次代の科学技術を担う青少年の創造性を育成するための方策のあり方に関する調査 ‐青少年の創造性涵養に資する事業に係わる人的環境に関する調査‐[第170号]
第170号
平成9年11月13日
1.調査目的
平成6年12月に内閣総理大臣により定められた「科学技術系人材の確保に関する基本指針」において、科学技術系人材の確保にあたっては、一人一人の個性に応じて、その感性を活かし、創造性を発揮するような多様性・柔軟性に富む環境を構築していくことが必要とされている。
科学技術系人材の育成には、次代を担う青少年に物理現象をはじめとする自然現象を正しく理解させ、興味を持たせることが重要である。このためには学校教育に加えて地域社会で気軽に参加でき、発見の喜びや様々な自然現象に対する理解を促進するための「科学ボランティア」による活動が重要であるが、我が国ではこのような活動について、十分把握されておらず、政策的な助成措置の取り組み方や科学ボランティア側からの希望などについて十分検討されていない。
本調査では科学ボランティア活動に重点を置いて、活動等の現状、ニーズ、問題点等を把握するとともに青少年期に創造性を育成するための環境について、政策的な対応を中心に現時点で考えられる具体的な施策について提言し、政策立案の基礎資料とすることを目的として科学技術振興調整費により平成7、8年度に実施した。今回は平成8年度の調査の概要について報告する。
2.調査方法
本調査は、科学技術庁より財団法人日本宇宙少年団に委託して実施した。
前年度は青少年の創造性を育むための環境の「担い手」である科学ボランティアの現状と意向について調査を実施した。
今年度は、創造性を育む環境創成の推進方策を導くために、研究者・技術者が青少年期に自然科学系に興味を抱く構造を分析するための原体験に関する調査をを行うとともに、科学ボランティア活動の「受け手」である青少年に対して創造性を育むための環境についてのニーズ調査を実施した。
調査にあたっては内容に対する指導・助言を得るため「サイエンスボランティア調査に関する委員会」を設置した。(巻末参照)
(1)研究者・技術者の原体験に関する調査
自然科学系の研究者、技術者を対象にしてグループインタビューを実施。
調査対象
調査項目
- 1)対象者の主な業務
- 2)育った場所の環境
- 3)家庭の環境
- 4)小中高時代に印象に残った恩師
- 5)小中高時代に好きだった科目・得意だった科目
- 6)現在の進路を決定した理由
- 7)影響を受けた科学館やイベント、書籍等
調査手法
- 2回に分けて各10名毎のグループによるインタビューを行った。
(2)創造性を育むための環境に対する青少年のニーズに関する調査
宇宙少年団が実施した科学ボランティアのモデル事業(イベントおよび日常活動)に 参加した青少年と一般の青少年を対象にしたアンケート調査を実施。
調査対象
- モデル事業に参加した青少年と一般の青少年 2,221名
調査項目
- 1)回答者の属性
性別/学校/学年/両親の職業/住まいの周囲の環境/好きな科目/好きな本/よくする遊び/将来なりたいものなど
- 2)観察・実験等の活動への参加状況
参加している活動/参加した理由/活動内容/参加人員/活動頻度/活動場所/問題点/参加していない理由
- 3)今後参加してみたい活動
活動内容/活動頻度/活動場所/理想とする指導者
- 4)おもしろかった科学館、博物館、テーマパーク(経験)
- 5)行ってみたい科学館、博物館、テーマパーク(希望)
- 6)あればよいと思う施設や仕組み、自分がつくってみたい施設
調査手法
3.調査結果(概要)
(1)研究者・技術者の原体験に関する調査
前年度の調査で、科学ボランティアに参加している研究者や技術者が理科系に進んだきっかけや理由について、
- 1)家庭環境
- 2)自然とのふれあい
- 3)恩師との出会い
- 4)施設やイベント、書籍などに出会う場と機会
の4項目のいずれかによって影響を受けたという結果が得られたので、本年度調査では主に企業の研究者、技術者を対象にしたグループインタビューを実施し、これら4項目ごとに、その検証を行った。
その結果を以下に示す。
調査項目 |
主な結果 |
家庭環境
(育った環境) |
- 親の職業や趣味により、家庭にある書籍、家族との日々のやりとりにおける話題が自然科学や技術的なものであった場合には、それらに対する子供の興味を喚起する大きな要素となっている。
- 親戚や親の関係者からの情報や体験談が家庭にはない違った角度からものを見る機会を提供している場合もある。
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自然とのふれあい |
- 自然環境に親しむ機会の少なかった者はいなかった。
- 幼いころや学校時代に自然とのふれあいを持っており、動物や植物との接触は一様に記憶に残っている。
- 動物の飼育により生きることに関する認識を深め、生き物が好きで慈しむ気持ちが育てられた。
- 野山を歩き、岩石、化石の観察により地質に関する興味が強められたり、窓から見える雲の観察により気象に対して興味を抱いて、その後の進路に影響を与えた場合がある。
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恩師との出会い
(恩師の影響) |
- 印象に残っている恩師がいる場合、物事の考え方や信念の形成に対して大きな影響を受けている。
- 例えば、自主性を尊重する教育方針を持つ先生によって、自分で考えることについての重要性が培われたとの例があった
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施設やイベント、書籍などに出会う場と機会
(科学技術とふれあう場やメディア) |
- 30歳代までの回答者は、一様に印象に残っている書籍として学研の「科学と学習」というシリーズをあげている。この付録にある実験セットはこれら年代が共通して楽しみににしていたものである。
- 40歳代以上の回答者は、施設が子供のころは施設が少なかったという理由で行った経験がないとの回答が得られた。
- 20歳代ではイベントや施設についての経験が多いという傾向がある。
- テレビ番組については、30歳代以下では子供向けのSF番組や教育、教養番組が印象に残っているという回答が多くあったが、40歳代以上ではこうした番組はかなり大きくなってから見たとの回答である。
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(2)創造性を育むための環境に対する青少年のニーズに関する調査
1)科学技術に親しむための環境についての現状
- 調査の対象となった青少年の多くは、日常の生活の中で理科的な活動や遊びにあまり関わっていないことがわかった。宇宙少年団の活動に参加している回答者以外はほとんど具体的な活動の名前があがらなかった。子供会を除くと学校以外での活動機会がほとんどない。活動に参加してない理由については機会や情報がないとの回答が目立っている。活動に関する情報の充実が問題点としてクローズアップされる。ただしイベントなどには非日常的に接した場合の方が、むしろインパクトが強く、講演や実験が面白かったとの回答が多い。
- イベントや科学技術関係施設についてはテレビや雑誌・本など一般のメディアで豊富な情報を持っている。インターネットに関する情報も多く持っており、インターネットを使って調べてみたいとの意見もある。
- 科学館等の既存施設の訪問経験は豊富であり、海外の施設等についても豊富な情報や訪問の経験を持っている。身近にある施設は好奇心等を満足させる上で最も大きなインパクトがあり、近くにない場合には欲しいとの希望が強い。
2)創造性を育むための環境(機会・場)についてのニーズの内容
- 創造性を育むための環境については、自由にしかも気軽に、できるだけ肩の凝らない自然な形で参加できる集まりや仕組みが望まれている。
- 自分が直接参加できる、触ってみる、など実体験ができるものを望んでおり、シミュレータ、プラネタリウム、無重力体験施設、ロケット実機、パソコンなどを挙げている。野鳥観察や動物とのふれあいができる場の希望も多い。
- 親切な指導と面白い話への期待があり、指導者への希望はやさしい人という回答である。また有名な科学者、宇宙飛行士等との交流対する期待も強い。
- 大きな集団に参加したいというより、気のあった少数の仲間との集まりを望んでいる。構成員には外国人や世代の違う人達との交流も受け入れられる傾向にある。
- 学校や親に勧められて参加するというより自分で参加したい意欲があり、機会や場に関する情報を望んでいる。
- バーチャル・リアリティによる画面での参加を提案するものもある反面、実物、ライブに対する意識も強い。
以上のニーズをまとめたキーワードを図‐1に示す。
4.結論
我が国にとって科学技術立国は大きな目標である。そのため21世紀の科学技術を担創造的な人材を生み出す土壌を強化する必要がある。このためには自然に対する深い理解を持ち、その上で科学技術と社会との関係を認識し、積極的に自然や科学技術に係わっていく意欲的な人材を育成する仕組みを構築することが重要である。創造性を育む環境を創設するために今回の調査から次の4項目が導き出された。
1)科学技術に親しむ機会の増大
- 大都市などに集中している科学技術関係施設を各地域においても充実していくような方向が望まれる。
