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酸化亜鉛単結晶の紫外線発光強度の増大を確認[第158号]

第158号
平成9年3月27日

 東京工業大学工学部(大橋直樹助手ら)の研究グループは、東北大学金属材料研究所(関口隆史助手ら)と共同で、酸化亜鉛(ZnO)単結晶を水素プラズマ中で処理することにより、3.3eV(エレクトロンボルト)(紫外)のエネルギーを持つ発光の強度が飛躍的に向上することを発見した。試料に電子ビームを当てた際に出てくる発光(カソードルミネッセンス)を観測したものであり、低温(30K)では、発光によって放出される3.3eV(エレクトロンボルト)の光子の数が入射した電子数の半数以上である可能性が示され、極めて高い効率で発光が起こることが示唆された。室温においても、10倍程度の効率の上昇が認められ、低温においてよりも高い高効率化が認められた。
 この研究は、平成7年度より実施の科学技術庁の科学技術振興調整費による総合研究「フロンティアセラミックスの設計・創製に関する研究」(推進委員長:柳田博明・財団法人ファインセラミックスセンター・試験研究所・所長)の一環として行われた。同プロジェクトは界面(粒界・表面等)機能を利用したセラミックス材料の創製を目的としている。東工大のグループでは、酸化亜鉛セラミックスの粒界における不純物準位の挙動を解析するために、種々の酸化亜鉛単結晶の育成・特性評価を行っている。東北大学において、この単結晶に水素プラズマ処理を施したところ、紫外光の発光効率が増大した。
 水素プラズマ処理による酸化亜鉛の発光強度の向上は、紫外発光デバイスへの応用に向けた研究・開発に弾みをつけるものと期待され、また、欠陥制御技術の進展により、酸化亜鉛セラミックスの機能制御、特性発現機構の解明の新たな進展の基礎となることが期待される。なお、本研究の成果の詳細は、Japanese Journal of Applied Physics 誌上に掲載予定であり、3月28日より行われる応用物理学会春季大会、同31日より行われるセラミックス協会年会で発表される予定である。

1.研究の背景・経緯

 酸化亜鉛は、ウルツ鉱型[1]の結晶構造を持った半導体であり、3.3eV(エレクトロンボルト)の直接遷移型のバンドギャップを持つ化合物である。これまで、粒界に添加物を加えた酸化亜鉛セラミックスはバリスタ素子[2]として利用され、また、酸化亜鉛粉末は、緑色の蛍光体として利用されてきており、近年は、その広いバンドギャップを利用した透明導電体や発光体としての応用が検討されている。そうした酸化亜鉛の機能は、結晶内に存在する不純物準位の制御や、セラミックス中に存在する粒界界面準位の状態と強く相関している。今回の発見は欠陥種・欠陥量を制御した酸化亜鉛単結晶をカソードルミネッセンス法[3]によって評価する過程でなされた。
 蛍光体として利用されている酸化亜鉛の緑色発光(光子のエネルギー:2.3eV(エレクトロンボルト))は、バンドギャップ内に存在する酸素欠損等の不純物準位に起因した発光とされている。酸化亜鉛を紫外光発光材料として利用するには、この緑色の発光ではなく、3.3eV(エレクトロンボルト)のバンド端発光(エキシトン発光[4])の高効率化が必要である。そのためには、緑色発光の原因となる電子‐正孔対の再結合中心や非発光過程[5]による電子‐正孔対の消滅の原因となる欠陥を減少させ、生成した電子‐正孔対が3.3eV(エレクトロンボルト)の発光を伴って再結合する割合を高める必要がある。
 本研究おいても、通常の育成・熱処理過程を経た結晶に対するカソードルミネッセンス測定の結果から、電子線の作り出す電子‐正孔対のうちで、3.3eV(エレクトロンボルト)(紫外線領域)のエキシトン発光に寄与する電子は少なく、多くの電子‐正孔対は非発光過程ないし緑色の発光を伴う過程によって再結合するものが多いことが示された。これに対して、単結晶に水素プラズマによる欠陥のパッシベート処理[6]を施したところ、非発光過程や、緑色発光の過程による電子‐正孔対の再結合が抑制され、低温においては電子線によって形成された電子‐正孔対の半数以上が、3.3eV(エレクトロンボルト)のエキシトン発光を伴って消滅することが認められた。

2.具体的な研究成果

 図1に、育成直後、酸素中熱処理後、さらに、水素プラズマ処理後の酸化亜鉛単結晶のカソードルミネッセンススペクトル(室温)を示す。育成直後の結晶では、他のスペクトルとの比較から、エキシトン発光と緑色発光のいずれの強度も低く、さらに、3.3eV(エレクトロンボルト)の紫外線発光に比べて緑色発光の強度が強く、入射電子によって形成された電子‐正孔対の多くは非発光過程や緑色発光を経て再結合していることが示された。すなわち、育成直後の結晶では紫外線発光を伴う電子‐正孔対の再結合の確率が低く、紫外線発光材料としての性能が低い。その結晶に酸素中の熱処理を施すことによって、緑色発光の強度が増加した。これは、熱処理によって、育成直後の結晶にくらべて非発光過程で再結合する電子‐正孔対の割合が減少し、緑色の発光に寄与する電子‐正孔対が増加したことによると考えられる。さらに、結晶に水素プラズマ処理を施すことによって、緑色発光が観測されなくなり、逆に、3.3eV(エレクトロンボルト)のエキシトン発光の強度が増大した。この結果は、緑色発光や、非発光再結合の原因となる欠陥とプラズマから与えられた水素とが結びつくことによって、欠陥が電子‐正孔対の消滅に寄与しなくなったことを示唆している。また、図2に水素プラズマ処理した結晶の発光スペクトルの温度依存性を示す。この図に見られるように、温度の低下に伴ってエキシトン発光の強度は指数関数的に増加し、低温においては、入射電子によって生成された電子‐正孔対のうちの半数以上が紫外発光に関与すると見積もられた。現在、水素プラズマ処理によって、酸化亜鉛中のどういった欠陥種がどのような形態に変化したのかを様々な側面から検討中である。また、今回見いだされた、プラズマ処理による緑色発光の消失とエキシトン発光増大の効果は、単結晶のみではなく、焼結体試料においても観測された。

3.今後の研究の展開

 酸化亜鉛の紫外線光デバイスへの応用においては、欠陥の制御による、エキシトン発光強度の高効率化が必要である。水素プラズマ処理によるエキシトン発光の高効率化が実現されたことで、発光材料としての応用の可能性が高まった。 酸化亜鉛の発光材料として利用では、紫外線レーザーへの応用が最終的な目的の一つとなる。そのためには、今後、以下のような検討が必要となると考えられる。まず、プラズマ処理前の結晶の状態(欠陥濃度等)を変化させること、さらに制御された条件下でプラズマ処理を施すことによって発光強度をさらに増大させるための条件の最適化が望まれる。 特に、実用においては室温付近でのより高い発光効率が望まれるため、発光強度の温度依存性の原因・機構の解明が必要である。それと平行して、素子化のための技術開発が必要となる。レーザー素子としての応用では、発振の形態として、ポンプ光を用いたレーザー発振素子、p‐n接合等の接合界面を使った発振素子が考えられる。前者については、今回の得られた成果がレーザー発振の高効率化に直接寄与する可能性がある。後者においては、酸化亜鉛セラミックス中の粒界においてエレクトロスミネッセンスが観測されたとの報告があり、接合界面での発光素子を作成できる可能性は示されている。その素子化にあたっては、固体内において電子‐正孔対の生成と消滅を高効率に行うことが前提となり、単に発光効率の改善のみではなく、酸化亜鉛内のキャリアー濃度の制御、素子化のために用いる他の材料との接合状態の制御が必要となる。「フロンティアセラミックスの設計・創製に関する研究」で掲げられている界面・表面機能の解析と制御が重要な要素技術となると考えられる。

問い合わせ先:

  1. 科学技術庁 研究開発局総合研究課 材料開発推進室 担当者:石垣 隆正
     〒100 東京都千代田区霞ヶ関2‐2‐1
     電話:03‐3581‐5271 (内434)
     FAX:03‐3581‐0779
  2. 東京工業大学 工学部無機材料工学科 担当者:大橋 直樹
     〒152 東京都目黒区大岡山2‐12‐1
     電話:03‐5734‐2829
     FAX:03‐5734‐2514
     E‐mail:nohashi@ceram.titech.ac.jp

語句の説明

[1]ウルツ鉱型

 ウルツ鉱(ZnS)や硫化カドミウム(CdS)などで見られる結晶構造。六方晶の単位格子を持つ。一般にAXの組成式で泡和され、Aの周りにXが4個配位し、Xの周りにAが4個配位している。シリコンや、ダイヤモンドのセン亜鉛鉱型構造と似ているが、積層形態が異なり、セン亜鉛鉱型構造は立方晶。

[2]バリスター

 加えた電圧と流れる電流との間に線形性(オームの法則)が見られない非線形抵抗素子。ダイオードを2つ組み合わせたような構造や、多結晶の酸化亜鉛、SiCの様に結晶粒界に形成された障壁によってその特性が発現する。高い電圧を加えたときに抵抗が小さくなることから、避雷針のように突発的な高電圧から機器を保護するための素子として利用される。

[3]カソードルミネッセンス

 電子線を照射した際に、電子線のエネルギーによって物質内に生じた正孔と電子の対が再結合する際に生じる発光(蛍光)。ブラウン管はカソードルミネッセンスを応用した表示装置。

[4]エキシトン

 半導体や絶縁体中で励起された伝導電子と価電子帯の正孔が対をなして結合し、中性の粒子を形成したもの。バンドギャップよりも小さなエネルギーの電磁波を受けたときなどに生じる。格子とのやりとりによって、自由な電子と正孔に乖離したり、電子と正孔が再結合して消滅したりする。

[5]非発光遷移

 励起状態にある電子が基底状態に戻る際(エキシトンが再結合する際など)に励起状態と基底状態の差に対応したエネルギーを生じる。そのエネルギーが光として放出される場合には発光遷移となり、格子との相互作用で熱としてエネルギーが放出される場合には非発光遷移となる。間接遷移型の半導体では、価電子帯に励起された電子は発光を伴わずに底状態に戻る。

[6]パッシベート

 結晶の欠陥などに基づく電気的に活性な状態にある電子を不活性な状態にすること。たとえば、界面のダングリングボンドに対して、その結合を終端させるようなイオンや、原子を付加することで、ダングリングボンドの電気的に活性な電子が不活性な状態になる。

-- 登録:平成21年以前 --