第172号
平成9年11月27日
欧米各国においては、各国の事情に応じて今後の科学技術における重要課題の選定が行われている。
すなわち米国では大統領府科学技術政策局により「1995年国家重要技術報告書」が発表され、経済成長と国家安全保障の観点から重要技術を認定し今後の技術力強化の方向を示している。
また英国でも科学技術局において技術予測計画が実施されており、その報告書では、国内の富の創造と生活水準の質的向上を課題として技術的な目標が提示され、今後の国内の研究開発はこの計画に沿って行われることを要求している。更に仏国や独国においても、それぞれの国における21世紀のキーテクノロジーを公表し国を挙げて強化すべき技術を選定している。
今後、各国とも公表された重要技術に関して、国際競争力の向上を図る施策が講じられるものとみられる。 本調査は、各国の重要技術分野の検討や国際競争力の強化施策及びそれに伴う研究開発活動等について調査し、今後の我が国の科学技術政策立案のための基礎資料を得ることを目的として、科学技術振興調整費により平成8年度に実施したものである。
本調査は通商産業省工業技術院から、日本貿易振興会に委託して実施した。
米国における「重要技術」に関する調査を中心に、英、仏、独の先進4ヶ国を対象に、重要技術の選定方法、選定された結果の利用方法と効果、重要技術に関する各国政策の比較評価等について調査を行った。
国家の経済及び社会的目標に貢献する重要な科学分野を特定する手法は幾つかあるが、これらの手法は科学分野と技術開発における具体的な活動、科学分野と産業の発達、歴史的及び将来的展望から科学分野の貢献度を評価するものである。それらを具体的に把握する方法として下記のような手段があげられる。
最重要技術選定法は、通常、それぞれの分野に明るい専門家により構成された組織が参考資料や特許文献を利用し、将来の経済活動に大きな影響を及ぼしうる技術に的を絞ってグループ単位で分析や推定を行う。従って、まだ未熟な段階にあるが、今後10年間で具体的な生産手段や製品に結びつく研究開発に焦点がおかれる。
場合によっては、まず最初に将来の問題を提起し、それからその問題の解決に有用な技術を特定する方法が採られることもある。ドイツではよくこの方法が用いられる。
現在の傾向に対する分析に基づいて科学政策の優先順位を設定する手法である。推定手法を科学分野に適用した先駆者である Ben Martin とJohn Irvine は、以下の3点を考慮する必要があると主張している。
1)研究開発に対する社会的ニーズと要望の傾向
2)研究開発の国際的な優位と弱点、国際的な位置づけ
3)有望技術が国内において、商業的等の動機で利用できる可能性。
推定手法は、進展性と開発状況を的確に捉えることにより、長期的な社会的ニーズを満たす上で有用な科学技術分野の優先順位を設定することが可能なプロセスといわれる。
繰り返しアンケートにより人々の意見を調べる方法であり、この方法は討論の場合に起こりがちな心理的錯乱要因がない、また最初のアンケート結果を示された上で第2回目のアンケートを行い、さらに同様にアンケートを繰り返すことにより、多数の人々の間に判断のフィードバックがなされるという利点がある。こうしたフィードバックにより、異なった意見が収束することが期待できると言われている。日本ではこの方法を用いて、将来技術の展望を5年毎に予測している。
デルファイ法で重要なのは質問の内容であり、それによってトピックの範囲、厳密性並びに調査範囲が限定される。
最近、日本でのこの手法がドイツやフランス、さらには形を変えてイギリスにも普及している。
以上の方法以外にも、将来を体系的に推定する方法は多数あるが、問題の種類に応じた手法を選択することが肝要である。その他の手法の幾つかを簡単に下記に示す。
米国においては、1987年に、民間の調査機関である「航空産業連盟」が、初めてこの種の調査結果を報告したのに始まり、その後、少なくとも6つの組織が、最重要技術選定法を用いて経済または防衛ニーズにとって重要な技術を特定する試みを実施した。
そもそも米国では「アメリカの工業と技術に何か間違いがあった」との認識から、最重要技術検討の取り組みが開始された。過去5年間に、様々なグループが将来の経済的躍進と安全保障に不可欠な技術を特定した。いずれの報告書も、政府と民間企業が更なる努力を結集して、重要技術を集中的に発展させるべきであるとしている。
※ 米国における最重要技術に関する報告書のリスト
以下に、商務省と経済競合委員会の報告の概要について述べる。
商務省は、2000年までにアメリカ経済に大きな利益をもたらしうる技術として、12種類の技術を選定した。選定された技術は、以下の3条件のいずれかに合致するものであった。