- 施設については、各地域の身近な自然や特徴を反映した分野や規模のものとし、特色を持ったソフトウェアを充実させ、小さくともきらりと光る魅力的な施設を検討する必要がある。
- ある施設をメインシステムとして移動展示などを使って、よりローカルな地域へ、きめこまかく対応できる小規模システムも必要である。
- コンピュータネットワークを使ったバーチャル・リアリティによる集まりや科学館の検討も重要な方向性の一つとなる。
- 集まりやイベントの開催情報を提供できる手段の充実が必要である。
2)専門家との交流機会の形成
- 著名な科学者、宇宙飛行士との交流や自分たちが興味を持っている話題を、やさしく解説して提供してくれる専門家との交流システムを地域格差がないように展開する。
- 科学技術と社会の交流といった観点から、研究機関が社会に対して研究の意義や成果の公開を一層進めていくような取り組みが必要である。例えば、筑波のように研究所が集中している場所では、一斉に各研究所を公開し、参加者が研究所の紹介を兼ねた研究分野に関する問題を解答して通過していく「研究機関ウォークラリー」のようなものも考えられ、こうした地域を交流のためのテーマパーク的存在にすることも可能。
3)青少年のニーズへの対応
- 青少年は実地体験や非日常的な驚きを求めている。テクノロジーで対応する部分と手作りで対応する部分を適切に使うことによって、驚きと感激を提供する。
- 活動については大規模な集まりよりも比較的小さな単位での集まりが望まれており、特に気のあった仲間との集まりを期待している。自分達の仲間以外とも積極的な交流 を行うことが望ましいので、小集団間の交流など異集団へ気軽に入っていける雰囲気づくりも必要であろう。
4)ボランティア人材の活用
- 昨年度の科学ボランティアに対する実態把握では、自分たちの持っている、あるいは体験した科学技術に関する知識、自然とのふれあい方とそこで得られる感動を青少年にも伝えたいという意欲を持った人々がボランティア活動を支えていることがわかった。特にリタイアード(一線を退いた研究者・技術者)は社会へ関与するための手段として自分の得意とする分野を活かしたいという意欲があり、こうした人々が容易に参加できる仕組みを一層充実していくことが重要である。例えば、科学ボランティア登録制度の充実、ボランティア団体の活動紹介のための催しの開催や冊子の配付、活動支援のための補助金の交付等が考えられる。
5.提言
創造性を育む環境づくりについて、現在の取り組みの中で不足している部分を補い、以上の内容を効果的に実現するために、例えば、青少年のニーズに応え、科学ボランティアへの支援、自治体や科学館等とのネットワークの拠点としての機能を持った「創造館」(仮称:創造性を育む環境創成のための拠点)のようなものを各地域に整備することが考えられる。「創造館」のイメージは以下のとおり。
青少年のニーズに応える拠点
- 身近で青少年個人やグループ、家族が気軽に自由に参加できる雰囲気
- 自然や動物とのふれあいの場、実験や工作のための設備とスペース、情報等の提供
科学ボランティアを支援する拠点
- 科学ボランティアが主体となった柔軟な運営
- 科学ボランティアの活動支援、参加希望者への支援
ネットワーキングの拠点
- 青少年や科学ボランティアのニーズと国、自治体や科学館とのインタフェース
- 全国、海外の科学館等の施設、科学ボランティアとのネットワーキング
各地の創造館は地域の特性(自然・風土、青少年のニーズ、科学ボランティアの活動等)に沿って最適な機能を持つよう整備され各々が特色を発揮し、ネットワークにより有機的連携を図る。
創造館は身近な場所にあることが望まれるので、地域的な一体感のある生活圏のような圏域毎に、その特性を踏まえて整備されることが望まれる。
立ち上がり段階では、国は生活圏にある複数の自治体、あるいは単独の自治体を支援して、地域の科学ボランティアや科学館等の関連機関の参画を得た協議会の形成を促進する。この協議会で特色の内容や整備主体のあり方について検討を進める。
施設整備は行政が行い、運営は科学ボランティアを主体とする新たな団体を設立して委託する。
サイエンスボランティア調査に関する委員会
(敬称略 五十音順 ※:委員長)
氏名 |
所属 |
麻生 茂 |
九州大学工学部助教授 |
※ 恩藤 知典 |
常葉学園大学教育学部教授 |
小林 信一 |
電気通信大学助教授 |
須田 了 |
日本工学会事務局長 |
古田 豊 |
立教高等学校教諭 |
横田 慎二 |
財団法人未来工学研究所主任研究員 |
委託者側委員 清水 眞金 |
財団法人日本宇宙少年団専務理事 |
問い合わせ先:
科学技術庁研究開発局宇宙政策課調査国際室
〒100 東京都千代田区霞が関2‐2‐1
電話:03‐3581‐5271 担当:森(内線462)