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宇宙開発利用

4) L-4S型ロケット

第三章 日本の輸送系技術の発展1.M系ロケットと観測ロケット > (5)ラムダロケット

1.実施に至った経緯

 L-3Hロケットを改良し、第4段を乗せることにより、人工衛星打上げが可能になることが予想され、M-4Sロケットによる本格的な科学衛星を打ち上げるための重力ターン方式を実証することとなった。

2.プロジェクトの目的と目標

 L-4S型ロケットによる人工衛星の打上げとM-4Sロケットによる本格的な科学衛星の打上げ技術の確立を目的としていた。

3.実施内容

 L-4S型ロケットは、全長16.5m、一段目外径が735mmの4段式とし、2号機以降は補助ブースタを加えた構成のロケットである。L-4S型ロケットの役割として、将来の衛星打上げを担うM-4S型ロケットの相似実験用ロケットとして計画されたことから、M-4S型ロケットに求められる工学的な技術諸問題の所在を探るため、姿勢制御システムなどにもM-4S型ロケット開発に参考となる配慮がなされている。

  • 4段式
  • 全長:16.5m
  • 外径:735mm

 また、L-4S型ロケットは、重力ターン方式を採用することで、精密な軌道制御方法をとらずに衛星打上げの実現を図っている。重力ターン方式とは以下の方式である。

  • ななめに打ち上げられた機体の軌道は、第1段と第2段前半は尾翼による空力安定、第2段後半と第3段はスピンで機軸方向を安定させ加速し、やがて地上に対して水平になる。
  • その時点で第4段を水平方向に噴射することで、衛星を軌道に乗せることが可能になる。
  • すなわち能動的な姿勢制御はこの水平方向に向けること一度だけ行うことで、衛星を軌道に乗せることが可能となる。なお、この噴射時刻は地上からのコマンドによるが、バックアップとしてタイマーも内蔵していた。

【打上げ実績】

1号機

 1966年(昭和41年)9月26日打上げ実施。2段目までの飛翔は正確であったが、第3段目の燃焼中に軌道がずれ、デスピンモーターが作動しなくなったことから、姿勢制御ができなくなり、軌道投入に失敗した。

2号機

 1966年(昭和41年)12月20日打上げ実施。2本の補助ブースタが付加されて打ち上げられた。最終段の不点火により軌道投入に失敗した。

3号機

 1967年(昭和42年)4月13日打ち上げ実施。第3段の不点火により、軌道投入に失敗した。

L-4T

 1969年(昭和44年)9月3日打上げ実施。L-4S-3号機までの不具合を改良した結果を確認する目的で、第4段の推進薬の量を減らし軌道投入を目指さない打上げを行った。第3段目が残留推力によって第4段目に追突し、姿勢の乱れは調整できたが、第4段の点火時間が大きく狂うという不具合が発生した。

4号機

 1969年(昭和44年)9月22日打上げ実施。L-4Tの打上げで起きた第3段の第4段への追突の対策を盛り込み打上げを行ったが、再び第3段の残留推力による追突が発生し、姿勢が大きく乱れ、打上げが失敗した。

5号機

 1970年(昭和45年)2月11日打上げ実施。打上げはすべてのシーケンスで順調に行われ、第4段目が軌道に投入され、我が国最初の人工衛星「おおすみ」となった。

4.成果

 5回目の打上げで、我が国初の人工衛星の打上げに成功した。この成果により、日本は、米、ソ、仏に次ぐ第四番目の自力での人工衛星打上げ国となった。

お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --