民間企業における研究開発成功事例に関する調査[第177号]

‐第177号‐
平成10年9月10日

 国による研究開発は、民間企業においては取組みにくい基礎的・先導的分野や大型投資を必要とする領域において、大きな役割を果たしてきた。今後の国の研究開発にもこのような役割は期待されるが、その一方、科学技術基本計画に基づき策定された「国の研究開発全般に共通する評価の実施方法の在り方についての大綱的指針」では、国による研究開発に当たって、厳正な評価の実施により研究開発資源を適切に配分、研究開発の効率化・活性化を図ることを求めている。
 現在、民間企業の研究開発投資は我が国の研究開発投資全体の約8割を占めるに至っている。これら民間企業の研究開発では事業として成功し、収益をあげることを求めながらも、革新的・独創的な成果を多数あげており、我が国における経済フロンティア開拓の原動力となってきた。これら民間企業の研究開発遂行に関する経験と教訓は、国による研究開発の在り方を考える上で有効なものを多く含んでいると考えられる。
 本調査研究は、民間企業の研究開発活動におけるこれまでの成功事例について、テーマの選定方法、テーマの評価方法、成功要因などの視点から分析し、民間企業において成功してきた研究開発マネジメントの方法を明らかにすることにより、国による研究開発マネジメントの在り方の検討に資することを目的として、平成9年度科学技術振興調整費により実施されたものである。
 今回は平成9年度から2年計画で行う本調査研究の1年目の結果について報告を行う。平成9年度は民間企業における研究開発の、主にハードウェアを中心とした成功事例118事例を対象に、研究開発マネジメントの実態に関するヒアリング調査を行った。その結果、研究開発の推進に当たっては、まず、研究全体の大きな方向性を示し、その中での位置づけという側面からテーマを評価すること、また、あくまでも研究成果を実用化に近付けることを目的とし、評価、組織体制などのフレキシビリティを確保するマネジメント等が重要であることがわかり、示唆に富んだ結果を得ることができた。なお、調査報告書本体には、118事例のヒアリング結果を添付している。
 引き続き、平成10年度の調査研究ではソフトウェアに焦点をあてて同様の調査を行い、2ヶ年の調査結果を踏まえて、国の研究開発のマネジメントの在り方について検討を行う予定である。

1.調査目的

 本調査研究では、民間企業の研究開発成功事例におけるマネジメントの在り方として特に以下の点を明らかにすることを目的とした。

  • 1)研究開発開始の契機
  • 2)テーマの難易度
  • 3)企業経営上の位置づけと研究者の裁量
  • 4)テーマの選定プロセス
  • 5)テーマ選定理由
  • 6)研究および開発期間
  • 7)推進体制
     a)プロジェクトメンバーの数
     b)組織の位置づけ
     c)共同研究機関
     d)研究開発支援方策

2.調査方法

 本調査研究は科学技術庁から株式会社日本総合研究所に委託して実施した。同研究所では民間企業の研究開発マネジメントに関する有識者からなる調査検討委員会(座長:中原恒雄 住友電気工業株式会社特別顧問)を設置し、以下の通り検討を行った。

(1)実施体制

1)調査検討委員会の設置

 本調査研究を実施するにあたって、民間企業の研究開発のマネジメントに関する調査研究方針、調査体制の検討を行うため、以下の7名の有識者からなる調査検討委員会を設置した。

(座長) 中原恒雄 住友電気工業株式会社  特別顧問
(委員) 浅井彰次郎 株式会社日立製作所 研究開発推進本部長
  植之原道行 株式会社NEC総研 理事長
  城内宏 東レ株式会社 常任顧問
  澤田勉 日産自動車株式会社 取締役副社長
  美濃順亮 花王株式会社 研究開発部門コーポレート担当取締役
  山田敏之 ソニー株式会社 常務中央研究所長

(敬称略;五十音順)

(2)実施方法

1)調査検討委員会における検討

 調査検討委員会は以下の日程で開催し、各議題についての議論を行った。

  開催日 議題
第1回 平成9年9月24日 調査の基本方針に関する討議
ヒアリング内容に関する討議
ヒアリング対象に関する討議
民間企業における研究開発マネジメントの現状に関する討議
第2回 平成10年2月10日 調査結果に関する報告および討議
国の研究に反映すべき事項に関する討議

2)ヒアリング調査

(1)研究開発成功事例の抽出

 近年高い評価を受けている製品、事業などにおける民間企業の研究開発実施事例を抽出し、調査を行った。ここでは、主に文献調査を中心に実施し、主要な業界での代表的な事例を「素材」「部品」「最終製品」のバランスを考慮しつつ事例の抽出を行った。

(2)研究開発プロセスに関する検討

 上記(1)で抽出した事例について、文献調査で可能な範囲において、研究評価の在り方を抽出し、その類型化を行うとともに、ヒアリング対象の絞り込み及び選定を行った。

(3)各研究開発成功事例に関するヒアリング調査

 上記(2)で選定した研究開発成功事例に対してヒアリング調査を実施した。これにより、民間企業で成功した研究開発における「テーマ選定の方法」、「テーマの評価方法」、「研究テーマの推進体制」などの民間企業における研究評価に関する知見を収集した。
  ヒアリング対象者は、その研究テーマに関して、当時、研究管理をする立場にあった人、もしくは当時の状況をよく認識していた人を中心に行った。ヒアリングは、全部で118件事例について実施した。

(4)研究開発成功事例の分析

 上記(3)のヒアリングに基づき、研究開発における成功要因の分析を実施した。また、この分析に基づき、研究開発のフェーズ、分野ごとの、成功事例における研究評価の在り方について分析を行い、初年度の成果報告書として、取りまとめた。

3.調査結果(概要)

 本調査研究の結果、民間企業の研究開発成功事例におけるマネジメントの特徴として明らかになった点は以下の通りである。

(1)研究開発開始の契機

 研究開発開始の契機として「シーズ先行」タイプが68%、「ボトムアップ」が47%を占め、他の項目よりも著しく高い値であった(図表1参照)。成功事例と認められる研究開発では、社会ニーズ、企業の戦略といった枠組みを前提とした上で、非常に優れたシーズまたは卓越した発想がベースになっていることが多い。具体的には、企業活動における課題、社会のニーズを踏まえて、マネジメントが方向性を与えるか、もしくは研究者自らが認識した上で、研究者がその解決の方法としての研究開発テーマを「ボトムアップ」的に提案し、これを効果的に発展させたことが、結果として研究開発の成功に結びついている。

(2)テーマの難易度

 対象とした事例の大半のケースにおいて、テーマの難易度を「極めて困難」(59%)または「努力すれば可能」(33%)と考えてテーマを開始している(図表2参照)。成功要因の背景には「困難な、見通しの立ちにくい課題」に勇敢に挑戦した研究者とこれを支援した企業のマネジメントの姿勢が伺える。

(3)企業経営上の位置づけと研究者の裁量

 研究開始時における研究開発テーマの企業経営上の位置づけに関しては、「重要課題として位置づけられた事例」(55%)と 「位置づけが明確でなかった事例」(45%)とがほぼ同数であった。成功事例が必ずしも「企業経営上の重要課題」と位置づけられていたわけではないことを示している。一方、研究の進捗に関しては、大半のケースで「研究者の裁量に任された」(80%)としており、解決の方策に関する、いわゆる「HOW」に関しては多くが研究者にまかせる形をとっている(図表3参照)。

(4)テーマの選定プロセス

 研究開始時におけるテーマの選定に関しては、企業のめざすべき方向性、戦略との整合を保つテーマ選定組織が多くのケースで存在しているが(研究開始時で57%、開発移行時で78%;図表4、5参照)、必ずしも、固定したテーマ選定基準が存在しているわけではない。固定的なテーマ選定基準を持たず、フレキシブルな評価を行なっていることが、結果として革新的な成功事例を生み出していると考えられる。但し、一部の材料分野のように「研究領域として成熟しつつある分野」では、一定のテーマ選定基準は有効に機能している(材料分野のみについては、テーマ選定組織については85%、テーマ選定基準については65%が「あり」と回答)。

 開発への移行段階では事業の視点からテーマを評価する組織および基準が存在している例が多い(図表6、7参照。営利を追求する企業としての当然の機能と考えられるが、このような研究の事後評価の存在が、研究の方向付けと、開発への早急なシフトを可能にしている。

(5)テーマ選定理由

 全体的に研究の開始、開発の開始のどちらの時点においても、「シーズの魅力」および「ニーズの大きさ」がテーマの選定理由としてあげられているが、開発開始時には「ニーズの大きさ」がより考慮されている(図表8、9参照)。ここで対象とした成功事例では、それぞれの段階で「シーズ」、「ニーズ」の両面から適切な判断を下され、企業全体の組織的支援を受けて研究開発努力が結実した事例とみることができる。

(6)研究および開発期間

 研究および開発の期間は課題によって著しく異なるが、対象とした課題について、研究期間の平均は4.3年、開発期間の平均は4.5年であった。研究と開発を合わせた期間では6~9年の範囲が最も多い結果となっているが、一方、3年未満が6.5 %、15年以上が13%存在した(図表10、11参照)。「スピードが命」と言われる民間企業の研究開発においても、成功事例と言われるケースでは、かなりの長期を要している例が多い。

 長期を要した事例においては、研究員の研究開発に対するねばり強さ、それを認める企業の包容力およびフレキシブルな対応などが重要な成功要因になっている。

(7)推進体制

a)プロジェクトメンバーの数

 プロジェクトメンバーの数の平均値は、研究段階で9.5人、開発段階で33.2人であった。全般的には研究段階は少人数でスタートし、研究開発の進展にともなって、プロジェクトメンバーを集中的に投入する事例が多い(図表12、13参照)。研究推進に関する重点的かつ柔軟な資源投入の好例と言える。

b)組織の位置づけ

 研究開発の進展に伴って、実施部署が基礎研究所、開発研究所、事業部と段階的に変化している事例が多い(図表14、15参照)。企業が研究開発の段階に伴い、機敏かつ柔軟に適切な組織で対応したことを示している。

c)共同研究機関

 対象とした事例の40%が自社以外の機関との共同研究として遂行された。共同研究の相手先から研究のヒントを得たり、自社だけでは調達不可能な機能を補強して、共同研究の仕組みを有効に活用している例が多い(図表16、17参照)。

d)研究開発支援方策

 研究段階では「自由度の確保」が、開発段階では「開発費と人材の投入」が、研究者にとって「効果的な支援」と受け取られた(図表18、19参照)。これは研究開発の段階によって、必要な支援措置の内容に差があることを示している。

4.結論

 本調査では、民間企業における研究開発成功事例に関して、特にハードウェアを中心としてその成功要因の検討を行った。ここから国における研究の在り方として参考とすべき事項を抽出する場合には、民間企業における研究開発と国における研究開発における目的、基本的な性格、制約条件などの基本的要件で異なる面があることを前提としなければならないが、そのような前提に立った上でも、以下のような事項に関しては、国による研究開発の在り方の参考にすべきであると考えられる。

(1)研究全体の方向性の明確化

 国による研究開発においては、研究機関の戦略またはミッションの中での課題の位置づけを明確にすることが不可欠である。また、国の研究開発ではニーズの概念を民間企業に比較してより広く、深く、かつ長期的に考えることが求められる。課題選択の場である事前評価においては、「課題の位置づけ」と「ニーズ」との整合性を前提にした上で、「シーズの魅力」、あるいは「独創的な発想」をより重視して評価すべきである。

(2)失敗を恐れず困難な課題への挑戦を許容する仕組みの必要性

 研究開発課題の設定においては成果の見込みが立つ研究として確立された課題だけではなく、困難な課題に挑戦することを許容する仕組みが必要である。同時に、研究の推進に関し研究者の裁量に任せる包容力と最善を尽くしたが、結果としてうまくいかない場合に目標を切り換える柔軟性も不可欠である。変化のない硬直した研究システムは、無駄な研究の長期化を招く恐れがある。

(3)研究評価システム

 研究の開始時においては 固定的なテーマ選定基準は機能しにくい。しかし、評価が不必要というのではなく、「国、研究機関などの戦略、ミッションなどとの整合性」、「シーズまたは発想の独創性」という視点から評価すべきである。
 また、事後評価(もしくはある段階からの中間評価)ではその研究のもたらす社会的なメリットを重点的に評価すべきである。このような事後評価の存在が研究の方向性をより実用化に近づけ、研究成果の有効活用につながる。

(4)長期的な研究テーマへの対応

 研究は基本的に実用化までは長期の時間を要するため、途中の段階でのフレキシブルな目標、スケジュールの見直しを行える仕組みを確立すべきである。

(5)フレキシビリティのある体制の確立

 国の研究機関または研究部署のミッションの達成に貢献できる可能性が明らかになった時点で、機関または部署が組織として研究開発テーマを支援する柔軟な対応が必要である。また、研究の進展にともない、必要な場合には多くの研究員が柔軟に参加できる仕組みが必要である。

 また、研究開発の成果を社会に還元するには国の研究所だけでは不可能なケースがあり、このようなケースでは民間企業との共同研究を遂行しやすい条件作りが不可欠である。現実に民間企業、または異分野間の交流の障害が存在するのであれば、この障害は排除すべきである。
 さらに、「研究フェーズ」から「開発フェーズ」への移行を円滑に進めるための仕組み作りが重要である。

(6)自由度の確保

 民間企業の研究開発においても基礎的な研究段階では、企業の支援策として最も高く評価されているのは研究の「自由度の確保」である。したがって、評価のプロセスの確立が、厳密な「管理」により研究者の自由度を阻害する形になってはならない。むしろ、進捗のチェックと社会ニーズから見た各研究テーマの位置づけ、重要性をチェックする機能を重視し、研究の基本的な方向性を判断するとともに、研究の段階に応じた適切な支援と、研究成果見極めを主たる目的とすべきである。

問い合わせ先:
科学技術庁 科学技術政策局 計画・評価課
〒100‐8966 東京都千代田区霞が関 2‐2‐1
電話 03‐3581‐5271 担当:斉藤(康) (内線:351)

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