日米衛星調達合意(石井 敏弘氏、古藤 俊一氏、青江 茂委員)
(敬称略、肩書きは対談時点) 青江:まず最初にアメリカが、貿易、ないし政府調達で日本は不公正なことをやっていると、アンフェアなことをやっていると言って怒ってきたわけですね。 石井:怒ってきたというのか、突然、認定してきました。人工衛星とスパコンと林産物、この三つが不公正だと認定されました。1989年(平成元年)5月25日ですね。 青江:その言われた日本側の実態、これは何がやり玉に上がったのかというあたりを少し解説いただくところから始めてはどうでしょう。要は、相乗りの話だと思いますけれどね。 石井:当時、通信衛星(CS)、放送衛星(BS)及び気象衛星(GMS)の開発では相乗りという形、即ち通信衛星で言えば、政府とNTTで応分の資金負担をし、NASDA(宇宙開発事業団)が日本メーカーに発注して開発して、それを民間に渡していた。その発注が、公開調達になっていないところがけしからんという論理なのでしょう。 青江:誤解とおっしゃいましたけれど、要はNTT・NHKが何割、政府側が何割とお金を出して衛星を開発して、それでうまいこと打ち上がったら、せっかく上に上がっているのを使わなければもったいないではないかといって、NTTが通信事業に使います、NHKは放送という事業に使います。営利事業ですよね。これはおかしいではないかと、こう言ったわけですよね。その限りにおいては誤解も何もなくて、非常に正確なことをアメリカは主張してきたのでは。 石井:いやいや、誤解なんです。研究開発は否定しないと言っているわけですから、アメリカは。日本政府のポジションは、研究開発のために衛星を開発して、それが使えるからこうやると、こういうスタイルです。したがって当時やり玉に挙がった通信衛星のCS-4も、こういう点で研究開発要素を持っていますよということを説明したのです。説明してもアメリカ側は聞く耳持たずで、水かけ論で半年間ずっと交渉を続けることになるのですけれども。 青江:ですけれどアメリカの目から見ると、言ってみればNTTでもNHKでもどちらでもいいのですが、それは実質的にいうと政府から補助金をもらって衛星を上げているということと同じではないかということですよね。 石井:アメリカから見ればそういうことになるけれども、日本政府としては研究開発をやるために衛星をつくったのです。その結果として使えるものだから当然使います、それ相応のお金も当然いただきます、こういう論理になっています。それに対してアメリカは、そんな研究開発の結果のものを使うことが日本はあるのですかと、こういう言い方をしてきました。そのようなことは十分にあって、例えば加速器ですが、あの当時日米欧で、3極でつくろうよと声をかけた、あれも研究開発でつくって、結果として全部使う、実用に供するのです。研究開発だとしても。同じことではないかということです。 青江:電気が起きれば。 石井:起きれば使いますよ。だから本来おかしくないのです。当時アメリカに対して、研究開発を否定するのですか。遅れた国が研究開発をすれば、そちらの国では開発要素がないとしても、我が国にはあるのだと。それを否定するのですかと言ったら、それは否定しない、研究開発は否定しませんという回答でした。同じものであったとしても、その当該国にとって研究開発的要素があれば否定しませんと、こう言ってくるわけです。 青江:当然、研究開発要素はあったでしょうね。あの段階ではね。 石井:したがってそういう意味では、実証炉の手前的感覚の、あるいは実証炉的な感覚の研究開発要素はあるのですよね。間違いなしに。 青江:ただこの辺になると私も当事者でしたからね。日本国政府の衛星について、アメリカ側が懸念した部分というか、その意図は内心持っておりましたよ。衛星メーカーに相乗りという形で開発、及び製作の機会を与えて、実証の機会を与えてやれば日本の衛星メーカーが育つと、まさに衛星メーカー育成といいましょうかね、その意図はありました。ただ研究開発がそんなに不公正なものだという意識もなかったですよ。 石井:その意図はありますね。それはすべてではないかと思います。 青江:すべてというのは。 石井:宇宙のみならず、すべての研究開発がどこの国といえども将来、国民生活に役立つ、産業に役立つとか、そういう実利目的を裏に秘めて研究開発に手を出している、これは否定されるべきではないという気持ちがありますよね、我々には。 青江:そういう意味では我々は真っ当なことをやっていると思っていましたよ。だけどアメリカから見れば相乗りという形で、一種、R&Dに政府がお金を出して産業につなげていく、当時はまだターゲットポリシーみたいなことをアメリカが強く言っていた時代ですからね、そこのところに対して不公正であると主張したのですかね。それと同時にNHK・NTTの民間事業というところに実質補助金を与えていると、実態論としてそうなっている。その2点を、多分、突いてきたのではないかというふうに思っていたのですが。ですからそれなりにアメリカの目から見ると… 石井:アメリカの目から見ればそれなりの論理はあると思います。だけど日本も日本の論理がありました。 青江:そうでしょうね。だからそういう相乗りという形の衛星を、一種、シリーズ化して開発し、事業へつなげていく、そのやり方というのがアメリカから見れば不公正ではないかという主張であったのですよね。 石井:そうなるのでしょうか。だから認識の差だと思うのです。研究開発段階は既に終わって、政府がやるようなレベルのものではないはずだという認識がアメリカ側にあるわけですね。 青江:そうかもしれないですね。そこは認識の差はあったかもしれませんね。 石井:でも実用段階に完全に入っているのを民助成でやっているという意識は我々にはまったくなかったわけです。 青江:アメリカの目から見ると、NTTがまさに事業用に使うのだから、そういうものはもう研究開発の段階を脱しているね、という見方は先方にはあったかもしれませんね。だけど我々は… 石井:宇宙に関しては、実証してみないと民間で使えるような技術ではありませんよという気持ちがあるわけです。現にアメリカも、通信衛星は皆実用化されていると言っていたけれども、当時アメリカ自身も、あの衛星は何といいましたか。 古藤:ACTS(アクツ)ですね。 石井:当時アメリカも、ACTS衛星という通信衛星の開発をやっているわけです。これは議会から反対されておろしたり、またやっぱり必要だとかいってやったりしながら、当時、手を出して開発していたわけです。したがってアメリカも、将来Kバンドとか、そういうたぐいのものが実用になるという前提のもとに、そういう衛星をNASAに命じて開発しようとしていたわけですね。だから認識の差だと思うのです、まさに。 青江:そこのところの認識の差は、一般的な通信衛星は押し並べて全部、研究開発段階を脱したということではなくて、おっしゃるとおりのこともあるし、ただ、アメリカの目から見ると上げたら事業用に使っているじゃないの、使うのでしょうと、そのようなものはもう研究開発段階を脱している代物だろうと、事業のように使うものは研究開発段階を脱しているものだろうというのがアメリカ側の見方なのでしょうね。けれど我々は、いわゆる研究開発段階にあります、まだまだこういう実力なのだから研究開発要素はあります。それを上げてみて、ちゃんと動いたら、それはたまたま副産物として使うようなものなのです、というところでしょうか。 石井:という気持ちでやっていましたね。 青江:アメリカと日本のそれぞれの主張の骨格的なところというのは、そういう感じだったのですかね。 石井:だから半年間の折衝過程でもお互いおりられなくて、ずっとズルズルいって政治判断でおりたと、こういうスタイルになるわけです。 青江:その交渉の過程をもうちょっと見たときに、比較的早い段階で、CS-4については研究開発のものと実用のものはストンと分けますというオファーをしていますでしょう。要するにCS-4も我々にとってはまだまだ研究開発の衛星なのだから、それはそれで国の費用で全面的に、まさに研究開発衛星としてつくり上げます。 石井:そんなのではどうだと提案したのでしょうね。余り記憶にないけれど。 青江:どうもそういうことなんですね。それでこれを受け取った米国の反応ですけれどね。CS-4の問題はこれでもってわかったと。日本側の立場はわかったと。それでこのCS-4という問題、衛星自身については問題解決ですね。しかし何もアメリカ側はこれだけの衛星について言っているのではないよと。要するに公的部門にしろ、いわゆるNTTというような政府調達の一環にある民間部門にしろ、定常的なサービスをやるようなものというのは、もう研究開発衛星とはいえない実用衛星というべきものであって、そちらは自由調達しなさい。それで本当の、真の意味の研究開発衛星だけに限って日本政府はやりなさい、そこのところをきちんと区分けをしなさい。CS-4だけの問題ではなくて、自由調達でやるものと、真の意味の研究開発衛星みたいのものはちゃんと、原則論としてきちんと区分けをしなさいというのが、次の段階のアメリカ側の主張なのでしょうか。 古藤:そこのからくりというか、突然CS-4の問題は消えて、オペレーショナル衛星は全部そうだと言い出してきたんですよね、今度は。だから我々はオペレ-ショナルとはどういう意味かということを大分聞いたんですけれど、どの衛星という具体的な話はなくて、オペレーショナルの衛星は全部そうだと言ってきたのです。そのように私は記憶しているのですが。 青江:想像なのですが、アメリカがそう言ってきたそのオペレーショナル衛星、最後の段階での定常的なサービスを提供する衛星、ここにつながるのだと思いますが、オペレーショナル衛星の議論を持ち上げてきたのは、一つは気象衛星をどうするのだということがあったのではないかと思います。これは商売とか何とかではないよね。これをどうするのだという話と、もう一つあったのはNASDAのデータ中継衛星、あれはNASDAの研究開発のための衛星ではなくて、NASDAの業務運営をするための衛星という、業務定常サービスを提供するものであって、これをどうするのだという、この二つあたりが念頭にあって、それはどちらもオープンテンダーでやりなさいという意識があったのではないですかね。研究開発はしようがない、純粋な意味の研究開発はしようがない。それはそれでしょうがないけれども、今言った気象衛星と将来のデータ中継衛星、これはちゃんとオープンテンダーでやってもらわないと困るよというのがあったからと違いますかね。 古藤:データ中継衛星のところまでは、私はそこまでいっていないと思っています。余りそういうのが議論になったと聞いていないので。でも気象衛星はあったと思います。それは。 青江:商売どうこうということの議論からすればNTTと、それからNHKの衛星はそういう形でオープンテンダーになったけれども、気象衛星はもう一丁残っている。あれもちゃんとオープンテンダーに持っていってくれよということでもって、定常サービスとかオペレーショナルとかという、そういう概念を持ち出して主張してきたのでしょうか。 古藤:確かにそうですね。ちょっと記憶をたどっているんですけれど、気象衛星は途中から乗っかってきたような気がしているんですよ。 青江:最初の段階では気象衛星というのは俎上に上がっていなかったということですか。 古藤:上がっていなかったですね。それが俎上に乗り始めたのは結構暮れ近くじゃなかったですかね。年の暮れに近いあたりですよね。 青江:それに関連して、その当時のGATT(関税及び貿易に関する一般協定)の時代でも、国の安全保障というのはそんなオープンでやらなくてもいいよという原則があったはずですよね。気象こそ国のセキュリティーではないかという議論はなかったですか。 古藤:我々のレベルではなかったですね、そういうのはちょっと。 青江:今日90年合意を撤廃すべきではないかという議論がありますが、そういう主張をする一つのものの言いようなのですけれども、気象衛星は今、日本はオープンテンダーとなっている。けれどWTO(世界貿易機関)の原則からすれば、ほかの国、例えばヨーロッパのEUMETSATというのは、あれはオープンテンダーではない。気象衛星というのはセキュリティーなのだからそうなっている。それなのに日本はオープンテンダーでやらされている。これは90年合意という非常に変な枠組みがあるからそうなっているのだと、だから撤廃すべきであると、こういうものの言い方なんですけれどね。だから、当時からセキュリティーの話はあったのだから、主張すればよかったのではないかと思うわけですよ。それはセキュリティーだから問題外なのですと。でも何でそうできなかったのかを考えますと、それはどうもやっぱり「相乗り」という仕組みから全部来ているのではないかと思うのです。通信衛星と放送衛星と気象衛星の3種類は相乗りでしょう。相乗りはだめよということで、同じように引きずられて、気象衛星もだめというふうにずっと行っちゃったという感じがするのですが。 古藤:経済摩擦という観点で見ると、要するに米国の会社のオープン調達を阻害しているということではないですかね。 青江:そうそう。相乗りという形でユーザーを縛っているということなんですね。いわゆる研究開発という名のもとに、ユーザーに対してゲタを履かせてやっている。それで縛って国内衛星、高いものを買えというふうにしているというのがアメリカの見方なのでしょうね。 古藤:その前に、電気通信事業法が成立して民間の衛星通信事業者ができましたよね。あれはCS-4の前ですよね。そこはもうアメリカの会社から衛星を全部購入しているのです。ところがNTTだけはそれをやっていないという背景がありました。 青江:日本は、その前というのは、通信事業、いわゆる第三者の通信を媒介する事業というのはNTTだけができるという時代ですね。そこに民間事業者が通信事業に参入できるようになった訳ですね。 古藤:そうですね、宇宙通信があって、JCSATがありました。 青江:だけど日本の通信2社が、民間参入した通信2社が調達した衛星は外国製であって、それでNTTだけが・・・。 古藤:そうですね、要するにNASDAと一緒につくろうとして。 青江:それは何でそうなっているかというと、それは研究開発という名のもとにゲタを履かされているから、縛られているから、NTTは日本のメーカーのものを買っている。おかしいではないか、不公正ではないか、アメリカから見ればそういうふうに見えるのでしょうね。けれど日本の主張は、そんなにずるいことをしているとは思っていなかったですね。研究開発で。 古藤:それは思っていませんでしたよ。今までの形でもっともっと続けられると思っていましたけれど。 青江:全部を国の金、税金だけでやるのは問題なので、利用をする人にもちゃんとお金を出させて、それで開発すれば有効に利用する、非常にいい仕組みではないかと、こう思っていましたよね。 古藤:気象衛星(GMS)、通信衛星(CS)、放送衛星(BS)の、いわゆるGCBと呼ばれている衛星は当初からそうですね。1号機のころからそういうふうな考え方だったと私は思っているのですが。 青江:さて、それで問題は、最後のまさに政治的な妥協ですが、何でそんなにスッと妥協させられたのでしょうか。この日米合意は、やっぱり非常に大きな影響を与えたものであるので。 石井:よくわからないのですが、要するに政府の中枢部に強く働きかけて、あるいは大蔵省も巻き込んで、要するに科技庁サイドをおろせと、こういう話になったように感じています。 青江:それで決着つきました。だから最後のあたりは、いわゆる研究開発というものの定義をめぐる議論が若干あったと、こんな感じですかね。 石井:一番最後はそうですね。 青江:それで問題は、GCBという、NASDAがそれまで手がけた、いわゆる衛星開発のメインストリームじゃないですか、それもそれぞれ3号機まで持ってきたわけですよね。それがバサッとだめだということになって、あとは技術試験衛星しかない、言ってみれば、そういう状況に置かれたわけです。NASDAはそれでどうしたのでしょうか。そのときのNASDAはどうだったですか。 古藤:そのときはともかく次のミッションをつくれという話がございまして、いろいろな話がありました。 青江:NASDAはいわゆるGCBを手がけられない。シリーズとしてね。もうそこははっきりしたので、そうするとまさにこれから先、活動の分野として何か見つけなければいけない、こうなるわけですね。 古藤:そうです。 青江:それでその局面においてまずあったのは、今までCS-4でやろうとしていた技術開発・実証、これをNTTを組まさずに国丸抱えのものとして、ちゃんと仕上げるというのをやろうね、これはあったわけですね。 古藤:ありました。 青江:それがCOMETS(通信放送技術衛星「かけはし」)に結実するわけですね。 古藤:そうです。それはそのとおり。 青江:それからもう一つは、「もも」、地球環境衛星ですね。 古藤:それは別の流れとしてありました。もう一つはEDRTSというのと、あと、BCTSというものを筑波で研究していました。 青江:EDRTSというはデータ中継衛星ですか。 古藤:はいそうです。データ中継衛星は現在、DRTS(「こだま」)が上がっていますが、当時はそれの技術試験衛星版(EDTRS)を研究していました。ただ、まだ開発までには至っていませんでした。あともう一つBCTSといいまして、まさに放送と通信で、周波数利用の話なのですが、そういうものも研究していました。それを実は平たくいうとガチャンコしている衛星がCOMETSなんです。衛星間中継をしなければいけないので、それが目玉の技術ですが、それと新しい周波数を使った通信実験の衛星。それを合体したのです。 青江:COMETSというのは通信の技術衛星ですね。 古藤:ええ、そうです。 瀬下:技術試験衛星の「きく6号」(ETS-Ⅵ)とは余り関係はなかったんですか。 古藤:きく6号の技術も使っています。バス技術と言った方がいいでしょうか。COMETSのバス技術はほとんどきく6号のものを使っています。 青江:COMETSのミッションを見ますと、衛星間通信技術、高度衛星放送技術、高度移動体通信技術、多周波数帯インテグレーション技術、並びに大型静止衛星バスの高性能化技術と書いてありますね。随分いろいろと多目的なんですね。 古藤:ええ。COMETSのミッション検討の中で光衛星通信があがったのですが、重量の関係で搭載できませんでした。この検討が後の光衛星間通信実験衛星(OICETS)につながっています。 青江:そういう感じですか。どうも当時のNASDAのやられたことに伴う雰囲気といいましょうか、今もって衛星メーカーは、ここでもって壊滅的打撃を受けたと言っているわけです。もうことあるごとにこの話が出るわけです、衛星メーカーからはね。これでもって壊滅的影響を受けて、それから空白の10年ないし15年が始まったという言い方をするわけです。だから彼らにとってはものすごく大きな出来事だったわけです。それに対して、NASDAにおいてはそんな感じでもなかったのかな。 古藤:いえ、そんなことないですよ。大変ショッキングな出来事であった訳ですが、NASDAにとって少し救われたのは、ETS-Ⅵがまだ上がっていなくて、そこに相当人材を投入していました。それでこういう言い方が当たっているかどうかわかりませんけれど、もともとNASDAの衛星には二つの流れがあって、一つはいわゆる技術試験衛星(ETS)の流れと、このGCBの実用衛星の流れがもともとあるわけです。それで実用衛星の流れというのはほとんど、NASDAプロパーは最初は投入されなくて出向組ばかりだったわけです。NHKとかNTTとか気象庁とか。私なんかは逆にそっちのグループに入ったのですけれども。そうすると全体の比率からするとGCBに関する人というのは少ないのです。 青江:そうすると今、JAXAが他所から言われている、実用化に対してJAXAがどれだけの大きな役割を果たしてきたかと、研究のための研究に傾いていたのではないかと言われている背景もそこにあるのでしょうか。 古藤:だからGCBの衛星を経験した人間というのは、BS-3とか結構いますけれど、二桁ですよね。多分。 青江:要するにNASDAプロパーの技術陣の多くは、いわゆるメインストリームだと思われていたGCBに関しては余りかかわっていなかった。NTT・NHK、気象庁のユーザー軍と、それからメーカーから出向してきた人たちを中心に開発していたのですね。 古藤:メーカーはほとんどいません。 青江:そうですか。それから郵政省から来ていた技術陣もいましたね。 古藤:はい、来ていましたね。 青江:そういう人員構成だったから、そこがバッサリいってもNASDAプロパーの技術陣の深刻度合いは相対的には少し薄かったのかな。 石井:だけどそういうユーザー、メーカーの育つ場をつくり出してきたというNASDAの持つ政策的意味はものすごくでかいと思います。だからNASDAというものに対する外側の評価、産業化との絡みの評価はものすごく大きいはずです。技術陣が逆にNASDAの人間ばかりでいたら、そのとき恐慌を起こしたかもしれない、NTTなど発注側に技術がない状態になってもっと大変だったのではないかと思います。発注するにしても技術能力がないとだめなので、彼らはNASDAに来て自ら開発に携わっているから、発注能力を持てたと思うのです。だからNASDAは、産業化利用促進にものすごく大きい役割を私は果たしたと思うのですけれどね。NASDAのショックの受け方はメーカーに比べると相対的には少なかったということかもしれません。NASDAのプロパーの多くは別のことをやらされていた。だからあの当時も本当に何かあって聞こうとすると、声を掛けると大体はNTTとかNHKの人たちでやっていたという印象ですね、私もね。しかしながらだからこそ結局、技術がNTTやNHKにも移転された。NASDAに来たから本当に育ってきたんですよね。そういう場を与えてきたNASDAの役割というのはものすごくでかいと私は思うのです。だから国の視点から見るとものすごくうまい産官学連携ができていたのかもしれないと思います。相乗りという形でそのまま行きたかったのに、90年合意でもって頓挫してしまいましたが、前段に相乗りというものがなかったら、全然人材が育っていないかったでしょうね。そこから立ち上がるのは、これはでかいことだと思います。 青江:そうするとCOMETSの開発陣は。 石井:NASDAの衛星陣がウワッとあそこへ集まったわけですよね。 古藤:出向者は郵政省の電波研の人が1人いましたか。あとは全部プロパーばかりです。 青江:ということで、NHKやNTTの人は出向元に帰ったのでしょうか。 古藤:ええ。 青江:それで研究開発をやっていた人たちを結集して、通信分野の最先端の技術をこの際、追求しようではないかといって集められてつくり上げていったのがCOMETSなのですね。COMETSという衛星の成果はどうだったのですか。 古藤:あれはロケットが失敗したので。静止衛星になれなかったんですよ。 青江:するとまさにNASDAプロパーの技術陣が初めて本格的に手がけた通信衛星とでもいうべきものが。 古藤:そうです。 青江:いわゆる90年合意で大きな打撃を受けた後、NASDAプロパーの技術力を結集してつくり上げた衛星、その意味では本当は大成功をおさめてほしかったわけですね。 古藤:タイミングが悪いというか、つらかったですよね。 青江:何かうまいことかみ合っていないですね。なるほど。そんな意味があったとは全然思っていませんでした。COMETSは、とにかくロケットの失敗の方ばかり目が行っていましたからね。 古藤:いや、もうそれは仕方ないことですけれど。 石井:日米衛星調達合意について、社会的にというか、外から見ると日本側の方が不利なんです。何とはなしにやっぱり実用ですからね。だから国内でアメリカ側はこう言っていると報告したときにも、もっともではないかと、必ずそういう声が出てくるのです。だから日本側の主張は皆理解はするけれども、アメリカ側が言うことを素直に聞くともっともだなという気分にはなるんですよね。だから国内的にも反論が世論にならなかったのだと思います。 青江:まあそうでしょうね。僕なんかは衛星メーカーを育てようという思惑があったから、言われたら弱いところを突かれたなというのはありましたね。しかし筋論としては日本の主張とアメリカの主張は五分五分だと思いますよ。けれど最後はいろんな社会情勢、時の社会政治情勢、日米通商摩擦の真っただ中、こういうふうな諸状況を踏まえて日本国政府は政治的決断をしたと、こんなところなのでしょうね。 石井:だから弱かったのは研究開発、何で日本はそんなに研究開発をやるのだということなんです。アメリカの衛星を買えばいいではないかと、こう言われたときにものすごく弱かった、私ね。それで言ったのは、日本が独自の技術を持たないと対等というか、そんなに協力もできない。国際宇宙ステーションを見てください。日本が参加できて一緒に協力できるのは技術を持っているからだという説明をやっとしたくらいでした。 青江:今の話は一つのポイントですね。研究開発、そこはわかったと、しかし何で日本はそんな税金を突っ込んでしゃかりきになって研究開発をするのか。ここへちゃんといい衛星があって、いつでもちゃんと安く打ち上げると言っているのだから、それを買ってやればよろしいではないですかと。何で、日本は、自主技術を一生懸命持とうとするのだということですね。 石井:自主技術を持たないと本当の付き合いができないということですね。国際宇宙ステーションがそうだと、こう言ったら黙りましたから。 青江:国際宇宙ステーション、衛星だけの問題ではなくて、やっぱり日本の宇宙開発というのは一貫して自主技術をというところですべてのところをやろうとしていたのだから。それからするとそもそも根本が間違っているとアメリカが言っているのだからね。これは歩み寄れるはずがないですね。 石井:だから研究開発の先がものすごく説明しづらいわけです。アメリカの言うようなことが念頭にあるから、言うとたたかれるなと思うから、メーカーを育てたいんだとか、産業技術を育てたいんだとか、そうはなかなか言えない。だからものすごく苦しかったですね。だから国際宇宙ステーションなんかを強調してね。日本が自ら技術を持てばいろんなことがお互いできますよ、国際的に貢献もできるんですよというようなことを主張しました。 青江:思惑の裏側が透けて見えているから、やっぱり育てようとしたんですよ。衛星メーカーを。そこは一番大きいんですよ。 石井:大きいし、弱いところでもありますね。 青江:だけど僕はそこは衛星メーカー、日本の自主技術をつくり上げて、それを衛星メーカーに渡して、そして産業競争力をつけさせて世界のマーケットで勝負をさせる、このシナリオというのを当時持っていた、これは主張してもいいと思うんですよ。ただし当時のアメリカはまさに日本の、いわゆる日本株式会社論、ターゲットポリシー論でもって日本政府のやっていることを非難していたわけです。でもアメリカがそれを転換しましたからね。アメリカが転換をして、今の情勢では政府が自国の産業の競争力を強化すべく研究開発にきちんと税金を投入するということが、そんなにおかしいことではないという時代にあるから。当時そのようなシナリオを持っていたということは、きちんと主張してもいいのではないかと。むしろそれをやっていないといって怒られているのだから、今。 石井:やり過ぎて目立ち過ぎたからアメリカにやられた。だけどものすごくうまいやり方ではあったのですけどね、この相乗り方式というのは。これはある意味において理想形だと思います。送られてきた人間も自分の会社の衛星になりますから、結局、本気になるんですよね。来た技術屋が完全に育っていって責任を持つのです。自分らの衛星だと思うから。 古藤:そうですね。 (了) お問合せ先研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付 |
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