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宇宙開発利用

1970年(昭和45年)

第一章 日本の宇宙開発の政策史 > 2.宇宙開発政策大綱まとめまで(~昭和53年)

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1970年(昭和45年)1月15日

宇宙開発事業団、ロケット打上げ実験実施(JCR-3LS-C-3

1970年(昭和45年)2月11日

東京大学、L-4S-5ロケットにより、我が国初の人工衛星「おおすみ」の打上げに成功(4番目の自力での衛星打上げ国)  

 1966年(昭和41年)9月26日のL-4S-1ロケットの打上げから連続4回軌道投入に失敗した東京大学宇宙航空研究所は、5度目の挑戦へ進んだ。L-4S型ロケット5号機の各段は、1970年(昭和45年)1月末に内之浦に運び込まれ、同年2月6日に組み上げられた。同7日に打上げリハーサルが実施され、天候を待って打上げは同11日まで延期された。同年2月11日午後1時25分、L-4S-5は方位角93°(ほぼ東)、仰角63°にセットされたランチャーから打ち上げられた。8秒後、2本の補助ロケット(SOB)が切り離されるのが地上から見てとれた。発射から1時間半経過した午後2時55分、人工衛星の追跡を依頼しておいた米国航空宇宙局から、"Congratulation"の言葉とともに、人工衛星からのテレメター電波を捉えたことが知らされた。午後3時56分には、軌道を1周した衛星からの信号が内之浦でも受信された。人工衛星は「おおすみ」と命名された。日本は旧ソ連、米国、仏に次いで世界で4番目に自国ロケットで自国の人工衛星を軌道に投入した国となった。

1970年(昭和45年)4月24日

中国、長征1号ロケットにより中国初の人工衛星「東方紅」打上げ(5番目の自力での衛星打上げ国)

1970年(昭和45年)5月6日

宇宙開発委員会設置法の一部を改正する法律公布

1970年(昭和45年)5月14日

宇宙開発委員会、計画部会および技術部会第二、第三分科会発足

1970年(昭和45年)5月

宇宙開発事業団、開発業務の本格化に伴い、大幅な組織改正を実施。

 宇宙開発事業団は、従来のロケット部、人工衛星部等の機能優先・縦割りの組織から、ロケット、人工衛星、施設、設備、打上げおよび追跡管制の全業務をトータルシステムとしてとらえ、各セクションをこれに適合するように体系的に構成するという目的優先・横割りの組織に改組した。

1970年(昭和45年)6月

郵政省電波研究所、NHK、米国のATS-1衛星による音声多重伝送実験

1970年(昭和45年)6月12日

欧州ロケット開発機構(ELDO)、第3回目のヨーロッパ1号の全段打上げ実験(ウーメラ飛行場)第3段ロケットの不調で失敗

1970年(昭和45年)7月1日

宇宙開発委員会、ポスト・アポロ計画懇談会設置を決定(宇宙開発委員会、委員4名中2名が常勤となる)

1970年(昭和45年)7月14日~25日

米国TAG(宇宙開発技術輸出諮問グループ)来日

1970年(昭和45年)8月5日

気象庁、気象ロケット観測所(岩手県三陸町稜里)で極東地域で初の気象ロケット観測業務開始

1970年(昭和45年)8月12日
 ~9月27日

東京大学、宇宙開発事業団、ロケット打上げ実験を実施

 宇宙開発事業団はJCR-4ロケットLS-C-4ロケットを、東京大学はM-4S-1ロケットを打ち上げたが、M-4S-1ロケットは打上げに失敗した(9月25日)

1970年(昭和45年)9月12日

ソ連、ルナ16号打上げ(月面軟着陸後、地球に帰還)

1970年(昭和45年)10月21日

1970年(昭和45年)度分の「宇宙開発計画」を策定

 宇宙開発委員会は、これまで科学技術庁宇宙開発推進本部の進めていたQ、N計画を「宇宙開発計画」1969年(昭和44年度)の中に盛り込んでいた。しかし、当初の予定より早期に大型の静止衛星を打ち上げたいとする強い要望が、関係機関から出されたことなど、我が国のロケット開発構想に変更をきたすべき情勢の変化が生じてきた。
 このため、ロケットの開発について再検討を行った結果、性能を向上させるための改良発展の可能性が比較的高い中型液体ロケットの技術を一刻も早く確立するため、Qロケットの開発を中止し、Nロケットの開発を重点的に進めることを、1970年(昭和45年)10月に宇宙開発計画として決定した。
 そして、Nロケットは、それまで4段式ロケットとして開発する計画であったものを変更して、第1段、第2段が液体、第3段が固体燃料の3段式ロケットとし、その開発にはそれまでのQロケットの開発の成果を生かすとともに、日米交換公文に基づいて、米国からの技術も一部導入して開発を進めることとなった。
 このような、新たなNロケットの開発計画の策定とあいまって、Nロケットによって1975年(昭和50年)度に技術試験衛星Ⅰ型(ETS-Ⅰ)および電離層観測衛星(ISS)を、1976年(昭和51年)度に技術試験衛星Ⅱ型(ETS-Ⅱ)を、また1977年(昭和52年)度に実験用静止通信衛星(ECS)を、それぞれ打ち上げることを決定した。

1970年(昭和45年)11月10日

ソ連、ルナ17号打上げ(初の自走月面車「ルノホート1号」搭載、「ルノホート1号」は自動ステーションとして月面探査を行った)

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お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --