとうございました。
ユニセスの名前は、皆さんも募金活動を通じてよく聞いていたかと思いますが、実際にどのようなことを考えて、どのような活動をされているか、今回の講演で非常によくわかったと思います。
文部科学省としても、教育を担当している官庁として、教育分野における途上国への協力については非常に力を入れております。今回のシンポジウムも、国際教育協力懇談会というのは、そういうところを踏まえての話です。
日本の教育も大変な中、そして日本の経済も冷え込んでいる中、何で途上国に対して協力をしなければいけないんだという議論はあるかと思います。ただ、今の講演でもわかったように、途上国における就学率自体も非常に低いという状況、そういうところに対して、国づくりの根幹となる教育というものに日本からも協力していった方がいいのではないかと思います。最後にあった、「子供の教育は将来の希望を育てること」という言葉を心に、これからも協力していければと思います。 |
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(3)東北の学校と途上国との国際協力・交流(発表) |
| ○ |
司会 それでは、特別企画の後半になりますが、地域発の学校の取り組みについてご報告いただきたいと思います。
初めに、仙台市立将監中学校の菅原教諭より、「将監中学校と途上国の学校との交流・協力の取り組み」についてご報告いただきたいと思います。よろしくお願いします。 |
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仙台市立将監中学校教諭(菅原光博) 仙台市立将監中学校から参りました菅原光博と申します。
これから、将監中学校と途上国の学校との交流・協力の取り組みについて、実践した内容をご説明いたします。
我が校では、10年前からフォスタープランに参加し、JRC活動の一つとして途上国の子供の支援を行ってきました。一人ひとりの義援金はわずかですが、JRC委員が募金を呼びかけ、全校の生徒がそれにこたえて活動を続けてきました。また、昨年度の3年生は、総合的な学習として国際理解学習に取り組み、その一環として、インドネシアの中学生と交流する機会を得ました。英語圏外の外国人との交流ということで、緊張しながら取り組んだ活動でしたが、一緒の時間をともに過ごしていくうちに次第にうちとけ合ってきて、生徒の心には貴重な体験として残る活動だったようです。
まず初めに、フォスタープランへの取り組みについて説明いたします。
我が校は、青少年赤十字、JRCに加盟し、その活動の一環として、助け合いの心を育てること、国際理解、そして国際協力の精神を育成することをねらいとして、この活動に参加しています。
経過をお話ししますと、平成5年、そのころ空き缶集めや古紙回収に積極的に取り組んでいた将監中学校の生徒は、その収益金をだれかのために役立てたいと考えていました。そのころ既にフォスター・ペアレントだったJRC委員会顧問の教師がフォスターチャイルドの話をしたところ、その話に感銘した将監中学校の生徒は、早速その活動を開始しました。
空き缶や古紙の回収だけでは年間6万円の義援金には足りませんでした。そこで、1人月10円、年間120円以上の義援金を全校生徒から集め、そのお金を送ろうと働きかけ、その活動を現在まで続けてきました。この活動はことしで10年目になります。スリランカに住むルカンタ君を8年間支援してきました。4歳から12歳までです。現在は2人目のインドネシアに住むサーティニさんを支援しています。毎月5,000円の義援金、1人当たり月10円というわずかなお金ですが、この義援金は財団法人日本フォスター・プラン協会を通して送金し、フォスターチャイルドとその地域の生活向上や教育費として使われています。
この写真は、その義援金で建てられた現地の学校です。
次に、インドネシアの中学生との交流会についてお話しします。
活動のねらいは、国際親善の輪を広げ、中学生レベルでの友情と交流、相互理解を深めることです。3年生の総合的な学習「国際理解」の一環として、昨年度の6月に交流会を企画し、実施しました。これはボランティア団体地球の子供通信の紹介で実現し、インドネシアの中学生12人と交流会を持つことができました。
これが交流会の内容です。
まず、事前指導として、学年委員会が中心となって、歓迎体制についての計画、インドネシアについての調査と広報を行いました。学級交流会では、ホストクラスに2名ずつまじり、約1時間の交流会を行いました。自己紹介、日本の文化の紹介、書道、音楽、衣装、遊び、日本語の紹介や室内ゲームなど、学級ごとに趣向を凝らして進められました。交流給食の時間には、学級にまじり、配膳も含めて会食をともにしました。このとき、箸、スプーンセットをプレゼントし、大変喜ばれました。
学年全体の交流会では、代表者のマディウン氏、セント・ヨセフ中学校校長先生のあいさつから始まり、全員合唱として大地讃頌を披露しました。次に、インドネシアの民族舞踊カリマンタンに伝わる踊り、最後には長縄跳びをホストクラスの生徒にまじって楽しみました。
実践してみての感想ですが、インドネシア語を母国語としており、英語力も日本人と大体同じぐらいです。初めはほとんどの生徒が緊張していましたが、自己紹介やゲームをしていく中で、余り言葉が通じなくても、身振り、手振りで、あるいは笑顔で、お互いに心が通じ合うことがわかり、徐々にコミュニケーションを図ることができるようになってきました。全体交流会の最後には、一緒にこのように長縄跳びをして楽しみ、名ごり惜しい中で終わりました。
交流会を通して外国人とじかに触れ合うことは、図書とか映像で外国の人々を理解するよりも大いに身近な存在に感じ、貴重な体験となって残ったようです。国際理解には欠かせない体験活動だったと思います。
次に、これらの活動を通しての成果をまとめてみました。
異文化理解や国際協力の精神を育てるには、何よりも生きた体験活動が欠かせないということを実感しました。それから、フォスターチャイルドからは定期的に手紙と写真が送られてきます。これを見て、ともに成長していく姿が知らされます。生徒は、途上国の子供たちとともに生き、ともに成長していく自分を実感しているようです。国際交流会では、言語によるコミュニケーションはもちろん必要ですが、同時に、同じ時間を外国人とともに過ごすことで、遠い外国を身近な存在に感じ、国際社会に関心の目を向けることができるようになったようです。
最後に、これからの課題をまとめてみました。
フォスタープランでは、義援金の支援だけではなく、手紙の交換なども行い、あわせて、その国についてもっと詳しく調査していくことです。外国をますます身近な存在に感じ、関心もより高くなるだろうと考えます。国際交流会では、生きた学習として、今後も多くの機会をつくって取り組ませたいと考えております。また、外国の学校との文通など、もう少し身近にできる交流会にも取り組ませたいと考えております。
以上で将監中学校の実践の説明を終わります。お聞きいただきましてありがとうございました。(拍手) |
| ○ |
司会 ありがとうございました。
フォスタープランの義援金、1カ月1人10円とは言え、8年以上も続いているのは割と珍しいのではないかと思います。フォスタープランの義援金活動を通じて、学校の生徒たちが縦につながっているんだなと感じました。これからフォスタープランで支援してあげたルガンタ君とサティーニちゃんとの交流も実現するといいかと思います。
それでは、続きまして、丸森町立筆甫小学校の阿部教諭より、「縁筆によるブータン王国との国際交流」についてお話しいただきたいと思います。 |
| ○ |
丸森町立筆甫小学校教諭(阿部光一) ただいまご紹介にあずかりました丸森町立筆甫小学校の阿部と申します。よろしくお願いします。
一番最初のところに「筆甫」という字が出たんですけれども、県内の人の方でも筆の甫と書いて「ひっぽ」と読める方は多分少ないのではないかなと思います。「ひっぽ」という名前を聞いても、こういう字だと知っている方は少ないのではないかなと思います。もちろん丸森というところがどこにあるのかご存じない方も多いと思うんです。一番最初に出た「縁筆」も間違って書いたわけではありません。縁の筆というやつは間違ってやったわけではありません。後で説明しますけれども、鉛筆を送ってのブータンとの交流ということについて、若干、実践事例を紹介させていただきたいと思います。
一番最初は、筆甫地区なんですけれども、丸森というのは宮城県の一番南側です。大変広くて、県内で3番目ぐらいに広いところです。鳴子に次いで2番目だったんですが、仙台市が合併して広くなりましたので、3番目ぐらいだそうです。ただし、95パーセントぐらいが山で、これをごらんいただいてもわかるんでけれども、これは筆神社からことしの元旦に撮った写真です。後から出てくる写真も全部山ばかりなんですけれども、本当に9割以上が山の地域です。一番南の丸森の中でももっと南です。ちょっと過ぎると福島ということで、4月に入学式があるんですが、福島の学校に行くか筆甫の学校に行くかで迷っている子もいます。実質的には宮城県なんですけれども、家の裏がすぐ県境だとかというようなところですので、福島の学校が近いから向こうに行くという子も何人かいて、本当は筆甫に来てもらいたいんですが、福島向こうに行っている子もいます。後で説明しますが、ことしは本当は10名の1年生がいたんですが、福島に二人とられてしまいまして8名ということで、残念な思いをしたところです。
10分しかありませんので早く進めたいと思いますけれども、筆甫地区というのは、先ほど言ったように、宮城県の一番端っこの方です。中心地といっても丸森もそんなに大きな町ではないんですが、14キロぐらい南の方にあります。大体400メートルから500メートルぐらい、周りはすべて山です。筆甫の方で雪が降っていても、私は丸森町内の金山というところなんですけれども、下におりると雪が降っていなかったり、道路が凍っているのに、下に行くと乾いていたり、同じ町内でも結構気温とか天候の差があります。
それで、宮城県の遠野というようなことが画面にありますけれども、今から約70年ぐらい前ですか、多分、柳田国男が全国66カ所の僻地ばかりを調査したんだと思いますけれども、そういうところの民俗調査の中に当時の筆甫村も選ばれて含まれていたということで、私も初めて知ったんですけれども、宮城県の遠野と呼ばれているそうです。そういうふうなところです。
地名の由来なんですが、これはあくまでも伝説の一つで、もっといろんなやつがあるようなんですけれども、伊達政宗公が初めて太閤検地を行った土地であると。一番最初、筆の甫めということで筆甫という名前がついたというのが、村の人たちというか、筆甫の人たちが信じている由来の一つです。そのほかにもあるんですが、一番もっともらしいなと思ってこれだけ挙げておきました。
私がおります筆甫小学校なんですが、また陰に山があって、前は雪です。これは多分先週の中ごろぐらいに撮った写真だと思いますが、校庭には50センチぐらい雪がありました。何日か前、雨が降りましたので結構少なくなっておりますが、来るときは晴れていたんですが、途中で電話しましたら、また雪が降り出したということです。あしたからスキー教室なので、ちょうどいいかなと思っておりますが。
児童数は30名です。1年生が8名、2年生が4名、3年生はいません。何年か前、入学式はありませんでした。それから、何年か後は卒業式がありません。学級数が3しかありません。1年生、それから2年生、4年生、2年生と4年生は、ご存じの方もあると思いますが、教科が違います。生活科、3年生になると理科と社会に分かれるんです。ですから、私が2年生、4年生の複式の担任をしているんですけれども、片方で国語をやる、片方では音楽をやる。それから、片方では生活科、片方では総合的な学習をやらなければいけません。教員が3人しかいませんのでそういうふうにやらなければいけないんですけれども。あと、5、6年の複式の3クラスになっています。
徒歩で来る子供たちは3分の1ぐらいしかいません。なぜかといいますと、遠いからです。スクールバス、それから路線バスで通う子が3分の2ぐらい。歩いてくる子も家の人に送ってもらったりというような子がほとんどです。路線バスは早いので、朝の7時10分には3分の1の子供たちは来ています。私が家を出るのは7時半なんですけれども、余り早く出ると路線バスに会うので、子供たちの方が早く来ている状態です。
大分時間を費やしてしまいましたけれども、地域のこと、学校のことを言ったのは、交流のきっかけになったのは筆甫という名前が原因になっているというようなことで、長くお話しいたしました。筆甫地区だけではないんですけれども、人口も大分少なくなっています。それから、児童の保護者も、おじいさん、おばあさんは農業、林業とかをやっていますけれども、お父さん、お母さん方は近くに働きにいっているというような状態です。
過疎のむらということで、どういうふうにやっていったらいいかなと考えて、できたというか、考えられたのが、地名に由来した筆神社をつくろう。それから、そこを中心にした筆祭りを行おうということです。
資料がお手元にあると思いますので、詳細は見ていただきたいんですが、こんな形の五角形の筆神社をつくりました。材料も丸森の特産のものを使って、実際につくるのも実行委員会の方たちが中心になってつくりました。最初は3月23日にやっていたんですが、いい文の日ということで11月23日に行われるようになりました。
その一環として、これが、昨年なんですけれども、丸森の不動尊公園の近く、それから筆甫街道、筆甫街道は一応県道なんですけれども、1台しか通れませんので非常に細い道路ですけれども、そこに案内ののぼりが立てられていたんです。
昨年の筆祭りの様子です。先ほどと同じような感じにやったんですけれども。筆祭りの内容については、資料をごらんください。筆に関した何かをやりたいということで始まったのが、ブータンへ鉛筆を送ろうということです。大分前置きが長くなった感じですけれども。
どうしてブータンなのかというと、筆祭り実行委員会の友達というか、そこに行っていた友人の方がいた。その現状を聞いて、送ってあげたいということから始まったところです。なぜ縁の筆なのかということについては、筆甫と縁ができるように。それから、鉛ではちょっと冷たいのではないかということで、縁の筆と書いて縁筆ということになりました。
送った過程等について、最初の年に、梱包を手伝ったり、筆甫から絵を送ったり、送っていただいたりしたところの写真です。ちょっと見づらいかもしれませんけれども、送っていただいたのが、これは向こうの生活の様子、それからブータンの児童の絵です。そして、その絵をもとに絵はがきをつくりまして、筆祭りの際に配りました。
今まで雪の写真ばかりでしたので、雪ばかりではないということで、少し春からの様子も入れてみました。実質的に筆甫小学校がかかわっているのは梱包作業と鉛筆をあげることだけなんですけれども、非常に費用がかかります。一番最後のところに書いてありますけれども、その辺、なかなか集まらないということ。実質的な活動というのはその二つぐらいなんですけれども、総合的な学習などと重ね合わせて、ブータンのことについて調べさせたりしながら、送るだけではなくて、もう少し交流の機会をつくっていきたいなと考えています。
雪が多いと言いましたけれども、とてもいいところですので、来ていただければ。ただ、道路が狭いので気をつけて来ていただきたいと思います。ちょっと時間をオーバーしたようで大変申しわけなかったんですけれども、交流の一環を紹介させていただきました。ありがとうございました。(拍手) |
| ○ |
司会 ありがとうございました。 |
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宮城県の中でも遠野と言われる筆甫の地域について、皆さん、よくわかったかと思います。本当に鉛筆を送っているだけとは言いましたけれども、せっかく縁の字を書いたので、丸森町とブータン王国とのご縁が今後深まっていけばと思います。
それでは、前半はこれまでにして、10分ほど休憩を入れたいと思います。
手元の時計で大体45分ぐらいに戻ってきていただければと思います。 |
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〔休 憩〕 |
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(4)パネルディスカッション
〔第1部〕 現職教員による教育協力への参加促進と学校での効果
| 国際教育協力懇談会概要報告 文部科学省大臣官房国際課国際協力政策室 |
田辺 宏 |
| コーディネーター |
文部科学省大臣官房国際課国際協力政策室室長 |
行松 泰弘 |
| パネラー |
株式会社国際開発ジャーナル社代表取締役・編集長 |
荒木 光彌 |
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(国際教育協力懇談会委員) |
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国際協力事業団(JICA(ジャイカ))青年海外協力隊事務局国内課 課長代理 |
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北野 一人 |
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宮城県工業高等学校教諭 |
菅 憲史 |
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宮城県教育庁教職員課管理主事 |
熊野 充利 |
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| ○ |
コーディネーター それでは、準備が整ったようでございますので、これよりパネルディスカッションを開始させていただければと思います。
パネルディスカッションの進行を務めさせていただきますのは、私、文部科学省の国際課国際協力政策室長でございます行松でございます。よろしくお願いいたします。(拍手)
パネルディスカッションは2部制でございまして、第1部「現職教員による教育協力への参加促進と学校での効果」ということで、まず、文部科学省の国際協力政策室の田辺国際協力調査官から、「現職教員による教育協力と学校での効果」についての国際教育協力懇談会の懇談内容についてご報告をしてもらった後、議論に入りたいと思います。
では、お願いします。 |
| ○ |
田辺 田辺でございます。よろしくお願いいたします。
最初に皆様にお願いがございます。資料の中、訂正のお願いという紙を一番最初にお出ししておりますけれども、資料の5と6と二つ、私がご説明差し上げる資料をお配りいたしましたが、中の8ページと10ページと12ページが入れかわっておりますので、大変申しわけありませんけれども、入れかえて見ていただきますようによろしくお願いいたします。
それでは、始めさせていただきたいと思います。
今回のパネルディスカッションのまず1につきましては、小・中・高等学校の現職教員の派遣と、それが我が国の教育現場に及ぼすさまざまな効果についてご議論いただくことを意図するものでございます。
これに先立ちまして、国際教育協力懇談会の最終報告から、現職教員の先生の派遣に関します部分を中心に、まず概要をご説明いたします。
お手元の資料の5をご参照ください。
国際教育協力懇談会は、スライドの1にございますとおり、遠山文部科学大臣の私的懇談会といたしまして、一昨年の10月に中根千枝東京大学名誉教授を座長といたしまして、国際協力事業団(JICA(ジャイカ))、国際協力銀行(JBIC(ジェイビック))の総裁、大学やマスコミ等の有識者11名により設置されたものでございます。
冒頭、文部科学省の村田国際課長からのごあいさつにもございましたが、万人のための教育がこれほどまでに国際社会の中で大きな課題になっていると皆様はご存じでいらっしゃいましたでしょうか。懇談会の前半におきましては、まさに、万人のための教育の達成の貢献に必要な我が国の対応について、そして、後半におきましては、我が国の大学が有します知的資源に目を転じまして、これらの資源を活用して、我が国の国際開発協力を促進していくための施策について検討が行われました。
お手元に配付しております昨年7月の最終報告におきましては、前者を第1部、後者を第2部といたしまして整理をしております。
本パネルディスカッションの主題となります「現職教員の派遣」につきましては、第1部の大きな柱の一つとなっているものでありまして、ここでは、第1部の概要を順を追ってご説明いたしたいと思います。
まず第1に、スライドの3にございますとおり、万人のための教育の具体的な目標でございます「ダカール行動枠組み」の六つの目標、例えば、2015年までにすべての子供たちが無償で初等教育へアクセスし、修了できることなどが規定されておりますけれども、これらの目標に貢献可能な我が国の教育経験を、理数科教育、教員研修制度、障害児教育、環境教育など10分野を抽出いたしまして、その活用のあり方について提言がなされました。
そして、第2点といたしまして、我が国におきます初等・中等教育分野の協力を促進していくためのもう一つの大きな課題といたしまして、小・中・高等学校の現職教員の派遣についての検討を行ってまいりました。現職教員の先生方は、子供たちに密着した実践的な教育ノウハウをお持ちになっておりまして、途上国の現場レベルで極めて広角的な協力を行い得る潜在力を有していらっしゃいます。
また、スライドの5に示しておりますように、現職教員の方々が途上国の体験で身につけられたコミュニケーションの能力や異文化への理解などを国内の教育の現場に還元することにより、わかりやすい授業、問題解決型の学習活動の実践、内なる国際化の実現など、我が国の子供たちにとっても大きな教育効果が期待できると思われます。
文部科学省による推計によれば、スライドの6にございますとおり、全国でおよそ4万人もの現職教員が国際協力活動への従事を希望していらっしゃいます。
文部科学省では、スライドの7にございますとおり、国際協力事業団JICA(ジャイカ)とともに、青年海外協力隊の現職教員特別参加制度を一昨年創設したところでございます。
スライド8に示されてございますとおり、現職教員の高齢化が進んでいることから、今後は、40歳以上のシニア層の教員の方々にも同様の機会が確保されるように努めていくこととなってございます。
さて、第3点といたしまして、以上のように、我が国の教育経験を活用し、現職教員の派遣を促進していくための具体的な実施体制といたしまして、懇談会では、スライドの10にございます、拠点システムの構築を提言しております。
拠点システムとは、文部科学省が教育協力のための中核的な機関として設置しております広島大学及び筑波大学の教育開発国際協力研究センターを中心にいたしまして、国内の国公私立大学、援助実施機関、NGO、民間企業などから成るネットワークを形成いたしまして、これら機関との連携のもと、理数科教育など我が国の主力となってまいります協力分野に関する協力経験の共有化を図ったり、あるいは、派遣されます現職教員に対する派遣前研修などを通じた支援をすること、そして、幼児教育、障害児教育など比較的協力経験の浅い分野の活用の促進を体系的に実施していこうというものでございます。
さて、以上3点述べましたことの全体を通して申し上げられますことは、我が国の教育経験を活用した日本人の心が見えます協力、あるいは、国民の皆様にその有効性、実効性を実感していただけるような援助をどのように進めていくかという問題意識にあったと申し上げることができるかと思われます。
以上、簡単ですが、まず私の方から懇談会報告書の前半部分についての概要をご説明いたしました。ありがとうございます。(拍手) |
| ○ |
コーディネーター ありがとうございました。
それでは、早速ですが、ディスカッションに入りたいと思います。
まず、パネリストのご紹介を申し上げたいと思います。
向かって左の方から、国際開発ジャーナル社の荒木編集長。(拍手)
続きまして、国際協力事業団青年海外協力隊事務局の北野課長代理です。(拍手)
それから、宮城県の教育庁教職員課の熊野管理主事でいらっしゃいます。(拍手)
そして、青年海外協力隊OBで、現在、宮城県の工業高等学校で教鞭をとっていらっしゃいます菅教諭です。(拍手)
さて、このテーマは、先ほど田辺さんからも言いましたが、日本人の心が見える協力というもの、さらには、先ほど勝間さんからのご講演にもありましたけれども、いかに日本の教育経験を生かしていくかということになろうかと思います。それに関して、それぞれパネリストの方々から10分程度お話をいただいた上で、パネリストの間のディスカッション、さらには、時間の許す限り会場からもご質問を受け付けたいと思っております。
まず、国際協力事業団の北野さんから、JICA(ジャイカ)の、国際協力事業団の教育協力における先生方の協力の状況でありますとか、あるいは、現職教員の参加制度等についてご説明いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 |
| ○ |
北野 今日は、こういう機会を設けていただきまして、どうもありがとうございます。
教育によって国際社会の平和を呼び込もうというようなこういう取り組みに、非常に前向きにこれだけ多くの教育関係者の方が集まられたということに対して、非常に心強く感じております。
今回、現職教員特別参加制度というような特別な、青年海外協力隊事業を実施していく上でも非常に重要な制度をつくったということについて、そのバックグラウンドについてまず皆様方にご理解いただきたいと思いますので、ちょっと紹介させていただきます。
2年前、JICA(ジャイカ)が市民アンケートをやりまして、「青年海外協力隊という名称を聞いたことがありますか」というような質問に対して、「聞いたことがある」と答えてくださった方が、何と96パーセントあったということで、青年海外協力隊という名前だけは非常に認知されていると。一つ突っ込んで、「その活動内容、事業内容についてまで知っていますか」という質問になりましたら、「知っている」と答えていただいたのが36パーセント、一気に3分の1にダウンしてしまうと。知っているという方の中でも、青年海外協力隊というと、「ああ、アフリカで井戸掘りをやるあれですね」と。確かにアフリカで井戸掘りをやっている隊員もいますし、昔は、土木・農業の分野の隊員の派遣が非常に多かったんです。現在、協力隊は、全世界の約70弱の国に2,400人を派遣しておりまして活動中です。毎年約1,200名程度を新規に派遣して1,200名程度が帰ってくると。これは2年間の活動ですので、現在は2,400名ぐらいが活動していると。
実は、そのうちの4割程度が教育分野なんですね。現在、開発途上国から青年海外協力隊を通じた要請というのは、教育分野の伸びが非常に多くなっております。我々は春と秋に全国一斉にキャンペーン的に募集を実施しております。こういう募集要項をお配りして対象となる青年に呼びかけしております。この募集要項には約800ぐらいの要請内容が書かれているんですけれども、例えば、理数科教師一つだけとっても、1回に100近い要請が来ているんですね。それに対して、現在、合格者というのが40人から50人程度。ということは、世界各国から100ほどの要望が上がっているにもかかわらず、結局は四、五十人しか派遣できなくて、世界のどこかの50の中学校ですとか高校では、待っていた青年海外協力隊の理数科の先生が来ないと、こういうふうな状況になっていたわけです。それで、文科省さんとも相談しながら、何とかして現職の先生方にももっと協力隊事業について目を向けていただきたいと。しかも、派遣しやすい形で制度を改善していくことによって参加促進していきたいというようなことでできた制度です。
では、今、実際に、現職の先生方以外で、どのような方々が例えば理数科教師の隊員として行かれているかというと、もちろん教育大学を出られて教員の免許をちゃんとお持ちの方もいらっしゃるんですけれども、理工系の大学を出て、教員の免許は持っていない、教壇に立った経験もないというような方々も実は派遣している状況なんです。その方々がだめなのかといったら、そうではなくて、何とか自分の持っている知識で開発途上国の教育に役に立ちたいということで、その意欲とか熱意というのは非常にすぐれていると。そういう人たちをアフリカだとか中南米の国々の学校現場に派遣していると。十分な経験等がないものですから、当然、現場では大変な苦労をされていますけれども、その情熱とか熱意でもって、現地で一生懸命勉強されながら、その任務というか、学校現場での活動をこなされている。また、そういうふうな教育の実務経験がない先生たちは、現地では、自発的に勉強会等を開いて、隊員同士で切磋琢磨しながら、自分たちの技術を磨くような努力もずっと継続されていると。そういうグループの中に経験豊富な現職の先生方が1人入ることによって、その活動というのはもっともっと広がっていくと。そういうふうな期待も込めまして、今回、この制度の普及について、こういうふうなシンポジウムの場で教育関係者の方々にお話しできるということについては、本当にうれしく思っております。
最初はこれぐらいにしておきます。 |
| ○ |
コーディネーター どうもありがとうございました。
続きまして、実際に、ガーナのパンドゥ技術学校に青年海外協力隊の理数科の先生として行かれておりまして、現在、宮城県工業高等学校で教鞭をとられている菅様に、その体験、さらに現在の学校で教鞭をとられている中で、その体験について感じておられる効果等がございましたら、お話をいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 |
| ○ |
菅 ドナミ オホンテセン コ ニエニエカン メチョ ガーナ。
私は青年海外協力隊で理科教師としてアフリカのガーナ共和国のパンドゥ技術学校に派遣されました。1990年の7月から1992年の7月までの2年間、ガーナ人の高校生に物理と数学を教えてまいりました。私は教師なので、立ってしゃべらないと落ちつかないので、どうも済みません。
きょうは、ガーナ人の方も3人いらしてます。私がいたところはエヴェの人たちでしたので、あいさつはミイファーです。先ほどあいさつした言葉、オホンテセンというのは一番多い民族のアシャンティの言葉です。アックラの言葉はトウヨテンですね。ということで、アフリカのガーナ共和国は多民族国家というところで、一つ町が違うと言葉が全然違う。オホンテセンもミイファーもトウヨテンもおなじみの How are youの意味なんですけれども、そういったところで私はガーナ人の生徒たちに教えてきました。
そもそも私は協力隊になぜ参加したのか、それも、アフリカのガーナ共和国というところでというのは、これは本当にたまたまなんですけれども、雑誌を見ていましたら、青年海外協力隊募集の記事がありました。それを見てピンと来たというか、実は、就職も決まっていなかったんですけれども、応募してみようかなと思いました。そして、応募した結果、一次試験を通りまして、二次試験の面接で残念ながら落とされました。たまたま宮城県の方から教員になりませんかということで電話が来まして、就職も決まっていなかったものですから、ぜひお願いしますということで、宮城県の鹿島台商業高校に赴任いたしました。そこで担任を持ったり部活動を指導したり、生徒会の指導をしたり、忙しい日々を送っていたんですけれども、卒業生を1回出すと、我々教育現場では、一段落したというか、1回ローテーションが終わったような感じがします。そこで、転勤とかという事情も絡んでくるんですけれども、協力隊員への道は閉ざされたなと思っていたんですけれども、私の心の中にもう1回協力隊へ参加してみようかなという気持ちがありまして、大学卒業するときは落ちたけれども、今度は4年間教員も経験したということで、もう1回挑戦してみようと。そしたら、合格いたしまして、アフリカのパンドゥ技術学校に赴任いたしました。
ガーナというのは私にとっては初めての外国でした。空港におりると、当たり前ですけれども、空港の周りにはもちろんガーナ人の人たちだけなんです。例えばハワイとかバリとかに行ってみると、観光客として日本人の方がいたり、ヨーロッパに行ってもいますね。でも、ガーナに行くと、一緒に派遣された日本人、我々だけで、あとはみんなガーナ人です。もちろん言葉は通じません。そういった点で、最初は、大丈夫かなと、幾ら教員経験が4年あったとしても、教えられるかなという不安がすごくありました。
ガーナの民族の言葉はたくさんあるので、パンドゥでの授業はすべて英語で行いました。物理と数学を教えられる先生の中で、英語で授業できる高校の先生というのは、日本でも本当に少ないのではないかと思います。そういった点で、私も随分予習いたしました。私よりも生徒たちの方が英語のレベルが高かったんですね。生徒たちは一生懸命授業を聞いてくれました。ガーナ共和国では、残念ながら、理科・数学の教師が不足していました。なぜかというと、理科・数学の先生方は、教育レベルが高い人たちは、留学したり仕事を見つけてしまったりとかで海外に流出してしまうんですね。ということで、大学出の方々がなかなか国内に残らない。国内に残ったとしても、首都中心の有名な学校に配属されてしまう。地方の方では教員が足りないというようなところで、協力隊としての需要があったような気がいたします。
一生懸命授業をやったんですけれども、私たちは日本人ですので、ガーナでの生活は少し厳しかったなという感じがいたします。地理の勉強で、サバンナ気候、半分は雨季で半分は乾季というのは聞いていました。大体4月から10月ぐらいまでが雨季なのでしょうか、レイニーシーズンですね、そのときは毎日雨が降っています。私がいたパンドゥの町は、電気はありましたけれども、水道がなかったので、雨水をタンクにためて使っていました。ところが、10月過ぎると雨が一滴も降らなくなります。ドライシーズンになるわけですね。そうすると、タンクの雨水がだんだんだんだん減ってくる。最初は、バケツに3杯か4杯ぐらいの水でジャーと水浴びするわけです。ところが、タンクの水量がだんだん減ってくると、1日にバケツ2杯ぐらいしか使っちゃだめだなとか、そして、乾季の一番ひどいシーズンになると、1日バケツ1杯の水でしか生活ができなくなってしまうわけです。水浴びするのも、ご飯を炊くのも、バケツ1杯の水で生活しないとだめになってしまう。最後にはタンクの水がなくなってしまいます。そうすると、200メートル300メートル先に行って井戸で汲んでこなければだめなわけですね。ガーナでも首都のアックラでは電気、ガス、水道、全部整っています。でも、首都から100キロ200キロ離れてしまうと、そういった厳しい生活がありました。でも、今思うと、1日バケツ1杯の水で生活していたという体験が私をすごく成長させてくれたなというふうに思います。
2年間終わったら日本に戻ってくるわけですけれども、残念ながら、私が帰ってきた時期は7月でした。学校は4月スタートで3月に終わりですので、7月に戻ってくると、私の場合、自分の仕事がないわけです、後任の方がいましたので。そういった点で、7月から次の年度の3月までは、ほかの先生から授業をもらって授業をしたり、または、自分の体験談を生徒たちに話してみたりとか、そういったことをやっていました。
青年海外協力隊での私の一番の財産は、やはり自分の経験と、それから派遣前に3カ月間語学の訓練があります。語学の訓練では、20歳から40歳まで、北は北海道から南は沖縄までの方々が100人以上、3カ月間、合宿生活をするわけです。みんなが青年海外協力隊員の候補生なわけなんですけれども、そこでの、日本にもこういう人がいるんだなと、そして、20歳から40歳までが世代を超えて交流ができるというのは、青年海外協力隊の一つの大きないいところだと思います。そして、海外に出たら、もちろんガーナ人の方々がすごく親切にしてくれました。ほかの国の、イギリス人、カナダ人、アメリカ人のボランティアの人たちとの交流もありました。そういった点で、学校現場でずっとやっていても仕事はできたと思いますが、私は協力隊に出たおかげで、世界が一遍に広がったような感じがしました。帰国後、協力隊ももう35年以上過ぎているわけですけれども、協力隊のOB、OG会がありまして、世代を超えて、職種を超えて、日本全国にネットワークができたような気がいたします。
地元仙台ではどうかといいますと、仙台市の国際交流協会もあるんですけれども、そこには日中友好協会ですとか、スペイン協会、アフリカの協会とか、協力隊ではなくても、自主的に海外との交流をやっている団体がたくさんあるんですね。そういった方々とのネットワークもさらにどんどんどんどん広がっているような気がいたします。
私が成長したことで、学校現場で生徒たちは私を見て何かを感じてくれるのではないかなというふうに思います。先ほどの将監中学校、筆甫小学校の地道な活動、それはそれですばらしいと思います、自分たちがまずできることから始めようということで、募金をしたりとか、物品を送ってみたり、それもすばらしいことだと思いますけれども、私が自分にできることというのは青年海外協力隊でガーナに行くことだったわけですね。それで、活動をしてきました。ということで、これから、私の姿を見て、生徒たちは何か感じるものがあって成長してくれるのではないかなと思います。(拍手) |
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コーディネーター どうもありがとうございました。
ガーナの民俗衣装をおまといになってのお話でございました。
それでは、次に、先生方を送り出す立場におられます県の教育庁の熊野さんから、教育委員会の取り組みをご紹介いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 |
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熊野 皆さん、こんにちは。
宮城県教育庁教職員課というところで、一応、派遣に関する係もしております関係で、きょうはこの場に呼ばれたと思っております。
私、ちょっと自己紹介をさせていただきますと、もう20年も前になるんですけれども、マレーシアの方の日本人学校に派遣させていただきまして、3年間の海外経験があります。先ほど菅さんがお話しになったとおり、その土地での生きた経験を聞かせていただくということが私自身にとっても大変勉強になりました。それから、先ほど、将監中学校、丸森の筆甫小学校の実践でもありましたように、いろいろな工夫をされて学校の現場で活躍をされているということを大変心強く思いました。そういう先生方に影響を受ける子供たちはさぞ幸せだろうなということも感じております。
さて、私に課せられた課題は、宮城県の現状はどうなのということだと思います。先ほど話に出なかったことからちょっとお話を申し上げたいと思いますが、平成13年度の3月に新たに現職教員特別参加制度が創設されまして、このおかげで、現職の教員が非常に参加しやすくなったということが言えます。どうしても年度の途中に行って年度の途中に帰ってくると、先ほどの菅さんのお話にもあったとおり、それから後のことがちょっとひどかったり、派遣もしにくかったということで、現在の制度ですと、ちょうど年度初めの4月から派遣が行われまして、研修を受け、そして3月末日までにということになりますので、参加する側も参加しやすい、送り出す側としても出しやすい制度になったのではないかと思います。
現在、日本の教育もそうなんですが、いろいろな社会の変化に対応しなければいけないと。数多くの課題が日本の教育界を取り巻いております。国際理解教育を初めとして、環境教育、そして少子高齢化の問題、さまざまな問題が教育界を取り巻いてきているんですが、教員にも変化に対応できる教員と置きかえることもできる、教員の資質の向上に対しての社会的な注文、要請が非常に強くあるのも現実です。
宮城県としましては、ここ25年ぐらいの、「四半世紀を見据えた宮城の新時代教育ビジョン」というものを平成9年度の3月につくりまして、県の学校教育の長期計画ということで公表してあります。さまざまな学校教育に対して、宮城県としてはこれを方針として頑張っていこうというのがここに述べられているんですが、教員の資質に対しましても、何よりも、学校においては日々子供たちと直接接し、そして子供たちに大きな影響を持つ教員には、特に、教育者としての使命感とか、教科内容についての深い専門性、これのみならず、幅広い教養や人間としての深い感性、それから子供を包み込む包容力、そして、先を見通す洞察力ということで、あらゆる面において教員には高度な資質が求められているのも確かなことです。
その幅広い視野に立った教育を推進するために、多様な社会経験、そして生きた知識や技能、そういうものをぜひ先生方に身につけてもらいたいということで、県教委としましても、大きく言えば研修制度というんですか、教育公務員には職場を離れて長期にわたって研修ができるという制度があります。これは一般の企業にはなかなかないことですし、ほかの公務員にもなかなかないことになりますが、教育公務員には、これから成長する子供たちのために、教員自身が生きた力を持つ社会体験、それから資質の向上ということで、特にさまざまな機会を与えております。例えば、大学院への派遣、それから、普通の大学なんですが、特殊教育や産業教育ということでの内地留学、そして、私もお世話になりました日本人学校への派遣、2カ月、1カ月ということでの海外への長期派遣、そして、全国の教員が集まる筑波での中央研修ということで、宮城県から年間に約130人ぐらいの先生がこの制度のおかげで参加をしております。青年海外協力隊というのもその一つでして、JICA(ジャイカ)の派遣と呼んでいるんですが、宮城県の場合には現在3名の教員が活躍しております。ただ、この3名を多い数と見るか、少ない数と見るかということになりますが、その件に関しましては、また後でお話ができる機会があればお話ししたいと思います。本県では何よりも本人の意思と希望を尊重しておりまして、希望を学校の校長先生に伝えていただきながら、校長の推薦のもとに、県ではお世話係ということになりますが、文部科学省の方に推薦をさせていただいております。
いろいろな課題もありまして、何で私を派遣させてくれないのということもありますが、例えば、平成15年度の派遣は1名です。高校の先生ですが、コンピューターの技術関係で今度行くことになります。しかし、残念ながら、不合格をいただいた方々もいらっしゃいます。その方々は、例えば、健康診断での問題とか、ご自分でおわかりなんですが、自分では行って活躍したいという意欲はかなり強いんですが、健康上どうしても難しいだろうと。それから、どうしても行きたいんだけれどもということなんですが、語学力にまだまだ問題があるだろうという文部科学省での判断です。意欲はあっても、活躍する現地の方々のためになるような健康ですとか奉仕の精神ですとか、それから何よりも職種に求められる技術力、そして強靱な体というんですか、そういうものが求められるのではないかと思います。現地に行けばいろいろな病気もあります。民俗や風習の違いもあります。単純に衣食住の違いもあります。そういうものを、時間があれば、菅さんの方からももう少し詳しく教えていただきながら、その辺の様子について深い理解をすべきだと思います。
県教委としましても、国際教育への協力ができる人格がすぐれて技術力もあるすばらしい教員が数多く派遣されて、戻ってきてからも、教育活動のために活躍されることを願っております。以上でございます。 |
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コーディネーター どうもありがとうございました。
県教育委員会の取り組み、さらには、かなり率直なご感想もいただいたというふうに思います。ありがとうございました。
それでは、最後ですけれども、国際教育協力懇談会の委員でもあられる荒木編集長にお言葉をいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 |
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荒木 荒木でございます。
現場の話がたくさん出ましたので。私は、文科省の国際教育協力懇談会のメンバーであるとともに、実は、皆さんご存じかもしれませんが、政府が行っている国際協力、つまり、政府開発援助、通称ODAと言われているものですけれども、昨年は、ODAの改革をやろうということで、第二次なんですけれども、外務大臣の諮問機関のODA改革懇談会というのがございまして、ここのメンバーになりいろいろ検討してまいっていました。その結論を得まして、ことしの初めから、戦略的な援助をやっていこうということもあって、外務大臣直轄の機関でございますが、ODA総合戦略会議というのがスタートしまして、それのメンバーでございます。あわせて、文科省でもこういう役割をさせていただいているんですが、総合的に、日本の国際協力全体の中でどういうふうに教育協力を位置づけていくのかという議論でございます。
そこで、この文科省の提言の中に拠点大学システムというのがございますけれども、こういうものも含めて、今まで協力隊の方からの報告がありましたように、隊員の派遣で教職員を派遣していくと。お金も実はODAの中の予算で賄われていまして、ODAというものがどういうビジョンでどういう考え方で進めていかなければならないかというのをまとめているのに、ODA大綱、政府開発援助大綱という憲章がございまして、それの見直しも今やっているわけです。
そこで、第1点は、今の我々の検討の最大の特徴は、今まで非常に不透明だと言われる批判があったのは、政府の中でいろいろやっているけれども、よく見えないと。政府は途上国援助というのを一体どういうふうにやっているんだと、教育の現場においてもよく見えないという人たちが多かったと思います。そこで、「国民参加」ということが最大のキーワードになったわけでございます。
国民参加というコンセプト、基本的な概念は、非常に広い概念でございますけれども、具体的に申しますと、もちろん大学が入っているわけですね、大学、NGO、地方自治体、企業等々の連携によって、我々日本のタックスペイヤー、要するに、納税者から取っているODAというものを国民的な立場で実行していこうというのが、一つの大きなビジョンでございまして、その中で教育というのが非常に重視されるということで、国民参加の中における教育というのは、大学の参加であると同時に、教職員・教員の参加、あるいは教員に関する、例えば学校経営とか運営とかに関するノウハウを持った方々の参加ということを意味しているということをまず最初にご報告いたしたいと思います。
実は、私はこの仕事を30年ぐらいやっておりまして、私が非常に感銘を受けたことを一つ申しますと、国土が小さくて非常に人口の多い国なんですけれども、バングラデシュというところがございます。ここに、農民銀行というか、庶民のための銀行、グラミン銀行という小さな銀行ができたんですね。
ある大学の先生が、この方は最後には総裁になられたんですが、私、話を聞いたんですが、学校の先生ですから学校へ行ったり来たりする間の道端で家具を売っている老婆がいた。いろいろ立ち話をして、「何でやっている」と言ったら、「実は、息子をぜひ学校へ行かせたい。そのお金を自分で稼ぎたい」と。いろんなものを、例えば、椅子などを籐の材料でもって編むんですね、その籐の原材料は買わなければならない。お金がないので、借金をして高い金利を払って原材料を買うものですから、儲けが非常に少ないと。それを聞いた先生が、「それじゃ、私が無利子で貸しましょう」ということで貸して、それが終わって何カ月かたってから、そのお金がちゃんと戻ってきた。これは高利ですから、たくさんの金利を取られるわけですね、子供たちが大変喜びましたということで、何人にも話が伝わっていって、これが銀行をつくろうということになった端緒ですけれども。そもそも、グラミン銀行ができたときに、婦人たちが集まって憲章をつくったんです。グラミン憲章というのがございまして、私も最初読んで感動的だったんですけれども、第1の目的は子供の教育なんですね。憲章の第1は母親がつくったんですけれども、母親たちが子供たちを何としても学校に通わせたいという願いを込めて、憲章の第1章に、子供の教育のためにお金を使うんだと、そのために我々はお金を稼ぐんだということが書いてあるわけですね。
実は、日本でも、かつて、子は宝と言いました。いろんな意味で宝なんですが、インドでもそうですし、東南アジア全般、子供をたくさんつくって、歩どまり、言葉は非常に悪いんですが、いろんな疫病で、貧困ですから栄養失調で、10人も生まないと6人も成長しないという状況がかつてあったわけですね。土地のない農民ですから、親には老後の保障がないんです。子供が自分の保障なんですね。自分の保障をするために、子供を何としても成長させなければいけない。昔は、たくさん産んで、母親もへとへとになるほど大変苦労されて、そのために亡くなる方もたくさんいらっしゃったわけですね。そういうことで、子供の付加価値を高めて、つまり、学校に行かせて教育を受けさせて付加価値をつけるということで、それで、かつての、6人、7人の子供たちが稼いでいたお金は、2人、3人産んで十分稼せげると。先ほど勝間さんが、教育そのものに価値があるということを言っていましたけれども、もう一つの価値、経済的な価値ということについて彼らは考え始めたんですね。考えてくるということは、考えることが大切だということを母親たちが子供に教える、子供がさらにその子供に教えると。この連鎖反応をやっていこうということで、実は、教育協力の重要性というのが高まってきたと思うんですけれども、私は、最初、仕事を始めるに当たって、教育の問題に取り組むに当たって、まず原点を見詰めて、そこに教育の原点があるということに気がついて感動したお話をまず最初いたした次第でございます。とりあえず。 |
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コーディネーター ありがとうございました。
それでは、ディスカッションに入りたいと思います。
今まで4人のパネリストの方々がそれぞれお話ししていく中で、現状の問題点になるようなことも少しお話があったかと思います。
まず、パネリストの方々の中で、もしお互いにご質問等がありましたら、いかがでしょうか。
熊野さん、どうぞお願いします。 |
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熊野 申しわけありません、皮切りに。菅さんに質問があるんですけれども、現地にいらして病気になったり体調を壊したりとか、もう一つ、反対に、現地の人との触れ合いで一番心にしみたことですね、その辺について聞かせていただければと思います。 |
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菅 アフリカはマラリアの汚染地域になっています。ですので、私もガーナに行きまして半年ほどで1回マラリアになりました。ただ、青年海外協力隊では、派遣前の訓練3カ月の間に、風土病の、例えば黄熱病であるとか、デング熱とか、コレラなどに対する予防接種等を全部打ってから派遣されます。私がマラリアになったというのは、私の健康管理がよくなかったからというようなところもあります。今、私の学校の現場でも生徒たちに「風邪引くなよ。運動した後は服を着がえろよ」みたいなことを言います。私がマラリアになったのも、夕方、ビールを飲みに外に出歩いていたから蚊に刺されてしまったというようなところがあります。ですので、気をつけていれば、自分の健康は自分で管理できるのではないかなと思います。
ガーナの人たちのことでうれしかったことというのは、言葉では語り尽くせません。もちろん皆さんはお金はないんですね。お金はありません。きょう着ている民族衣装とか、きょう履いているサンダルとかといったものは、最後、帰国するときの、パンドゥテクニカルのスタッフからのプレゼントで、10年まだ持っていますけれども、そういったものです。
それで、高校の現場でも、生徒たちは学校には来ているんだけれども、なかなか勉強に身が入らない。まず教室に入って席に着きなさいというだけでも5分も10分もかかってしまうような教育現場もあります。でも、パンドゥテクニカルの生徒たちは先生から授業をしてもらうのを待っているんですね。残念ながら、パンドゥテクニカルの先生方にもちょっと原因があるんでしょうけれども、時計を持っていなかったというのもあるかもしれません、なかなか時間どおりに先生たちが授業を始められない。生徒たちはじっと教室で待っているわけなんですね。そういった中で、私が教室が入ると、みんながサッと立ち上がってあいさつをしてくれる。「さあ、きょうの授業を始めよう」と。残念ながら、当時、ガーナでは教科書がありませんでした。先ほど、ユニセフの援助でアフガニスタンの子供たちがテキストを持っているのを見て、アフガニスタンではテキストをもらえるのに、何でガーナの生徒たちには教科書がないんだろうとちょっと思ってしまいました。
そういったところで、私が黒板に書く英語の汚い字を生徒たちは一生懸命ノートにうつす。それがテキストがわりになりました。そういったところで、貧しい中でも一生懸命勉強しようと、勉強することがきっと将来役に立つんだとみんなは信じて一生懸命勉強していました。ですので、日本の現場とガーナの現場とは比較しようがないんですけれども、教師になってよかったなと思ったことがガーナでも随分あったなということが、一番の思い出です。 |
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コーディネーター ありがとうございました。
荒木さん、お願いします。 |
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荒木 重ねて、菅さん、そうですね、北野さんにもちょっとお尋ねしたいんですけれども、学校に行かない子供たちがたくさんいると。学校に行かない理由というのは、一つは、従来言われてきたことは、農村では子供を労働力として使ってしまうと。しかし、最近では、子供を学校に行かせてしまったら、例えば、学校が壊れて修理しなければならないときに、そのお金がないから、国家予算がないので、家庭に割り振ってくると。だから、子供を出したくないんだという話を聞いたこともあるんですけれども、アフリカというか、ガーナを初め、アフリカではそういう現象というのはあるんですか。 |
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菅 ガーナでは、現在もそうだと思います。小学校、中学校、高校、大学、授業料はただなんですよ。授業料はただです。ただ、生徒たちが学校に来るためには、ノートを買わなければいけなかったり、それから制服を買わなければいけなかったりとか、そういった最初のお金が必要です。それから、高校レベルですと、寮に入らなければいけなかったりとか、そうすると、寮のお金は出さなければいけないと。そういった点で、お金がないと学校には行けないというのが現状です。それプラス、農業が主な産業ですから、子供でも労働力なわけなんですね。ですから、子供を学校にやったら、その時間帯、労働力がなくなってしまう。そうすると、生活するお金もなくなってしまうと。そういう点で、やはり厳しい現状がありました。 |
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荒木 そのときはどうなされるんですか。 |
| ○ |
菅 そうなると、お金があるときは学校に来れますけれども、お金がないときは学校に来ないと。そうです。生徒が、あいつ来なくなったなと思って話を聞いてみると、ホームタウンに帰って戻ってこないというような話がありました。ただ、私もガーナから帰国してもう10年になりますので、また現状は変わってきているかもしれませんけれども。 |
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コーディネーター 追加がありましたら。 |
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北野 私が勤務していましたインドネシアにおいても、経済危機、1997年からアジアの通貨危機ということで、一時的というか、まだまだその尾は引いているんですけれども、都市部の賃金労働者が一時的に職を失ったという時代がありました。そのときに、一番最初にしわ寄せが来るのが子供たちということで、子供たちが学校に来ずに、何らかの形で収入を得るということで、路上で物売りをしたりとかというような現象が一気に広まったと。
実は、2週間前にジャカルタにまた仕事でちょっと行ったときの感想なんですけれども、路上での少年たちの商業活動がかなり減ったんだなというのを実感したことがありましたので、そういう意味では、いわゆる弱者と呼ばれる、これは貧困層の人たちもそういうふうに呼ばれますし、ある意味では女性だとか子供、そういうところに経済の波がすぐに影響してくるんだなということを肌で感じたことはあります。 |
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荒木 私だけが質問ばかりして申しわけないんですけれども、もう1回アフリカに戻りまして、あるいはアジアでも結構なんですけれども、教育の現場で、子供たちというのは一番最初に何を求めるというか、何が欲しいというふうに考えるんでしょうかね。日本で考えるのは、多分、雨が降ったり風が吹いたりすると大変だろうから、まず学校をつくってしまおうということで、学校建設ということをまず最初に考えてしまうわけなんですけれども、いかがですか。 |
| ○ |
菅 私からよろしいですか。これは例えになるかどうかはわかりませんけれども、昨年、ワールドカップがありました。宮城県の利府にはすばらしいスタジアムができました。そういうスタジアムをつくると、維持管理にお金がすごくかかるわけですね。学校も、建ててしまうと、維持管理のお金が物すごくかかります。もちろん学校をつくるということに対する批判ではないんですけれども、学校をつくったら、先生に給料を払わなければいけないんですね。学校をつくったら、先生の給料も援助しなければ、子供たちは教育を受けられないと。そして、都市部には学校は大体あります。子供たちが学校の現場で勉強ができるように田舎に学校を建てましょうと。それは大変すばらしいことだと思います。本当にボランティアだと思います。ところが、今、学校がないというようなところに行く先生方というのは、残念ながら、少ないんですね。宮城県でも、郡部の方、先ほど筆甫の先生もいらっしゃいましたけれども、筆甫小学校に転勤希望を出す先生方というのは、残念ながら少ないと思います。そういった意味で、日本人の感覚も開発途上国の先生方の感覚も同じです。でも、待っている子供たちがいるんですよ。子供たちにとっては、教科書よりも、学校よりも、まずはやっぱり先生じゃないかなというふうに思います。 |
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荒木 先生がまず来ないといけないと。そうすると、先生が生活する生活費を国がちゃんと保障しなければいけないと。この体制が整わない限り、途上国における教育の普及というのは思うように進まないと、こういうことでございますね。 |
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菅 簡単には言えないんでしょうけれども、私の経験ではそんな感じがいたしました。 |
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荒木 先ほどから貧困削減といろいろお話がありましたんですが、貧困をどうやって削減するかということの中で、今、国際的な注目は、教育を受けられない子供たちとか、あるいは栄養失調の子供たちとか、保健医療とか教育というところに重点がいっているわけですが、理想とするところは、最終的には、その国が自立して、自分の国の力で自分の子供たちの教育の面倒をちゃんと見ていくというのが基本の路線なんですけれども、いろいろな過去の事情がありうまくいかないので、ある過渡期において集中豪雨的な教育の普及のスピードアップをやっていかないと間に合わないということもあって、今、多分、教育というのが非常に重視されているのではないかと思います。財政問題ということになると、国の発展ということで、実は、日本の国際協力というか、経済協力の基本路線というのは、従来は、成長路線といいまして、成長なくして発展もなしということで、成長をしながら教育をみずからの力でもり立てていこうという方式なんですけれども、それが今ちょっとあやしくなってきてしまって、成長はいいやと、とにかく子供たちの方が先だと言っている極論がありまして、それで、今、専門的にはそういう分野で揉めている意見もあるわけですね。 |
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コーディネーター どうぞ、ほかの話題に転換してください。 |
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もしよろしければ私から1点、熊野さんのお話の中で一つ問題提起があったかと思うんですけれども、宮城県の方から派遣されている方が3名ということで、多いか少ないかというような話がありました。恐らく、健康の問題とかいろんな問題があって、応募者をとにかくふやすということが大事なのではなかろうかということで、北野さんあたりは全国いろいろとご説明をされているんだと思いますけれども、現場の教育委員会におられて、応募をもっとふやしていくためには何をしたらいいかということのご提言がもしございましたら、おっしゃっていただけませんですか。 |
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熊野 現状をもう少し詳しくお話しさせていただけば、東北6県を私も調べてみたんですけれども、現在行っている数ですね、仙台市が2名、岩手県が2名、山形県がゼロ、福島県が2名、秋田県が1名、青森県が1名です。正直言うと、私も少ないなという印象を持ちました。ただ、今年度の応募、受験、合格ですか、それで平成15年度の派遣が決まったわけなんですが、文部科学省の方にも確認をしましたら、ことし全国で58名の派遣を決めましたと。もっと欲しいんですけれども、実はということで、例えば、健康診断の問題、職種に求められる技術不足の問題、語学力不足ということで、その人の意思はあるんでしょうけれども、文部科学省さんの方でもやむなく不合格を通知しなければいけないという現状もあると思います。
ただ、全国で58名のうち、宮城県は3名ということになりますが、47都道府県がございますので、そうすると、大都市東京、大阪、広島とかというところを見れば、東北6県の数はいかがなものかということにもなってきます。宮城県の3人という現状がここにあると思います。実際は、やはり多くの方々の応募をいただいて、文部科学省としても、よりすばらしい人たち、そして世界で活躍できる人たちを、しかも、帰ってきて、教員としてまた力を発揮して地元宮城で活躍をしてくれる人たちがふえることを願っていると思います。どうぞ多くの方々に応募していただきたいというのが私の願いでもあります。
そのための方法としては、こういうシンポジウムをしたり、行かれた方々の体験を聞かれたり、そういうことしかないのではないでしょうか。きょう集まった方々にきょうの先生方のいろいろな体験談が身にしみて入っていって、その方々にさらに家庭や身近なところでまたお話をしてもらいながらいくしかないのではないかなという気がします。そういう意味では、きょうのシンポジウムは貴重な機会ではないかと思っております。 |
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コーディネーター どうもありがとうございました。
どうぞ。 |
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北野 もう一つつけ加えさせていただきますと、私は、実は協力隊の事務局で募集の担当をしておりまして、非常に苦労をしております。特に、この経済不況の中では人が集まりにくいというのが現状でございます。ただ、JICA(ジャイカ)として、もちろん春と秋には、全国的なキャンペーンということで、コマーシャルを流したりしながら、地域ごとに実施しています募集説明会の方にご案内しているんですけれども、現在では、それだけではなくて、開発教育の一環として、国際理解教育の一環として、私どもの方で「サーモンキャンペーン」という取り組みをしております。これは何かというと、国際協力の現場経験のある人たちを、小学校、中学校、高校、大学も含めてなんですけれども、派遣して臨時講師をしていただくということで、これは主にはターゲットは子供ということになるんですけれども、そういうふうな取り組みを通じて、その学校の先生方にも国際協力のすばらしさとかよさというものを知っていただいて、それがきっかけになって協力隊の方にご応募いただければということも実は心待ちにしているところなんです。
東北地方においては、私ども、仙台の方にJICA(ジャイカ)の東北支部というブランチを設けておりまして、ここの方が東北管内のサーモンキャンペーンを。実際に派遣するのは、我々JICA(ジャイカ)の職員もそうなんですけれども、協力隊の菅さんのようなOB、OG、これはさまざまな分野の隊員がいます、スポーツ分野もあれば、保健医療分野もありますし、農業もあります。それぞれの学校で、こんな先生がいればぜひ子供たちに話をしてほしいというようなリクエストをいただければ、ご要望におこたえできると思うんです。そういうふうな活動を通じて、実は、JICA(ジャイカ)も、国内機関と呼ばれる支部、センターが北海道から沖縄まで17カ所ありまして、それが今、都道府県でくまなく国際協力の輪を広げるようなお手伝いをさせていただいていますので、そういうのも学校教育の中に取り込んでいただくようなアイデアを先生方からも出していただきたいというふうに思っています。 |
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コーディネーター ありがとうございました。
会場の方からも質問を受け付けたいんですけれども、時間が押し迫ってまいりました。この後、5時以降、懇親会もございますので、そこでまたご質問していただけることがあるかもしれませんが、もしどうしてもこの場でパネリストの方にご質問申し上げたいという方がいらっしゃれば、お一方だけ。どうぞ。 |
| ○ |
ロバート 福島県の桜の聖母中学校のロバート・ウオリーと申します。
特に、菅さんと北野さんにちょっと質問がありますが、例えは、JICA(ジャイカ)とアメリカのピース・コーとか、カナダでもやっていると思いますけれども、ピース・コーとかJICA(ジャイカ)とかはどのぐらい協力しているか、コーディネートしているか、そういうことをやっているんでしょうか。やっているんでしたら、どういう感じでやっているか。やっていないなら、なぜやっていないか。そして、やったらいいんじゃないんですか。みんなそれぞれ行って違うことをやったり同じことをやったりとかは、ちょっとよくないのではないかなという気がする。ピース・コーとか、直接関係はないんだけれども、友達とかいろいろわかっていますが、そういうことをしていますか、あるいはしていないんですか。 |
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北野 まず、JICA(ジャイカ)の方からお答えしますと、端的に言えば、組織的にはやっていないと。これは、お互いに、国と国の制度として、幾つかの違いがあったり、制度的な違いがあるということも一つなんですけれども、基本的には、海外でボランティア活動をしたいという個人の人が主役で、我々はその人たちを支援する立場にあるわけですね。組織と組織の思惑によって隊員をくっつけようとか、一つのプログラムをつくろうというようなことは、今のところやっておりません。
ただ、現場において、先ほども菅さんの発言の中にありましたように、隊員レベルで同じ地域に派遣されているピース・コーですとかキュウソウ、もしくはイギリスのVSOなどと同じ分野で働いている人たちが一つのプログラムを自分たちで立ち上げてやっていくと、こういうふうな形は全世界中で幾つかあるんですよ。ボランティアというのはその人たちが主役なのものですから、我々支援する立場の人間が意図的に組み合わせるのではなくて、そういう現場のニーズによって立ち上がる方が、より理想的な活動ができるのではないかと考えております。 |
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コーディネーター もし補足がありましたら。 |
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菅 今、北野さんがおっしゃったとおり、私の町にもアメリカンピース・コーはいませんでしたけれども、VSO、イギリス人のボランティアが2人いました。ですので、交流はありました。ですけれども、交流、意見交換だけでありまして、一緒に何かに取り組みましょうというようなことはありませんでした。
ただ、ガーナ共和国では、理数科教師たちが夏休みに勉強会を開いています。勉強会のときに、どうしても私たちは語学の面で問題がありますので、アメリカンピース・コーの人とか、イギリス人のボランティアのVSOの方を呼んで、授業を見せてもらったりとか、そういう勉強会の交流はやっていました。ただ、グローバルな形での協力隊みたいなのはないですよね。UNVもありますけれども、それはまた別ですけれども。 |
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荒木 基本的に、アメリカと日本とは性格が違うんです。アメリカのピース・コーというのはほぼ言葉なんですね。英語の教師というのが非常に多いので、そういう点では、日本の場合は、どちらかというと、かつては農村型で農村技術の移転、最近は都市型になって、今ようやく教育というところに入ってきたわけですけれども、現場型というのが日本のJOCVの特徴だと思いますね。それで、協力がなかなかできない、最初からできない面があったと思いますが。 |
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コーディネーター ありがとうございました。
それでは、そろそろ時間が参りましたので、残念ながら、次のパネルディスカッションに移りたいと思います。
「現職教員による教育協力へ参加促進と学校での効果」ということで、パネリストの方々、どうもありがとうございました。(拍手)
さて、引き続きまして、そのまま第2部の方に入りたいと思いますので、第2部の準備をさせていただきます。
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〔第2部〕 大学による国際開発協力の促進
国際教育協力懇談会概要報告 文部科学省大臣官房国際課国際協力政策室
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田辺 宏
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| コーディネーター |
文部科学省大臣官房国際課国際協力政策室室長 |
行松 泰弘 |
| パネラー |
株式会社三菱総合研究所非常勤顧問 |
團野 廣一 |
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(国際教育協力懇談会委員) |
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国際協力銀行(JBIC(ジェイビック))開発セクター部社会開発班参事役 |
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吉田 和浩 |
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東北大学大学院医学系研究科教授 |
上原 鳴夫 |
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社団法人海外コンサルティング企業協会(ECFA)専務理事 |
松下 弘 |
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| ○ |
コーディネーター 2部の方は、「大学による国際開発協力の促進」ということがテーマになります。
一番初めの基調講演でアジア開発銀行のリー所長からもお話がありましたけれども、日本の大学が国際援助機関との国際協力をより促進していくためには、それはなかなか平坦ではない、容易なことではないと、それにふさわしい努力を、あるいは、コンサルタントの世界でも国際競争が非常に激しい中で、それに打ち勝っていかなければいけないというようなご指摘がございました。その中で、今後、日本の大学の国際開発協力の促進ということで、どういうことに取り組んでいくべきかということについて、ご議論をいただきたいというふうに思っております。
それでは、準備が整ったようでございますので、第1部と同様に、まず、文部科学省の方から、「大学による国際開発協力の促進」について、懇談会の概要の報告をさせていただきたいと思います。お願いいたします。 |
| ○ |
田辺 それでは、パネルディスカッションの第2部に入ります前に、その趣旨をご理解いただくため、懇談会冊子報告の後半部分、すなわち、第2部の「大学における国際開発協力の促進」について、概要を説明させていただきます。
資料の6をご参照ください。
まず、懇談会では、大学教員個人から大学組織による協力への転換の必要性が強調されました。
スライドの2にございますように、従来の大学によります国際開発協力は、大学教員個人が、ボランティアベース、すなわち、JICA(ジャイカ)等からの依頼に基づき協力しており、旅費、宿泊費等の実費以外、基本的には無報酬で、みずからの研究、教育業務に付加する形態をとってなされてまいりました。大学の組織からこれを見ますと、大学教員の国際開発協力の間は、本来の教育や研究業務のための代替教員を限られた陣容の中から賄う必要があったほか、金銭的なメリットもなかったため、大学教員が国際開発協力をすることに関して、なかなか理解が進まない現状がございます。
したがいまして、今後、大学による国際開発協力を促進していくためには、スライド3に示してございますとおり、大学が組織として協力していくことが重要であると考えられます。すなわち、大学が国際援助機関から国際競争入札によりプロジェクトを受託して、外部資金を得てプロジェクトを請け負います。これにより、実施の責任を負うかわりに、人件費補てんや、あるいは間接経費を含めた報酬を得るという組織としての協力への大きな転換が求められているということができようかと思います。
スライド4にございますとおり、大学教員個人による従来の協力をフェーズ1といたしますと、財界やJBIC(ジェイビック)という国内の援助機関との組織的な契約に基づく協力をフェーズ2、それから、世界銀行やアジア開発銀行などのような多国間の援助機関との契約に基づく協力をフェーズ3といたしまして、個々の大学の状況を踏まえながら、ステップ・バイ・ステップで協力を発展させていくことが考えられます。
国内外の国際援助機関は、スライド5にございますように、コンサルタントサービスの調達に関して極めて多くの資金を有していることが挙げられます。例えば、世界銀行では12億ドル、約1,500億円などとなっております。
また、プロジェクトの内容に関しましても、スライドの6に示しますように、工学、農学、環境、医学など幅広い分野に及び、その内容も、セクター調査、フィージビリティー・スタディー、環境影響評価、途上国人材のキャパシティービルディングのための研修など多岐にわたっておりまして、大学の実践的な研究能力を高めるために、有効で魅力的な機会が極めて多く存在しているということが言えようかと思います。
スライド7にございますとおり、海外の大学あるいは先進国の大学では、既に大学におきます国際開発協力プロジェクトの受託例が非常に多くあり、外部資金によって、大学の国際的な研究・教育活動を進め、その世界的な知名度を上げるための手段として大いに活用されているという現状がございます。
また、スライド8にその他のメリットが記載されておりますが、例えば、このようなプロジェクト業務に学生さんが触れることができれば、実践的な教育を提供する貴重な場にもなりますし、国際機関への就職の機会も広がっていくことが期待できるというふうに思われます。しかしながら、このような協力活動を進めていくためには、幾つかの課題がございます。
スライド9の下の方にございますが、私立大学も含めた大学全般の課題というところに示してございますが、第1に、国際開発協力に関する大学内外の評価を含め、まだ理解が十分に進んでいないこと。それから、第2点といたしまして、大学と国際援助機関との関係が密接でないこと。あるいは、大学がコンソーシアムを組んでプロジェクトを受託する際の連携先として考えられますコンサルタント企業や、あるいは内外の大学との関係構築が十分にできていないこと。そして、第3といたしまして、英語でのプロポーザルや契約書作成事務などの事務能力にさらに課題があるということが挙げられます。
以上のような観点を踏まえまして、国際教育協力懇談会の最終報告では、上記の課題を個々の大学がそれぞれに解決することは困難と考えられますことから、スライド11にございます、大学や分野を横断したサポートセンターを整備し、各大学の国際開発協力に関する相談、助言などのコンサルタント業務や、大学と国際援助機関のいわば縁結びを含めて、大学の教育・研究の一環としての国際開発協力を支援していくことが必要であると、こういった提言がなされているところでございます。
第1部の方でご説明いたしました拠点システムとあわせまして、懇談会では、我が国の国際開発協力の質的転換のための知的インフラ構築という観点から、文部科学省に国内体制の抜本的な体制整備を提言しておりまして、私どもといたしましては、平成15年度におきます予算措置も含め、その実現に努力しているところでございます。
以上、大学におきます国際開発協力の促進につきまして、懇談会の概要を簡単に説明させていただきました。ありがとうございます。(拍手) |
| ○ |
コーディネーター 田辺さん、どうもありがとうございました。
それでは、パネリストの方々をご紹介申し上げたいと思います。
向かって左から、懇談会の委員でもあられました三菱総研の團野顧問でいらっしゃいます。(拍手)
続きまして、国際協力銀行開発セクター部の吉田参事役でいらっしゃいます。(拍手)
それから、東北大学の大学院医学系研究科の上原教授でいらっしゃいます。(拍手)
最後になりましたが、コンサルティング企業を代表しまして、社団法人海外コンサルティング企業協会の松下専務理事でいらっしゃいます。(拍手)
よろしくお願いいたします。
それでは、まず、東北大学の上原先生にご意見を伺いたいと思います。
上原先生は、国際保健学がご専門であられまして、JICA(ジャイカ)等の活動を通じまして、途上国における医療システムの構築等において大変ご尽力いただいておると聞いております。これまでのご経験を踏まえて、今後の日本の大学がどのように国際開発協力に携わっていくか、そんな視点も含めてお話しいただければと思います。よろしくお願いいたします。 |
| ○ |
上原 ご紹介ありがとうございました。
私は、1987年から国立国際医療センターを場としまして、国際協力、ODAにかかわる経験をさせていただきました。平成10年に東北大学の方に参加いたしまして……、スライドをお願いできますでしょうか。
大学で国際協力をやるということについて、よかったこと、困ったことといろいろございます。きょうは、フランクによかったことや困っていることを話すようにというご指示をいただきましたので、ちょっとカジュアルに、思ったことをメモしたものをスライドで示しながら話をさせていただきたいと思います。
これは、平成10年から私が大学にいてかかわってきた国際協力関係の事業でございます。きょうの話は国際機関ということが一つの大きなテーマになっておりますが、そういう意味では、JICA(ジャイカ)と世界銀行のジョイントでやりましたアフリカのセミナーの企画、実施のところや、WHOのコンサルタント、これがショートタームコンサルタントという形で、1回、3週間ぐらいの形で行っておりますが、それから米州開発銀行のセミナーでのご協力とかといった形のものがあります。スライド、次、お願いいたします。
ただ、実際に自分でフィールドに入って向こうの方と一緒にプロジェクトをやるということになりますと、従来は、JICA(ジャイカ)にプロ技というのがございますが、これは長期に専門家を一人人質に出されければいけませんので、大学はなかなかその余裕がありませんし、また、大学院生は専門家として認めてもらえないということがあります。それから、向こうから頼まれてやるんですが、始まるまで通常3年ぐらいかかりますので、仕方なくといったら怒られますが、私自身は国際保健でございますので、途上国の問題解決に係る研究をすることが我々の学問領域でございますので、ちょっと他の分野とは違うこともあるかもしれませんけれども、我々は研究の中でプロジェクトをやっております。やっておりますと、いろいろ不便なこと、JICA(ジャイカ)のプロジェクトならできるけれども、個人ではできないことがありますが、逆に言うと、大がかりでなくても、むしろ、小回りをきかせてやる方ができやすいこともあるということを実感しております。そういうのでは、今般フィリピンの方でインドネシアと同じようなことをやってくれということでお手伝いすることになっております。スライド、次、お願いします。
国際協力に参加して、どういうようなことがよかったかということを率直に思いますと、自分の経験、知識、技術が、それを必要としている人たちに役立てられていることを実感できるということが一つあります。それから、政策への助言とか、プロジェクトを企画・運営することで、温めている、自分がいろんな研究を通じて、いろんな体験を通じて、こうすればいいんではないか、なぜやらないんだろうみたいに思っていることを、実際に責任を持って実現できるチャンスがあるということがあります。これは仕事の手ごたえ、また、これがワールドな分野では研究に対する動機づけにもなっているということがあります。
それから、もう一つは、日本にいては決して得られないような視点、物の見方、価値観や世界観が、単に知識じゃなくて、実感として得られるということがございます。それによって、研究の幅や着想が非常に広がってまいります。
それから、途上国に行きますと、先ほどのお話にもありましたけれども、途上国の人たちと出会えることが一番大きいですが、それだけではなくて、途上国にとどまらず、世界各国、我々の国際保健の分野に限っていいますと、ハーバードの人やロンドンスクールの人や世界銀行の人、そういった方々とめぐり合います。また交流できます。
また、世界というのはかなり急速に変わっていっております。医療の世界でもそうですが、医療は、突出した分野は除きまして、全般的に5年ぐらいおくれているということをディシデント時代に思ったことがありましたが、よく見ていますと10年近くおくれているような領域もあるんですが、国際協力、国際保健の分野でもかなりおくれている部分がある。それから情報が入りにくいということがあると思うんですが、そういう現場に出ていき、また現場で一緒に仕事をすることで、急速に変化する世界の動きをいち早く認識できて、外から見ると、日本人は井の中の蛙だなと、自分自身への戒めを含めて感じることが外へ出ますとちょくちょくあります。スライド、次、お願いします。
これはジャカルタの貧困地区で、これは人間安全保障という枠組みの中で始めたのではないんですが、人間安全保障として異常だということで、視察に来られた人もおられたときに撮ったんですが、貧困の中で亡くなっておられる方々のシステム要因、背景要因を分析するということを、現地の保健センターや行政の人たちがやり方を覚えられるように、一緒に入っていってインタビュー調査を続けておりました。スライド、次、お願いします。
もう一つは、ヨンモンシチュウとそこに書いたんですけれども、これは釈迦が宮殿から出て初めて世界の実態を知ったということがございますが、我々は象牙の塔から出て本当の世界というものを学ぶことができるという意味は大きいと思うんです。スライド、次、お願いします。
また、政策的なことで、州の人たちと一緒に考えられるということ。次、お願いします。
相手国政府の協力が非常に得られると。これは研究だけで行きますと、例えば、インドネシアなどですと、最近はよくなっているでしょうが、昔は研究をやるための許可を得るだけで1年待たされたり、いろいろあの手この手を使わないといけないわけですが、例えばJICA(ジャイカ)の仕事で行きますと、これは向こうに役に立つためのことで……、研究というのは必ずしも向こうに役に立つことをやるわけではありませんで、自分らがデータをもらってくるだけなんですけれども、協力事業というのは向こうに役立つことをやりますから、向こう側の最大限の便宜供与が与えられます。ですから、普通のフィールド調査では得られないようなデータ、情報が得られますし、入れないような地区とか、これはモンゴルなどに私が行きましたときは、西洋世界で初めて社会主義のモンゴルに無償援助が入るときの調査に3回ほど行かせてもらったんですが、外国人は絶対入れないようなところに、向こうが積極的に見てくれと案内していくというようなこともございます。そういったことがまた我々の研究の次につながっていくわけです。
さまざまな出会いがある。我々と同じような研究フィールドの人たちと出会うことがあります。また、その中でよいカウンターパートに出会ってきます。各国でやってきますと、そこの有能な研究者、やる気のある医師、大学人と出会ってきます。いろんな学会とか、あるいはいろんな場でいろんなつながりができてきまして、何かあったときに、共同調査しよう、共同研究しようということが非常にやりやすくなります。ネットワークがどんどんできていく。また、若手についても、優秀で非常に有望な人材を発掘できるというメリットがございます。
楽しい勉強になるというのは、後でちょっと触れますが、こういう国際協力というのをやっておりますと、我々は行きますと夜寝る暇もなくて四苦八苦でやっているんですけれども、日本におられる方は、またインドネシアに行ったらバリででも遊んでいるんだろうとか、ボリビアに行ったら、どこかフェンスタでも行っているとかというように思われているところがございます。そんな余裕はなかなかないことが多いんですけれども、それでも、そういう場でやっていくのは非常に楽しい、勉強になるということ、これはやっぱり非常に大きなことだと思います。予期しない発見がいっぱいありますし、それから英語がうまくなります。それから、先ほどの菅さんのお話にもありましたが、世界が見えてくるという気がします。それから、いろんな文化、景観に出会える、いろんな人に出会えて、いろんな嫌な思いもしますが、基本的には、人間というのはいいものだなと思う機会が非常に多いです。
もう一つは、日本のよいところがわかってきます。それから、日本や国際社会のあるべき姿というのが考えられます。日本だけにいますと、そんなことはおまえらごときが考えてはいけないみたいな、教育のせいなのかなと私は思ったりするんですけれども、そういう雰囲気があるんですが、アメリカなどに行きますと、本当に小さいころからそういうことを議論させるわけですね。日本はどうもそういう議論を避けさせているところがあるような気がするんですが、しかし、海外に行って向こうの人と話をしていくと、本当にそういうことを考えるようになっていきます。学生たちの教育の上でも非常に大きな意味があると思います。それから、気づかなかった自分を発見できます。次、お願いします。
これはJICA(ジャイカ)の中米の集団コースで昨年やったものですけれども、こういう人たちとつながって、今度また中米の中でのコースをつくっていったり、日本から遠隔教育をフォローアップでしていこうと。また、大学との連携をしていこうというようなことにだんだん発展しつつあります。スライド、次、お願いします。
これは小さな字でいっぱい書いたんですが、現状の困っていることは書き出したらこれぐらいあるよというのでちょっと書いたんですが、今のお話で、今、文科省がこういう形で国際協力のエンカレッジをされるということを聞きまして、非常に心強く思っております。
今はもうほとんど触れておられると思いますけれども、まず大事なことは、事業の委託を受けられない。だから、私は東北大学に来てから定期預金を大分おろしました。医学部というのは委任経理というのが結構ありまして、薬屋さんとかいろんなところからの受託研究とかですね。最初から、人を雇うのも秘書を雇うも、我々はみんな研究費で雇わなければいけないんですが、委任経理でやってくださいと言われるんですが、我々みたいな途上国をやっているところは委任経理が入ってくるところがないんです。あるとしたら、コンサルタント、何か口利きするみたいなのがあるんでしょうけれども、そういうことは一切したくありませんから、だから、我々は、むしろ、自分がお金を持っていって、出かけるたびに向こうに何かを置いてくるということをやりますから、事業をやるときに、ボランティアであることは構わないんですけれども、持ち出しにならないようにはしなければいけないと。そういう意味では、やっぱり事業の委託をきちんとできるようにすべきではないかと思います。
それから、評価されないということですね、国際協力というものが評価の対象になっていないというのは、日本の大学にとって、国際貢献というのは使命でも理念でもなかったんだと思います。ということの問題とか、それから、何よりも英語でやらなければいけない。それから、何よりもロジスティックス、文書とかアポとかいっぱいやらなければいけませんので、そういったことをサポートするものがなければ、もとより大学などでは非常に忙しい仕事をたくさん抱えている教官がそこまでやるというのは、非常に負担をふやすだけであります。そういったことを、サポートセンターの点であるとか、いろんな形で今考えていただけていることを非常にありがたく思います。ありがとうございました。(拍手) |
| ○ |
コーディネーター どうもありがとうございました。
それでは、国際開発協力プロジェクトを大学に発注するというようなお立場になるのかもしれませんけれども、国際協力銀行の吉田さんからお願いいたします。 |
| ○ |
吉田 ご紹介ありがとうございます。
国際協力銀行、自分の所属もちょくちょくわからないときもあるんですが、こちらに所属して1年半、それまではワシントンにあります世界銀行のアフリカ局で、約8年ほど、アフリカを中心として、特にガーナも含めてですけれども、教育プロジェクトの担当をしておりました。ということで、当行JBIC(ジェイビック)の業務内容もまた正確に把握していないような新米ということで、理解の間違い等があるかもしれません。余り突っ込んだ質問もされない方がいいかもしれませんという前置きで、そういう立場をフルに利用させていただいて、組織の制約にとらわれない、日本の国際教育協力に望まれるものというところを、私の考えをまじえながらちょっと話させていただきたいと思います。
今ふと気づいたんですけれども、このパネルの題名が「大学による国際開発協力の促進」と、そこの垂れ幕のところには「国際教育協力懇談会・シンポジウム」と、微妙に違うところにお気づきになった方は目がいいんじゃないかと思います。つまり、日本の教育協力を今後どうすべきかという議論の中で、このセッションでは、日本の大学にある知見をどういうふうに国際協力の場により有効に活用できるかという視点からのセッションというふうに理解させていただきました。そう考えると、開発全般の広い意味で、日本はどういう取り組みができるのかという議論にそこですり変わっているのかなという気がしたんですが。
そこで、私が考える日本から発信する国際協力というのはどういうものかということですけれども、現地に行って、世界銀行とか、いろんな援助機関の人たちとお話をしているときも感じるんですけれども、現場の問題点、ニーズ、そういうものをどういうふうに理解できるか、どういうふうに分析できるか、そういう視点をどう持っているか、分析手法ですとか、そういうものをどう備えているかと、そういうものを持っているということが、国際協力に携わるに当たってまず不可欠なものだと私は思います。一つの条件だと思います。
あと、二つほど、国際協力に携わる人というのはどういうものが求められるのかということを述べさせていただきますと、協力するという立場上、協力する中身を持っているもの、共有できる中身を持っているもの、それがより専門分野であればあるほど、より高度な中身になってくるんだと思います。高度というと、程度というのもあってというような誤解を招くかもしれませんけれども、それは広い意味で中身を持っていることということだと思います。
三つ目の要素と思われますのは、国際協力に取り組む姿勢ではないかと思います。援助機関というふうによく言われますけれども、かわいそうだから助けてあげるという姿勢で取り組む向きもありますし、それを否定するわけではありませんけれども、世界の急速な国際化に後押しされる形で、国際協力というのはインターナショナル・コラボレーションなのかなと。一緒に取り組みながら一緒に学んで、一緒により成長して、よりよい世界を一緒に築いていくと。そのときに、我々が持っているものはこういうものですというふうにシェアすると。あなた方が抱えている問題はこういうものなんですねということを、相手の立場になって理解するという結果が、自分の勉強にもなる、相手の勉強にもなると。そういう姿勢が、まず国際協力に携わる人にないと、結果がちょっと違うところに向かっていってしまうのではないかと、これは私の個人的な考えです。
そういうところから考えますと、それを敷衍していいのかどうかわかりませんけれども、こういう国際教育協力懇談会を通じて、拠点システム、サポートセンターというのが出てくるということは、まず、日本の中にある知見をどういうふうに国際協力の場に提供できるのか、広い意味での、日本が持っている知見資源をどういうふうにモービライズできるのかというところの、先ほどのお話で橋わたしという言葉がありました。その意味では非常に有効たり得るのではないかと思います。その後、問題分析の仕方、視点、相手の立場になって考えて、一緒に勉強していくという姿勢、これはそういう仕事に携わる一人ひとりの方たちの問題かと思います。したがって、そういう人たちにより広く国際協力の場に参加していただく機会が提供されることを切に祈ります。
ちょっとそこで脱線といいますか、本来の私に課された役割の、JBIC(ジェイビック)の教育分野における仕事の状況なんですけれども、当行が教育協力にこれまでどういう取り組みをしてきたかをちょうど整理していたこともありまして、数値的には比較的よくまとまっているデータがあります。今、簡単に申し上げられるのは、これまでは、韓国とかインドネシア、フィリピン、タイ、マレーシア、大体東南アジアを中心とした国が協力の対象でしたけれども、昨年ぐらいから中国がドーンと出てきていると。日本の中の逆風にもめげずに出てきております。それから、ウズベキスタンとかパキスタンですとか、いろいろな国における多様性というのも出てきているようです。
借款の額ですとか件数、総額または総数レベルでは、最近、特に90年代になってふえてきています。ただし、どういう教育分野に支援しているかといいますと、これは圧倒的に高等教育向けの支援が主となっています。これはJICA(ジャイカ)さん、あるいは世界の趨勢と大分違っているんですけれども、私の察するに、高等教育、高等レベルの人材育成を通じた経済成長の支援、それと、そこから来る、成長から通じたスピンオフとしての貧困削減への寄与ということを関連づけて考えて支援先を決めているのかなと。支援先を決めているというと語弊があるんですけれども、そういう部分について要請があって、それを取り上げていると。つまり、JBIC(ジェイビック)は今までそういうところを支援してきたので、こういう分野だったらお金が借りやすいのではないかということです。ただし、最近の傾向として、中等教育、初等教育などにも支援しております。
それと、こういった部分に大学等の日本の機関がどういうふうに参加できるか、参加の場ということをちょっと考えてみますと、一般的に言うプロジェクト、円借款のプロジェクトの発掘、形成、実施、評価と、いろいろな段階で、大学の先生方あるいはそれ以外の教育関係の方々に参加していただく機会の可能性はあります。従来どれぐらいあったかというと、一生懸命整理しても、実は余りありません。本当にないのかというと、実は結構あるんですけれども、数値化でない、執筆謝金とか、いろいろ専門用語があるんですけれども、国立大学の先生方にはなかなかお金を受け取っていただけないとかというところもあります。そういうところが、今後、独法化とかを踏まえてだんだん改善されていくという方向だと理解していますので、それは非常に心強い限りだと思います。
それから、私が所属しています開発セクター部というところでは、ことしから、正式に、各主要国における重要セクターの現状と課題を事前に整理しておくと、要請が正式に上がってくる前に整理しておくということを経て、途上国の関係者の方との共通の理解を深めると、あるいは政策対話を促進すると、あるいはほかのドナーコミュニティの人との議論を深めるというようなふうに、円借款の仕方を少しずつもう少しグローバルスタンダードに近づけたいというところもあります。そのほか、先ほど言いましたような、各プロジェクトのフェーズの中で、いろいろな形で問題が発生した、困ったことが起こったというようなときに、特殊の調査をかけております。そういうところにも参加していただく可能性はあります。
最後に、そういった部分について、私の知っている簡単な例ですけれども、私がイギリスで留学していたサセックス大学の先生が、私の先生としての役割は三つありますと。一つは、あなた方に教えること、もう一つは研究をすること、三つ目はコンサルタントをすることと。ちゃんとノルマに入っているんですね、3分の1ずつこれをしないと評価が悪くなりますと。これはあくまでご参考までにですけれども、非常に示唆に富んでいるのではないかと思って提供させていただきます。
また、詳しいことがございましたら、ご質問ください。(拍手) |
| ○ |
コーディネーター ありがとうございました。
それでは、引き続きまして、コンサルティング企業を代表しての松下専務理事、いかがでしょうか。 |
| ○ |
松下 ありがとうございます。
最初に、海外コンサルティング企業協会、通称ECFAと言っていますけれども、この協会の構成をちょっとご説明させていただきますと、開発コンサルタントの企業を会員とする団体でして、国際開発協力の振興のためにコンサルタント産業の振興を図るのが協会の目的になっておりまして、現在、会員全体では100社ほどですけれども、純粋コンサルタントとしては70社から80社が会員になっております。2国間援助のODA、最近はちょっと減っていますけれども、1兆円のうち、うちの会員の年間の売上経営高は700億円ということで、1兆円のうちのコンサルタントのポーションが多分1,000億から1,100、200億ぐらいですから、うちの会員がコンサルタントポーションの約60パーセントをぐらいを占めているのかなと私は考えています。
そんな中で、各省別にいろんなコンサルタントの協会がございますが、うちの協会の特色は、セクターを限らない広い分野のコンサルタントが集まった協会であるということで、隣におられる上原先生の専門分野である医療のコンサルタントもおりますし、それから教育も一部おりますし、昔からのエンジニアリングを主体とした、ハードを中心とした港湾建設、道路建設、空港あるいは農林関係のコンサルタント、あるいは金融関係のコンサルタントもおりますし、監査法人もうちの評価等の面で会員になっているということで、うちの特徴は、多分野のコンサルタントの集まりであるということと、みずからコンサルタントのできる人間を少し抱えて、ソフトの分野、経済分析が中心ですけれども、実施するという形の団体でございます。
そんな中で、開発協力のコンサルタントの必要な要件といいますか、先ほどJBIC(ジェイビック)の吉田さんからも若干話が出ましたけれども、私どもが考えている開発コンサルタントの資質というような点を挙げてみますと、多分同じようなことだと思いますけれども、もちろん核になる専門的分野についてはきちっと持っていなければいけないんですけれども、これも実践と経験に裏打ちされたフィージビリティー・スタディーができる、経済性の分析ができる能力を持つというのが、一つの大きなあれだと思いますけれども、それに加えて、先ほどもちょっと出ていましたけれども、分析力、真のニーズをどう分析していくかということ、その上で、いかに創造的な提案ができるかという力を持つというのが、コンサルタントとしての力になるということで、援助対象地域の条件に合った最適機会を提案するというか、理論だけでは培われないものがあるというふうに考えています。
それから、もう一つは、マネジメント力ということで、これは人、物、金、動員可能な資源をいかに合理的に組み合わせて、定められた期間に目標を達成するかというプロジェクトマネジメント力といいますか、これが特に最近注目されていますけれども、チーム全体をいかにマネージするかということ。それから、コンサルタントとしては、コミュニケーション力といいますか、最近は、国際協力といいますか、国際的に調整が行われる問題もありますし、それに対していかに対応するかとか、住民移転等の問題についても、現地あるいは現地政府等をいかに説得するかというようなことも含めて、持つということが求められております。もちろんコンサルタント企業でございますので、結果についての組織としての責任はきちっととらなければいけないという問題がございます。
うちの会員の中でも、医療関係は比較的弱くて、むしろ、実態的には、上原先生のような大学の先生とか、官が、従来、技術協力の中で相当やっておりまして、最近、コンサルタントの中でも、少し大学の先生と協力しながら、ソフト面も含めて取り組もうとはしておりますけれども、医療関係はコンサルタントの中では若干おくれている部分ではないかと私は考えております。そういった、コンサルタント企業からの大学に対する期待については、お手元の資料、その1の8の86ページだったと思いますけれども、書いてありますが、先ほど上原先生がよかったこととして挙げられたことと非常に共通する部分があるわけですけれども、現場をよく知ることが研究にも非常に有益であるということで、コンサルタントから見ると、専門的能力を補完できて、オールジャパン的な非常に広い分野でのコンサルタントのマーケットでの受注が可能になるということで、一面では、国際機関に対するアプローチも、コンサルタントの仲間の中での対応よりも、国際競争力といいますか、質の高いコンサルタントのサービスを提供できるようになるというメリットがあると思います。
受注対象案件がリサーチ案件等に拡大する中で、吉田さんからは、後でご説明いただけるといいかと思いますけれども、大学、世銀等では、上流案件等の交流の中に大学参加が望ましいという条項が入っていることもございます。そういった形で、大学の先生方とコンサルタントがまず連携をとりながらうまく協力してやっていくことが、コンサルタント側から見た一つの大きなメリットになるかなと思っております。
先ほどの上原先生のよかったことの中にも、いろんなよかったことがあるわけですけれども、現場を知って、研究に逆にいい面を与えるということもありました。そういう意味で、人の活性化という意味からすると、私が昔に読んだ本の中で、人が活性化するのに三つの手法があると。一つは、組織をかわること、異動すること、それから教育すること、それから現場を知ることが三つ目というようなことがありました。そんなことを、まさに上原先生あたりは現実に国際協力を進める中で体験し、研究なりに生かして成長しておられるのかなと、先ほど聞いていて思いました。
JBIC(ジェイビック)の吉田さんからは、知的資源を広く活用すると、オールジャパンで対応するという観点で、私ども協会としましても、コンサルタントをやったことのない、しかし専門能力は非常に持っておられる方々を対象に、演習問題も含めたコンサル手法の教科書をつくって、広く大学の先生、自治体、あるいはNGOの方と一緒になって勉強する場が持てればということで、協会の会員制度等も今見直しをしておりますけれども、そういった形で、オールジャパンでぜひ国際協力に貢献ができればと思っております。
もう一つつけ加えたいことは、前のパネルディスカッションの中で荒木さんから指摘がありました、これは荒木さんが指摘したというよりも、今、国民参加が叫ばれているんですけれども、コンサルタントといいますか、専門家で今言っているのも、実際に国民が参加して、国民参加を広げるということがこれからの課題であって、JICA(ジャイカ)、JBIC(ジェイビック)は実施機関というものの、むしろ委託をする側でありますので、戦略を考え実施はやっぱり国民参加で行っていくと。ただ、広くオールジャパンで広めていくべきだということで、コンサルタントとしては、我々は実施者だと、国際協力の実施者であるということを自負しておりますことをつけ加えてさせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手) |
| ○ |
コーディネーター ありがとうございました。
最後になりましたけれども、国際教育協力懇談会の議論を踏まえて、團野さんからお願いいたします。 |
| ○ |
團野 皆さん、お疲れさまでございます。
最後になりますと、だんだん話をするネタがなくなってくるので、何を申し上げようかと思っておりますけれども、私は産業界の方からこの懇談会に参画させていただきました。私は教育の専門家でもございませんし、国際協力機関に属しているわけでもないのに、なぜ委員に選んでいただけたのかと考えますと、多分、研究所に移る前に、重工業会社で、30年以上、国際協力、技術協力、プラント輸出を通じて、そういった分野に携わっていたということがあるからだと思います。
速記録を読み返してみますと、私は素人なものですから、吉川英治の無知の勇ではありませんけれども、教育を知らない、それから国際協力の大きな全体の姿を知らないことによって、勇気を持っていろんな思い切ったことを発言させていただきました。それから、座長の中根千枝先生というのは皆さんの意見を引き出すのがお上手な方でございまして、またメンバーのよろしきを得て、ほかの委員の方々も大変闊達に蓄積された知見をご披露されたというふうに思います。文科省の方からは、こういった懇談会の様子の紹介は、自画自賛になるのでやりにくいと思いますから、私から申し上げたのでありますけれども、この活発な議論の結果を、文科省国際協力政策室では、決して筆をなめるようなことなく、最大漏らさず取り入れてまとめてくださったというふうに思っております。
中身につきましては、先ほど田辺調査官から既にご紹介されたので省略いたしますけれども、きょうは、その結果を広く皆さんにご披露してご叱正を求めると。文科省のこうした姿勢というのは、従来のビューロクラシーから随分大きく変わってきたのではないかというふうに思料する次第であります。
我が国は、戦後の復興期以来、私ども、それから皆さん方の仲間あるいはお父様方、お母様方ががむしゃらに働きまして高度成長を達成して、70年以降は20年間、安定成長を続けて、年々よくなるというような生活環境をエンジョイしてきたわけであります。ところが、90年の初頭になりまして、地球規模の市場経済化の影響もあって、我が国は二次大戦以降の転換期を迎えたのであります。
転換期というのは、すべてのフェーズを変えなければいけない。ところが、すべての面での変革というのがなかなかできない。世の中は、世界が動いていますと、とどまっていることは退くことを相対的に意味することになりますから、どうしても変わらなければいけないのでありますけれども、なかなか変われない。変わっても部分的であったり、スピードもないというような状況で、最近、私、国際会議に出ましたら、日本語が英語化されていまして、「SAKIOKURI」と言うんですね。何のことかわからなかったらば、何と「先送り」というのが英語になっていると。ショックを感じたわけでございますけれども、こんな事態に対応しまして、何の危機感も持たないような人々、のうてんきな人は別にしまして、心ある人たちは眉をひそめて嘆いているというのが現在の状況。しかし、嘆くだけでは閉塞感から抜け出すことは全くできないと思うのでありまして、一つ一つ必要な変革を実現して、経済社会の活力を取り戻すことしかないというふうに思っております。この着手がおくれますと、おくれるだけ問題の解決も遷延することになるわけでありまして、迅速な対応が求められるのであります。
政治改革、行政改革といったことが新聞の紙上を賑わしていますし、産業構造改革あるいは企業の経営改革ということも必要でありましょう。農業改革とか、医療の改革、こういったこと等々であります。なかんずく、教育の改革というのは、特に人の競争力がNEAコンペティションの状況になりまして、非常に重要になってきておりますから、時間はかなりかかる改革の過程になるとは思いますけれども、どうしても取り組まなければいけない、今挑戦すべき非常に大事な課題であるというふうに思います。
ところで、国際協力というのは、日本は軍事力、政治力で力がないわけでありまして、大変大きな戦略的な意義を有していると思います。特に、我が国経済は今、輸出入をとりましても、投融資をとりましても、東アジア経済の大体40から45パーセントくらい、つまり、日本の経済はアジアに対して貢献をしているけれども、依存もしているというような状況になってきております。したがいまして、東アジアの国との共生ということで、今後は日本の経済の活路を開いていくことが重要になります。お隣の韓国とも力を合わせまして、中国、アセアン諸国の発展のために貢献をする。貢献をして、その市場が大きくなります。その大きな市場で我々も仕事をさせていただくと、こういうような意識改革が必要な時期になっていくと思います。
ところで、教育でありますけれども、教育の国際協力でも、我が国の強みの一つであります初等教育の経験、ノウハウの蓄積を移転することによりまして、途上国の人材育成に顔の見える形で貢献をすると同時に、協力活動を通じて、内なる国際化も図ることができるという点が、既に第1部で議論されたところであります。
このセッション、第2部は、テーマであります「開発協力に大学の積極参加を求めて」ということでありますが、これは、先ほど田辺さんからご紹介がありましたように、従来の教員個人による協力から、大学に存在する知的なインフラを、あるいは知的なリソースを組織的に活用する協力、そういった協力への展開ということであろうと思います。そして、その推進のために、サポートセンターの整備が提案されました。また、途上国の発展に寄与するだけではなくて、我が国の国益につながるような戦略的なODAを考えるということについてもご提案をした次第であります。
幸いにしまして、財務省は渋いので予算は極めて限られた小さなものではありますけれども、それぞれの提案について、不十分だとは言え、今回、予算が認められたというふうに聞いております。小規模でも実質的な成果を上げることによりまして、次の飛躍の踏み台にしたいものであります。
外国に対して協力する場合に、私どもの経験からしまして、私はいつも三つのCということを申し上げているんです。これは皆さんからももうご紹介があったんですけれども、外国と一言でいいましても、民族によりまして国によりましてそれぞれ文化が違います。関心も違います。仕事のやり方も違います。さまざまです。
現場では、結局は、人と人のコンタクト、会社と会社になりましても、何になっても、最後のところは人と人のコンタクトでありますから、まず第1に、コミュニケーション(Communication)が非常に大事であるということだと思います。我が国では、タシットと言うんですけれども、暗黙の世界で、往々にしまして、俺の背中を見てついてこいというような姿勢をとる場合が多いのでありますけれども、こういった以心伝心というような文化は諸外国ではなかなか通用などいたしません。したがいまして、エクスプリセット、つまり、形にして、概念化をして、説明をしていくということが非常に重要であろうと思います。これが一つ。
それから、二つ目のCは、クロスカルチュアル・アンダースタンディング(Cross cultualunderstanding)と申し上げておりますが、異文化理解の努力であります。我々、ドイツ文化の中に浸って、仲間同士でやってきましたので、よほどの努力をしないとうまくいかないということがございます。
第3のCは、コーポレーションあるいはコラボレーション、(Corporation、Collaboration)、これももうお話が出たところであります。JICA(ジャイカ)の吉田さんがおっしゃいましたように、一緒になって進めていくことが大事ではなかろうかと思います。
実は、私は大学評価・学位授与機構の評価専門委員も引き受けておりまして、平成14年度は、各大学の国際交流が評価項目として試験的に取り上げられることになりました。上原先生がご指摘されたような問題につきまして、これが一つの動機づけになればというふうに思います。
いずれにしましても、今回始動する新しい国際教育協力の仕組みが、きょうお集まりの皆さんの理解とご尽力によりまして立派に機能して大きく広がっていくことを切に祈りまして、私のイニシアル・リマークスを終わりたいと思います。ご清聴ありがとうございました。(拍手) |
| ○ |
コーディネーター ありがとうございました。
それでは、時間もかなり押してきてはおるんですけれども、第2部の開始もおくれましたので、少し延長をお許しいただきまして、ディスカッションに入らせていただきたいと思います。
パネリストの方々の間で何か特にご質問等がございますでしょうか。 |
| ○ |
吉田 質問といいますか、ECFAの松下専務理事から、世銀で、プロジェクトの上流部分、国際協力の上流部分と言ってもいいのかと思いますけれども、そこでの大学の参加というのが明確に位置づけられていると。それについて少しお聞きしたいということがあったと思うんです。
上流というのは何かということなんですけれども、一般の方々の目につく国際協力というと、それが事業化したとき、プロジェクトのような形で目に見えるようなものになったときに、これをもって国際協力と呼ぶというふうにご理解されるかと思うんですけれども、実際はそれ以外の場でも、例えば、最近は、世銀、IMFも含めて、国際的に貧困削減戦略づくりと、PRSPという言葉を使っていますけれども、そういうものを発展途上国の人たちがつくると。そういう過程で、その国の人たちのさまざまな意見を取り入れるということがあります。それに対して、援助する側の機関も、国ごとに、あるいは先ほど私が言ったように、セクターごとに、その国のセクターの課題を調べて、同じ土俵内に立てるぐらいの理解を深めた上で、じゃどういう事業を共同してやろうかということになるわけですから、まだプロジェクトとして具体的に出る前のいろいろな作業の部分を、通常、一番の上流部分というのだと思います。その次に、JICA(ジャイカ)さんでやるようなマスタープランですとか、だんだんと事業化に向けた、より我々がよく感じる上流部分ということがあるんだと思うんですけれども、そういうふうに広く考えると、欧米の大学の先生方が参加する機会というのは非常に大きいと思います。特定の事業の中でもちろん大学の先生方に参加していただくということはあるんですけれども、その点につきましては、今般のこの国際教育協力懇談会からのメッセージからはちょっとずれるのかもしれませんけれども、日本の大学が組織として国際協力に加わると、お気持ちは非常によくわかるんですけれども、実際には、まず、専門家としての信憑性というんですか、この人は国際舞台でこういう貢献ができるというものを、国際協力の実施機関の中で十分認知されていないと、それを飛び越えて直接大学にじゃお願いしますというようなことにはまずなり得ないと思います。そういう意味では、またちゃんと戻ってエンドウスしたいんですけれども、この懇談会のお考えの中では、まず個人ベースでの大学関係者の活動をもうちょっと広げて、その次にだんだんと組織の活動に向けてということを段階的に考えていらっしゃるので、そういう意味では的を射ているのではないかと思います。ちょっとずれましたけれども。 |
| ○ |
コーディネーター はい、ありがとうございました。
今のコメントを含めて、何かございますか。 |
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團野 今のお話ですけれども、個人の力、蓄積というのは必ず有効に働くわけでありますけれども、大学が大学としてこういう問題に取り組むんだと、取り組むことによって大学も変えていくんだと、こういったところが一番重要なところではないかと思いますね。
それで、上原先生にお伺いするんですけれども、大学にもう動機づけができて、インセンティブも、あるいは予算もある程度与えられるとしまして、人的に、あるいは気分的に、ゆとりというのか、対応ができるというふうにお考えいただけるのかどうか、その辺をお話しいただけるのかどうかと思います。 |
| ○ |
上原 貴重なポイントだと思います。今、困ることの第1は、そういうことには興味があるし貢献もしたいけれども、全く時間がないというのがほとんどのところだと思います。もう一つの点は、先ほどもご指摘がありますように、日本はそういう問題意識で学問や教育をやってきませんでしたから、今の段階ではまだ援助能力が弱いと。医療分野では特に民間のコンサルタントが中心にやっているんですけれども、機械屋さんが例えばエイズの案件づくりに来るというとんでもない状態になっております。これは、きちんとそういったことをつくってこなかった大学、我々の責任もあるかと思います。文科省が90年の初めから、東大、その次に東北大というふうに、保健のことしかわかりませんが、国際保健をつくられ、また開発大学院をつくってこられたことで、現在は状況がかなり好転しているように思います。今の問題は、今ご指摘がありましたように、時間の問題、それから通常の他の業務との配分の問題、何よりも人数が決定的に不足しております。
私が思いますのは、やっぱり一つの点というのは、ロジスティックスのところ、事務的なところ、とりわけ国際機関と一緒に仕事をしていく機会がふえることが極めて重要だと思います。日本の援助というのは、どちらかというと、内向きでやってきておりましたから、質を求めるというよりも、お互い以心伝心でやっていくみたいなところが強かったんですが、国際間でやっていきますとそうではありません。本当に質を求められますし、結果を求められます。そのことで、我々の大学の能力が国際的に評価されるわけですね。そういう意味でも、大学の改革につないでいくという意味においても、これは非常に重要なことだと思います。それをやっていくためには、国際間でやっていこうと思いますと、例えば、世界銀行と仕事をしようと思えば、世界銀行でアドミニなりプログラムなりを動かしたことのある人をオフィスに持ってきてやってもらわないと、一般公募で日本人を雇って、英語で書けというふうなレベルではだめだと思います。だから、発想を、たまたま日本にある大学だけれども、少なくとも国際社会の中で競争していく大学であるという意識でインプットしていく。それができれば、むしろ、大学の研究者、教官というのは、自分の専門の部分で効果的に活躍できるし、問うこともできると。
それから、もう一つは、ECFAと前に一度、共同で、いい案件をつくるためにというセミナーを、やらせてもらったことがあるんですが、ECFAのようなコンサルティングの経験を持っているところが……、大学は余りずぶずぶにビジネスに巻き込まれてしまいたくないと思うんですね。大学が入ることで、今までのように余りにも業界向きだった援助というのがもう少し途上国向きにできるのではないかなと期待しております。しかし、大学人の、真っ正直なだけでぶつかっていってはできない問題がありますし、トラブルも起こす可能性があります。やはりビジネスが持っていなければいけない常識というのもございます。そういった意味で、経験をたくさん持っておられるコンサルタントの方々と大学とが上手にチームを組んでやっていくということがうまく形にできれば、また大学の人は本当に自分の専門分野だけで貢献していけばいいと。あとのしんどいことは、申しわけないけれども、コンサルタントの方にいろいろ苦労していただけるということ。
