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強誘電180度分域の非破壊観察法の開発に成功[第159号]

第159号
平成9年3月27日

 早稲田大学理工学部物理学科の上江洲(うえす)由晃教授、栗村直助手らのグループは、波長変換素子の180度分域構造を非破壊で観察する方法を考案した。この方法は、新規に開発した光第二高調波発生顕微鏡(SHGM)を利用して、第二高調波強度の差により分域構造を観察するというものである。今回、波長変換材料であるタンタル酸リチウムに180度分域構造(周期分極反転構造)を持たせた素子で、反転構造の非破壊観察に成功した。SHGMの開発は平成8年度から実施している科学技術振興調整費による総合研究「物質・材料の自己組織化機構の解析と制御に関する研究」の一環として行われたものである。
 強誘電180度分域は不揮発メモリや波長変換素子に利用されており、分域の存在位置や形状を特定することは素子の高効率化に直結する。不揮発メモリでは残留分域が存在すると素子特性が劣化し、波長変換素子では分極反転構造の周期、および形状に不均一が生じると変換効率が低下する。素子を歩留まりよく生産するためには分域構造の評価が必須となるが、分域間では屈折率が等しいため通常の顕微鏡では区別ができず、腐食による破壊観察法しかなかった。上江洲教授らのグループはこの強誘電分域を非破壊非接触で観察する手法を考案した。

 観察対象とした波長変換素子では、高効率化のために基板内に周期180度分域構造を導入しているが、従来この分域の評価方法は腐食による破壊観察が主であった。上江洲教授らのグループは、分域間で波長変換定数の符号が異なることを利用して、発生する第二高調波の位相の違いを干渉により強度に変換する手法を採用した。波長変換素子で微細180度分域構造を非破壊観察した例は世界でも初めて。この観察により、変換効率向上のためには周期構造の均一化が重要であることが示され、強誘電体を利用した素子の特性向上に弾みがつくものと思われる。

1.研究の背景・経緯

 マルチメディア時代を迎え、情報記録機器に対する高機能化・高密度化が叫ばれている。強誘電180度分域の制御は、情報記録素子において新たな機能、高い特性を実現するため注目されている技術である。
 光情報記録・光通信の分野では、マルチメディア時代に向けて高密度化の要求がますます高まっている。光情報記録の分野で定着してきたCDやMO(光磁気ディスク)では、記録スポットの大きさが波長に比例するため、より短い波長を用いれば高密度化が可能である。光第二高調波発生(SHG)を用いて赤外半導体レーザの波長を短波長変換すると波長を半分にすることができるため、スポット面積を4分の1に、すなわち記録密度を4倍にすることができる。この技術は他の高密度化技術と併用できることから、次世代の記録メディアとして有望視されているDVD(Digital Versatile Disk)などにおいても期待されている。
 一方、光通信では現在のシステムの限界を打破するため、複数の波長を利用する波長多重化が積極的に研究されている。各チャネル間の接続・切換には光波間の波長変換が必須となり、現在様々な機関で研究が行われている。差周波発生素子による通信波長間の波長変換は広帯域かつ低ノイズな切換を可能とするため、波長多重化では有望な素子である。また、チャネル間の分離のためには、発光側・受光側ともに波長基準を導入し、周波数安定度を向上しなければならない。この分野でも、周波数基準への応用をめざして、SHGや和周波発生による波長変換が試みられている。例えば、通信領域の波長1.55、1.3マイクロメートルを波長変換すると、Rb原子やLi原子の吸収線に波長をロックすることができ、安定した周波数基準が得られる。
 これら波長変換の効率を上げるために、波長変換材料の自発分極(磁石の自発磁化N、Sに対応する電気のプラス、マイナス)を反転させる方法が、近年我々のグループを中心として報告されてきた。つまり波長変換素子に周期的に180度分域を施すことで、変換効率を格段に向上させることができるのである。この180度分域構造(分極反転構造)は、材料の周囲と屈折率が等しいため通常の光学観察が不可能で、従来は素子を腐食させて分域間に生じる段差を利用する破壊観察が主であった。しかしこの方法では表面が荒れ、特に導波路素子の場合は完全にその機能が失われる。
 そこで我々は、波長変換素子に作り込んだ分極反転構造(図1)を非線形光学処理により可視化することを試みた。この方法は従来の分域観察法を非破壊化する手法であり、生産技術の発展にも格段の寄与が予想される。また、原理的に不可能とされていた180度分域が観察できることで、分域の発展過程なども検出できるようになり、基礎科学への寄与も大きい。
 強誘電分域は、最近ではシリコンをベースとしたメモリにも利用されてきている。これは分域のプラス、マイナスをそれぞれ0、1に対応させるメモリであるが、従来の絶縁膜(酸化シリコン、窒化シリコン)を強誘電体に置き換えることで不揮発特性が実現できる。デジタルカメラなど携帯機器の需要が増大する中、電池によるバックアップの必要がない不揮発特性への要望は強い。このような強誘電体メモリでは書き換え回数の増加に伴うスイッチ特性の劣化が報告されているが、その原因が膜内部の残留分域であるのか、分極自体の消滅(消極)であるのか、いまだ明らかにされていない。こうした劣化特性の解明のためにも、強誘電分域の非破壊評価は重要な技術である。

2.具体的な研究成果

 本手法の原理を以下に示す。
 180度分域構造(分極反転構造)は屈折率が等しいため「透明人間」と同じく光学観察ができない。しかし各分域から発生するSH光は、強度は等しいが位相が反転しているため、他のSH光と干渉させることで強度に変換できる。つまり非線形光学効果を用いることにより本来観察できない「透明人間」が可視化できるのである。すなわち本報告は「情報処理用の光源として重要な波長変換素子を、SHG顕微鏡を用いて非破壊評価を行った」というものである。
 実験では赤外の1064ナノメートルのレーザ光を入射し、発生した532ナノメートルのSH光をCCD(電荷結合素子)カメラにより高倍率で撮影した(図2)。SHG顕微鏡ではSH光の二次元画像をコンピュータ内へデジタル化してとりこんでいる。波長変換素子では変換可能な波長は分極反転の周期と対応し、光ディスクなどで注目されている青色光への変換では周期4マイクロメートル以下が求められる。
 本顕微鏡を用いて、青色変換素子内部の周期3.5マイクロメートルの分極反転構造を観察した。この素子は表面付近に分域構造が存在するため、表面分域からのSH光と内部の非反転部からのSH光と干渉させて強度に変換できる(図3:白い部分が分極反転部、黒い部分が非反転部に対応する。微細な周期構造が高いコントラストで得られていることがわかる。)波長変換素子において分極反転構造を可視化した例は世界でも初めてである。この結果は、アメリカの科学ジャーナル(Applied Physics Letter, Journal of Applied Physics)に掲載され、またオプトエレクトロニクスの国際会議として権威のあるアメリカのCLEO(Conference on Lasers and Electro Optics)でも発表されている。本手法は適用範囲が広く、基板方位の異なる素子(通常よく用いられるZ方位の基板)においても可視化に成功している。

3.今後の研究の展開

 強誘電分域の非破壊観察が可能となったことで、波長変換素子のみならず強誘電体メモリの劣化特性の解明にも展開することが可能と思われる。光学系の改良などを行い、更なる高感度化を追求している。また従来、180度分域の観察では破壊評価が主体であったため、分域のダイナミクスはほとんど明らかにされていない。今後、核成長や時間発展なども本手法の対象とされていくものと思われ、基礎物理においても波及効果が期待される。

問い合わせ先:
 科学技術庁 研究開発局総合研究課 材料開発推進室 担当者:城田 英之
 〒100 東京都千代田区霞ヶ関2‐2‐1
 電話:03‐3581‐0851
 FAX:03‐3581‐0779

 早稲田大学 理工学部 物理学科 担当者:栗村 直、上江洲 由晃
 〒169 東京都新宿区大久保3‐4‐1
 電話:03‐5286‐3446
 FAX:03‐3202‐4962

語句の説明

1)強誘電体

 磁石の電気版。外部電場を印加しなくても、自発的に電気分極を持つ材料。一般に電界によって自発分極の方向を反転できる。非対称性が強いため、一般に光第二高調波発生の特性が高くなる傾向にある。

2)分域

 強誘電体内で自発分極の等しい領域の総称。自発分極が互い反平行な分域を180度分域という。180度分域は屈折率が等しいため、光学的に観察できない。

3)光第二高調波発生(SHG:Second Harmonic Generation)

 非線形光学効果の一種。入射したレーザ光の2倍の振動数(波長半分)をもつ光(第二高調波)を放射する現象。レーザの短波長化に利用される。発生する光の位相や強度が物質の非対称性に敏感なため、探針としても有用である。

4)非線形光学効果

 空気中などではお互いに影響しない、光同志および光と電場の相互作用を可能にする。ここから光の波長変換や位相制御が実現できる。

5)波長変換素子

 レーザ光の波長を非線形光学効果により異なる波長に変換する素子。光ディスクや光通信では次世代技術として重要視されている。強誘電体の180度分域を周期的に整列させることで、変換効率を格段に向上させることができる。

6)周期分極反転構造

 自発分極の均一な基板に、イオン交換、電界印加などによって、周期的に分極反転をおこなった構造。形成された分域は、自発分極が反平行であるため周期180度分域構造ともいわれる。この構造を導入することで、波長変換素子を高効率化できる。

7)不揮発メモリ

 電源バックアップの必要がない半導体メモリ。従来の酸化膜に代わって強誘電体膜が用いられたものを強誘電体メモリとよぶ。

-- 登録:平成21年以前 --