第1章 基本理念 1.科学技術をめぐる諸情勢

(1)科学技術施策の進捗状況

 第1期基本計画では、社会的・経済的ニーズに対応した研究開発の強力な推進と知的資産を生み出す基礎研究の積極的な振興を基本的方向として示し、講ずべき施策を取りまとめた。また、政府研究開発投資の総額の規模を約17兆円と掲げ、厳しい財政状況下ではあったものの最終的にその目標を超える額を実現した。
 続く第2期基本計画においては、新たに科学技術政策の基本的方向として目指すべき国の姿を「知の創造と活用により世界に貢献できる国」、「国際競争力があり持続的発展ができる国」、「安心・安全で質の高い生活のできる国」の「3つの基本理念」として示した。
 その上で、平成13年度から17年度までの5年間の政府研究開発投資の総額の規模を第1期基本計画以上の約24兆円として掲げ、基礎研究の推進と国家的・社会的課題に対応した研究開発の重点化等による科学技術の戦略的重点化と科学技術システム改革を目指してきた。第2期基本計画に基づく施策の実施は、全般に順調に推移してきた。主要な施策の進捗状況は以下のとおりである。

1 政府研究開発投資総額

 予想以上に長期にわたる経済の停滞及び深刻な財政状況の下で、政府研究開発投資の総額の規模は第2期基本計画で掲げた24兆円には達しなかったものの、他の政策経費に比較して高い伸びを確保した。

(注)上記の24兆円は、第2期基本計画期間中に政府研究開発投資の対GDP比率が1パーセント、同期間中のGDPの名目成長率が3.5パーセントを前提としているものである。

2 科学技術の戦略的重点化

 研究開発投資の効果的・効率的推進を目指した科学技術の戦略的重点化については、資源配分上は着実に進捗した。すなわち、政府全体の研究開発における基礎研究の比重は着実に増加し、我が国科学技術の基盤強化が進んだ。中でも競争的資金の伸びは大きかった。また、国家的・社会的課題に対応した研究開発については、目指すべき国の姿(3つの理念)への寄与が大きいと判断される4つの分野(ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料)に特に重点を置き優先的に資源配分を行うとともに、それ以外の4つの分野(エネルギー、製造技術、社会基盤、フロンティア)については、国の存立にとって基盤的な領域を重視して推進することとした結果、これら8つの分野に係る科学技術関係予算において、重点4分野への予算配分は平成13年度の38パーセントから平成17年度予算で46パーセントとなった。

3 競争的な研究開発環境の整備等研究開発システムの改革

 競争的資金(資源配分主体が広く研究開発課題等を募り、提案された課題の中から、専門家を含む複数の者による科学的・技術的な観点を中心とした評価に基づいて実施すべき課題を採択し、研究者等に配分する研究開発資金)については、拡充が進み、倍増するには至らなかったものの、科学技術関係予算に占める同資金の割合は、計画期間中に8パーセントから13パーセントに上昇した。間接経費の拡充や、若手研究者の活性化に向けた制度整備、プログラムオフィサー・プログラムディレクター(PO・PD)による管理・評価体制の充実等の制度改革も一定の進捗をみたが、間接経費の30パーセント措置等制度改革は途上にある。また、重点的な予算拡充を行う過程で政府内の幅広い部局で競争的資金の導入が進み、様々な性格の予算が競争的資金に含まれるようになった。
 また、任期制を導入する大学、公的研究機関の数は増加したが、研究者全体に占める任期付き研究者の割合は依然低い。
 さらに、平成13年4月の68の国立試験研究機関の独立行政法人化、平成16年4月の国立大学等の法人化等により、研究機関のより柔軟な研究運営が可能となった。また、「国の研究開発評価に関する大綱的指針」(平成13年11月、内閣総理大臣決定。平成17年3月改定)(以下「大綱的指針」という。)の下で、関係府省、研究機関において評価の取組が着実に根付き、意識が向上する等、その他の研究開発システムの改革も進展した。

4 産学官連携その他の科学技術システムの改革

 産学の共同研究の増加や技術移転機関(TLO)による技術移転実績の増加、大学発ベンチャーの設立数の増加(1,000社の達成)など、産学官連携は諸般の制度整備によって着実に進展した。地域における科学技術振興(知的クラスター18地域、産業クラスター19プロジェクト)の取組も進んだ。
 「国立大学等施設緊急整備5か年計画」により、大学院、研究拠点等の整備が進み、優先的に取り組んだ施設の狭隘解消は計画通り整備されたが、老朽施設の改善は遅れ、一方、その後の経年等により老朽施設が増加した。

(2)科学技術施策の成果

 基礎研究の推進とも併せ、また累積的な投資効果も含めてこれまでの投資戦略の成果を検証すれば、研究論文の質・量については世界における我が国の地位は着実に改善し、世界的な成果を創造した事例も生み出している。科学技術の専門家を対象とした広範な技術領域に関するアンケート調査によれば、5年前に比べて米国、欧州連合(EU)の研究開発水準との比較でほとんどの領域で我が国の国際的な地位が改善したという結果となっている。また、我が国研究者の独創的な研究成果が認められ、2000年以降、化学賞で3名、物理学賞で1名がノーベル賞を受賞している。
 さらに、大学・公的研究機関からの技術移転の実績は、大学と民間企業との共同研究件数や大学発ベンチャーの件数などで見る限り、第2期基本計画期間中は順調な進展をみた。また、我が国独自の研究成果に基づき、新たに数千億円以上の市場を形成しつつあるものや、難治性の疾患の克服に貢献しているものもある。
 他方、前述のアンケート調査による研究開発水準の比較では、アジア諸国と日本との差は縮小している。また、国際的な特許出願件数や米国での特許登録件数などで見ると国際的な競争は激化しており、必ずしも日本がシェアを伸ばす状況にはない。さらに、我が国の技術貿易収支は全体では好転しているものの、情報通信等先端産業分野の多くで技術貿易収支は赤字のままであり楽観を許さない。
 総じて、これまでの研究開発投資の成果を概観すれば、研究水準の着実な向上や産学官連携の取組も進展し、これまでの研究成果の経済・社会への還元も進んできている。例えば、新しいがん治療方法(重粒子線がん治療装置)の開発、再生医療用材料(アパタイト人工骨)の実用化などの、国民の健康の増進に貢献する成果が生まれている。世界最高の変換効率とその量産化技術の開発を達成した太陽光発電では我が国が世界生産量の50パーセントを占めるなど、科学技術の成果は環境先進国としての我が国を支える上でも貢献している。また、情報家電や高度部材など今次景気回復を牽引しつつある産業において、これまでの情報通信、ナノテクノロジー・材料、環境を中心とする分野における政府研究開発の成果(最先端の半導体製造技術や世界最高密度の超小型磁気ディスク装置、光触媒を活用した多様な効果を示す材料の開発等)が、我が国産業の強みともあいまって、競争優位の確立に着実に貢献していると考えられる。また、日本海沿岸に大規模な被害を与えたタンカーの油流出事故などの原因究明・安全解析を行い、新たな安全基準を国際条約に的確に反映させるなど、国内のみならず国際的な安全確保にも貢献している。
 これらは、いずれも萌芽段階におけるきらりと光る発見・発明から始まり、初期から実用化段階に至る適切な時期に適切な公的な研究開発投資に支えられ、最終段階において先導的な産学による協働が行われたことにより、いわゆる死の谷などの多くの困難を乗り越えて発展したものであり、発展の流れを引き続き加速していかなければならない成果である。
 知的資産の増大が価値創造として具体化するまでには多年度を要することから、第1期・第2期基本計画期間の投資により向上した我が国の潜在的な科学技術力を、経済・社会の広範な分野での我が国発のイノベーション(科学的発見や技術的発明を洞察力と融合し発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新)の実現を通じて、本格的な産業競争力の優位性や、安全、健康等広範な社会的な課題解決などへの貢献に結びつけ、日本経済と国民生活の持続的な繁栄を確実なものにしていけるか否かはこれからの取組にかかっている。

(3)科学技術をめぐる内外の環境変化と科学技術の役割

 第3期基本計画期間中における内外の環境変化は大きく、科学技術の役割への期待は一層強まるものと考えられる。
 人口構造の変化の影響が今後ますます顕著となっていくことは確実である。人口減少・少子高齢化の下で安定的な経済成長を実現するために生産性の絶えざる向上が必要となる。また、優れた経済的成果を上げていくためには国際競争力ある企業の存在が欠かせない。とりわけ国際競争力のある我が国製造業の一部は急速に技術力を増したアジア諸国の企業等との間で厳しい競争に直面しており、我が国の強みを活かしてものづくりの高付加価値化を実現することが求められている。科学技術は競争力と生産性向上の源泉であり、科学技術を一層発展させ、その成果を絶えざるイノベーションにつなげていくことによって、経済の回復を確実なものとし、持続的な発展を実現することが必要である。
 また、少子高齢化は、経済面のみならず社会保障への国民負担や国民の健康面など、様々な新たな社会的課題をもたらす。他方で、近年の大規模自然災害や重大事故の発生、テロ等の国際安全保障環境の複雑化など社会・国民の安全を脅かす事態の発生に伴い、安全と安心の問題に関する国民の関心が高まっている。科学技術はこうした課題を解決していく上で不可欠であり、今後ますます社会・国民の大きな期待を担い、同時に責任を負うことになる。
 こうした期待が高まる一方、科学技術に対する国民意識には依然としてギャップが存在している。すなわち、国民の多くは科学技術が社会に貢献していると感じてはいるが、親しみを感じる人は少なく、若年層を中心として科学技術への関心は低下している。生活面での安全性や安心感、心の豊かさは強く求められているが、他方で科学技術の急速な進歩に対する不安も少なくない。また、我が国の財政事情は厳しさを増しており、最先端の研究設備の整備なども含め、政府研究開発投資については一層の選択・集中と効率化が求められている。
 第1期及び第2期基本計画期間中において生じた注目すべき国際的環境の変化は、世界的な科学技術競争の激化である。中でも、中国、韓国等アジア諸国では著しい経済的躍進がみられ、この躍進の基盤には国策としての科学技術振興の取組が重要な役割を果たしていると言われている。特に、人材については、欧米諸国や中国、韓国等の躍進著しいアジア諸国では、優秀な人材育成が科学技術力の基盤として認識され、国際的な人材争奪競争も現実のものとなっている。我が国は高い教育水準による人材面での有利性を有していたが、近年の学力低下傾向や少子高齢化のもたらす人口構造変化に鑑みると、人材面の課題は深刻化している。
 また、人口問題、環境問題、食料問題、エネルギー問題、資源問題などの地球規模での課題は、これまで様々な努力により解決が試みられてきたが、いまだ難問が山積しているのも事実である。人類社会が持続可能な発展を遂げうるかどうか、さらに、次世代へ負の遺産を残さないために現世代の科学技術で何をなしうるかが問われている。日本の有する科学技術をこうした課題解決のために役立て、人類社会に貢献していくことは、高い科学技術を有する日本に今まで以上に求められることになる。また、地震等の災害対策技術分野での我が国への期待も高い。世代を越え、我が国が人類社会の中で価値ある存在としてあり続けるためにも、自然科学から人文・社会科学にわたる広範な科学技術の役割は欠かせない。

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