1)大きな市場が見込まれる製品及び産業を生む
2)大規模な重要市場を対象に、製品の生産性と品質を向上させる
3)次世代のR&Dを導き、新たな用途開発を促進する
選定された技術は以下のとおり。
「新しい経済基盤の確立」という報告書の中で、米国の9大産業分野の発達に不可欠とされる23の技術(表1参照)を特定した。この報告書の目標は、以下3点である。
1)重要な経済分野で主導的役割を発揮しうる重要技術を特定すること
2)複数の部門に寄与し、生産性を向上させる技術に重点をおくこと
3)国家技術の優先順位を設定すること
経済競合委員会は、今後10年間に重要性をもつ可能性の高い技術に的を絞った分析を行い、23の技術を下記の5つのグループに分類した。
フランスではこれまでに2回、重要技術選定の活動が実施されている。最初のデルファイ法による調査は、1993年に教育省により、2回目の枢要技術プロジェクトは、1993年から94年にかけて産業省に支援され実施された。
日本やドイツと同じやり方で調査は行われた。
このデルファイ調査から明らかになった「枢要な」技術として、以下の15分野において、各分野5件、合計75の重要技術が選定されている。
産業省において、戦略的技術調査局が当プロジェクトを管理する責任を負った。当プロジェクトは次の3つの疑問に応えることを目的として実施された。
また、重要技術を選定する基準として、以下の9つの基準が採択された。
この様な基準のもとに、9分野136の技術が重要技術として選定された。
さらに、この136の技術について国際的な地位の比較が検討された。
枢要技術の調査結果は政府省庁間の研究資金の提供及び数多くのプライオリテイー領域に対しても大きな影響を与え、大幅な方向転換がなされた。
ドイツにおいて、これまでに実施された重要技術に関する主な調査としては、BMBF(連邦研究技術省)による専門家委員会調査、デルファイ調査、「21世紀初頭の調査」の3つがあげられる。
1990年、BMBF(連邦研究技術省)は、ドイツ再統合とヨーロッ パ内の協調の高まりを考慮して、基礎科学に関するBMBFの支出のバ ランスを分析して新たなプライオリテイーの要否を決めるために委員会 を設置、その結果17の大きなプライオリテイをおくべき技術が選定された。そのうち7つは生命科学、5つが環境科学あるいは地球科学であった。
1992年に開始され、日本の経験が大きく採り入れられた。第一ラウンドに6,627人に質問が回送され合計1,056人の専門家から回答。第二ラウンドでは857人から回答が得られ、データ解析が行われた。対象とされた技術分野は以下の16分野:
これらの結果、最重要のテーマとして10テーマがランク付けされた。
その主なものとして以下のものがあげられる。
21世紀初頭における技術の中期的な予測調査であり、2000年までに発生しそうである技術動向と民間部門における技術の重要な商業化を扱っている。これにより、5分野80あまりの技術が21世紀初頭の重要技術としてあげられている。
英国における重要技術選定の主要プログラムとして、技術予測計画がある。これは1993年に発表された科学技術白書において公表された、技術予測計画に基づいて実施されている。技術予測計画は「国富形成」と「生活水準の質的向上」のため、ビジネスと技術開発の契機を確保するためには、英国は何を、如何にすればよいかを産学官共同で検討するものである。予測の検討は16のパネルにより運営されているが、パネルは必要に応じて改編される。報告書では部門横断的な27の科学技術に関する優先課題が設定されている。
クリントン政権は、民間セクターを支援し積極的な成果を生み出すにあたって、政府は建設的な役割を果たすべきであると信じており、技術開発の分野では、政府の財政支援と技術的能力は、特定の技術分野における投資を促す「てこ」の役割を果たすことができると考えている。従って、民生技術開発を促進するために政府と産業界が効果的なパートナーシップを形成することが重要な前提となっている。
しかしながら、議会においては、政府の研究開発に関する政策について、以下の異なる見解があり、活発な議論が行われている。
1)連邦政府の研究開発費は市場製品の開発に直結するものではなく、一般的でリスクの大きい技術に焦点をおいているため、民間の研究投資の引き金になるものであるが、民間投資の代替ではない。技術革新の成果は多くのユーザーのもとに還元され、産業にとって一般的な利益をもたらす。
