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産業・経済社会の発展促進のための研究開発の重点化に関する調査 ‐21世紀を目指した産業・経済社会の発展促進のための新たな研究領域の創出について‐[第181号]

‐第181号‐
平成10年10月22日

 我が国が科学技術の一層の発展、社会経済の基礎作りを図っていくためには、先端的基盤科学技術、未踏科学技術等21世紀社会を支える新産業創出のための核となる科学技術領域を探索・創出していく必要がある。
 このため、本調査では、現代の諸問題として平成8年度の調査で明らかとなった「大規模かつ複雑なシステム」が持つ問題について整理を行い、それらの解決が期待される科学技術の現状に関して、問題点を整理し、科学技術の新たな方向性について検討した。次に新たな展開が期待される科学技術領域を検討するため、生命、情報、人工物・物質、環境、社会システム等の先端的・複合的領域における研究開発の動向を探った。
 その結果、本調査では、21世紀社会を支える新たな研究領域として「人間・社会・環境を含む大規模かつ複雑なシステムに関する科学技術」を呈示し、その基本概念として「生命、情報、環境等の各分野に共通する横断的な研究領域」、「現実世界のシステムの解析・設計・制御を指向する研究領域」、「人文・社会科学と自然科学との融合領域」を設定した。その後、大規模かつ複雑なシステムに関する科学技術の応用展開の可能性について検討を行うとともに、今後の課題の整理を行った。
 本調査は、科学技術振興調整費により平成8年度から平成9年度にかけて実施されたものであり、今回は平成9年度の調査結果について報告するものである。

1.調査目的

 本調査では、21世紀社会を支える新たな研究領域の開拓のため、国内の研究の現状を把握し、科学技術の重点分野及び研究開発の方向性の検討を行い、もって今後の科学技術政策立案のための基礎資料を得ることを目的とした。

2.調査方法

 本調査は科学技術庁より財団法人日本システム開発研究所に委託して実施した。
 調査に当っては、先端的・複合的領域の研究者で構成される「産業・経済社会の発展促進のための研究開発の重点化に関する調査委員会」(委員長 岡部洋一東京大学教授)を設置し、本年度は計5回(昨年度から通算11回)会合を開催した。
 さらに、委員会における検討結果を検証、補強するため、平成10年2月7日にワークショップを開催し、本調査委員会の委員を含め、より幅広い専門領域の研究者を集めて議論を行い、結果をとりまとめた。

3.調査結果の概要

3.1 産業・経済社会の諸問題と科学技術

1)現代の諸問題

 本調査では、現代の諸問題として、大規模かつ複雑なシステムに関し、以下の諸問題を掲げ、それぞれについて整理を行った。

(1)人類の存在に係る諸問題

 近年、人類による自然環境へのストレスが顕著になってきており、結果的にそれが回り回って人類の存在への脅威となってきているのが現代の諸問題の一つの側面である。このような人間の活動に伴って発生する問題は、様々な要因が複雑に絡み解決策の見出しにくい様相を呈しており、最終的には人類ばかりでなく地球上のすべての生物の存在に影響を与える問題であり、早急な解決策を求められるものである。
 例示される問題としては、(ア)人口・食糧問題、(イ)資源・エネルギー問題、(ウ)地球温暖化問題、フロンガス等によるオゾン層破壊問題、酸性雨問題、(エ)ごみ焼却場や生産工場等から発生するダイオキシンの問題、(オ)各種産業廃棄物の投棄等が引き起こす諸問題、(カ)自然破壊等に起因する新種の細菌などの病原微生物等による新たな疾病等の流行、(キ) 「環境ホルモン」(内分泌系撹乱化学物質)による動物や人体の生殖機能等への影響等がある。

(2)国際経済社会に係る諸問題

 近年、衛星放送の普及、インターネットの世界的な普及拡大等の情報通信システムの進展や、人、物の高速かつ大量輸送を可能とする交通システムの発達によるグローバリゼーションの流れの中で、情報、資金、物とともに人々の移動も広範かつ頻繁になっている。このようなグローバリゼーションの進展に伴う国際経済社会の諸問題は、人類の存在に係る諸問題と同様、人間活動に伴って引き起こされる問題であり、非常に多くの要因が複雑に絡んだ問題の様相を呈している。
 例示される諸問題としては、(ア)非合法的な移民の流入による労働問題等、(イ)日本国内には存在していなかった種々の感染症の拡大、(ウ) 情報ネットワークの発展による情報、資金の瞬間移動の国際経済への影響、(エ)技術革新の激化による情報システムの急速な陳腐化、(オ)デファクト・スタンダードを目指した情報技術における先行投資の必要性、(カ)原材料やエネルギーの輸入と工業製品の輸出とのインバランスにより引き起こされる産業廃棄物の国内における蓄積の問題、(キ)大量の農畜産物の貿易に伴う窒素移動によって引き起こされる輸入国及び輸出国双方の土壌の疲弊化等がある。

(3)産業・経済に係る諸問題

 グローバリゼーションの進展は、国内の産業・経済にも様々な影響をもたらしている。国内において価格競争力を維持することができなくなった製品の製造はより製造コストの安い海外にシフトするなど、国内産業の空洞化現象が起きている。
 また、産業界では、環境に配慮した生産活動の推進が強く求められるようになってきている。自然環境との調和は企業活動において、無視し得ない第一条件であると言え、今後は、環境に配慮した企業活動をいかにプラスに変えていくかが重要となる。
 例示される諸問題としては、(ア)事業のアウトソーシング、(イ)世界的な分業体制下での研究開発の強化や事業のソフト化、コンテンツ(事業内容)の強化、(ウ)地球環境問題への対応のための省エネルギー・省資源、リサイクル問題、(エ)環境負荷の少ない原材料の購入・調達(グリーン購入・調達)、(オ)環境に配慮した製造設備の構築、リサイクル性を配慮した商品企画、製品リサイクルのための回収システムの構築等がある。

(4)生活社会に係る諸問題

 現在、科学技術は、研究者や技術者にとどまらず、生活社会全般に広く関わってきている。科学技術に対する国民の期待とともに存在する不安、若者の科学技術離れといった日本の状況からも、今後はすべての科学技術について社会から理解されることが必要でありこれまでの科学技術が果たしてきた物質的な豊かさの実現や高度な技術社会だけでなく人間の心といった側面も考慮する必要がある。
 例示される諸問題としては、(ア)生活の質の向上やバリアフリーといった考え方のもとで高齢者や障害者全体の生活の質の向上を指向した社会の構築の必要性、(イ)自然災害、都市の高層建築物の火災など大規模な被害が予想される災害に対する危機管理や防災対策、自然環境や都市環境の保全、(ウ)下水道、都市公園など生活の質の向上に資する社会基盤の整備等、(エ)都市化の進展に伴う冷暖房エネルギー需要の増大とヒートアイランド現象、水需要の増大とその排水処理問題、都市廃棄物の増大とその処理問題、(オ)都市内自動車交通の増大等による排気ガスが引き起こす種々の問題、(カ)より使いやすい、人に優しいヒューマンインターフェイスの要望に対応するソフト面での研究開発の必要性、(キ)電子商取引き等がもたらす電子ネットワーク化社会におけるセキュリティの確保や情報弱者の発生といった新たな課題に関するマイナス面についての評価等がある。

2)科学技術の現状

 次に1)で掲げた諸問題の解決が期待される科学技術の現状と今後の課題についての整理を行った。

(1)科学技術に係る諸問題

 現代の科学技術に係る諸問題の例として、以下のような事柄があげられる。

  • 地球の有限性を前提とし、残り少ない資源を次世代に残しつつ、現在の経済活動を持続的に発展させる手段を見出していくことが、現代の科学技術に求められている問題。
  • 人間の生活利便性追求や欲求充足のために創られた超高層建造物等の巨大なコンクリート構造物等の膨大な人工物環境の老朽化や廃棄過程において顕在化してくる問題。
  • 電力、通信システム等の人工物環境が大規模化・高度化・複雑化し、人間の制御限界を超え種々の事故を誘発する危険性をはらむ問題。
  • ライフサイエンス、バイオテクノロジー分野における、遺伝子情報に基づく様々な機能発現制御メカニズムの解明。
  • 情報ネットワーク環境の飛躍的拡大、それに伴う情報インフラの整備という高度情報化の光の部分と、その一方で明確な方向性がないままでの情報化社会への進展という影の部分の問題。
(2)科学技術のパラダイム・シフト

 上記のような問題はいずれも、従来の科学技術の在り方の限界を示すものであり、このような閉塞状況を乗り越えるためのパラダイム・シフトが求められている。すなわち、

  • 昨今の学問の流れは、要素還元主義から統合化に向いており、この考え方は、化学や生物学の分野にまで影響を与えている(例:分子生物学における、ゲノム・シークエンス全容解明後、遺伝子情報に基づく様々な機能発現制御メカニズムの解明を目指すポスト・シークエンスの新たな展開)。
  • 近代科学技術の成功は、主体と客体を明確に分離する自他分離の方法論と、そこで働く法則性の発見によるところが大きい。そこで得られた因果律的な記述により自然科学は普遍性と予見性を獲得し、自然を理解するための強力な方法論となり得た。しかしながら、この普遍性や予見性は、自然を対象化し、他と干渉しない場面で切り取り、分析的・解析的に研究することで成り立っていた。
  • 近代はこの科学技術の方法論を人間活動に適用することによって様々な問題を抱えることとなった。なぜなら、人間の諸活動全体を対象化して分析することは困難であり、また、人間を含めた環境はあまりにも複雑であるため、人間と環境を切り離す境界を設定することは出来ないし、自然を外から制御することもできない。現代の科学技術のもつ閉塞状況は、この複雑な世界を切り取って対象化する方法論に起因しており、捨象した部分にこそ本質的な問題があるのである。この状況から抜け出すには、自他分離の科学技術から主体と客体を明確に分離しない自他非分離の科学技術を創り上げることが重要である。それは複雑さの中で生きていく生命システムを理解することであり、人間社会そのものや地球環境を理解することである。
  • 科学技術と社会が密接に関連するような問題に対して、従来の人文・社会科学系についても閉塞状況にある。例えば、本来強い結びつきがありながら基礎的な理論で断絶していた経済学と工学(新技術の開発とその効果)、あるいは経済学と心理学(認知心理学、認知科学)といった自然科学と人文・社会科学の融合が必要である。
  • 現代の諸問題は、人間活動を軸として、自然、人間、人工物が複雑に絡み合った問題であり、自然科学者が単独で解決できる問題は少ない。また、人文・社会科学者が簡単に解決の方向を示せる単純なものでもない。自然科学者と人文・社会科学者が専門領域を超え、現代の諸問題を解決するための幅広い議論の場や研究の場を形づくることが極めて重要である。
(3)科学技術における哲学の必要性

 現代の科学技術は、バックボーンとして哲学を求められているが、理由は以下のとおりである。

  • 科学者の行動様式は、自然現象を理解したいという個人の知的欲求を動機としているのが一般的であるが、その結果が与える社会的影響の大きさを考えるならば、個人の行動についても公共性の観点から、科学者として一定の歯止めが必要な領域もある。
  • 人類の存在や尊厳に係る研究領域における科学技術は、その成果の取り扱い如何によっては、人類の存在にとって取り返しのつかない事態を引き起こしかねない危険性をはらんでいる。科学者である前に一人の人間として、その倫理的な観点からの判断が求められている。
  • 科学技術の進歩により、これまでの人間社会が予想しなかった全く新しい問題が提起されている。21世紀の科学技術は、さらに新たな問題が顕在化していくことが考えられ、科学技術と人間社会との関係を改めて問い直すこと、すなわち新たな科学技術の哲学が必要とされている。

3.2 新たな展開が期待される科学技術領域

1)先端的・複合的領域における研究開発の動向

 3.1で述べた現代の諸問題及び科学技術の現状を踏まえ、調査委員会における検討、ワークショップにおける討議の成果に基づき、先端的・複合的領域における研究開発の動向について、生命、情報、人工物・物質、環境、社会の5つのシステムに分類し、各分野におけるトピックス的な研究から新たな研究展開の方向について探索した。

(1)生命システム

 生命科学の分野における先端的な研究分野として、生命科学のフロンティアとしてプロジェクト研究が開始された脳科学研究のほか、遺伝子の塩基配列の解読及びその成果に基づく遺伝子情報の機能発現制御のメカニズムの解明、個の多様性の解明とその医療技術への応用、高齢社会に向けた究極の医療技術としての生体臓器代行技術である人工臓器の研究等がある。
 関連するトピックスとしては、(ア)ファンクショナル・ジェノミクス、(イ)個生命活動の多様性・フレキシビリティー、分子進化学、(ウ)スーパー・バイオミメティクス、(エ)生から死の時間に沿った制御等がある。

(2)情報システム

 情報システム関連分野における先端的な研究は、情報技術のみの研究だけでなく、他分野との関連の考慮が必要であったり、他分野における知見を活用し、そのフィードバックが重要となるような研究である。前者の例としては、インターネットに関連する分野のように社会構造や社会の文化的背景の考察が重要な研究分野があり、また、後者の例としては、情報システムと生命システムとの橋渡し役である人工生命の研究におけるハードウェア進化の研究などがある。
 これらは、人間が関与する情報システムの複雑性や、生命システムになぞらえられる情報システムの複雑性に関する研究である。それらの問題を解明するための基礎的な研究として、不良設定問題への取り組みやカオス研究の新たな展開も重要な課題としてあげられる。
 関連するトピックスとしては、(ア)情報ネットワークの複雑性、(イ)ハードウェア進化‐生命の秩序化、分散処理の体現、(ウ)やわらかい情報処理、柔軟な情報処理、(エ)不良設定問題、(オ)複雑系、カオスの研究、(カ)文化を支える情報技術等がある。

(3)人工物・物質システム

 人間が創り出した人工物は、自然の生態系にリンクしないものであり、自然環境システムにおいて実現されている物質循環の巧みなシステムが実現されていない。
 このため、人工物システムも自然界の物質循環に学び、物質の機能的な階層システムを上手く活用し、環境負荷を低減する物質循環システムを実現する方向に進むことが期待されている。
 関連するトピックスとしては、(ア)物質の機能的階層システム、(イ)エコ・マテリアル、(ウ)完全循環型生産システム‐ゼロ・エミッション、(エ)材料開発の設計指針‐エコ・デザイン、エコ・ラベリング、(オ)ライフサイクル・アセスメント等がある。

(4)環境システム

 環境システム関連の先端的な研究動向として、地球規模の気候変動に大きな影響を及ぼすエル・ニーニョの研究、生物圏の主要な構成要素である原生林生態系の維持メカニズムの研究、また、人間活動が密接に絡んだ環境問題の例として、都市のエネルギー消費と環境負荷の問題、農畜産業による物質循環の問題、化学物質の生態系への影響に関する研究等がある。いずれも関連する要素が複雑に絡んだ様相を呈する問題である。
 関連するトピックスとしては、(ア)地球規模での気候変動、(イ)原生林生態系の維持メカニズム‐ギャップ・ダイナミクス、(ウ)環境中に排出された化学物質による生態系への影響、(エ)複雑系としての都市が及ぼす環境負荷、(オ)窒素の国際的移動と物質循環等がある。

(5)社会システム

 人口・食糧問題、エネルギー問題、環境問題等、人間活動が深く関わっている問題の研究は、科学技術の分野だけでは解決できない問題であり、自然科学と人文・社会科学が連携して、問題解決に当たることが重要になってきている。
 関連するトピックスとしては、(ア)環境・エネルギー・経済成長のトリレンマへの挑戦、(イ)新しい経済学の動き、(ウ)社会システムの進化‐文化人類学的分析等がある。

2)21世紀社会を支える新たな研究領域

 3.1の1)で述べた現代の諸問題の共通点は、構成する要素が複雑に絡み合っている点、人間活動が密接に関与している点、さらには、地球の有限性の再認識と環境負荷低減への取り組みが強く求められている点である。しかし、3.1の2)科学技術の現状で述べたように、現代の科学技術はそれらの諸問題を解決する手段として期待されているにも係わらずその有効性について確固たる展望が見いだされていない。それは、現代の諸問題の複雑性が本質的な複雑さに起因しているためであり、従来のように単純な問題に還元し、それらを解決して寄せ集めればすむようなものでなくなってきているためである。また、地球環境問題は、人間社会と環境との関わり及び今後の科学技術のあり方について、根本から問い直すことを想起している。
 これらのことから、今後の科学技術の転換の方向として、要素還元主義から統合化、自他分離から自他非分離の科学技術への指向、自然科学と人文・社会科学の融合の3つの方向性がある。
 先端的・複合的な科学技術領域の研究動向の中で共通して指摘できるのは、どの分野でも単純に解決できる問題は既に理解されつつあり、残された問題はいずれも、多くの要素が複雑に絡んだ大規模な問題であり、かつ問題解決のために自然科学者のみならず人文・社会科学に至る多くの分野の研究者の関与が必要となっている点である。
 これを踏まえ、今後求められる科学技術の研究領域、21世紀社会を支える新たな研究領域としては、人間、人間活動の場である社会、そして人間社会を取り巻く環境をも包含する大規模かつ複雑なシステムへの挑戦が重要である。これを要約すれば、【人間・社会・環境を含む大規模かつ複雑なシステムに関する科学技術】として表現される。
 なお、ここでいう『大規模』とは、単に物理的なスケールが大きいシステムを指すものではなく、論理的な規模を考えるものであり、対象とするシステムを構成する要素が多い、あるいは取り扱われる情報量が多い、といった量的側面を指す。したがって、ミクロなシステムからマクロなシステムまですべてのスケールを含むものである。

(1)研究領域の基本概念

 21世紀社会を支える新たな研究領域として、ここで提起される『人間・社会・環境を含む大規模かつ複雑なシステムに関する科学技術』は、従来の科学技術の縦割りの研究領域を示すものではない。対象となる研究分野は、広範囲に渡り、その範囲や内容も、今後の研究活動の進展に応じて変化する可能性があるが、現時点で考えられる基本概念は、次の3点に集約される。

  1. 生命、情報、環境等の各分野に共通する横断的な研究領域
  2. 現実世界のシステムの解析・設計・制御を指向する研究領域
  3. 人文・社会科学と自然科学との融合領域
(2)応用展開の可能性

 『人間・社会・環境を含む大規模かつ複雑なシステムに関する科学技術』の推進の意義は、『知的基盤を形成すること』であり、それに基づき、今後の産業・経済社会の発展に寄与する『新システムを創成すること』である。また、地球の有限性に配慮した循環型経済社会の発展や人間・社会と融和した科学技術システムの構築に寄与する広い意味での『環境科学の開拓』である。
 これまでの科学技術は、『知ること』、『創ること』が中心で発展してきたが、今後の科学技術は、『評価すること』を含めバランスのとれた進展が必要とされる。そのような観点から、ここで提起した『人間・社会・環境を含む大規模かつ複雑なシステムに関する科学技術』は、『知ること』、『創ること』、『評価すること』の3つが一体化することによって実現を目指す。
 ここで提起した上記の研究領域は、複雑な事象といった観点から次の6つに分類できる。

a.生命システムの複雑性

 将来の応用展開の可能性としては、ファンクショナル・ジェノミクスに基づく知見を基礎として遺伝子工学的な生体治療の確立、生命・生体システムの解明に基づく修復・制御(再生医学)の開発、生体細胞の組織的機序の解明に基づくハイブリッドな人工臓器の開発などが期待される。
 この領域の研究においては、生命倫理に関する研究もあわせて行っていく必要がある。

b.人間システムの複雑性

 人間の思考・行動分析の基礎としては、人間の知的プロセス(知覚、認知、記憶、推論、学習等)、人間の感性の構造(論理構造が不明確な価値判断、意思決定等)等人間の複雑性解明に関する研究がある。
 今後は、これらの研究成果を基礎に、人間の思考・行動をサポートする高度な機器・システムの開発が期待される。具体的には、人間の多様性、曖昧さ、不完全さ、不確実さ等に適応する機器・システムの開発、人間と機械とのヒューマンインターフェイスの高度化・最適化、人間の知的活動を支援する手法、ツール、システムの開発等がその応用展開として考えられる。
 また、新たに生み出されるシステムの評価といった側面からの研究も必要であり、例えば、人間の知的活動や感性の計測・評価手法の開発といったことも重要となる。

