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宇宙開発利用

1968年(昭和43年)5月~12月

第一章 日本の宇宙開発の政策史 > 2.宇宙開発政策大綱まとめまで(~昭和53年)

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1968年(昭和43年)5月2日

宇宙開発委員会設置法公布

 宇宙開発審議会による諮問第4号「宇宙開発に関する長期計画および体制の大綱について」の答申を受け、我が国政府は1968年(昭和43年)度より「宇宙開発委員会」を発足させることとした。そして、同年3月、第58回国会に「宇宙開発委員会設置法案」を提出した。同法案は、国会における数次にわたる審議を経て、同年4月、衆参両院において可決成立し、同年5月2日公布施行され、宇宙開発審議会を「宇宙開発委員会」に改め、科学技術庁長官を委員長として、総理府に置かれることとなった。
 なお、両院における議決に際して、宇宙基本法の検討と立法化を図ること、「月その他の天体を含む宇宙空間の探査および利用における国家活動を律する原則に関する条約」の趣旨および世界の宇宙開発および利用動向への見通しに立った検討の実施、宇宙開発委員会の運営の強化に向けた委員の常勤化、といった3項目を主旨とする附帯決議がなされた。

1968年(昭和43年)5月17日

欧州宇宙研究機構(ESRO)、米国の協力で科学衛星ESRO2号打上げ(欧州宇宙研究機構(ESRO)初の人工衛星)    

1968年(昭和43年)6月1日

科学技術庁、宇宙開発参事官、宇宙企画課および宇宙開発課を設置

 科学技術庁においては、1962年(昭和37年)4月以来研究調整局に設置されてきた航空宇宙課(設置当時定員9名、昭和42年度末同11名)を発展的に解消して、1968年(昭和43年)6月に新たに、宇宙開発委員会の事務を担当する宇宙企画課(設置当時定員11名)および宇宙開発事業団を指導監督する宇宙開発課(同9名)が設置された。

1968年(昭和43年)6月10日

経団連宇宙開発推進会議発足(宇宙平和利用特別委員会は解消)

 経団連の宇宙平和利用特別委員会は、政府の宇宙開発委員会設置と前後して、1968年(昭和43年)6月に発展的に解消し、「宇宙開発推進会議」となった。この間、同委員会は政府と民間の接点にあって、我が国宇宙開発のために果たした役割は意義深いものがあった。

1968年(昭和42年)6月

電電公社、郵政省電波研究所、米国航空宇宙局と共同でATS-1衛星を利用してPCM-MA方式の実験を実施

1968年(昭和43年)8月16日

宇宙開発委員会発足、第1回宇宙開発委員会開催

 宇宙開発委員会の委員の任命に必要な国会の承認が若干遅れたが、1968年(昭和43年)8月13日、山懸昌夫(日本海事協会会長)、関義長(三菱電機株式会社会長)、大野勝三(国際電信電話株式会社相談役)および吉識雅夫(日本学術振興会理事長)の4氏が宇宙開発委員会委員として任命され、鍋島直紹科学技術庁長官を委員長とする宇宙開発委員会が発足し、同月16日には第1回宇宙開発委員会が開催された。
 宇宙開発委員会は宇宙の開発に関する国の施策の総合的かつ計画的な推進と民主的な運営に資することを目的に、次の事項について企画、審議および決定し、その決定に基づいて内閣総理大臣に対して意見を述べることを所掌事務としている。

  1. 宇宙開発に関する重要な政策に関すること。
  2. 関係行政機関の宇宙開発に関する事務の総合調整のうち重要なものに関すること。
  3. 関係行政機関の宇宙開発に関する経費の見積りに関すること。
  4. 宇宙開発に関する研究者および技術者の養成訓練(大学における教授研究に係るものを除く)の大綱に関すること。
    以上のほか、宇宙開発に関する重要事項に関すること。

 なお、宇宙開発委員会には広く国民各層から意見を聞くため参与が置かれている。

1968年(昭和43年)8月20日

総理大臣官邸にて政府側と鹿児島県、宮崎県漁業代表者との間で、ロケット打上げ協力の覚書調印

1968年(昭和43年)9月10日

科学技術庁、東京大学、ロケット打上げ実験実施(種子島よリ初めて打上げ、NAL-16H-1ロケットSB-ⅡA-9ロケットLS-C-Dロケットの3機)

1968年(昭和43年)9月15日

ソ連、ゾンド5号打上げ(初の月往復に成功)

1968年(昭和43年)10月11日

米、アポロ7号打上げ(米国初の3人乗り有人宇宙船)

1968年(昭和43年)10月20日

郵政省電波研究所、鹿児島支所に直径26mの衛星通信実験用高性能パラボラアンテナ完成 

1968年(昭和43年)11月

海上保安庁、東京天文台と共同で、米国の測地衛星を利用して第1回の父島の測地観測

1968年(昭和43年)11月20日

宇宙開発委員会、「宇宙開発計画策定のための部会の設置について」、「宇宙開発計画策定の基本方針」を決定。「計画総合部会」「ロケット開発計画部会」「人工衛星開発計画部会」が設置される。

1968年(昭和43年)11月29日

欧州ロケット開発機構(ELDO)、ヨーロッパ1打上げ失敗(オーストラリア、ウーメラ飛行場)

1968年(昭和43年)12月

宇宙開発審議会の第4号答申(1967年(昭和42年)12月20日)を受けて、宇宙開発委員会は宇宙開発推進本部を発展的に解消し、特殊法人を設立することを決定

 宇宙開発委員会は、宇宙開発審議会の第4号答申(1967年(昭和42年)12月20日)を受けて「人工衛星打上げ用ロケットの開発の実施等については広く関係分野から人材を結集し、弾力的な業務運営を行ってこれを推進することが必要である」との認識のもと、科学技術庁の宇宙開発を主導してきた宇宙開発推進本部を廃止し、科学技術庁、郵政省および運輸省が主管する特殊法人宇宙開発事業団を新設することとした。
 同事業団はロケットおよび基礎実験衛星の設計および試作、ロケットおよび人工衛星の打上げおよび追跡並びにこれらに必要な研究および試験を強力かつ効率的に行うとともに、その設置する大型の施設設備を関係研究開発磯関の共用に供しうるような機関とする旨、昭和44年度における宇宙開発関係経費の見積り方針において決定(昭和43年11月)し、このための予算が昭和44年度の概算要求に盛り込まれ、昭和44年1月の閣議で決定された。

1968年(昭和43年)12月3日

「宇宙飛行士の救助ならびに宇宙飛行士の送還および宇宙物体の返還に関する協定」(宇宙救助返還協定)発効

1968年(昭和43年)12月21日

米、アポロ8号打上げ(初の有人月周回に成功)

1968年(昭和43年)12月23日

日米宇宙開発協力に関し、政府、米国に回答

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お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --