チタン酸バリウム一体型乾燥ゲルの透明体の合成に成功[第168号]

第168号
平成9年10月16日

 東京大学大学院工学系研究科・桑原誠教授と九州工業大学工学部物質工学科・下岡弘和助手および高橋誠治助教授のグループは、高密度の多結晶チタン酸バリウム(BaTiO3)の一体型乾燥ゲルの透明体を低温(50℃)で合成することに初めて成功した。

 多結晶チタン酸バリウムは機能性セラミックス材料として様々な応用が考えられているが、これまで不透明なものしか合成されておらず、光学材料として利用するためには透明化が大きな課題であった。同グループは、高濃度金属アルコキシド・ゾルゲル法という独自に工夫した多結晶セラミックス合成法を用いて研究を進めてきたが、今回新たに、水蒸気を用いた加水分解法を採用することにより、乾燥後においても透明性を失わないBaTiO3一体型ゲルを得ることに成功したものである。今回の成果は、有望なオプトエレクトロニクス材料としての多結晶チタン酸バリウムの利用に道を拓くものであり、光メモリ、光シャッター等の新しい電子・光学デバイスの作製につながるものである。同グループでは、より高密度の透明セラミックスの合成へ発展させるべく研究を進めている。

 本研究は、科学技術振興調整費の総合研究により平成7年度から実施している「フロンティアセラミックスの設計・創製に関する研究」(推進委員長:柳田博明・財団法人ファインセラミックスセンター・試験研究所・所長)の一環として行われたものである。

1.研究の背景・経緯

 「フロンティアセラミックスの設計・創製に関する研究」は、セラミックス界面の機能を高度に利用した新しい材料の創製を目指すものであり、本成果は、その研究アプローチの一つである「液相法によるナノ構造高密度セラミックスの低温合成プロセスの確立」の過程で得られたものである。

 21世紀は光技術(オプティクス)とエレクトロニクスが結びついた、オプトエレクトロニクスの時代であるといわれる。この時代を先導する材料がオプトエレクトロニクス材料であるが、そこでもセラミックス材料が注目されている。特に、電気光学効果を持つセラミックスが透明化されれば、光メモリ、画像メモリ、光変調素子、光シャッター等の、様々なオプトエレクトロニクスデバイスとしての応用が可能な高機能材料となる。このような材料として、これまでにPLZTと呼ばれる透明強誘電体セラミックスが開発されているが、今回、さらに大きな可能性を拓く材料として、多結晶チタン酸バリウムの透明体が合成された。チタン酸バリウムは代表的な強誘電体であり、その多結晶体は圧電素子を始めとする機能性セラミックス材料として広く利用されているが、これまで透明なものは合成されていなかった。光学材料として利用できるためには透光性が必須条件であり、今回の成果は、有望なオプトエレクトロニクス材料としての多結晶チタン酸バリウムの利用に道を拓くものである。

 桑原教授らは、独自に工夫した高濃度金属アルコキシド・ゾルゲル法を用い、組成と構造を高度に制御した高密度セラミックスの低温合成法の確立を目指して研究を進めてきた。今回その成果として透明な高密度多結晶BaTiO3一体型乾燥ゲルの合成に成功した。

2.具体的な研究成果

 多結晶セラミックスを合成する方法として、金属アルコキシド・ゾルゲル法と呼ばれる低温合成法がある。金属アルコキシド・ゾルゲル法では金属アルコキシド溶液を加水分解して金属酸化物の微粒子分散溶液(ゾル)をつくり、さらに微粒子の重合により固体状の湿潤ゲルを得る。これを乾燥し一体型乾燥ゲルにし、熱処理によりセラミックスを作製する。

 これまでに下岡助手は、高濃度(1.2mol/リットル。従来の24倍)のBa、Tiアルコキシド前駆体溶液を製造するために、2種類のアルコール混合溶媒を用いる独自の方法(高濃度金属アルコキシド・ゾルゲル法)を開発し、これにより、既に高密度の多結晶BaTiO3一体型湿潤ゲルの室温合成に成功していた。しかしながら、それを乾燥して得られる乾燥ゲル(キセロゲル)は全て不透明であり、光学材料へ結びつけるためには、透明化が大きな課題であった。今回桑原教授らは、高濃度金属アルコキシド・ゾルゲル法における加水分解の方法を、従来の単純な水の滴下法から水蒸気を用いる方法に変えることにより、乾燥後においても透明かつ結晶化度の高いBaTiO3一体型ゲル(モノリシックゲル)を得ることに成功した。

 図1は、今回合成に成功した透明・多結晶BaTiO3一体型乾燥ゲル(エージング温度50℃、90℃で乾燥後)の外観を示している。得られた乾燥ゲルは、十分な大きさと高い透明性を有している。また一体型乾燥ゲルの結晶化度は60%に達し(600℃で焼成したセラミックスの結晶化度を100%として)、その密度は2.7g/cm3という理論密度の約45%に達する高い値を示した。さらにこれを酸素中で1100℃、2時間の焼成をおこなうことにより、密度5.7g/cm3(理論密度の95%)の緻密なセラミックスが得られた。

 図2は、図1に示した乾燥ゲルを酸素中で500℃、2時間熱処理を行ったものの(結晶化度75%)外観を示したものである。これより、このゲル体は500℃での熱処理をほどこしてもまだ透明性を失わないことが分かる。このような透明BaTiO3多結晶体の合成に成功したのは今回が初めてであり、高機能光学材料としてのチタン酸バリウムセラミックスの可能性を拓くものである。

3.今後の研究の展開

 電子伝導性や誘電性などを利用する機能性セラミックスの最大の特徴は、セラミックスを構成する微粒子間の境界(粒界)が機能発現の部位となり、その材料物性を決定していることである。同グループの用いるゾルゲル法は、出発原料である粉体粒子の粒成長と緻密化挙動を高度に制御しうる最も有効な方法の一つであり、粒界の組成と構造を制御したセラミックスを合成することが可能である。

 一般に、結晶性材料においては、不純物元素に対する強い結晶場の効果が期待され、この点において、非晶質材料とは大きく異なる。従って、光学的に活性な元素を添加した透明BaTiO3セラミックスが合成できれば、ガラスやプラスチックス等の非晶質物質を用いた光学材料とは全く異なる特異な機能の発現が期待できる。また既に、PLZTや他の透明無機結晶を用いた光学材料もあるが、いずれも結晶粒は数ミクロン以上と大きい。これに対して、一体型ゲルの熱処理から得られるセラミックスは、粒径がナノサイズという極めて小さな結晶粒から成るので、量子サイズ効果の発現がありうる。この点においても、これまでの材料と大きく異なる光学物性をもつ材料となる可能性がある。具体的には、特定波長励起光、外部電界、応力等により、光学特性が敏感に感応するバルク、厚膜、積層薄膜型の各種電気光学材料やピエゾ光学材料等が考えられ、光メモリ、画像メモリ、光変調素子、光シャッター等の、様々なオプトエレクトロニクスデバイスへの応用が可能である。

 現在のところ、熱処理温度を600℃以上にすると上記のゲル体の透明性は失われ、透光性から通常のセラミックスのように不透明化していく。この不透明化現象は、ゲル粒子の成長及び結晶化度の上昇に伴う組織の変化に起因していると考えられる。同グループは、より高密度のBaTiO3透明セラミックスの合成を目標として、一体型ゲルのさらなる高密度化と、高温の熱処理に伴う透明→透光→不透明化の機構の解明を進めている。

語句の説明

[1]チタン酸バリウム(BaTiO3

 代表的な機能性セラミックス材料として知られている酸化物。ペロブスカイト型の結晶構造をとる。この結晶が持つ特徴的な強誘電性、圧電性、電気伝導性、電気光学特性から、種々の材料への応用が進められている。

[2]ゾルゲル法

 液体からセラミックス固体を直接合成することが可能な方法の一つで、例えば金属アルコキシドのアルコール溶液を用い、これに適当量の水を添加して加水分解し、一定期間適当な温度で静置(エージング)しておくとゲル化、収縮し、モノリシックゲルが形成される。通常、アモルファスや結晶性の粉体を合成する方法としてよく用いられる・

[3]金属アルコキシド

 アルコール分子の水酸基の水素を金属原子で置換した化合物。

[4]電気光学効果

 材料に電場を加えると屈折率が変わる現象。光シャッター、メモリ、演算素子等への応用が研究されている。

[5]ピエゾ効果

 材料に圧力、歪みを加えることにより、その電気伝導度、その他各種物性が変化する現象。

問い合わせ先:
 (1)科学技術庁 研究開発局総合研究課 材料開発推進室
 担当者:沢田 勉
 〒100 東京都千代田区霞ヶ関2‐2‐1
 電話:03‐3581‐5271(内434)
 FAX:03‐3581‐0779

 (2)東京大学 工学部 材料学科
 担当者:桑原 誠
 〒113 東京都文京区本郷7‐3‐1
 電話:03‐3812‐2111(内7133)
 FAX:03‐5802‐8835

図1 透明・多結晶チタン酸バリウム一体型乾燥ゲル
図1 透明・多結晶チタン酸バリウム一体型乾燥ゲル

図2 図1のゲルを酸素中、500℃、2時間熱処理したもの。
図2 図1のゲルを酸素中、500℃、2時間熱処理したもの。

-- 登録:平成21年以前 --