c.社会システムの複雑性

 都市等の現実世界のシステムや情報ネットワーク社会等のバーチャルな社会を含むシステムの複雑性の解明のための基礎的な研究課題としては、人間の集団・組織における知的活動に関する研究、人間社会の不確実性、非合理性・限定合理性を考慮した社会活動に関する研究等があげられる。また、その応用としては、不確実性、非合理性等のヒューマンファクターを考慮した社会的技術システム(大規模な電力供給、交通、情報ネットワーク等)の開発があげられる。
 さらには、新しい技術が社会に適用された際の影響評価に関する研究(テクノロジー・アセスメント)があげられる。新しい技術システムの社会的インパクトの問題は、導入される社会の文化的な背景にも依存するため人文・社会科学との連携した研究が重要となる。

d.人工物システムの複雑性

 今後は、安全性、快適性、環境性といった様々な観点から解析・設計・制御を行える人工物システムの構築が求められる。例えば、都市のシステムにおいては、地震などの突発的な災害に対する安全性、エネルギー消費や物質消費といった環境負荷、生活の質の向上等の観点から最適な都市を設計するための解析手法の開発などが必要となる。また、共通基盤技術としては、膨大な情報処理を必要とする人工物システムの設計・開発自動化(自動プログラミング等)の方法論の開発、複雑な人工物の制御システム・シミュレーション・ソフトウェアの開発等があげられる。

e.物質システムの複雑性

 今後の物質・材料開発においては、従来の試行錯誤による手法に代わり、数値シミュレーションとコンピュータ・グラフィックス技術等の組み合わせによる仮想材料実験室の活用が期待される。特に新薬の開発、新しいタンパク質の合成、ある特定の機能を実現するための化学物質の開発等におけるスクリーニング手法として、物質・材料開発の効率化に有効な手段であるばかりでなく、環境ニーズを満たすエコ・マテリアル開発やライフサイクル・アセスメント手法の確立においてもその効果が期待できる。

f.地球システムの複雑性

 基礎的な研究課題としては、地球規模での気候変動に大きな影響を及ぼす大気・海洋循環システム、気候変動メカニズム、地球温暖化物質の挙動等の解明、地球内部のダイナミクス、固体地球の変動メカニズムの解明等があげられる。また、中長期的には、これらの現象の解明に基づいた、より正確な気候変動の予測、大規模な地震の予知等のシステムの確立が期待される。

4.結論

 「人間・社会・環境を含む大規模かつ複雑なシステムに関する科学技術」という研究領域を的確に要約する表現は現状ではない。また、本論で述べたこの領域の概念も未だ定まっておらず、今後の研究開発の進展や人間社会のニーズに応じて変わっていくことが十分に考えられる。
 しかし、これは、先端的な研究開発に携わっている各分野の研究者がそれぞれ何らかの形で共通的に認識しつつある問題の集約として提起されてきたものであり、将来の高度化した産業・経済社会の構築や運営にとっても必要不可欠な要素となることが十分に想定される。
 この領域の第一の要点は、要素還元主義から統合化への動きであり、「個」と「全体」とを有機的に関連づけたシステムに関する科学技術が必要となっていることである。生命、人間、社会、人工物、物質循環、地球といった現実世界のシステムは、その要素の数や要素間・階層間の関連性において大規模かつ複雑であり、21世紀の高度な科学技術は、このようなシステムの問題に真正面から取り組むことになると考えられる。
 第二には、人間、社会、環境といった、従来は科学技術そのものの対象としてあまり認識されていなかった、多様性、不確実性、非合理性、自他非分離性などを有する事象を含むシステムに関する科学技術の必要性である。情報システムとヒューマンインターフェイス、ライフサイエンスと生命倫理、物質利用と環境影響・環境効率などの問題は、自然科学と人文・社会科学の知見を融合した科学技術の推進の必要性を提起している。
 第三には、近年、急速に発展しつつある情報処理技術が、この領域の研究開発の推進を支える原動力となっていることである。

本件に関する問い合わせ先:科学技術庁 研究開発局 総合研究課
〒100‐8966 東京都千代田区霞が関2‐2‐1
電話 03‐3581‐5271 担当 山内 (内線432)

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