それから、第3点は、頑張っているところにサポートがつくような形を考えてほしい。例えば、今の形ですと、リソースそれというふうに案件を組んでいますから、ここにここがあるから、じゃどんな案件をつくりましょうというやり方を今まではしてきたんですね、リソースが余りにもすくなかったから。目的をやっていくためにはどういう人が必要だからチームをつくるというやり方が今までは少なかった。大学であれば、リソースが集中しておりますし、また、東北大学なら東北大学だけではなくても、宮城教育大であるとか、ECFAの方とか、その目的に一番合った人を組んでいって、コーデネートしながらやっていけると思うんですね。ただ、やっていきますと、こういう発展の方向があるといったときに、人の数も、そういうことをやっていくための資金も、限られたものであれば、その人たちがたくさん被って結果を出そうとするか、途中でもうこの辺でやめておくよとするか、どちらかなんですね。だから、頑張って発展をしていって、それが意味のあるものであれば、そこに人がつき、そこにいろいろ人材を育成するためのサポートの資金がつくというような、エンカレッジメントなファイナンスの方法というものを何か考えていただけると、大学でもという言い方はおかしいんですが、大学というのは、日本の援助にとって非常に重要な知的資源ではないかなというふうに思います。 |
| ○ |
松下 今の話で、日本ではちょっとないんですけれども、世銀の例としては、私が聞いたところでは、コンサルタントはコーディネーションとプロジェクトマネジメントだけで、専門性は全部大学の先生という感じでチームを組んでやっている例もあるようですので、むしろ、そういうことをうまくやりながらやっていくことが一つのあれかなと私は思っていますけれども。 |
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それから、もう一つ質問があるんですけれども、大学の先生は研究の継続性もあるからなかなか難しいかもしれませんけれども、コンサルタントとしては、若干の人事交流みたいな、行ったり来たりするようなことが可能になるとレベルアップに。もちろん大学の先生とチームを組んで一緒になってやるというのは、コンサルタントのレベルアップにもつながるので我々は歓迎なんですけれども、例えば、一つのプロジェクトを終わる間は、2年ぐらいは、大学を休職して出てきて、また戻るとか、コンサルタントにも理論に強いコンサルタントがいますので、そういう人は一度大学に行って教育を受けてと。そうすると、さっき言ったように、教育をすることとか、組織を動くこと、現場を知ること、出ることが人間の活性化につながるという面からすると、JICA(ジャイカ)の制度もそうですけれども、日本の2国間援助は非常にフレキシビリティーが少ないといいますか、さっき困ったことというのは余り説明がなかったんですけれども、杓子定規な解釈なりいろんな面があってフレキシビリティーがないところに、いろんなところで問題点が出ているような気がします。そういう面を、今の構造改革ではありませんけれども、何らかの形で突き破っていくことが、国際協力を含めて、日本の今後の展開に役立つのではないかと私は思っています。 |
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コーディネーター ありがとうございました。 |
| ○ |
吉田 上原先生のご発言の中に、一つ非常に胸を痛める……、恐らくご意識されていなかったと思うんですけれども、質の高い協力をするために国際機関と積極的にお仕事をされたいと。これは裏を返すと、日本の国際協力機関とやる限りは・・・という隠れたお気持ちもあるのかなと。こういう機運が盛り上がっている中で、日本の大学の方が持っていらっしゃる知見を、日本による国際協力の中でいかに有効に活用できるかという視点もぜひお忘れなく、一緒に取り組んでいくようにこちらも努力したいと思いますし、よろしくお願いしたいと思います。 |
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上原 恐縮です。ECFAの方のお話と今の吉田さんのお話もそうなんですが、今までは、大学の中のだれかそういうのが好きな人がやっているみたいなニュアンスがどうしてもあったと思います。これは、私の分野、国際保健の分野も、アメリカ、ヨーロッパを本当に羨ましいなといつも思っていまして、ちゃんとエスタブリッシュして、学問としてもあり、また専門性としてもちゃんと求められながらやっていると。そういう意味では、例えば、まずは大学の方は、一つは、社会人として、コンサルタントの方や援助機関の人たちで学位を取りたい方や、あるいは専門的な技術をさらに磨きたい方などを受け入れることを、名前だけではなくて、本当に教育できる学位コースか、もしくはサマーコースでもいいと思うんです。それをやるとこちらはまた負担がかかりますから、そういうのはきちんと必要な経費を取らせていただいて、別に儲ける気は、儲けてもいいと思うんですけれども、必要な経費をちゃんと取れば、人を雇ってできますので、無理はないんですね。
それから、もう一つは、きょう、先ほど課題の中で一つどうしてもお願いしたいと思っていたのは、キャリアパスづくりなんです。国際ということに自分の将来をかけようと思う人は、そのために何かを捨てるというか、選ぶわけです。ところが、我々の医学の世界でいいますと、国際という分野のキァリアパスが確立しているわけではありません。これをつくっているときに、私は国際機関というのは非常に重要であると思いますし、日本の機関ももちろんそうであります。そういうことも含めまして、国際機関や日本の中にすぐれたコンサルティングファームですね、経済とかそういう分野では随分あるんですけれども、保健医療ではなかなかございません。アメリカでいうと、MSHであるとか、ジョンズホプキンスであるとか、ハーバードのHIDであるとか、そういう非常にすぐれた民間コンサルティング研究所をつくっていただければ、本当にプライドを持って世界でやっていける有能な医師や看護士や薬剤師の方々がもっと出てくると思います。そういったことをつくっていただけることが、また大学の中に国際協力を意味あるものとして取り込む一つの道づけになるのではないかなと思います。 |
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松下 関連して、手短に一つだけよろしいですか。実は、昨年の10月、お役所の方から頼まれてイタリアのUNIDOの国際会議に出てきたんですが、そのときのサブジェクトは、PROSPERITY vs MARGINALIZATION と、つまり、一部の国はどんどん発展していくけれども、取り残されたアフリカや西アジアの貧困な国々はどうなるのかというのがテーマであったんですけれども、そこで、日本人は私一人だけだったんだけれども、アフリカを中心としまして、インドもそうなんですけれども、皆さんから、「日本はODAを減らしたのはけしからん。欧州だってどんどん伸ばしているし、フランスなどは倍にすると言っているし、アメリカもふやそうとしているのに、日本だけが何で減らすのか」といってがんがん叩かれまして、そのときに、確かに、GDPの0.7パーセントという目標があって、先進国はそれは協力はしたいと思っていると。それから、マージナライゼーションは大きな問題だということも理解しているけれども、貧困問題ですね、けれども、あなた方もそうやって批判するだけじゃなくて、どの分野で一体何をどういうふうに支援してほしいかということをもっと積極的に出していただいたらどうですかという話をざっくばらんに申し上げたんですが、そのときの議論のときに、今の話に関連するんですが、日本もそうですけれども、JICA(ジャイカ)にしてもJBIC(ジェイビック)にしても、まず日本第一で大学とコンソーシアムを組んでいろんなことを共同してやると。これを第一に考えていいと思うんですが、例えば、ラオスとカンボジアとか、あるいはミャンマーへの協力について、タイの人を下に使うと、一緒にやるというような南南協力を活用することによりまして、人間も減らせるし、予算も減らせるし、文化と文化のパーセプション・ギャップの問題も半分ぐらいは解決できると、こういうことができないかというのを実は提案してまいりましたら、事務局長から大変懇切丁寧な手紙をいただきまして、それをぜひ日本でやってくれと言われて、私はどこに持っていったらいいのか、ちょうどいい機会なので今お話を申し上げる次第なんですけれども、そういうこともやっぱり考えていかなければいけないところに来ているのかなと。これは一挙両得でありまして、中間のイマージェント・デペロッピング・カントリーとの関係もできるし、そして、最貧国との理解も深まるというようなことになるのではないかと思うんですが、いかがでしょうか。 |
| ○ |
吉田 手前みそで、南南ではないんですけれども、先ほど来ちょっと私が申し上げましたセクター調査ということで、実は、今年度はインドネシアの高等教育について、日本の各方面でご経験豊かな大学の先生方に参画していただいております。ただし、某といいますか、某総研の方にもご協力いただいていますが、私が心がけたのは、インドネシアの高等教育について我々が理解するときに、一番いい情報源はだれかというと、残念ながら、日本の先生ではなくて、インドネシアの人ですね。したがって、私は、インドネシアの高等教育のご専門の方に主役となっていただいています。どういう意味かというと、彼らが今まさに抱えている自分たちの問題をどういうふうにとらえて、それにどういうふうに対処しようとしているのか、常日ごろ既に考えています。それをペーパーにぜひまとめてくださいと。ただペーパーにまとめるだけではなくて、既に考えてらっしゃるところのどこが弱くて、どこをどうしようと思ってらっしゃるのか、そこについて日本の先生方からご支援いただけるような仕組みにしたいと思いますということで、ここ数カ月やってきたところ、もうすぐ完成しますけれども、これは先方からも非常に高く評価されております。その意味では、南南協力ということではないんですけれども、そもそも、何のための協力なのかということを考えれば、これは、残念ながら、日本の大学の先生方に落ちるお金が下がるわけですけれども、そういうことを通して信頼を培ってこそ、いろいろな場面での協力というのができてくるのだと思います。そういう意味では、まさにそういったコンセプトの中に、日本と相手国プラス、南のより経験を別の角度で積んでらっしゃるご専門の方々、そういう方にも参画していただけると、さらにいいものにはなるということで、ありがたく拝聴させていただきました。 |
| ○ |
コーディネーター 時間が来ておりまして、申しわけございません。かなり核心に来ておるところではございますけれども、予定の時間が15分以上超過しております。
もしフロアの方からどうしても一言ということがありましたら、お一人だけ受け付けますがいかがですか。はい、どうぞ。 |
| ○ |
福井 岩手大学の福井と申します。
今いろいろお話を伺っていて、ご専門の方がたくさんいらっしゃるので、この場で一つ具体的な事例で伺いたいと思うんですが、今、東アジアのある国の大学と学術交流を進めているんですが、その中から、今その国のプロジェクトで行っている開発計画の人材養成あるいは技術研修というような形で、それぞれ私どもの大学と相手の大学とが持っている部分の補完をし合いながら共同のプロジェクトにして進めないかというふうなことで話を進めています。この場合、相手の国のプロジェクトですので、中身は大分詰めたんですが、経費関係で、国の予算を使うのか、あるいは、それだけでは全体として動かないので、日本の2国間の円借款とか、あるいは、先ほどお話があったアジア開発銀行とか、そういうところの経費について、どういう形で我々の立ち上げるプロジェクトが申請するのか、使えるのか。あるいは国を動かさなければいけないのか、その場合に、大学からどういうふうにパイプを上げていけばいいのかというようなことで、今非常に悩んでおります。きょうのお話のサポートセンターができれば、走っていって相談したいところなんですが、それもいつごろ相談に乗れるような段階に来るのか、その辺も含めて、何かお知恵があれば、こうしたらいいんじゃないかというお話を、ヒントでも伺えればと思います。 |
| ○ |
コーディネーター パネリストの中からどなたかお一方、もしありましたら。 |
| ○ |
吉田 JBIC(ジェイビック)の方のスキームとしてそれほど胸を張って申し上げられないところがちょっと情けないところなんですけれども、ただ、スキームとしましては、案件発掘型のような調査ですとか、提案型の調査ですとか、そういったものを、毎年ですけれども、募集しております。それは、コンサルタントの方であっても結構ですし、NGOの方であっても提案いただけるスキームになっております。ただし、円借款を行う組織ですので、それが円借款にどういうふうにつながるのかと、今までの取り組みとどういう点がイノベイティブなのかですとか、若干、若干ではないですね、厳しい制約はございます。ただ、スキームとしてはそれがありますということと。
それから、JBIC(ジェイビック)の研究所が、世界規模でグローバル・デベロプメント・ネットワークという開発専門家のネットワークを構築しようという試みが世界的にある中で、日本での事務局的なことをしております。その中で、新しいアイデアについてまたご提案を求めるというような機会もございます。ただ、それは日本向けに提案するのではなくて、世界的に提案がずっとなされて、その中でコンペティションを行うということですから、これは物すごい競争力になります。ただ、せっかくご紹介いただいたようなよいお話がありますので、まず情報共有としては、私どもも積極的にお話に参加させていただければ、少なくとも何らかの形でまた協力もできるのではないかと思います。 |
| ○ |
コーディネーター 吉田さん、JICA(ジャイカ)さんのマスタープランについてのスキームがございますよね。それを一言だけおっしゃっていただいた方がいいんじゃないですか。 |
| ○ |
吉田 大学間の協力関係を支援できるかどうかということについては、国立大学ということもありますのでちょっと考えが必要だと思うんですけれども、今、JICA(ジャイカ)のスキームの中でも、民間、NGOですとか、そういうところが独自に途上国の開発に何らかの形で協力するというところに支援するようなプロジェクトが、パートナー事業というのが始まっておりまして、その中で国立大学からの提案を受け入れたこともあります。これはインドネシアにおいての長崎大学のマラリア研究に関する事業、現地の大学の医学部との共同研究ということだったんですけれども、それが今プロジェクトとして進み出していますので、そういうふうな予算が……、年に1回ずつ募集をかけていますので、それに乗せるというようなところでお手伝いができるかもしれないと。
平成15年度に入ってからだと思います。私はそのセクションの者ではないので、来年度いつ募集があるのかということは今言えないんですけれども、そういうふうなご案内ができるかなと思います。 |
| ○ |
コーディネーター 加えて、サポートセンターのご質問もございましたので。平成15年度の予算で私どもいただくこととなっておりまして、準備を進めております。4月1日すぐということでは無理かもしれませんけれども、できるだけ早く、5月、6月ぐらいまでには何とか立ち上げた上で、発足のアナウンスもしたいと思いますので。ただ、それまで待っていてくださいというわけではございませんで、私ども国際協力政策室が今時点でサポートセンター的機能をできるだけ果たしていきたいと思っておりますので、ご遠慮なくご相談いただければと思っております。どうもありがとうございました。
時間が非常に超過してしまいまして、司会の不手際をおわび申し上げます。
きょう、こういう機会を持たせていただきまして、第1部、第2部と進めてまいりましたけれども、懇談会の先生方に我々が言われていますことは、一言で乱暴にいいますと、日本人はできるだけ世界と出会いなさいと、そのためにも文部科学省は一生懸命やりなさいと、多分そういうことだろうと思っております。このシンポジウムを機会に、皆さん、あちこちで議論を盛り上げていただければと思っております。もっとやれと激励をしていただいたり、あるいはご批判をいただいたり、背中を押していただいたり、いろんなことで私ども文部科学省の活動をご支持、ご支援いただければと思っております。学校も変わらなければいけない、大学も変わらなければいけない、当然、私ども文部科学省も変わらなければいけないということで、一生懸命やっていくつもりでございますけれども、何はともあれ、皆さん方がそれぞれ考えた上で、私どもを叱咤激励、あるいはご批判していただくことが一番重要でございまして、そういう意味で、このシンポジウムが皆さんのそういう一歩を踏み出す機会になれば幸いでございます。どうもありがとうございました。(拍手) |
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| ○ |
司会 本日のプログラムはこれですべて終了になります。
きょうのシンポジウムは、アジア開発銀行リー所長、ユニセフの勝間様、将監中学校の菅原先生、筆甫小学校の阿部先生、それからパネリストの方々、多数の方々にご協力をいただきましたことをここにてお礼申し上げます。
また、会場の皆様におかれましても、大変長い間おつき合いいただきまして、ありがとうございます。(拍手) |