2)政府が民間の研究開発に干渉すると、民間の発展を阻害する。すなわち、技術革新のためには強力な基礎科学の土台が必要であり、政府は当該部分に力を注ぐべきであり、応用研究は民間に任せ、その推進手段は税制優遇等により、個別の民間技術開発には政府が介入すべきではない。
政府が民間の技術開発にどこまで介入すべきかとの議論の中で、クリントン政権は技術政策の表明である「国益のための技術」において、「米国の国内外の政策では、世界経済における米国の国益をテコ入れすることを努めるべきである。米国国内の政策は、国内において技術がうまく適用される事業環境を作り出す努力と、事業活動を海外で行う可能性に対する障壁を最小にし、世界の投資を引きつけ、米国の輸出を刺激することである。経済成長を維持するためには技術進歩が唯一の最も重要な要素である。」としている。
連邦政府は産業界との協力の下に幾つかの技術開発プログラムを実施している。これらのプログラムは、その対象とするところに応じて異なっているが、同時に全てのプログラムで産業界と政府の間でコスト及びリスクの共有負担をする、という特徴を有している。通常、コストは半分ずつの負担となる。また、目標、目的、研究計画、さらにはプロジェクト選定の設定においても、産業界が重要かつ影響のある役割を演じてきている。民間セクターは研究開発成果の商業化の権利を有しており、政府は基本的権利を保有しているのみである。
NCTRG(国家最重要技術検討会)の報告書では、重要技術を援助するための具体的な、以下の分野におけるパートナーシップの重要性を強調している。
1)各国で選定された重要技術は、殆どの調査実施が国内であり、利用された方法論が異なり、調査への参加者が多様であるに関わらず、今後10年で最も「重要な技術」は各国とも非常に類似している。
2)最も相違するのは、米国とヨーロッパにおける市場あるいは応用への対応であり、ヨーロッパにおいては3国とも技術能力とともに応用にも高い優先権を与えているが、米国においては「技術要因」を過度に重視しているというのがヨーロッパの見方である。
3)ヨーロッパ間における相違としてあげられるものとして、フランスでは社会的容認度が重要技術選定で重要な判断基準となっている。イギリスではニーズに基づく技術選定に関心が高い。生活レベル向上技術などが、多数選定されているが、米国ではとうてい考えられない。
4)その他の主要な相違点として、軍事利用可能技術に対する重要性の程度があげられる。米国においてはこのカテゴリーに属する技術の選定はおおいに重要であるが、ヨーロッパにおいては重要技術選定に際しそれほど重要な因子とは見ていない。フランス、イギリスも一応戦略的技術の重要な属性としているが、米国のように明確ではない。ドイツにおいては選定上の因子とさえ見えない。
しかし、全ての場合において軍事、民生の両用技術の例は多数有り、エレクトロニクス、材料、情報技術は両分野で莫大な利益を生む可能性があり、これら3領域は何れの国の選定作業でも高度優先事項となっている。
米国版の重要技術リストを基本に7分野における、各国の重要技術を比較することにより、各国の共通重要技術が明らかにされた。各国のリストから共通の重要技術として7分野で60件の技術(表2参照)が上げられる。各分野における共通重要技術の中から幾つかを下記にあげる。
他国の重要技術選定作業を比較分析することは、ある国の国際的に見た技術力の相対的な地位及び実力を知ることができ、最近の国際的技術予測での重要な要素となっている。それらの重要技術を得る方法はいろいろあり、結果はその国でとられた手法に大きく依存している。それにもかかわらず、調査対象のいずれの国においても、一致して「情報技術」、「マイクロエレクトロニクス」、「高度製造技術」、「新材料」、及び「バイオテクノロジー」を将来における重要技術としている。さらに、エネルギー供給技術と、公害防止・管理技術も重要な技術として各国が見なしている。
いずれにしろ、重要技術の選定、その開発・促進にあたっては、長期的な観点から体系的に重要技術を検討し、科学・技術の導入と市場の要望(ニーズ)の両面からの考察、さらには開発途上の技術の中から有望な技術を迅速に特定することが望まれる。また産業・経済に対する影響ばかりでなく、環境を含めた社会的影響も今後益々重要視する必要がある。
問い合わせ先:
通商産業省工業技術院企画調査課国際技術調査室
〒100 東京都千代田区霞が関1‐3‐1
電話:03‐3501‐1857(直通)担当:藤原
注
表1(本文ページ19、20)で抜けている技術は、電子部品の項で以下の2つですので訂正願います。
オプトエレクトロニクス レーザー部品
光素子
電子包装・接続 マルチチップ包装システム
プリント基板技術米国ディスプレーコンソーシアム
-- 登録:平成21年以前 --